<PCクエストノベル(5人)>
傲慢-superbia- 〜クーガ湿地帯〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2082/シキョウ /ヴァンサー候補生(正式に非ず) 】
【2083/ユンナ /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2085/ルイ /ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制】
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
大蜘蛛
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ユンナ:「ねえねえ、これどう? 楽しそうじゃない?」
いつにも増して機嫌の良さそうなユンナが、珍しく午前中に外出して戻った時には、手に何かを携えていた。そのうちの一つ、手紙のようなものをその時居間にいたオーマ・シュヴァルツとゼンにひらひらと見せる。
その手にあるものは、丁寧に書かれた『招待状』と言う文字。
オーマ:「何だ、そりゃ?」
居間のテーブルの上で、ゼンに手伝わせながら家中の洗濯物にせっせとアイロンをかけていたオーマが、火傷しないよう脇にそっと置くと身を乗り出す。
ゼン:「つうかどこ行ってたんだよ。てめぇが家にいねえなんて知らねえもんだから、探し回っちまったじゃねえか。んで、洗濯物のアイロンは何だ?高温か低温かそれともナシなのか?」
ユンナ:「手触りが柔らかいものは高温でも構わないけどつやつやのものは温度に弱いから低温でね。それから生地が元からくしゃくしゃになっているものはアイロンを掛けない事。しわが寄るのが特徴の生地なんだから、伸ばさないでね――ってそれはいいのよ。いえ、私の分はきっちりやってもらわないと後で折檻決定だけど」
ゼン:「……どっちだよ。俺はこんなのちゃっちゃと終わらせて遊びに行く予定なんだぜ」
オーマ直伝の洗濯物の畳み方を、意外に器用にぱたぱたと畳んで仕分けしているゼンがちろりとユンナを見るのも構わず、ユンナが目を輝かせて手紙をオーマへ手渡す。
ユンナ:「クーガの湿地帯へのツアー招待券を貰ったのよ。近くの村で一泊付きなの、行きましょ。今晩、明日と暇よね。暇だったわよね?」
オーマ:「まあ、落ち着け」
手紙を受け取って中に書かれた説明文とチケットを見てふぅむと呟いたオーマが、ユンナを制して再びアイロンがけを開始しながら、
オーマ:「星見ツアーみてえなもんだな。面白いじゃねえか」
にまり、と笑った。
*****
クーガの湿地帯には、その地方名産の糸が取れる。と言っても綿や羊のようなものではなく、対象は湿地帯に生息している大蜘蛛。
それは、グロテスクな蜘蛛の姿に見合わず、繊細にして強靭な細いきらきらした糸だった。その糸をある方法で加工し、布の中に織り込んだ品は魔法に対する耐性を持つことから、服はもちろんの事糸も高額な値で取引されている。
――それもこれも、対象の大蜘蛛が凶暴であり、まともに近づく事も出来ず、従って糸を手に入れるのは容易ではないからなのだが。
それとは別に、湿地帯にはこの時期だけ見られる特別な現象が存在する。
魔力を吸い込みやすい質を持つ、と言われる糸だから、なのか、それとも他の理由があるのか分からないのだが、冬を待つこの時期、蜘蛛の糸が光るのだ。
それは幻想的な光景だと言う。まるで、その湿地帯一面に星が降りてきたかのような、綺麗な星図が出来上がるのだとか……一説では、冬の食料を溜め込むために、他の生き物をおびき寄せるための光だとか言う話もあるが、人間にとってはそれはただ単に綺麗な光景にしか見えない。
そして、この頃毎年のように魔法学院とこの地の観光協会が協力し合ってやっているのが、『湿地帯の夜を飾る光を見ようツアー』なのだった。
