<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『ハロウィンにPK合戦』


<オープニング>

 白山羊亭のドアを開けて入って来た少年が、「ルディアおねえちゃん!」と人懐こい笑顔で声をかけた。
 一年たって背も伸びて少し大人びたイマナンだ。サッカーのユニフォームを着ていなければ、わからなかったかもしれない。
「スケルトンから勝負の誘いが来たんだ」と、少年は得意げに鼻の下を擦った。
 少年は、昨夜蝙蝠が届けたという手紙を差し出す。街はずれのオバケ屋敷でハロウィンの夜にPK戦をしようという、サッカー好きな骸骨からの挑戦状だった。イマナンは去年彼らとミニゲームで戦った。
「白山羊亭のお客さんで、一緒に出てくれる人がいないかな?GKはボクのチームから用意するよ」

* * * * *
 10月31日の夜、イマナンはゴールキーパーのチームメイトを伴い、再び白山羊亭の扉を開けた。
「おおう、イマナン。大きくなったな!」
 多腕族の戦士・シグルマが出迎え、四本の手で交互にバシバシと少年の頭を叩いた。試合を控えているのでさすがに酒の匂いはしなかった。
「すっかり大人っぽくなって、むっふん筋肉ラブリーボーイじゃねえか」と2メートルを越す大男のオーマ・シュヴァルツもぼこぼこ頭を叩く。
「痛いよ、二人とも。そんなに頭を叩かれたら、せっかく伸びた身長も縮んじゃう」
 シグルマとオーマとは顔馴染みで、去年のハロウィンの試合でも一緒だった。

「そうだよ、坊やが釘みたいに床にめり込んじまう」と、男達の影になっていた黒髪の女がくくっと笑った。
「俺はユーア、旅人だ。イマナンとは“初めまして”だな。PK合戦とやらが面白そうだったんで、参加させてもらうことにしたぜ」
 ユーアはそう言うと三白眼の瞳を金色に光らせた。隙の無い、どこか油断ならない雰囲気を持つ。男っぽい口調だが、華奢で繊細な体となめらかな声はまぎれもなく女性のものだった。
 イマナンは少し赤面して「よろしく」とペコリと挨拶する。そろそろ思春期なのか、若い女性にはオーマ達とは態度が違う。
 オーマもよせばいいのに、「イマナンの連れは彼女か?」などと小突く。GKだというのはわかっているのだが、子供はすぐムキになって面白いのでからかってみたくなる。少年サッカーは男女混合チームの場合が多い。同年代では女子の方が大柄なものだが、彼女はイマナンより大きいどころか、成人女性と比べても長身だった。女の子らしくブロンド三つ編みを肩にたらすが、ごつい体格とごつい顔の少女だ。
「違うよっ!彼女はキーパーの華杏(かあん)だっ」
 大声で反論するイマナンの予想通りの反応にオーマはにやにやと笑い、「GFでなくGKか」と親父ギャグを飛ばした。愛想のなさそうな少女は全く取り合わず、にこりともせずに「早く行きましょう」と初めての言葉を発し、店のドアを押した。


< 1 >

 北のはずれにある『オバケ屋敷』。住む人もない荒れた豪邸の鉄の門を先頭のシグルマが押した。錆の音が響くものの、それは簡単に開いた。
 オーマもたくさんの荷物を抱えて続く。PK戦の後にパーティーをやろうと企て、バスケットに手製の料理を持参しているのだ。しかもオーマの友人というか舎弟というか居候の霊魂軍団達が、黒い布を被るハロウィン仮装をして、胸に人面草の鉢植えを抱えて応援に駆けつけオーマに随行していた。
 いつもは雑草の庭を照らすのは月だけだが、今夜は割れた窓ガラスからシャンデリアの灯が洩れている。ノッカーを使うまでもなく、玄関の扉は中から先に開いた。
「ようこそ」と声はするが、黒いユニフォームが宙に浮いているだけで姿は見えない。スケルトンは透明な骸骨男だ。
「イマナン、大きくなったな」という声と共に、イマナンの髪がくしゃくしゃと生き物のように動いた。スケルトンが透明な手(というか骨)で頭を撫でたのだ。
 オーマやシグルマとも「久しぶり」と握手を交わした。スケルトンが親愛の情なのか強く握って来たので、オーマもきつく握り返した。巨躯のオーマの掌はかなり大きいものだ。ぎしぎしとスケルトンの手の骨が軋んだような気がする。もしかしたら、顔が見えたら痛みに顔を歪ませていたのかもしれない。
 スケルトンはユーアと華杏には跪いて手の甲に接吻したようだ。白いサッカーパンツに白いストッキング、赤いスパイクの位置で、跪く姿勢になっているのが何となくわかる。
「キザな奴だな」とシグルマが四本全部の腕を使って肩を竦めてみせた。

