<PCクエストノベル(5人)>


散らずの音楽祭〜クレモナーラ村〜

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【 冒険者一覧 】
【 整理番号 / 名前 / クラス 】

【 1649 / アイラス・サーリアス / フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番 】
【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り 】
【 2083 / ユンナ / ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【 2657 / 如月 一彰 / 古書店店員 】
【 2679 / マーオ / 見習いパティシエ 】

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■序章〜秋にはピクニックで〜

 秋深し、とは古人もよく歌ったものだ。
 店の奥に引っ込んだ店主に代わって古書店の店番をしていた如月は、色づき始めた外の世界に、読んでいた本から視線を上げた。手元のしおりは去年の秋に拾ったもみじを挟み込んだもの。焼けるほど日に当てた記憶はないものの、大分色が変わってきた。だがこれもこれで味わいがあると言うものだ。
 ずり落ち始めたひざ掛けをかけなおし、再び視線を本に戻す。

オーマ:「俺のいうことを聞け!」
アイラス:「やめてください、オーマ!」

 意識を本に戻そうとするのを妨害する騒音がある。古書店の一店員として、自分の店の前で騒がれているようならばたまらないと、如月は読んでいた本を閉じ、立ち上がった。

ユンナ:「あんたほんとうに、世界が自分中心で回ってると思ってるでしょ?」

 騒ぎ立てる男に、それを抑えている男、抑えているのかあおっているのかわからない女。自分の店からほぼ20mほどのところで始まった騒ぎに、如月は頭を抱えた。
 気づくと古書店が多いこの近辺は、その静かな空気を好んでくるものも多い。かくいう如月も例に漏れず、その静かさを気に入っている。古書店の仕事がない日でも自然とこのあたりに足が向いてしまうほどだ。
 騒ぎをよく見ていると、三人の大人がどうやら一人の小さな少年につ突っかかっているようだ。

オーマ:「俺様のピクニックの、どこに不備不満があると言うんだよ!?」
マーオ:「だから、僕が行きたいのはピクニックじゃなくて……っ」
アイラス:「子供がおびえているじゃないですか。かわいそうに」
マーオ:「子供じゃないです!」
ユンナ:「だからなにもこの子にこだわる必要なくて、ね?」

 会話を聞いて数分経っても、その方向性が未だにつかめていない。だが近づくにつれ、そこにいる人物と自分の関係を一瞬どうしたものかと思案した。もしかしなくてもあの容貌を間違えることはないだろう。同伴人物を考えればさらに間違えはない。
 オーマ・シュヴァルツとアイラス・サーリアス。脅されているように見える少年はマーオ。いや、現実確かに脅されているのかもしれないと内心つぶやかずにいられなかったが。
 会話をよく聞いていると、オーマがどうも、――いい大人が、と前ふりをつけたくなるものの――ピクニックに行きたいらしい。
 彼を抑えているだろうアイラスともう一人の女性は、パターンからして決定済『不幸な同伴者』で、マーオはそれに無理やりさらわれようとしている……と言うのが如月の分析だった。マーオもきっぱり断ればよいものを、何か言いたいことがあるのか長い時間絡まれてしまっている。
 不器用としか言いようがない。如月は彼自身のことを、棚の上において見学していた。

アイラス:「そもそも、騒ぎ立てる場所を誤っていますよあなたは。こんなところでそんな大声出して、ほとんどのお店の主人がおびえて店を閉めようとしているじゃないですか。TPOを考えてくださいと……おや、見学にいらっしゃった方もいるようですね、この寒い日に」
ユンナ:「あら、ほんとうに。オーマ、ああいうのを脈有りっていうんじゃないかしら?」
オーマ:「なに!?」

 オーマは少年のそばから離れ、一路、如月を目指した。近づくにつれてこちらの正体もわかっていくのか、口端のあげ方と距離は正しく比例している。
 彼のお目付け役であるはずのアイラスと女は口元に笑みさえ浮かべて、不幸な被害者であったマーオをなだめている。これからの第二の被害者は、友人といえどももと野次馬だったゆえか、彼らの中で身分が低かった。
 如月は近づく危機にあわてて店に戻ろうとするが、気づくと入り口は閉まっている。店長!! と叫ぶも、空気が声帯を震わせる前に、その肩にいかつい手が置かれた。