当然、一般人の参加を当てこんでおり、実際にはその地を訪れる旅人が被害にあわないよう、村の近くに沼の光景をヴィジョンで飛ばし、そこで一年の僅かな間見ることの出来る奇跡を体感してもらおう、という企画である。
ついでにオプションとして、その村で一晩泊まった後は割と近くにあるハルフ村へ寄り、寒い季節の温泉旅行と言うものもあったりするが、それはまた別の話。
ユンナがどこからか手に入れてきたのは、その地上に降りた星を見るツアーの方だけ。オーマがその内容をざっと見ただけで笑みを浮かべたのは、そうした光の正体を知っていたからだった。
ルイ:「ほほう。蜘蛛見ですか」
三人:「!?」
気配も無く3人のすぐ近くに来ていたルイが、いつの間にか手紙を覗き込んでいる。そしてそのルイへゼンが文句を言おうと口を開いた直後、
シキョウ:「あああーーーーーーーーーーーッッ!! いいにおいがする〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ゼン:「ぐええっ!」
奥の部屋から何かを見つけたかして居間へ飛び込んで来たシキョウが、ユンナとの対角線上にいたゼンに気付かず思い切りぶつかった後、ユンナへと飛び掛っていったのだった。
ルイ:「危ないところでした」
オーマ:「おまえ気付いてたよな? そっち見てたもんな?」
ルイ:「何をおっしゃいますやら。わたくしがそのような事に気付く筈などないではありませんか」
くいっ、と眼鏡を持ち上げてにこり笑うルイは、シキョウがユンナへ飛び掛る前にすっと一歩身を引いていた。
ユンナ:「んもう。見付かっちゃったじゃないのよ。ひとりこっそり食べるつもりだったのに」
そしてユンナはと言うと、もうひとつの買い物――袋を開けた途端ふわんと部屋中に甘い匂いが漂ってくるもの……甘い芋を焼いた袋から、大きな塊を取り出してシキョウへ苦笑いしながら渡したのだった。
シキョウ:「……あれぇ? ゼン、どうしたの? だいじょうぶ?」
はぐはぐと勢い良く温かいイモを頬張ったシキョウが倒れているゼンにその時気付いて、心配そうに声を掛ける。
ゼン:「う……うるせぇ」
鳩尾あたりにシキョウの膝がクリーンヒットしたらしいゼンは、息も絶え絶えにそう呟いていた。
*****
ユンナ:「ちょっと本当に大丈夫なんでしょうね?」
オーマ:「わはは、任せとけ任せとけ。俺様大蜘蛛と心の友、言うなればソウルフレンズなんだぜ?」
ゼン:「……どっちでも意味一緒だろうが」
一泊ツアー、なのだが一般客と違ってビジョンには頼らず、直接現地でその張り巡らされた糸を見よう、とオーマが言い出してか暫く経った後。
冒険者としての資質もあるオーマに、現地にいた魔法学院の者やツアー案内人から許可を貰って、五人は夜になるのを待って湿地帯へとずんずん進んでいた。
その五人とは当然、オーマ、光るだけでなくその特性から糸に興味を持ったユンナ、特性よりもきらきら光る糸を見たいとイモをあらかた食べ終わった後で目を輝かせたシキョウ……更に、そのお守り役としてのゼンと、ゼンが行くならわたくしも、とぴたりくっついて来たルイ。
ゼンは当然のように、ついてくんなよっ! と叫んだのだが、最後には文句を言う気力も無く、そしていつものようなメンバーとなってこの地までやって来た、のだったが。
大蜘蛛:「…………」
ここはもう、蜘蛛の生息域の中。
そして、かさかさと大きな八本足を動かしながら、巨大な蜘蛛が五人の目の前へゆっくりと近づいて来ていた。
オーマ:「よう、遊びに来たぜ。なんでも今夜はゴージャスにきらきらと輝く糸が見れるっつうじゃねえか。俺様たちそれちょっと見てえんだが」
大蜘蛛:「…………」
かちかちと歯を鳴らしたように聞こえた大蜘蛛が、沢山ある目でじぃぃと皆を見、
大蜘蛛:「…………」
くるりと後ろを向いて八本の足を交互に動かしながらどこかへと進み出した。少し行って、ちょっとだけ皆の方向を振り返って、再び移動を開始する。