 今年スケルトンが召集した欧州組は、魔女と狼男とヴァンパイヤ、そしてGKのストーンゴーレムだ。ゴーレムだけが黄色いユニを着ている。
 イマナンチームには青いビブスが渡された。ビブスは、敵方を見分ける目的で身に付けるランニング型のベストである。
 5人はビブスに袖を通しながら(袖ぐりが大きいので、シグルマの腕も2本ずつ全部通すことができた)、キッカーの順番を相談する為に輪になった。
「最初は・・・」とイマナンは、そこで言葉を切って仲間の顔を見回した。
「俺に蹴らせろ!」というシグルマのセリフと、「シグルマさんに任せよう」という声が重なった。
「イマナン、わかってるじゃねーか!」と、シグルマは少年の背中を叩く。イマナンは咳き込みつつも、片目をつぶって親指を立てた。
「そうだな、シグルマは斬り込み隊長に適してる」
 オーマもにやりと笑った。シグルマは全然プレッシャーを感じない性格に見えるからだ。オーマもそう見られがちだが、実は違う。自分では本当は繊細な性格だと思っていた。他人からは誤解されているのだと、声を大にして言いたかった。
「サッカーも一番巧いと思うし」とイマナンが理由を告げると、「えっ、サッカーが何か関係あるのか?」とユーアが目を丸くして尋ねた。
「今夜やるのはPKっていうゲームだろ?」
「・・・。今のセリフ、ハートに氷河期フローズン」
「ユーアさん?」
「サッカー、やったことねーのか?」


< 2 >

 中央の広間には緑の絨毯が敷かれている。アンティークな時計や置物が飾られ、繊細なガラスのシャンデリアの灯りが揺れる中、不自然に、唐突に、横幅732センチ、高さ244センチの白いゴールポストが立っていた。
 白い粘着テープが絨毯の上でゴールエリアやペナルテイエリアを形作っている。ゴールの中心から11メートル離れた場所にもそのテープで×マークが付けられていた。これがペナルティマークらしい。
 審判はパンプキンヘッドだった。果肉の覗く笑顔でゆらゆら大きな頭を振りながら、コインを手の甲で受けた。コイントスに勝ったイマナン達が先に蹴る。
「今年は負けんぞ」とスケルトンがイマナンを挑発し、応援席のゴースト達に向かって両手を広げて煽った(のように袖が動いた)。白い布たちは歓声を挙げて天井を飛び回った。負けじとイマナンも応援席へと腕を振り回す。霊魂軍団と人面草も雄叫びを挙げて対抗した。

 キーパーのストーンゴーレムが、定位置に就いてグローブ同士をぽんぽん!と合わせた。その勢いで。肩口や腕から小石がボロボロと溢れた。
 一番手のシグルマはペナルティマーク上にボールをセットし、深く息を吸い込む。シグルマは長く助走をとる。気持ちを込めながら、後ろへ下がって行く。どんどん下がる。すっごく下がる。ついに階段を昇り、踊り場まで辿り着く。
 皆が『それは下がり過ぎ』と心で突っ込んだ瞬間、ホイッスルと共に全力疾走を始めた。
「うおおおおっ!」
 雄叫びをあげながらボールへ突進して行く。全くシグルマらしい。
 シグルマの右足の振りは見えないほど早かった。ボールは全く回転せずに、ゴール中央の上へと突き刺さった。ゴーレムは読みが外れて虚しく左隅に転がり、また小石をこぼす。
「ヤッターー!」
 イマナン側は狂喜し飛び上がる。まずは一本目は成功だ。

