<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


例えばこんな冒険譚


 同じ表紙同じ装丁、しかし中身はまたも白い本を手にコールはまたも白山羊亭の何時もの場所で軽くペンを走らせる。
「面白いね」
 丸いお盆を手にコールの横にコトリとコップを置いたルディアが、ハテナマークを浮かべて首を傾げる。
「同じ題材の筈なのに、どうしてこんなに物語りは変わっていくんだろう」
 中身の書き込まれている2冊の本と、今の目の前で広げられている白紙の本。
 カランと扉の音がして、ルディアは顔を上げると入り口に向けて「いらっしゃいませ」と口にする。
「あら、やっぱりいらっしゃいました」
 おっとりとした口調でコールが座るカウンターまで歩み寄ったのは、シルフェだ。
「実は少し狙ってお店に来てみました」
 何時もと言うわけではないが、コールがこの白山羊亭を訪れる時間だけならばほぼ同じと言える。
「また参加できないかしらと、ね」
 コールの横で積まれている2つの本には、シルフェもまた違った役で出ている。コールは一度その本を見て、手元にある白紙の本に視線を落とすと、にこっと笑って顔を上げた。
「そうだね」
 シルフェはありがとうと口にすると、
「ふふ、今日はわたくしお茶をご馳走いたします。とは言ってもいわゆる『奢り』なだけですけれど」
 本当ならコレを使ってもいいのですけれど…と、取り出した聖獣装具の海皇玉だが、部屋一つを水浸しにするほどの効果を持つため、シルフェはくすくす笑いながら海皇玉を引っ込める。
 これで登場人物の一人は決まったわけだが、後誰を出そうかな? と白山羊亭を見渡し、見知った黒い翼にコールは手を上げて名を呼んだ。
「久しぶりだな」
 3枚の黒い翼を持った天使――サクリファイスは、カウンターまで歩くと、その机に広げられた白い本に視線を落とす。
「白紙の物語か」
「うん」
 サクリファイスの言葉にコールは大きくなずくと、こういう話なのだけど、と物語の冒頭を伝える。


 炎の山−フレアランス。
 フレアランスに、1匹の獰猛なサラマンドルが住み着き、近隣の村々を炎へと包んでいっていた。
 サラマンドルが住み着いてから、フレアランスはその働きを思い出したかのように噴火が続き、その熱い空気を世界中に吐き出す。
 森だった山の周りも一切が枯れはて、今では荒野が広がるばかり。
 人々は、サラマンドルを倒す勇者を待っていた。


「う〜ん、そうだな……」
 サクリファイスは少し考え、また薄く口を開く。
「サラマンドルがどうして急に人を襲いだしたのか、知りたいかな」
 きっとそれは物語を進ませる事で、知る事が出来るだろう。
「その原因と、原因を取り除けば、サラマンドルは大人しくなるのかなって。なるんだったら、それに越したことはない」
「それは大丈夫だよ」
 他の前に作られた物語も、両方ともサラマンドルは倒されてはいない。
「それなら、いいんだ」
 サクリファイスはほっとしたようにその顔に微笑を浮かべて、小さく『私は戦えないから』と、口にする。
 しかしその小さな呟きに、コールはきょとんと首をかしげ、
「あぁ、刀を抜くと、狂気に冒されるんだ。それが、神が私に与えた罰だから……」
 そう口にして苦笑するサクリファイスに、コールもそして隣で聞いていたシルフェもどこか顔を曇らせる。
「と、ごめん」
 はっとしてその雰囲気に気が付き、サクリファイスは両手を振って、
「できるだけ戦わない。原因を探り、取り除く。で、いいか?」
「うん、勿論」
 コールは軽く羽ペンを紙面上に躍らせ、ふとピタッと手を止める。
「二人とも、役職は?」
「役職?」
 行動を言えば役職は決めてもらえると思ったサクリファイスは、ふと考える。
 そして、シルフェは前々から考えていたのか、
「わたくしは魔女がいいです」
 勇者にもサラマンドルどちらにも味方しない、気紛れな魔女。
「あ…う〜ん、前のままで、いいと思う」
 役から入るより、行動から入るから、と。
「他にも誰かいないかな」
 気紛れ魔女と、天使ではいまいち戦力(?)不足になりそうで、コールは誰かいないかとまたも白山羊亭へと視線を移動させる。
「あらぁ、オーマ」
「おうユンナじゃねーか」
 白山羊亭の入り口で、扉を開けたまま顔を見合わせ立ち止まっている二人。
「「………」」
 そして同じタイミングでまた入り口に向かう。
「私を差し置いて先に入ろうなんて、いい 度・胸 よね?」
「いやぁ悪い悪い」
 一瞬ポカンとその姿を見つめ、コールは、
「あの2人って知り合いだったんだぁ」
「……すまないな」
「うわぁ!!」
 入り口を見ていたはずなのに、コールの隣から突然声がかかる。
 視線を向ければ、そこにはジュダがコールを見下ろしていた。
「あ、うん、丁度よかった」
「…?」
 軽く首を傾げるジュダだったが、コールは入り口でなにやら言い合っている二人に一度振り返ると、登場人物に3人の名前を書き足した。