シキョウ:「くもさんよんでる?」
シキョウがかくん、と首を傾げ、
ルイ:「そのようですね。わたくしたちをご招待後美味しくいただきましょうと言う事で無ければ良いのですけれども。……その場合は、ふふ」
ゼン:「頼むからそこで笑うな」
暗い夜道にも関わらずきらんと眼鏡を輝かせたルイへ、ゼンが力の無い突っ込みを入れる。
ともあれ、蜘蛛が五人を招くように歩いているのは間違いないわけで。
自信満々のオーマを先頭に、皆がぞろぞろと後を付いて行くと、その途中で更に巨大な蜘蛛が待っているのに気付いた。
自分たちを案内してくれた蜘蛛も巨大だが、そこにいる蜘蛛の大きさを見ると、それが子どもに見えてしまう程。
大蜘蛛:「…………」
かちかち、と互いに歯を打ち鳴らして、小さい方がその場から素早く消えた後、
大蜘蛛:「コノ時期ノ客人トハ。観光カ」
声帯が人間のものとは大きく異なるためだろうか。酷く聞き取りにくい声が、大蜘蛛から聞こえて来た。
オーマ:「おう。夜に光るっつう光景をな」
大蜘蛛:「ソウカ。……人間トハ不思議ナ生物ダナ。コッチダ」
とりあえず、自分たちの糸を奪いに来たのではないと分かったのか……それとも、五人も来た事で襲わずにおこうと思ったか。
年経た巨大な蜘蛛は、人語を解しながらオーマたちを静かに案内して行ったのだった。
大蜘蛛:「ココデ見ル」
とある地点でぴたりと足を止めた蜘蛛が、そう言って前足二本を持ち上げて遠くを差す。
ユンナ:「まあ」
シキョウ:「きらきらだ〜〜〜! きれいだよ、きれいだよオーマ、ゼン!」
ゼン:「見りゃ分かる」
オーマ:「ほほう。こりゃあ凄ぇ」
いつの間にか、緩やかに坂を登っていたのだろう。
見渡した湿地帯のそこここが、きらきらと輝いていた。
それはまるで、本当に星が下に下りてきたかのような淡い輝き。
ちかちかと瞬いているようにも見える光が、幻想的な風景を作り上げている。
大蜘蛛:「……ソンナニ珍シイノカ」
蜘蛛たちにとって、これは当たり前の事なのだろう。それを喜んだり珍しがったりする人間の感覚はいまいち理解出来ないらしい。
ルイ:「人間はそう簡単に光れませんからねえ。魔法の力や自然の力に頼りませんと」
そう言うルイも、この光景を静かに見詰めている。そして、ゼンもまた。
ゆらり……と、風に揺れたか光が揺らめくと、その動きを追って光の帯が出来上がる。それは湿地帯に広がる虹かオーロラのような、儚くも幻想的な光景を見せる。
――幽玄の世界へ繋がってしまいそうなこの輝きを、五人はしばし黙って見守っていた。
オーマ:「この時期の糸っつうのはいつでも光るのか?」
大蜘蛛:「……何ヲ言ッテイル」
暫し見惚れていたオーマが、蜘蛛へ訊ねると、蜘蛛からは意外な言葉が返って来る。
シキョウ:「いとがきらきらしてるんじゃないの?」
かくーん、と大きく首を傾げたシキョウに、
大蜘蛛:「糸ハ糸ダ。ソレヨリ」
案内した代価を貰いたい、と巨大な蜘蛛が言うと、くるりと反転してすたすたと歩き出した。観光はもう済んだもの、と思っているらしい。
ユンナ:「何かしら」
とりあえず、夜の湿地帯を安全に移動するには蜘蛛の後を大人しく付いていった方が良いと、特に何をするでなくゆっくりと歩き出す五人。但し、さり気なさを装いながらもシキョウとユンナを間に置くような形で、隊列は組まれていた。先頭をオーマとゼン、そしてしんがりをルイがつとめる形で。
そして、案内されたのは――いくつも巣が連なる、村と呼んでも差し支えない大きさになっているひとつの巣。そこここから蜘蛛がこちらを見る姿や気配を感じ取る事が出来る。
大蜘蛛:「六ノ夜ニオ前タチガ来タ。縁カ」
カチカチ、或いは巣の糸を震わせる音波のようなものでやり取りをしているらしい音が、この巣いっぱいに広がっている。とりあえず害意を感じないのは幸いだが、少しばかり耳がおかしくなりそうな感覚に少し顔を顰めつつ、
オーマ:「何がどうしたんだ? 俺様たちに関係のある事なのか」
