<東京怪談ノベル(シングル)>
『幻を追いかけて』
●旅路の途中に
「くっ……」
ぬかるみに足を取られ、ジェシカ・フォンランは森の中に崩れ落
ちた。降り頻る雨が容赦なく彼女の体をうち、体温を奪っていく。
「まだ……こんなところで……」
ずぶ濡れになったマントは、既に防寒具としての役割を果たして
いない。ジェスはため息と共に体を起こしかけたが、そのまま木陰
に腰を下ろしてしまった。
「あの野郎……逢ったら……」
フードの向こうに見える空は鉛色で、どこまでも暗い。冷たい雨
にさらされ続けた体は震えていた。
「殴ってやる……」
雨に濡れた彼女の頬を、熱い涙が零れ落ちていった。
●放浪
かつて、戦乱の中で知り合った一人の男。ジェスと共に駆け抜け
た戦いの中で、彼は視力を失った。その男が旅立ちを告げた時、彼
女は止める術を持っていなかった。男が消えてから一年が過ぎ、二
年が過ぎた。風の噂ですら彼の足取りを掴む事はなく、日々の暮ら
しの中で時間だけが過ぎていく。
(追いかけよう。このまま待ってるだけなんて……そんな事は出来
ない)
東方に向かうと言っていた男を追って、彼女の長い旅が始まった。
手がかりもなく、あちこちを放浪するだけの毎日。日々、走って、
戦って、傷ついて……そして生き抜いた。異世界を経験したのも、
そんな旅路の途中だった。幸い、彼女が身につけた力は外敵の脅威
から身を守るだけの力を有していてくれた。
手がかりを求めて、故郷に戻ったのはつい最近のことである。そ
こでジェスは、かつての仲間のもとに男から手紙が届いているとい
う事実を知ったのだ。
「手紙が届いてるって本当か!? あいつ、今どこにいるんだ!?」
それは短い手紙だった。遥か東方の城塞都市に自分がいる事。視
力は回復し、冒険者として暮らしている事。そして、気になる事が
あるので、力を借りたいという内容が記されているだけであった。
そこには、ジェスについての事など、これっぽっちも触れられては
いなかった。
「あんの野郎……」
ジェスは全身の血が沸騰するかと思った。力が必要なら、どうし
て自分に助けを求めて来ないのか。あいつにとって、自分は今でも
守るべき対象に過ぎないとでもいうのかと。
「くそっ!」
そのまま、止める仲間を振り切って、ジェスはジェントスの街に
向かって走り出した。
●葛藤
だが、ただがむしゃらに進むだけの旅路は、彼女の体力を奪って
いった。もう3日も何も口にしていない。どうやら熱も出てきたよ
うだ。
「ふ……ふふふ……」
不意にジェスの口から笑いが漏れた。
(こんな苦労して追いかけて……それでどうなるんだ。あいつだっ
て……もしかしたら俺がエルフだから遠ざかっていっただけなのか
もしれない……)
ずっと心の中で思っていた不安だった。あの時、彼を止められな
かった理由。追いかけて、抱きしめる事の出来なかった理由がそれ
であった。心の中の不安をかき消す様に、ジェスは無我夢中で旅を
続けてきた。しかし、その思いから逃れられた事は、一日たりとも
なかったのだ。
「幻でもいい……! なのに……なんで逢えないんだっ!!」
雨の中に、彼女の絶叫が響き渡った。
●虹の彼方に
それからどれだけの時間が過ぎたのだろう。雨音が聞こえなくな
った事にようやくジェスは気がついた。
「雨が……あがったか……」
ゆっくりと彼女は立ち上がった。まだ自分は立ち上がれる。前に
歩き出す事が出来る。そう、自分自身に語りかける様に。
いつしか森を抜け、ジェスの視界に彼方の城塞都市が飛び込んで
きた。雨上がりの空には虹の橋がかかり、彼女を迎えているかのよ
うに見えた。
「待ってろよ……こんどこそ、絶対に逃がさないからな……!」
ずっと追いかけ続けた男の面影を胸に抱き、ジェスはジェントス
の街に向かって一歩一歩近づいていった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業
3076/ジェシカ・フォンラン/女性/20/アミュート使い
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■ ライター通信 ■
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どうも、神城です。殴りたいという事でしたが、シングルシチュ
エーションでは指定以外のNPCは名前も出せないというのが規定
であり(携帯コンテンツからなら指名できる?)、こういう形にな
りました。これがゲームノべルなら比較的NPCが自由に使えると
いう事なので、そちらで募集をかけてみる事にしました。良かった
ら覗いてみてください。
それでは、ご指名ありがとうございました。またお会いしましょ
う。
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