【アンデジンの傷口】


 なぜだろう。
 遠くの山が赤く燃えている。
 この昼と夜の神殿に置いてさえも赤く光るあの光は。
 サクリファイスは触れていたリカステの花からそっと手を離すと、ばっと4枚の翼を羽ばたかせた。



 場面は変わり、ここはとある大陸の水の国。

 ドン! バタン! ドドン!!

 説明しよう。
 上から、開く。閉める。押さえる。あれ?
 押さえた扉の向こうからは、どこか地獄から轟いて来ているのではないかと錯覚を起こしそうなほど低い声が耳を劈く。

 ドゴォン!!

 説明しよ―――
「そんな場合じゃねぇ!!」
 オーマが押さえていた城門は鉄でできていたはずなのに、その顔すれすれの所を何かの棒がかすって行ったのだ。
 ぎょっとその棒を視認し、これ以上扉を押さえていても無駄だと悟るや、オーマは一目散に駆け出した。
「まぁたやってるねぇ、オーマ王よぅ」
「あっはは、あの方も素直じゃないねぇ」
「まぁだ構ってくれるだけ幸せだぜ? 王・様」
 逃げるさなか、まるでそれを日常茶飯事のように口にする街人達。
 慕ってくれている事は嬉しいのだが、今の現状ではかなり微妙だ。
 笑ってないで、止めてくれ!!
 オーマはそんな事を思いつつ、自国の街を最短記録で駆け抜けた。



 アヒルさんジョウロで今にも抜けば悲鳴を上げそうな植物達に水を上げている魔女。
 というか、そんな危ない植物をプランターでガーデニングよろしく育てるのはいかがな物か。
「うふふ〜」
 水しぶきと光によって艶やかに輝いた緑の葉に、魔女――シルフェは満足そうに微笑んだ。
 そして、その横をざっと土煙が駆け抜ける。
「あ」
 スローモーションで言うならば、誰かがシルフェのマンドレイクガーデンを物凄い速さで駆け抜け、プランターがその風の動きに巻き込まれてひっくり返り、中身が辺りにちらばった。
 シルフェは何事も無かったかのようにぱっと耳を塞ぐと、

きしゃぁぁああああ!!