言葉を選んでいるような大蜘蛛に問うた。
大蜘蛛:「……最初。我ト同ジ六ツノ姿ガ現レ、六ノ巣ヲ作ッタ。一晩ニ一ツ、巣ガ壊レソノ蜘蛛ガ消エル。コノ夜ガ六ツ目ダ」
ルイ:「六つ目……一晩に一つずつ、ですか。オーマさん」
オーマ:「何だか、妙な予感がしやがるな。ルイも同じ事を考えたんじゃねえのか」
ルイ:「ご明察ですよ」
ユンナ:「何? 何の事なの?」
顔を見合わせて頷きあうオーマとルイに、不思議そうな顔をするのは残りの三人。だが、説明をしている暇は無さそうだ、とオーマが大蜘蛛へ、
オーマ:「戻ってばかりで悪いが案内してくれるか」
いつもよりやや真剣な表情で、語りかけた。
*****
オーマ:「おまえさんは戻っていいぞ」
大蜘蛛:「承知シタ」
オーマが後ろを見もせずに蜘蛛へ話し掛け、その巨大な蜘蛛はそれだけ言って反転した。オーマはその様子を見る事がなく、目の前にある一つ残った巨大な蜘蛛の巣を捉えている。
その両側には、元、蜘蛛の巣であったであろうばらばらに壊れた糸が散らばっていた。
見た目だけで言えば、先程見た巣の集合体にも同じくらい巨大な巣があった。が、これは、蜘蛛の糸とは根本的に違う。
何故なら、それは。
ルイ:「……化学繊維……ですね」
ユンナ:「また随分と変わった糸で編んだのねぇ」
千切れた糸を摘み上げたルイが呟き、ユンナがその言葉を聞いて、オーマと同じく『巣』をじぃっと見詰めた。
自然にあるモノを原料としながら、その構造を組み替え、作り上げた糸。
それは嘗て自分たちが過ごしていた世界でも良く作られていた繊維だった。いや、それどころか、その繊維が主流だったと言っても過言ではない。
動物、或いは虫、植物などから直接糸を取って作ったような繊維製品はもう、極一部の人間にしか使う事が出来ない、超が付く高級品となっていたのだから。
だがそれでも、その繊維を使って蜘蛛が巣を作るなどという事は、いくらオーマたちの世界でも無かった事だ。
シキョウ:「おもしろいくもさんなんだねー」
ゼン:「違うだろ」
何かを感じているのか、その場にいる皆の表情は冴えない。いや、シキョウのみはいつもと変わらず、その糸が気になるらしく近寄ろうとしてゼンに止められているが。
ルイ:「この強度では蜘蛛の足や歯で切れるわけがありませんね」
道すがら、自然に巣が壊れるまでに何度も同胞が、そして巨大な蜘蛛本人もあの巣を切ろうとして、果たせなかった事を思い出しながらルイが呟く。
オーマ:「……だな」
あまり近づきたくは無い。だが、近づかなくては調べる事も出来ず、そもそもこの日は蜘蛛が言った言葉によれば最後の夜。
シキョウ:「…………?」
その時、シキョウがふっと、何かに気付いたように巣へと顔を向けた。
次の瞬間、誰が何をしたわけでもないのにぷつぷつと巣に張り巡らされた糸が中心から切れて行き、そこから、光が溢れ出し、
オーマ:「っ!? まずい、皆逃げ――」
その向こうにあったものは、口を大きく開く、古びた棺。オーマとルイに当然見覚えのあるソレが、光を発しながら皆を飲み込んでいく。
ルイ:「やはり――」
逃げる術は無い。
光は、あっという間に五人を飲み込むと、棺の中へと消え。
――ぱたん。
棺がその蓋を閉める乾いた音だけが、辺りに響いていた。
*****
何も無い。
最初に感じたのは、その感情。
何かがぽっかりと虚を空けている。そんな感覚が気持ち悪くて仕方が無い。
頼りない、足元はぐっしょりと濡れて、それがまた気持ち悪さに拍車を掛けている。
この状況を作ったのは誰だ?
いらいら、する。
――それは、自分では、ない、から。
――自分を押し殺し、欲望を押さえつけて、生きている。それは生と呼ぶのか?
目の前に見えるのは、自分。
他人のために、自らの意志を曲げてまで尽くす、愚かな自分。
それは生と呼ぶのか?
自分の人生では、ないのか?
好きに生きていいのではないのか? その権利があるのではないのか?