 相手の一人目は、予想通りキャプテンのスケルトンだった。キーパーの華杏も少し堅かった。体の向きがわからないので、赤いスパイクだけを息を止めるようにして見つめたが、ハーフスピードでテンポをズラされ、右隅に決められた。奴はカチャカチャと骨を鳴らす音だけ響かせ、ガッツポーズ(たぶん)をした。華杏はボールを絨毯に叩きつけて悔しがる。
「ドンマイ!」と、オーマは華杏の肩を叩いてからボールを置いた。
「おいおい、オーマもかよ」と、ユーアの失笑混じりの声が聞こえた。
 シグルマを見て、自分もやってやろうと思っていた。オーマもやはり階段の踊り場へと昇り、首や足首を回す。さっきシグルマが走り出した位置は、絨毯の毛羽立ちと埃の跡で知れた。それよりもさらに少し後ろへ下がる。これで、シグルマより助走は長い。・・・その対抗心に何の意味があるのか不明だが。まあオーマは派手なことが好きなのだ。順番決めの時に自分で噛みしみていたはずの『俺は実は繊細』という想いの、繊細のセの字も感じられない行動であった。
 長い助走を走り出す。全力で走っているわけではなく、顔だけ喝っと口を開き赤い瞳を歪めて『全力』のフリをした。オーマの勢いに圧倒されてゴーレムは見切るのを待てずに勘で飛んだ。飛ぶのも少し早すぎた。キーパーの体が右に傾いた瞬間、オーマは左足でふわりと中央へと浮かして放り込んだ。
 オーマファミリーの人面草は、拍手しすぎて葉がぱらぱらと舞った。
 二人目も成功だ。
 向こうのキッカーはヴァンパイヤだった。タキシードとマントを脱いでユニ姿だと、ヴァンパイヤだとはわかりづらい。内蔵疾患で顔色の悪い中年親父にしか見えなかった。しかも、『血がうまそうだな』などと邪なことでも考えているのか、華杏の首筋辺りをチラチラと盗み見ていた。集中を切らしていた彼は、力一杯左上方へフカして、うわぁと膝をついて嘆いた。
 問題は三人目のユーアだ。サッカーボールを蹴るのは初めてだと言う。
「蹴るのは得意だよ。人間の腹も顔も蹴り倒したことがあるぜ」
 いや、人間の腹とサッカーボールは違うから。
「落ち着いてキーパーの動きを見切ればうっふんゴールだ!」

 ユーアは、『常識ある』数歩の助走を取り、右足で全力で蹴った。左上を狙った。素人のユーアは、蹴る前から、体の向きと足の動きで狙った方向がありありとわかってしまっていた。ゴーレムはユーアのコースを見切って左へジャンプした。
『桃色信号点滅、ピーンチ、か?』とオーマは息を呑んだ。
「あれれ?」
 ユーアの足先から飛んだボールは何故か右隅へ飛び、ネットを揺らした。歓声でなくほわぁというため息のような安堵の声が応援席から洩れた。
 そのあと華杏は狼男のキックコースを読んで右へ飛び、止めた。ボールをセットしてから遠吠するパフォーマンスは客を沸かせたが、犬のように素直なキックで難無くセーブだ。

 イマナンが成功すれば、勝負は決まる。
「子供だから、かっこよくフィニッシュを決めたいはずだ。あいつはレフティ。絶対右上へ全力で蹴る」
 スケルトンは自信満々にゴーレムに耳打ちした。左足で力一杯蹴る場合、右以外を狙うのは難しいからだ。
「おやおや。下手するとあたしの番は無いのかい?」
 のろのろとまだ準備運動をしていた魔女が、口の回りの皺を倍にさせて不服そうに唇を尖らす。ユニから覗く手足は枯れ木のように細いが、長い白髪をヘアバンドで止めて、やる気は満々なのだ。