「あらあら」
 程なくして、マンドレイクが高らかと泣き叫んだ。



 小さな酒場の舞台上で、すっと少女が口を閉じた瞬間、一瞬の沈黙の後立ち上がる拍手の嵐。
 少女――ユンナはその拍手の群れをさも当然の事であるかのように人々の間をすり抜けて、一つのテーブルに腰を落ち着ける。
 テーブルにはどこか無愛想な面持ちの青年が陣取り、ユンナに向けて質の良さそうなケープを差し出す。
「ありがとう、ジュダ」
 受け取ったケープを肩に羽織り、奢りだと言って運ばれてきたカクテルを口に含む。
「ふふ…こうした旅も悪くないわね」
「しかし執務は溜まっていく一方だぞ。ユンナ様」
 一瞬ジュダに向けて、きっと瞳を鋭くするが、すぐさまその視線を解く。
 自分に対する敬語を使わなくさせるだけだってかなりの期間を有したのだから、完全に『様』を使いこなせていない事に文句を言うのは贅沢かもしれない。
「??」
「そんなの大臣達が何とかするでしょ」
 それに、この鈍感な男が気が付くはずがないと分かっているから、ユンナは気にするなと手を振り、ヤル気なさげにそう答えた。
「その大臣殿から親書が」
「また帰って来いとかでしょ? 捨ててしまって」
「いや…それが」
 どうやら火の眷属たるサラマンドルが、フレアランスで暴れているらしいと言うもの。
「ねぇ、一国の王にこういう事を頼む大臣もどうなの?」
 ユンナは机に頬杖を付いて、その紙をひらひらさせて愚痴を漏らす。
「適任だと、思うが?」
「……………」
 確かにユンナは火の国を統べる王であり、古来より生きるフェニックスの化身だ。
 しかし、不死者であるためだろうか? つくづく腕は立つが、勘の鈍い男だと思った。



「私…は…?」
 真っ白の4枚の翼を持った天使がその場で蹲る。
 辺りを見回してみると、ここは自分の神殿ではなく地上である事が分かった。
 どうして神殿から地上へと降りたのだろうと、サクリファイスは考える。
「そう…だ……」
 おぼろげに浮かぶ記憶の中に、遠くの空を赤く染めている“何か”が浮かび、自分はこれが何かを確かめるために神殿を出たのだと思い出した。
 目的を思い出した瞬間、今まで不安げに揺れていた瞳が光を持ち、サクリファイスは顔を上げるとまた翼を広げ、あの赤を目指して飛び立った。



 一晩を過ごした街からフレアランスへと向かうための街道沿いで、二人はぴたっと立ち止まる。
「ねぇ、ジュダ」
「なんだ、ユンナ」
 明らかにユンナの声はどこか苛立ちというか、怒りに震えている。
「あそこに倒れているモノに、見覚えがある気がするのよ」
「そうだな。確かに、水の国のオーマ王だ」
「……………」
 淡々と答えたジュダにユンナな一度嫌そうな視線を向け、また倒れているオーマへと振り返る。
「まぁいいわ」
 ユンナはふさぁっと髪をかきあげると、道の真ん中で倒れている大男に、ユンナは何の気にも留めずその上を通り過ぎていった。
 なにやら、ぐぇ! などという悲鳴を聞いたような聞いてないような気になりながら、ずかずかとその上を通り過ぎていったユンナを追いかけ、ジュダは軽く駆け出す。
 流石に友好国とはいえ一国の王の上を通り過ぎることはできず、ジュダはその横を大回りして通り過ぎた。
 これで何事もなく事が過ぎていくと思っていたのだが、
「おう、ユンナじゃないか!」
 二人はびくっと肩を震わせてゆっくりと振り返れば、オーマが顔や腹に土をべっとりとつけて、親父腹黒笑顔を向けている。
「何か背中が痛ぇなぁ」
 と、ボソリと口にしながら、こべり付いた土を叩き落としながら、オーマは二人に歩み寄る。
「久しぶりだなぁ、おまえ等今何してんだ?」
 最近国交間会食で顔見なかったよなぁ。と、オーマははっはと笑いながら問いかける。
「貴方には関係なくってよ」
 行くわよジュダ。と、さっさと歩き去ってしまおうと踵を返そうとしたのだが、
「って、何してるのジュダ!?」
 オーマが聞くままに、ジュダは自国の大臣から届いた親書を何事も無いかのようにオーマへと手渡していた。
「へぇ、フレアランスねぇ」
 親書をふむふむと読みつくすと、オーマはジュダに親書を返しつつ、その背中をバンバンと叩く。
「いっちょ俺も手伝ってやらぁ」
 これで暫く帰らなくて良い言い訳もできたと、オーマはどこかうきうきだ。
「貴方の手伝いなんて 不 要 よ!!」
 そう、この男に任せてしまったら、上手く行くはずのものも上手く行かなくなってしまう気がする。
「何言ってやがる!」
「オ…オーマ?」
 オーマは真剣な顔つきでがしっとユンナの肩を掴むと、
「そのサラマンドルは、最近噂のワル筋ウィルスやられたに違いねぇ!!」
「…は?」
 待ってろ俺がおまえをナウ筋に変えてやるからな! などと叫んでいる姿を、一瞬ポカンと開いた口が塞がらずに見つめていたが、すぐさま我を取り戻すと、
「だから不要だって言ってるでしょ!!」
 と、ユンナの高らかな叫びがフレアランスの麓の街道で木霊した。
「で、貴方はどうしてあんな所で倒れていたのかしら?」
「いやぁ俺にもそれが不思議でなぁ」
 オーマは首を傾げながら、なんだか変な悲鳴を聞いた後に意識が飛んだような気がすると説明する。
「それって……」
 確かフレアランスの近くの森に、マンドレイクを楽しそうに育てている魔女の話を聞いた事があるような気がして、ユンナは別の意味で意識が飛びそうになるのをぐっと堪えて、その口元に呆れたと言わんばかりの薄ら笑いを浮かべた。