『力』を持っているのだから。
ニンゲンには決して真似出来ない、破壊のための、力が。
違う、と誰かが叫んでいるような気がする。
自分は自由に生きている、と言い訳のような声が聞こえる。
けれど、それは真実ではない。
自分は、知っている。
力を解放した時の、あの、魂が震えるような高揚感。
決して他では味わえない感覚が、他者とは比較にならない力を誇示した時の感覚が、何よりも甘美で愛おしいものだと言う事を。
嘗ては、自分はその事を何より承知していた。
今のように、他人に媚びへつらい、そんな中からほんの僅かばかりの喜びを見出して、自分は幸せだなどとほざく――それは、本当の自分とは違う。
オーマもゼンもルイも、そしてユンナも。
その事を、知って、そして知りながら自らを偽っている。
傲慢である事を、隠す事は――無い。
『自分』は、その事を何よりも、誰よりも良く、知っている。
*****
シキョウ:「……あれ?」
眩しい光に目を閉じていたシキョウが、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
今も光の中に捕われているのは間違いない。それなのに、先程の光と違って、ここはとても、――そう。とても、暖かい。
シキョウ:「……えっと、えっと」
まるで誰かに包まれているような感覚に、きょときょとと辺りを見回すシキョウ。
くすり、と、その仕草に誰がが笑った気がした。
シキョウ:「ゼン……オーマ、ユンナ、――ルイー」
最後だけ少し間があったが、シキョウは意識して言った訳ではなく。そして、そこに自分が一人ぼっちだと知ると、途端に寂しくなったらしい。
シキョウ:「ゼンーーー」
ぱたぱた、と距離感の無い空間の中を、ぱたぱたと走り回るシキョウ。
シキョウ:「オーマーーー、ユンナぁ〜〜〜」
ちょっぴり泣きそうになりながら、誰かいないかと必死で辺りを見回すシキョウ。
その彼女の背が、ほんのり温かくなると、
ぎゅぅっ、と。
誰かが、愛しさのあまり抱きしめたような。そんな感触に、シキョウがびっくりして後ろを向いた。だが、そこには誰もいない。
シキョウ:「だれ? だれか、いるの?」
一緒に来た四人の中で、そうやって抱きしめてくれそうなのはユンナ。だが、彼女とは抱きしめ方も、そして――ふんわりと懐かしい匂いも違う。
けれど、どこを見てもいない。その状態にシキョウがかくんと首を傾げると、その直後に何か思いついたようににっこりと笑って、目の前の空間へと手を伸ばした。
シキョウ:「おかえしーー」
誰もいない空間で、誰かを捕まえたつもりでやんわりと抱きしめるシキョウ。
ぽふ、と温かい、昔……遠い昔、そんな事をしたような記憶に沿って誰かの胸に顔を埋めたつもりになりながら。
空気が、さらりと彼女の頬を撫でる。
そして――気配と言うのか、その場の空気と言うのかがふっと変わると、
シキョウ:「……あれーー??」
再び目を開けると、そこはずたずたに切れた蜘蛛の巣の前。
光に包まれる直前に見た棺も姿は無く、巣の跡に残されていた糸も、じわりと地面へ吸い込まれるように消えて行く。
シキョウ:「あ! ゼン!」
そして、何よりも彼女が会いたいと願った少年が、いや、消えた四人がそれぞれ苦しそうな表情をしながら、地面の上に倒れていた。
シキョウ:「……」
苦悶の表情を浮かべている四人におろおろしながら、ちょっと待ってみるが起きる気配は無く、ゆさゆさと揺さぶってもやはり変化は無い。
シキョウ:「うぅ〜〜〜おきてよ〜〜〜」
そう言いながら揺すっていたシキョウが、四人とも妙に体が冷えている事に気付き、ちょっと考えた後で、
シキョウ:「えーいっ」
ぎゅう、とまずゼンから抱きついた。
単純に温めれば目が覚めるだろうと思っての行為だったのだが、何故だか一瞬シキョウの視界がくらりと歪む。それがどうしてなのか気付かないまま、がばっと跳ね起きたゼンが、自分がどういう状況なのかに気付いて目を見開いた。
ゼン:「な、何してんだよ!」
シキョウ:「あっ、ゼンおきた〜〜〜よかった〜〜〜」
だがそれも一瞬。シキョウはこれで起きるのかと、もう一度ぎゅっと抱きしめた後で立ち上がって、ユンナ、オーマとぎゅっぎゅっと抱きしめていく。
