<東京怪談ノベル(シングル)>


むすめのきもち。


 子の心、親しらず――という言葉はちょっと違ったような気がするが。
 今の状態は、それだ。
 子の心を知らない、親。

 なんてこった! 親として大失態………!!!

 一心不乱に雑誌を読みあさっていたオーマは、唐突に思いつめて、うおぉおおお! と切ない雄叫びのあと、ぺしゃんと床に紙のように倒れこんでしまった。



 キッカケはなんということはない。
 男親のカン、というものが働いたからだった。
 どうにも最近娘の周りが、桃色ナウ筋ピクピクハート微乱舞フルコースになっている気がする。
 娘だってお年頃。
 彼氏の一人や二人できたところでおかしくは無い。
 いやいや彼氏と名のつくものならば、一人であって欲しいものだが――なんといってもオーマの娘。かえるの子はかえる、というし。
 まぁ、しかし、それでも娘が無事ならばいいのだ。無事ならば。
 繰り返すが、なんといってもオーマの娘だ。

「あんなに可愛いうちの娘がどこの馬の骨ともわからない輩に……!?」

 普段娘から受ける酷い仕打ちはすっかり忘れている模様。
 娘がどれほど力があるかなど、関係ないのだ。――父親、という人種にとっては。

「いかーーーん! これではいかーーーーーーん!!!!
 男親たるもの、娘のウキウキラブビームくらい俊敏に感じ取らねば! 研究だ!」

 そうしてオーマは握り拳ひとつ、立ち上がったのだった。



 ――立ち上がったほんの数十分後にすぐに撃沈したのだけれど。

 己の気持ちを奮い立たせ、財布を引っつかみ街の本屋へ。
 そこでおそらくはオーマの年齢では買いそうにないような女性向け雑誌を数点買いあさり(店主にかなり奇異な目で見られたが、父親たるものそんなことで怯んでいられない)、帰宅したかと思えば寝室へ引きこもってぺらぺらと本を捲っていたのがついさっき。
 そして父親として大失態だと気がついてぺしゃんこになったのが、一秒前。
 匍匐前進のようにして雑誌の元へと戻りながら、尺取虫のような格好になってもう一度雑誌を開いた。
 デートをしている男女の可愛らしい絵が描いてあって、ハートが踊りそうな可愛らしい字で題字が書いてある。
「『初めてのデート』……デート……」
 想像してみる。
 可愛い可愛い愛娘と、どこの馬の骨とも分からない駄馬筋炸裂男――ただし娘を選んでる時点で審美眼だけは正しい――との初デート。

 二人で手を繋いだりなんかして。
 二人で夕日の綺麗な公園なんかにいってみたりして。
 二人で楽しげに笑いあって、そのうち夕立とか降ってきて、これじゃ帰れないね、なんて言ってみたりして。
 そうしたら、そうしたら――!!

「フンッ!!!!!!!!!!!」
 荒い鼻息とともに、オーマが雑誌を破り捨てた。そのついでに頭に浮かんだモヤモヤおピンク妄想も破り捨てた。
「許さん! そんな男は俺が許さねぇ……!!!!!!」
 こうなったら一刻も早く、娘心を理解しなければいけない。事前に分かっていれば対処だって出来るというものだ。
 雑誌をイチイチ悠長に読んでいる暇など無い。
 どうすれば。
 どうすれば………!
 立ち上がって部屋をうろうろとしはじめたオーマの足元に、トン、と買ってきた雑誌の一冊がぶつかった。
 視線を落とすと漫画が見える。おかしい、女性向けのファッション雑誌やその辺を手当たり次第に買ってきたと思ったのに、どうやら別の漫画などまざっていたらしい。
 開かれているページは、主人公らしき少女が嬉しそうに彼とのデートのことを日記につけているシーンだった。

「……………」

 日記、ダーーーーーーー!!!

「こ、これだ……!」
 日記をつけるだとか、もはや娘のキャラに合っているか合っていないかなど関係ないのだ。
 なんたって相手は大事な大事な娘。
 手段など選んでいられないってもんだろう! えぇっ、違うか、親父愛マッスル筋肉さんよぉ!
 後半にかなり無理やり自分を納得させる言葉を並べながら、オーマは娘の部屋へ移動することにした。
 もしも引き出しを開いて日記があったなら……!?
 大丈夫だ、娘は外出中。気付きやしない。
 そうっと、そうっと覗いてみるだけだ。
 娘心研究のためだ、いけ、俺! マッスルボディと腹黒筋は、なんのためにある!

 ――すくなくとも人様の日記を盗み見するためではないと思うが、もはやオーマを止めるものはなかった。

 つぅっと頬を流れる汗は、重大任務を請け負っている時のそれに似ていた。
 どきどきと心音が高鳴る。
 ドアノブに手をかける。回す。かちゃり、開く音。
「娘よ、許せ……!」
 ぽつりと呟いたあと。
 べしん!!!!!
「ぐっはぁ!?」
 踏み出した一歩は、勢いをつけたせいか縺れて見事にすっころんだ。多分顔からだ。痛い。
「………………」
 しばらく突っ伏した体制になっていたけれど、やがてオーマはのろりと起き上がった。額の辺りが微妙に赤くなっている。
 そのあたりを軽くさすりながら完全に立ち上がってしまって、彼は小さく溜息を一つ。
「……やめやめ。盗み見なんて趣味じゃねぇや」
 例えそこに日記があったとしても、なかったとしても。
 それこそ『娘心』ならば、こっそり見られるなんて嫌なんじゃないだろうか。――正直、『娘心』じゃなかったとしたって、嫌だろう。
 オーマは肩をすくめて元の部屋へと戻ることにする。
 まだまだ研究しなければならないことは沢山だ。買ってきた雑誌は山のようにあるのだから。
 娘の部屋の扉を静かに閉めながら、オーマは外出している彼女を思って、ただ小さく笑った。




後日。
雑誌を読んで研究したオーマが、娘に間違った趣味の服をプレゼントしてみようとしたり、イマドキの言葉を使ってみたりして、見事に玉砕したということだけを、伝えておく。

――あぁ、娘心とはかくも難しいものだろうか。
遠くの空を眺めながら、オーマはぽつりと呟いたとか、呟かなかった、とか。


- 了 -