 昼も夜も境がない。
 目的は赤い光の源のみ。
 山頂からマグマが酷く噴出しているのかと思っていたが、山頂から振り落ちているのはサラマンドルが口から吐き出した炎のブレスの火の粉だった。
 サクリファイスは高度を変え、無意識に薄く結界を張りながらサラマンドルが暴れている山の山頂へと降り立った。

 ―――い

「ん?」
 サラマンドルはサクリファイスが山頂に降り立った事さえも気にしていないのか、まるで何かを誤魔化すかのように四方八方にブレスを吐き出している。
「止めるんだ。赤の光が遠くの地まで照らしている」
 しかし見境なく暴れているサラマンドルに声は届かない。

―――痛いよ

 サクリファイスははっと瞳を見開くと、そっと視線をその全身を見つめるように移動させる。
「そうか」
 サラマンドルの足が酷く爛れ、その足から流れる血さえも赤く燃え上がる炎へと変わっていっていた。

痛い。痛い。痛い――――

 そうサクリファイスの耳に届く叫び声。
 フレアランスの山頂のサラマンドルは、見境なくブレスを吐き散らし、その火の粉を山の麓に飛ばしている。
 しかし、良く見ればその小さな瞳には涙が溜まり、自分が吐き出す熱によって蒸発してしまっているだけ。
 まるで足を擦りむいた子供のように、痛みによって泣きじゃくっていただけなのだ。
 本当は苦しくて、自分ではどうしようも出来ないだけなのに、人々が勝手に暴れていると噂を立ててしまった。
 ―――いや
 サラマンドルという人には到底太刀打ちできない力を持っているがゆえに、圧倒的な力を吐き出しているだけで、ただの暴力と映ってしまっても仕方が無いのだ。
 人はそれほどに弱い生き物だから。
「私が薬を貰ってこよう」
 確か、この山の近くには、薬を作るのが趣味な魔女の家があったはずだ。
 サクリファイスはそっとサラマンドルから手を離すと、魔女の家へ向けて飛び立った。