オーマ:「如月、お前、いいやつなんだよな?」

 如月は答え方を忘れてしまったが、数分後近づいたアイラスの手によって、近くの喫茶店へと入った。



■第一章〜参加希望者は計画的に〜

オーマ:「秋になったんだ」

 オーマは喫茶店で各々の飲み物が置かれると同時に、さきほどからのあふれる情熱のあまりに論理丸無視で主張した。

オーマ:「いーかおまえら、秋だぞ秋。染まる紅葉、あふれる情緒!」

 染まる紅葉って言葉として変じゃないかと、その場にいた誰もが突っ込みを入れようかと考えたものの、握りこぶし根性語りをはじめたオーマを止められるものがいるはずもない。
 正確にはいるはずだが、止める気がないのでは居ないも同然だ。
 コーヒーカップに口を近づけた如月は、自分がどうしてそこにいるのか首をかしげ、それはまた連行されたマーオにしても同じことだった。アイラスとユンナは慣れた様子で落ち着いて体を温めている。人間、巻き込む面子は考えなければならないという典型だろう。

オーマ:「でだな、ピクニックなワケだ。まー俺様ステキ」

 語り終えたオーマが水の入ったコップでのどを潤した。

マーオ:「だから僕は音楽祭に行きたいから無理だって何度もいっているじゃないですか」
アイラス:「そういえば、それはどこなんです?」
マーオ:「クレモナーラ村です」
ユンナ:「あの、名器で有名な?」
如月:「……行ったことはないな」

 クレモナーラ村といえば、楽器の聖地である。聖都からそこそこに離れた小さな村であるものの、その自然環境と熟達の職人たちが作った楽器はそれぞれに異なった音色を放つ。一年中音楽であふれるといわれるその村が際立って目立つのは春の音楽祭の時期だ。
 「春の」とあるように、秋の音楽祭はマーオ以外誰も聞いたことがない。

マーオ:「僕も行ったことないですけどね。音楽祭の話は最近、はじめて耳にしたんですけど。――楽器で有名な村とは言え、この収穫の時期にそんな暇はないから、お金持ちの方がこっそりささやかにやる程度……と言ううわさですけど」
ユンナ:「オーマ、ピクニックの目的地をクレモナーラ村にしたらいいんじゃないかしら?」

 合点がいったような顔をしたオーマが、手を打つ。マーオが一瞬目をぎょっと丸くする。

マーオ:「いえ、ちょっと見に行きたいだけでそんな……!!」
オーマ:「早く言えよー、マーオ」
マーオ:「語りだしたオーマさんに突っ込む勇気はありません……」
アイラス:「決まったみたいですね」

 音楽、とひとりごちた如月は席を立った。店に帰る腹積りだ。

如月:「そろそろ……」
アイラス:「旅は道連れ世は情け、というでしょう?」

 微笑んだアイラスに、そうとはわかりにくいものの服のすそをがっしりと捕まえられていた。本人の手はきちんとテーブルの上にあるのだが、見えない糸で引っ張られているような感覚だ。いったいどこに情けがあるというのか。

ユンナ:「フフフ……」
如月:「……はは……」

 アイラスに負けじと微笑むユンナにつられて、如月も頬の筋肉を緩ませてみたものの、どうしても引きつったようにしか笑えないのが、彼自身ふしぎであった。

アイラス:「決定ですね」
オーマ:「おう、目指すはクレモナーラ村秋の音楽祭、余裕で優勝だぜ」
マーオ:「……え?」

 マーオと如月が目を丸くする。アイラスとユンナもそれなりに呆れた顔をしたものの、その表情には笑みさえ浮かんでいる。ユンナの上品な笑みにいたってはかすかな怒気を感じるが。

オーマ:「ま、俺の飛んでるカラスもぼたぼた落ちる世紀の音楽的才能をかんがみれば当然ありうる結果だ」
ユンナ:「アンタに才能ってあったっけ……」
アイラス:「飛んでるカラスも落ちるオンチなら納得いくんですが」
マーオ:「まぁ、ヒトは見かけに……」
如月:「……」

