<東京怪談ノベル(シングル)>
炎の剣士
聖獣界ソーン〜ひなたのおへや〜より
●武闘大会に誘われて
「へー‥‥武闘大会ですか」
天使の広場でいつものように曲を披露していた山本建一(やまもとけんいち)は、観客から話をきき、興味深げに頷いた。
「あんたも見に行ったらどうだい? 今日の大会は豪華景品がでるってことで、かなり多くの冒険者達が集まっているって話だぜ?」
「ああ、だから今日は随分と人の通りが多いんですね」
今日の広場はいつもよりかなり人が多い。
何か祭りがあるのだろうとは思っていたが、エルザード城主催の武闘大会ならば、人が集まるのも納得が出来る。
「早く行かないと良い席が埋まっちまうぜ」
「ああ、そうですね。それでは……この曲で今日はラストにするとしましょう」
そう言って、建一は軽やかに竪琴をつま弾いた。
●予選会場へ
建一がまず最初に行った場所は、大会受付所でもある城の中庭だった。
門番に軽く会釈をし、城を入ってすぐのアーチをくぐり抜けると、活気あふれる声が中庭奥から聞こえてくる。
丁度、大会参加の受付を行っている最中らしく、多くの人でごった返しているのが見えた。
長い間待たされている所為だろうか、参加者達は随分気が立ってきているようだ。
参加者の中には、運営者に激しい剣幕でまだ終わらないのかと問い詰めている者もいる。
「もう少し落ち着いてからの方が良さそうですね……」
戦う前から彼らの熱気にやられては大変、と建一はひとまず中庭からつづくテラスへの階段を上っていった。
階段の踊り場まで上がると、聞き覚えのある涼やかな声が聞こえてきた。
「ごきげんよう、建一さんも大会参加に来られたのですか?」
聖獣界ソーンのシンボルのひとりでもあり、エルザード王の娘エルファリア王女の姿がそこにあった。
丈の長いストールを肩から羽織り、落ち葉を彷彿させる落ち着いた暖かな色合いのドレスを身にまとっている。
慣れた手つきでドレスの裾を少し持ち上げ、緩やかに階段を下り始めた。
「受付はもうなされました?」
「実はまだなんです。もう少し、落ち着いてからで良いかと思いまして……」
「そうですね、今はちょっと騒がしいようですし、まだ時間もありますからね」
数日かけて開催される大会とあってか、主催者達はどこかのんびりとしているような雰囲気を感じさせられた。
焦ったところで結果が変わるわけではない、むしろ自分のペースを崩さずにいることが大切なのだとエルファリアは言う。
「丁度紅茶を飲もうと思っていたところですの。もし良ければご一緒しませんか?」
「さすがにそこまでの時間は取れません。係員の方のお話ですと、予選があるそうですから、それが終わったらご一緒させて頂きます」
「分かりました。では、侍女にいってスコーンのひとつでも焼かせますわ。出来立てを一緒に食べましょう」
有り難い申し出です、と建一は一礼し、くるりときびすを返して中庭へと戻っていった。
●準備
会場はまだ混んでは居たが、騒がしくする者達が減ったおかげか、少しは落ち着きを取り戻し始めていた。
予選はおおまかにチームで分けた団体戦のようだ。それぞれ、チームのシンボルである聖獣のマークを胸に飾っている。
ひととおりチーム分けが済んだところで選手達はそれぞれの控室へと案内された。
中庭からいくことの出来る騎士達の宿舎を一時的に控室にさせているようだ。どうやら掃除も適当だったようで、部屋のあちこちに油が染み込んだ布や砥石が転がっている。
「武器が無いだけマシなんでしょうね」
苦笑いを浮かべて建一はそっと床に転がっている砥石を机の上に戻してやった。
予選組みのメンバーはいずれも見たことのある面々ばかりであった。天使の広場で通りすがった程度のものから、行きつけの店で度々顔を合わせる冒険者の姿もある。
相手から声をかけてくる様子もないし、建一も特に挨拶を交わす程度に止めていた。
いざ本戦が始まれば、この中にいるメンバーもライバルとなる。何人かのペアかチームを組んでも良いといわれてはいたが、この中にいる一同とは組む気は毛頭なかった。
軽いストレッチをしていると、扉が開き案内係が部屋に入ってきた。