 新しいプランターに水をやりながら、シルフェは思い出したように遠くを見つめ、
「そう言えば、あの人大丈夫だったかしら?」
 と、マンドレイクの悲鳴を思いっきり聞いたであろうあの疾走していった男性――オーマの事を考える。
 が、
「生きていたら、きっととても運がいい人ですね」
 と、さして深く気にする事もなく、またにこにこと笑いながらプランターの新しいマンドレイクに水を与える。
 そう言えば見上げた先に遠く見える山が、最近活発になっているような気がする。
 この自分の家に被害がなければ別段かまわないため、シルフェはただ時折赤く光る山にさしたる興味も向けず、別のプランターの植物の様子を確かめる。
「紅茶には、ラベンダー。お菓子には、ミントですね〜」
 まともなハーブもちゃんと作っているらしい。
 シルフェはアヒルさんジョウロを置くと、手には杖に持ち畑へと向かう。
 畑では、頭が尖った小さなブリキの人形がまるで眠るように囲いにもたれている。
 シルフェはすっと杖を上げると、すっと眼を覚ましたブリキの人形達は、広い畑を耕したり水を上げたりと、作業を開始した。
「あら? 知らない人ね」
 遠く遠く、このフレアランスから向かうならばどれ位の日にちが掛かるか分からないくらい遠くに住む聖なる者の気配が、シルフェの畑に近づいてくる。
「何かあったのかしら」
 まるで歌うようにそんな事を口にしていると、
「力を貸してほしい!」
 シルフェの前に一人の天使が降り立った。



 山頂に向かうにつれて熱気は酷くなっていく。
 しかし火の国の女王たるユンナや、不死者ジュダにはまったく関係のない事ではあるのだが。
 それでも同行している水の国出身のオーマさえも何の変化もないのはどういうことだろう。やはり水の魔法で周りの湿度や気温を変えているのだろうか。
「…!!?」
 行き成り山頂から吐き出た炎のブレスにさっと頭を押さえ、ジュダはユンナを自らで庇い山頂を見上げる。
「待ってろサラマンドルゥ!!」
 オーマはそのサラマンドルが吐き出したと思われるブレスに、「おまえのワル筋ウィルスは俺が治してやるぜー!!」と叫びながら、その場から走り出した。
「ちょ…オーマ!」
 止めるユンナの声など何処吹く風、軽く呪文を唱えたらしいオーマの左右で水が蠢いている。
 そこまでは良かったのだが、
「……!!」
 オーマが水を操り召喚して出来た水の生き物は、親父アニキイロモノ系で、マッスルポーズを取りつつ召喚者であるオーマを追いかけていった。
「い、急ぐわよ!」
 このままではサラマンドルが危ない。
 いや、殺されるとか別の意味で。
 先手を取られてしまった事を不覚に思いつつ、そんな事はもう後の祭りだ。
「捕まりなさいジュダ!」
 ジュダは差し出されたユンナの手を握ると、ユンナの背から赤い炎の翼が顕現し、一直線に山頂へと飛び上がった。
 そして飛び上がった空から見たものは、オーマの存在などまるで気にしていないサラマンドルと、その両端でシンメトリーにポーズを決めている筋肉アニキ召喚物。
 やっぱりワル筋ウィルスがうんたらかんたらといった口上を口走りながら、何やらキラキラとした雰囲気(汗?)をかもし出しつつ、オーマと両端の水アニキ達は、サラマンドルへと駆け出していく。
「ジュダ止めて!」
 ユンナは思わず「美しくな〜い!!」と叫びながら、ジュダの手をぱっと離した。
 ジュダは落ちるさなか、指先を軽く噛み切る。そして、バランス良く山頂へと降り立つと、女王の命令の元、オーマとその両端の水アニキ達に向けて血で作り上げた鎖を絡めつけた。
「はーなーせぇ!!」
 血の鎖によって絡みとられたオーマはその場で地団太を踏むが、ジュダはそれをただ見下ろすだけ。
 何とかオーマの進撃を止める事ができたことにほっとしたのも束の間、どうやら自分達に気が付いたらしいサラマンドルが、その大きな口をこちらへと向けていた。
「……っ!!」
 炎の翼をまるで空に溶かすように解いたユンナはすっと舞い降り、吐き出されるブレスをまるで子供をあやす様に消し去る。
「私が誰だか分かるわね?」
 炎の属性であるはずなのに、すぅっと冷えたような空気を感じる。ユンナによって辺りの熱を操る程度、造作もない事なのだから。
「ユンナ…」
 すっとジュダが指を差した先を見れば、サラマンドルの足には大きな傷が刻まれていた。
「あらあらあら〜?」
 突然の声に、ユンナとジュダは顔を上げる。オーマも声に反応しようとしたみたいだが、びっちり絡みついた血の鎖はそんな自由さえも奪っていたらしい。まるでエビフライのように跳ねただけだった。