 マーオの口を如月がふさぐ。ある予定だった一悶着が事前に阻止されたことに一息をついた若干名が、さくさくと話をすすめていく。
 決定といったら決定だ。覆す労力よりも、やってしまう労力のほうが少ない。

ユンナ:「音楽祭はいつ開催なのかしら?」
マーオ:「うわさなので詳細未定なのですが」
如月:「あと一ヵ月後だ、確か」
アイラス:「じゃぁ今日中にでも曲を決めてパートの分担をしたほうが良いですね」

 どこから用意したのか、ユンナが楽譜をばらばらと机に広げた。アイラスが興味深そうに楽譜をしげしげと眺めるものの、数秒もすれば楽譜を机の上にほうった。
 ユンナも楽譜を見ながらすぐに頭を抱え始めた。

ユンナ:「何にすればいいのかしら……」
アイラス:「皆さんは楽器、何が弾けるんですか?」
マーオ:「……えーっと」
如月:「ヴァイオリンなら弾けるが」
ユンナ:「ピアノかしら」
アイラス:「楽器傾向はクラシック向きですかね?」

 アイラスはそういいながら、マーオとオーマを見る。この二人が違う。

ユンナ:「かといってロック、って言うのも……」

 ユンナはそういいながら如月とアイラス、自分を省みえる。どうしてこのメンバーだけじゃないのか。

如月:「クラシックをロックと言うか……雰囲気的には多分、ジャズ風にアレンジするのは」
ユンナ:「それ!」
アイラス:「そうですね、ジャズなら若干激しくてもいいし、原曲をクラシックからひけばヴァイオリンにも無理がなさそうですし」
マーオ:「決まった?」
ユンナ:「ええ。原曲はこれでいいかしら?」

 手元にあった楽譜をマーオに渡すと、マーオは不安そうだった表情を明るくした。

マーオ:「僕ドラムー! やってみたかったんだ」
ユンナ:「私歌う気はないから、やっぱりピアノ。如月さんはヴァイオリン、アイラスはフルート?」
オーマ:「俺はビューティフルボイスで、と」
アイラス:「久しぶりに触れますが」
ユンナ:「弾ければ十分。ボーカルにはせいぜい演歌にならないよう気をつけてもらいましょ。明日楽譜を渡すから、またここに集合」

 了解、と確認しあうと、互いに散っていく。



■第二章〜気づけば出発〜

 出発は太陽も昇っていない早朝。日に日に低くなるの最低気温の中、集まった面々は互いの顔を見合わせた。どう考えても、ピクニックと言う表情ではない気がする。

ユンナ:「アイラスと如月は楽器持参、その他はオーマの具現能力で……、ね」

 互いに荷物の確認をしあう。アイラスのフルートは一見どこにあるかわからないほど荷物になっていないが、如月が肩からかけたヴァイオリンは、妙な存在感を主張する。

オーマ:「如月のヴァイオリンも俺の能力でできるぜぇ?」
アイラス:「能力の過信はいけませんよ、オーマ」
マーオ:「んーでも、たしかに持ち歩くにはちょっと邪魔だよねぇ?」

 全員の視線が如月のヴァイオリンに集中する。一歩たじろんだ如月だったが、ため息交じりで言った。

如月:「他のヴァイオリンだと弾けないんだ、残念ながら」
オーマ:「そんなはずねーだろ、どれも一緒のヴァイオリンじゃねぇのか?」
マーオ:「ですよねぇ?」
アイラス:「良い楽器はほとんどそうですけど、ヴァイオリンなどの弦楽器は特に職人さんによる手作りですからね。若干の違いも、大きく音色に影響します」

 よいヴァイオリンほど、高音で音が割れないと言うのは一度ヴァイオリンに通じたことのある人間なら聞く話である。澄んだ高音という幻のような宝を求めて、法外な値段を出す演奏家もいる。クレモナーラ村ではそんな名器も扱う。