ゼン:「……それで目が覚めるっつうのは納得いかねえ」
ゼンのぼやきも意に介さず、シキョウはにこにこ笑いながら、
シキョウ:「みんながねー、つめたいからあっためたのーーー♪」
そう言い、やはりのろのろと身体を起こした二人に満足そうな笑顔を見せた後、最後に残るルイへと歩いていく。
ゼン:「……やんの?」
シキョウ:「そうだよ? どうかしたの?」
ゼン:「いや。いやその、――何でもねえよ!」
ユンナやオーマを抱きしめる様子は見ても特に何も思わなかったようだったが、ルイに近づくシキョウを見ると何故だか心がざわめくゼン。それがどうしてか分からず、だが抱きしめる光景を見たくないためぷいと横を向くと……意識を取り戻したオーマとユンナが、にやにやくすくす笑いながらゼンを見詰めていた。
オーマ:「ガキだガキだと思ってたが、なかなかどうして」
ユンナ:「そうねえ。今夜はお祝いでもしましょうか?」
ゼン:「なっ、何がだ!」
そして、最後に目を開けたルイが、無表情で――いや、それよりも冷たい、獲物を射る目を開いて、何故か自分に抱きついているシキョウを見る。
ルイ:「……何故貴女様がここに」
シキョウ:「えへへ。ルイをあっためたの」
ゼン:「気が付いたらもういいんだろ。さっさと離れろシキョウ」
ルイ:「…………」
眼鏡を外し、ふぅっと息を吐きながらルイが鼻梁を摘んでぐりぐりとマッサージを行い、誰にも聞こえない声で何事かを呟くと、眼鏡を掛けなおして顔を上げた。
そして――まだ近くにいるシキョウへ両腕を伸ばす。
ルイ:「温めてくださってありがとうございます。けれどもまだ寒いのですがどうしたら良いと思いますか?」
視線は悪戯っぽくゼンへ向けられているのが、ルイらしいと言える。
ゼン:「おいこらルイ!」
ゼンの食いつきはとても良かった。そしてずんずんと近づいて行き、えーとと言いながらもう一度ルイを抱きしめようとしているシキョウを引きずって、ルイから一番遠く離れた位置へと移動させる。
ゼン:「いいか? てめぇは仮にも女なんだからな……」
何かくどくどと注意をし始めたゼンを、くすくす笑いながら見ていたユンナたちが、うぅんと身体を伸ばして立ち上がる。
オーマ:「悪い夢だったな。――夢にしとくのが無難な、な」
ルイ:「全くですね」
ユンナ:「……そう、ね」
恐らく前と同じく消えてしまったであろう棺と、蜘蛛の糸。自分たちが見せられた夢がどういった類のものなのか、そしてその理由は、と答えの見付からない問いを各自の心の中で繰り返しながら、湿地帯を後にする。
シキョウ:「ねむいー」
時刻はいつの間にか、真夜中を過ぎており、今にも熟睡してしまいそうなシキョウを連れて、慌てて村へと戻っていく。
その背を何匹もの蜘蛛が見送っていた。
*****
夜に輝く糸の観光ツアーは、これから何週間か続くらしい。その初日だった今回は、途中少しばかりアクシデントがあったものの、特に問題なくイベントを終える事が出来た。
そのアクシデントと言うのが、途中ビジョンをかき消してしまうような光の渦だったのだが、それも一瞬で終わり、ビジョンを掛け直して観光は続けられた。
その後分かった事としては、実際に光を放つのは糸ではなく、この時期に糸へ産み付けられた卵が孵化するまでの間、同胞の餌を呼び寄せるように淡い輝きを見せるのだと、学院の者が教えてくれた。
ただ、卵と言ってもその光が巣を形作る糸に反射して糸も輝くのには間違いが無く、卵と教えられればそれを取りに行く不届き者が出るかもしれず――そして、この時期の『光る糸』の周辺には、卵を守るメスとオスが普段の倍以上の警戒心と凶暴さで徘徊しているため、近寄る事はお勧めしないのだ、と、オーマが自信満々でその地へ赴いた事に感心された。
――当然。オーマはこの事実を知らず、そして無謀な旅行へ連れて行かれたと、結果的には全く問題なかったのだが、ユンナが静かな怒りを見せ。
ユンナ:「覚悟は出来てるわね?」
オーマが半泣きになるくらいの用事を言いつけたのだった。
-END-
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