 サラマンドルの爛れる傷口から出た炎はユンナの力によってあらかた沈静され、可愛らしいバスケットを手に持ったシルフェはその傍らに座り込むと傷の深さを確認する。
「治りそうか?」
 サクリファイスは傷を確かめるシルフェを覗き込み、ハラハラとした表情を浮かべながら、問いかける。
「大丈夫ですよ。うふふ…」
 シルフェは小さなバスケットから沢山の小瓶を取り出す。
 それを地面へと並べながら1つずつ蓋を開けていった。
 すると、蓋を開けた小瓶からは、花やハーブの香りが立ち上り、辺りを包んでいく。
「ここからが、わたくしの本領発揮」
 そう、フレグランス・ウィッチたるシルフェのね…。と、最後に明らかにバスケットには入りそうもない杖を取り出して、まるで音楽を指揮するように杖を動かす。
 踊るアロマエッセンスが空中で混ざり合い、虹のように輝いて傷口を覆うと、サラマンドルの傷は見る見るうちに癒えていった。
「良かった…良かったな! サラマンドル」
 傷が癒え、涙が消えたサラマンドルの巨体に、サクリファイスは手を伸ばして抱きつく。
「とりあえずは一件落着なのかしら」
 ユンナはふっと笑って髪をかきあげる。
 天使の正体は気になるところだけど、火の眷属たるサラマンドルが元に戻った事で、深く追求はしないで置こうと、山頂に背を向ける。
「ジュダ、帰るわよ」
「あぁ」
 ユンナはすっとジュダに手を伸ばし、炎の翼を広げフレアランスから去ってく。
「わたくしも帰りますね」
 伝統的魔女のアイテムともいえる箒に座り、ふわりと浮かび上がるシルフェを、サクリファイスは手を振って見送り、サラマンドルに振り返る。
「一緒に行くか?」
 黒に染まりかけた翼で飛び立てば、サクリファイスなど吹き飛ばしてしまいそうなほどの風圧を持つ翼を広げて、サラマンドルはサクリファイスを追いかけるように飛び立つ。
 そして、
「俺を解放しろー!!」
 と、そんなオーマの叫びだけが山から響いた。



終わり。(※この話はフィクションです)






