いよいよ予選の開始である。予選は何回かに分けて行われるらしいが、この第1戦で大きな活躍を見せたものはそのまま決勝へと進む権利をえるらしい。
「王女様との約束もありますし、早めに片づけるとしましょう」
腰に差している剣の柄をそっと握りしめ、建一は薄く微笑んだ。
●戦闘開始
開始の合図とともに、乾いた金属音が鋭く鳴り響いた。
一体何が起きたのか分からず、男はそのまま固い石の地面へと倒れ込んでいった。
「……踏み込みが甘いですよ。それと、隙が多すぎます」
男の傍らに佇み、建一は苦笑いを浮かべながら男を見下ろした。
途端、背後から殺気を感じ、建一は左手で印を結びながら振り返る。
「久遠の輝きは我を慈しむ、汝を阻みし炎帝の手掌、大地を焦さん!」
建一の眼前に、突如炎が壁のように燃え上がった。男は勢いを止められず、そのまま炎の壁の中へと吸い込まれていく。
肉が焼ける臭いと喉を裂くような悲鳴が辺りに充満した。建一はすぐさま術を解除したが、火は非情にも対戦者の身体をむしばんでいく。
その光景に怯えが生じたのか、対戦者達の動きが鈍くなった。
「……私程度の術で怯えていては……冒険者は勤まりません、よ?」
肩をすくめてそう告げる建一の誘いにも乗ってこないようだ。
このままでは長期戦になることも考えられる。
戦いは、下手に威力を弱めたり、手加減をしては逆に致命傷になる場合もある。
ならばいっそ、と建一は己の剣に炎をまとわせると集団に向かって、一気に斬りかかった。
繰り出される拳を次々と交わし、剣を振るうその姿は、まさに鬼神を思わせた。
ためらう事無く、相手の後ろへと剣を振るい落とす。後頭部や背に強い衝撃を受け、男達はあっけなくその場に崩れ落ちた。
最後の1人を切り捨てると、建一はさりげなく懐の中にしまい込んであったカードを手に取った。
「やれやれ、どうやら出番はなかったようですね」
カードには爛々と瞳を輝かせて燃え盛る火竜の姿が描かれている。カードの中にいる竜は活躍出来なかったせいか、少しだけ淋しげな表情をしているような錯覚を感じた。
チームの勝利の合図と、貢献者として建一の名が上げられた。
それも当然だろう。何しろその場にいた相手の殆どを倒してしまったのだから。
「さて、と。本戦が始まるまでお茶を楽しみましょうか」
カードを再び懐の中にしまい、颯爽と舞台を降りる建一。
その姿はまるで故郷に凱旋する騎士のようであったと、後にその場にいた者は語った。
●テラスのお茶会
中庭を一望出来るテラスの一角に、真っ白な椅子とテーブルが並んでいる。
お茶好きのエルファリア王女が、何時でもガーデンパーティが行えるように、と庭師に作らせた場所らしい。
満開のキンモクセイの香りが鼻をくすぐり、心地よい風が頬を撫でていく。
ここは正に天上の楽園であった。
「お待たせ致しました。少し遅くなってしまいましたね」
待ちわびていた声を耳にし、エルファリアは嬉しそうに返事をする。
「いいえ、とても楽しく拝見させて頂いておりましたわ。素晴らしいご活躍でしたわね」
「お恥ずかしい、見ていらしたのですか」
「だって、ほら……ここからは舞台がとても良く見えるのですよ」
手すり越しに見下ろすと、確かに予選会場が一望出来る。会場では丁度最後のチームが戦いを始めようとしている所だった。
「おや……」
「どうしました?」
「いえ、少し見知った顔が見えただけです」
「まあお友達も参加なされているのですか? お友達も本戦に上がられると良いですわね」
「大丈夫でしょう。彼らならきっと勝てます」
確固たる自信があるのか、建一は力強い口調で言った。建一さんがそう言われるのなら、とエルファリアも微笑ましげな表情を浮かべた。
そんな会話をしている間にも、侍女達がてきぱきとお茶会の用意を整えていた。
焼きたてのスコーンがバスケット一杯に詰められ、白磁の器に囲まれ鎮座している。
「さあ、冷めないうちに頂きましょう」
お気に入りの花柄のポットカバーを外し、エルファリアはにっこりと笑顔を向けた。
終わり
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