マーオ:「不思議な楽器ですね。そういえばお互いに、楽器のことはあまり話したことがなかったかもしれない」

 マーオの言葉に、ユンナが口元を緩めた。

ユンナ:「それなら、お互いの楽器について話をしながらいきましょうか。目的地はクレモナーラ村。これほどぴったりな話題はないわね」

 にっこりとユンナが微笑めば、それでその場の意見は一致する。この練習していた一ヶ月で彼女の音楽センスに圧倒される日々が続いていたのも影響するだろう。
 だがそれ以外にも理由はあった。それは、男は最終的に女には弱いという真理である。



■第三章〜到着と音楽祭〜

 楽器の話に若干の盛り上がりと沈黙を繰り返しながら歩いていると、まさにピクニックだった。さくさく進むと思っていた道のりは思っていた以上に遠く――それは三割ほど体力に似合わない荷物もちであった青年のためではあった――、気づけばあともう少しと言うところで日が暮れはじめた。
 戦闘能力や野宿に関してはいささか不安が残るメンバーであったために急いで近場の町に入り、宿の部屋を取った。三部屋の部屋割りはもちろん、女一人部屋の男二人部屋である。
 夕食後に軽く打ち合わせをして、曲のタイミングやリズムが崩れないよう、女王様による手拍子で互いに探り合う。最初渋っていたオーマも、いざ歌いはじめるとこぶしを握ってしまい、曲の雰囲気台無しにするなこのアホとユンナに叱られてしまい、マジメにならざるを得ない。
 傍らで、世の仲良く出来ているなぁと感心のため息を吐く如月でさえ、ユンナは容赦なく1/4拍子遅れを指摘する。
 楽器のないシミュレーションであったにもかかわらず、全員が各自の部屋に戻った頃には周りは酔っ払いであふれていた。

マーオ:「楽器って面白いすね」

 備え付けの風呂でさっぱりとしたマーオが、ヴァイオリンの確認をしていた如月に話しかけた。長時間の移動による振動でずれた音を、如月が弦を震わせながら音を合わせる。
 ドラムにはそういった音階はない。自らに備わった音感だけで音を合わせていく如月に、マーオは感嘆のため息をついた。

如月:「……今日は、すまなかった。私のせいで」
マーオ:「仕方ないですよ。繊細なんでしょう?」
如月:「楽器もそうだが、半分は私に体力がないのも……」
マーオ:「基本的な活動範囲が違うのはしょうがないですよ。アイラスさんと如月さんに同じ速さで同じ距離、同じ時間歩かせようなんて、どう考えても無理なことをしようとする人はいませんよ。ここには」

 マーオの言葉に、如月は少し心を軽くした。

如月:「ありがとう」
マーオ:「いーえー。それにもともとは僕が行きたいって言い始めたわがままに、偶然居合わせてしまった如月さんが若干無理やり……」

 隣の部屋の住民の名指しをしそうになり、マーオは急に口を閉ざした。祭り前のせいで饒舌だと、お互いに笑みを交し合うと、疲労がたたってか、マーオはベッドに入るとすぐにまぶたを重くした。
 マーオはまぶたをこすってその目に映して、その夜を過ごした。懸命に起きようとしていたが、努力は数瞬で吹き飛び、ヴァイオリンを見つめる如月の姿を最後に暗闇の中に落ちた。


 宿に無理を言って早めの朝食を囲み、一向はクラモナーラ村に昼ごろに到着した。宿を見つけて部屋を取ると楽器以外の荷物を預け、参加登録に行く。

音楽祭スタッフ:「以上、5名の登録と言うことで。楽団名は?」
オーマ:「決まってねぇなぁ」
マーオ:「楽団名?」
アイラス:「チーム名ですね」
オーマ:「俺様と愉快な」
ユンナ:「却下」