 まとまっている様な? いない様な…?
 どこか微妙な面持ちでコールは話し終える。
 入り口でどちらが先に入るか痴話喧嘩よろしくしていたユンナとオーマも、気が付けばカウンターの側のテーブルで、話が終えるのをただ聞いていた。
「サラマンドルを殺めなくて、良かった……」
 どこかぐっと息を呑んで話を聞いていたサクリファイスだったが、完結した瞬間安堵の息を漏らす。
「私も……刃を使わないで誰かを助け、守れたらいいんだけどな」
 現実で鎧を着込んでいるにも関わらず、話しの中のサクリファイスは魔法的で、どこか神聖視されているような役割になっている。
「大丈夫だよ」
 コールはサクリファイスの心のうちを見透かしたかのように、にっこりと微笑んで口にする。
「と、また話しがずれたな」
 サクリファイスは軽く照れたように話を止めて、
「今回も、話し、ありがとう。楽しかったよ」
 と、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「フェニックスに女王だなんて前回よりはよく私の事を分かっているようね?」
 そういえば前は泳げないのに人魚であったか。
「でも、何かしらね? 何となくそこかしこに妙な思惑を感じるのよね?」
 ユンナはぐるぅりと視界の隅にオーマを捉え、さっとコールに視線を移動させると、
「コール…貴方どこかの筋肉馬鹿から何か吹き込まれたりしてない・で・しょ・う・ね??」
 ぐいっとユンナに覗き込まれ、コールは一度瞳をぱちくりさせる。
 しかし、おっとり笑顔を浮かべて首を傾げると、
「筋肉馬鹿って、誰?」
 と本気で問いかけてきた。
 この人は本当に分かっていないのだろうかと思いつつも、ユンナはふっと一度息を吐き、その背後でニヤニヤと笑うオーマにきっと睨み付ける様な視線を送る。
 しかしそんな視線を送られたオーマだったが、痛くも痒くもないといった感じでコールに話しかける。
「これで世話んなるのは何回目だっけかね?」
「何度目だったかなぁ」
 空を描くように考えるが、如何せん覚える気のない事は本気で覚えていないのがコールだ。
「ま、それはいいが。おうおうコール」
 オーマは今まで座っていた椅子から立ち上がると、コールの背をバンバンと叩いて、
「お前さんも中々いい腹黒筋具合に聖筋界ネタ染まりマーッチョ★してきやがったみてぇだなぁ?」
 と肩を回して、うんうん頷く。
 それを遠巻きに見ていたジュダがボソリと呟いた声に、コールはふと視線を向ける。
「……『今』とそう変わらないようにも思えるな…」
 それはそうだ、以前であった時に築かれたイメージと、先ほどの会話で役が作られたのだから。
「…『時』が違えど例え『其れ』が無き筈のもので在ろうとも…結局は『個』は『個』、『其れ』は『其れ』で在るのかもしれん…か…」
 それだけ口にすると、ジュダはマントを翻しカウンターに背を向ける。
「時が違ったら、変わったかもしれない事でもあったの?」
 しかしコールが問いかけたその言葉に、ジュダは軽く振り返り立ち止まる事無く白山羊亭から去っていった。
「うふふ、わたくしが最後ですね」
 シルフェは新しいお茶をルディアに頼む。
「いつも素敵なお話ですけれど、どれだけ作り上げる事が出来るのかとわたくしドキドキしてきます」
 何時も主人公となるような役割を選んでいるわけではないけれど、確実に話しに絡んでくるように作り上げられるシルフェの役。
「コール様のおつむにはどれだけの世界があるのでしょうねぇ」
「世界は多分1つなんだよ。場面が違うんだ」
 ソーンに来る前の記憶を全てなくしてしまっているコール。だから、それが本当かどうかは実は分からない。
「沢山お話して疲れたでしょう?」
 シルフェは程なくして運ばれてきたお茶を、そっとコールの前に移動させ、どうぞと促す。
「ありがとう」
 コールはシルフェの好意を素直に受け取り、お茶に口を付ける。
 そして真っ白な本に新しく羽ペンを走られた。






☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【1953】
オーマ・シュヴァルツ(39歳・男性)
医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

【2083】
ユンナ(18歳・女性)
ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫

【2086】
ジュダ(29歳・男性)
詳細不明


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆

 例えばこんな冒険譚にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。大変長らくお待たせしました。デフォルト日数だと確実に遅刻でございましたね(汗)
 お久しぶりでございます。役割が前と同じという事で関わりをどうしようか考えまして、空も飛べるしサラマンドルと一番関わる役柄を担当していただきました。この後、一人ではなくなった神殿で、どんな物語が紡がれていくのか想像しても楽しいかもしれません。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……