 イマナンは静かにボールを置くと、少し多めに助走を取って走り出す。ボールの斜め後ろに左足が置かれ、柔らかく膝が曲がった。
「えっ?!」
 観客も目を疑ったはずだ。
 右足が真っ直ぐに振り抜かれた。次の瞬間、左下にボールが刺さった。イマナンが右足で蹴ったことに驚いたキーパーは、指示された右へ飛ぶどころか、一歩も動けなかった。

「おおう、やったじゃねーか!」
「右も使えるようになったなんて、すげえぞ!」
 オヤジ二人に揉みくちゃにされて、イマナンは「痛い。痛いよう」と嬉しい悲鳴をあげる。
 ユーアも「もしかして勝った?終わったのか?」と笑顔になった。
「オーマが美味い物を持って来たんだろ?さ、宴会だ、宴会!」


< 3 >

 試合の後は、スケルトンから酒やジュースが振る舞われた。オーマが持参したカボチャの肉詰めやパンプキンペーストのサンドイッチも切り分けられ、楽しい会食会となる。
「すっかりやられた。右でも蹴れるようになったとは」
 スケルトンの皿の料理が減っているのでおいしく食べているのがわかる。
「PK戦だからできたトリックだよ」と、イマナンは照れて頭を掻いた。先刻から大人たちに散々髪をいじられたので、ボサボサで分け目も定かでない。
「その髪、なんとかしたら?」と華杏にブラシを押しつけられた。

「食べてばかりいないで、手伝ってくれ」と小突かれ、ユーアは振り向いた。残りの3本の手にシグルマが『腹黒同盟パンフレット』を抱えていた。
「オーマに配ってくれと頼まれたんだ」
 あたりを見ると、霊魂達もゴースト相手にパンフレットを渡して勧誘していた。
「へえ、腹黒同盟ね。入会するのはよほど善良な人達ばかりだろうな」と、鼻で笑うユーアだ。
「でも、何故俺たちが?オーマはどうした?」
「外で花火の準備中さ。・・・お、そろそろOKみたいだぞ」とシグルマはパンフをユーアに手渡すと、埃を被ったカーテンを全開にした。霊魂たちが窓を一つずつ開けていく。

 庭にはオーマが掌を上に向けて立っていた。花火も具現化できるらしい。
 大きな手からしゅるると昇った火花は、星の無い夜空で弾けて大きな模様を作った。花火というより、飛行機雲のようだ。オレンジ色の鮮やかな文字で、それは『Happy Halloween!』というメッセージを作った。
「うわあ」と、イマナンも瞳を輝かした。華杏さえも、「すてき」と、節くれ立った指を組んでうっとり夜空を見上げた。
「来年もまた試合ができる?」
 高揚感の中で、イマナンは背後のスケルトンを振り返る。
「どうかな。浄化されていなければな」
「・・・。そうだね。スポーツ選手に確実な来年なんて言葉は無いか」
「だが、来年を信じて精進するよ。何歳になっても、な」
 うん、とイマナンは頷いて窓の外へと視線を戻す。両肩に、スケルトンの手が置かれたのがわかった。彼の手は骨のはずなのに、なんだか体温を感じて暖かい気がした。

 窓の外、文字を作った火花はくるくる舞いながら落ちて来る。それは金木犀の花に変化していた。
闇の中を甘く香りながら、橙色の花が踊った。


< END >

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢(実年齢) / 職業】
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39(999)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
0812/シグルマ/男性/29(35)/戦士
2542/ユーア/女性/18(21)/旅人

NPC 
ルディア
イマナン
華杏
スケルトンとモンスターの皆様

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

発注ありがとうございました。
ゲーム後の楽しい演出のプレイングもいつもありがとうございます。プレイングにあった花火と雪は少しアレンジして使用いたしました。
スケルトン達は腹黒同盟に加入したのでしょうか。気になるところです(笑)。