 したはいいものの、いいものが思い浮かばない。

ユンナ:「女王様ご一行」
オーマ:「俺のとかわんねぇよ」

 オーマとユンナを中心に騒ぎ始める。

音楽祭スタッフ:「あのー……なければなしと言うことで、個人名を呼ぶ形となりますが」
アイラス:「ああ、よろしくお願いします」

 なら早く言え、と笑顔のそこで思ったのは何人だったか。



■第三章〜参加してしまえばこっちのもの〜

 こっそりささやかにという前情報の割には、登録団体数はゆうに30を超えていた。村人による団体ははるかに少なく、オーマたちのような村の外からの参加者がほとんどだ。開催者側の予定より参加者が多かったのか、時間の都合上リハーサルでは演奏できず、全体を通してレベルが高いか否かはわからない。

ユンナ:「クレモナーラ村だけあって、楽器のレベルが高いわね」

 ユンナがあたりの楽器を見ながら言った。マーオのドラム・ユンナのピアノは具現能力をさらに応用して、舞台のそでに控えている。ドラムはすぐに組み立てられるとマーオが胸を張ったが、ピアノは誰が移動するかはわかってるわよねとユンナが言ったからには、男たちの仕事である。
 アイラスのフルートは分割されていた部分をつなぎ、本来の長さを得て大分経つ。

アイラス:「参加数が多いだけに、楽器にも偏りがありませんよね。クラシックに偏ると思ったのですが、パーカッションが意外に」
マーオ:「さっきのマリンバやコンガだけのチーム! 迫力がすごいですよね」
如月:「いや、君がドラムを演奏しているときもなかなか……」
マーオ:「そうですか? 如月さんにそういってもらえると嬉しいですね」

 今演奏しているのはロックのチームだ。その2チーム前にはピアノ独奏のクラシック。

オーマ:「俺らみたいな折衷はすくねぇな?」
ユンナ:「クラシックをロック風にアレンジするのも骨が折れるのよ。ロック風と言うより、ジャズ風に近いけど」
マーオ:「ジャズっていうのも、2組だけですよね。見た感じでは」
アイラス:「ジャズは即興性が強いですから、こういった音楽祭ではよほど慣れた人じゃないとやらないと思いますよ」
如月:「ということは、何度も練習をするとジャズではない……?」
アイラス:「それは極論じゃないかと」

 一同が頭を抱え始めた。自分たちはジャズなのかクラシックなのかロックなのか。

ユンナ:「音楽にジャンルを求めるほうが面倒で無駄なのよ。この曲が好き、で、音楽は十分でしょう? 楽しむためのものに、学問的解釈をつけるのは興ざめする」

 ユンナが言うと、一同が黙り込む。

如月:「……そうですね」
マーオ:「結局、結論は?」
オーマ:「結論がすべてじゃないってな」

 前のチームが演奏を終える。舞台の照明が消えると、マーオはドラムセットを担いで運ぶ。如月はヴァイオリンの音を調節し、アイラスはフルートをユンナに預け、オーマと一緒にピアノを舞台へ移動させる。
 舞台袖では準備に対する残り時間がプレートで出ている。マーオがドラムを完成させ、スティックを握り、表情を変えているころには、全員の準備が整っていた。残り時間は30秒。
 袖に一番近いユンナが平気ですとスタッフを誘惑するも、司会進行者は慣れた様子でかわす。周りで苦笑がこぼれそうなところを、舞台上と言う緊張が黙らせた。

司会進行:「それでは、プログラムナンバー46、アイラス・サーリアスさん、オーマ・シュヴァルツさん、ユンナさん、如月 一彰さん、マーオさんの演奏をどうぞ」

 マーオがスティックを鳴らす。練習期間中と前の晩、ユンナに叩き込まれたリズムだ。ユンナが弾く旋律に合わせて、アイラスとマーオがフルートとドラムを鳴らす。最初はゆっくりと。オーマがうずうずしているが、それに惑わされてはいけない。
 子守唄のような速度がだんだんと増して、オーマとヴァイオリンが入る。
 オーマは握りこぶしで演歌を思わせる歌い方をするものの、その音質がいい。気づけばなぜか持っていたギターは、たぶん寸前に能力で作り出したものだろう。ユンナが毒づくが、そんな場合ではない。
 ギターの腕前は置いといて、そのおかげでマーオのドラムがさほど違和感を訴えない。ジャズの即興性が生む混沌とした雰囲気が出てきた。ヴォーカルのテンションが上がるとテンポも上がる。練習よりも大分早い。
 あわてるのは、如月である。心中でオーマのバカ野郎と叫ぶのはユンナである。
 如月はとにかくボーカルにテンポを合わせるしかないと決意した。だがそうすると弓の引き方が雑になりヴァイオリンでいい音が出せない。
 オーマに押されてか、マーオは暴走を始めている。アイラスはうまく立ち回るものの、マイペースなのか暴走しているのかは判断しかねる。ただ口元に浮かぶ笑みだけだ。
 如月は腹をくくって、ボーカルに合わせながら音を弾き、リズムをあわせ、音を創った。心の中でユンナへ謝るも、彼女にそれは聞こえないだろう。

 ユンナはただ笑みを浮かべて、けれどもため息交じりにボーカルを見た。一番輝くその男の姿を見せられると、まぁ仕方ないかと思わざるを得ない。腐れ縁ついでに、親友のダンナであり、親友の親だ。

 かくして最後の砦であったユンナまで暴走を始めると、なかなかに終わりの見えない様相を呈することとなった。
 暴走しつつも、練習し続けた曲が根底にある限り、終わりはみな、わかっている。
 ボーカルが声帯を震わせるのを辞めると、ピアノ以外がみな音を止めた。しばしの独奏の後、最後をボーカルが占めてフィニッシュ。
 拍手と完成で沸いた会場に、5人は呆然と虚空を見つめていた。
 終わってしまったのだ、と。



■終章〜静かな日々、再び?〜

 聖都に戻ってまだ1日。興奮冷めぬうちに宴会2次会だとオーマに招集された面々だが、あたりはまだ明るい。朝昼夜のどれに一番近いかといえばむしろ朝よりの昼だ。

ユンナ:「徹夜したらお肌が荒れるでしょう?」

 早い集合に文句を言ったマーオにユンナが答える。如月は店を店主に任せての出動だ。とはいっても、文句ばかり言ってもいられない。5人は最初のミーティングをした喫茶店に入り、飲み物とサンドウィッチなどの軽食を頼む。
 テーブルを埋めるほどの軽食が出揃うと、ユンナが不服そうに口を開いた。

ユンナ:「どうしてあの演奏で優秀賞なのか……」
マーオ:「賞品もいただきましたからね」
オーマ:「けちくせぇよなー。出すなら金出せっての」

 オーマの発言に、ユンナとアイラスのため息に、以前ならなかったであろう如月のものが追加される。

ユンナ:「いっておくけど、あのヴァイオリンの価値はすんごいのよ!? これだからアンタは……」
アイラス:「本当ですね。あれは金額云々ではない価値があるのに」
如月:「同感だ」

 ツナサンドをほおばる如月が口数少なくも、アイラスに同意を示す。
 72組中3組が選ばれる優秀賞の賞品は、クレモナーラ村の職人が腕によりをかけて作った名器の数々だった。どれか一つをどうぞ、という選択式の太っ腹ぶりに会場が感嘆のため息をついた。
 フルートは別のチームが獲得したため、それではと言うことでヴァイオリンにしたのだ。名工中の名工とうたわれる人物の作。
 もらえる楽器は一つだったためにどうしようか考えた末、ヴァイオリンを如月に託された。

オーマ:「大体如月はめったに弾かねぇじゃねぇか。宝の持ち腐れだろ」
如月:「いや……使わないと楽器はだめになるから、一日一回は弾いている。仕方なく」

 仕方なく、といいながらその顔から笑みがこぼれている。

オーマ:「今度俺の病院に招待してやるから、ぜってぇ弾けよ。俺様が驚くような、すんげぇいい感じの」
ユンナ:「あら、その時は私もよぶわよね? 聞きたいわ、如月のヴァイオリン」
アイラス:「いいですね。なんだったら一緒に弾きますよ?」
マーオ:「僕も一緒に何か!!」
如月:「……え?」

オーマ:「なら俺がその演奏にビューティホーな……」
ユンナ:「仕事しなさい、仕事を」

 外の景色はもう、冬の色へと変化していた。