<東京怪談ノベル(シングル)>
●「八年ごしの気持ち」
あれから八年。
あたし、サラサ・ラーナラグナがあたしではなくなって、新しいあたしに生まれ変わってから。
想いは少しも色あせることなく、今でもはっきりと鮮やかなまま。
あの子は今、なにをしているのかしら。
恋人がいたりしないかしら。
――ちょっとでもあたしのこと、考えてくれてるのかな。
八年前。
与えられればそれがどんなに非情なことでも受け入れて、ただひたすらに任務として徹し続けていた、人殺し。
それがあたしの生まれた星の元だったし一族の生業だったから、人を殺めるという自分の仕事や、それによって世界から消えていくであろう対象者に疑問をもったこともなかった。
けど、あの子を暗殺するために来た依頼のときだけは違ったんだ。
失った身体と、失った生命。
あたしを殺した、あの子。
そしてそれは、あたし自身が強く願ってなった結果でもあった。
聖獣が人を招くと言われているこの世界、ソーン。
色んな世界から色んな人が集まってくるっていうところは、あたしが元いた世界も同じだ。
世界なんてどこも似たようなものかもしれないけど、あたしはこの世界に来られたことに今でも本当に感謝してる。
聖獣さまが与えてくれた力で、幽体として意識があり続けているだけだったあたしが、もう一度お日さまの下を自分のこの足で歩けることができるようになったんだ。
なにより、この世界に来ているっていうあの子に会えるチャンスを手に入れられたんだから。
抜けるような青空の広がった晴天の下、道行く人と肩がぶつかるのもざらなくらいに混雑している、日曜の朝市でにぎわうここアルマ通りは、それこそ見分けがつかないくらいの人、人の山だ。
でも、こんな人ごみの中でもあたしの目は自然とあの子の姿を追い求めてしまっている。
あ、あのうしろ姿! とか、あの背格好! とか、よくよく見ればまったく似てないのに、あの子に見えてしまうこともしょっちゅう。
まあこれはもう、見つけ出すまでは絶対に治らない癖なんだし、諦めてはいるんだけれど。
ベルファ通りに建ち並ぶ閉店間際の店先から出てくる顔なじみの賞金稼ぎの知り合いたちに声をかけては、あの子に関する手がかりを求めてみてもなに一つ手ごたえはなく、市で店を広げている売り子のおじちゃんやおばちゃんたちも首を横に振るばっかりで、いつものことながら空振り三昧だ。
っもう! ソーンにいるっていうのは本当なのよね!?
夜通し街を歩き回ったうえに、人が多いところなら現れるかもしれないと朝になってもこの辺で張り込んでいたのはいいけれど、さすがに足元がふらふらとおぼつかなくなってきた。
あたしはとりあえずこの人ごみから離れようと、通りの端へと移動をした。
「はあ。今日も駄目なのかしら」
口調もすっかり重くなってしまっていたあたしは、ずるずると壁に寄りかかってしゃがみこんでしまう。
唸りながら頭を抱えようとして俯きかけたとき、あたしの目に飛び込んできたものを見て、疲れなんて一瞬で吹き飛んでしまった。
濃い栗色の大きな籐の籠の中にあるのは、忘れることなんてできるはずもないものだった。
「これって……」
まるで吸い寄せられるよう……とはよく言ったもので、あたしも操られているかのように身体が勝手に導かれて、籠の前に辿りつく。
それは、触れれば手のひらにすっぽりと収まってしまうほどの、小さくて美しいもの。
どの部分よりも濃い瑪瑙色の花芯から広がる、二重にも三重にもなっている少し固めの花びらに、すらりと伸びた太目の茎。
あの子が毎年あたしの墓前に添えてくれていた花束にいつも入っている花だった。
真紅の花びらは、あたしの髪によく似た目の冴える鮮やかな色をしている。
――そう、あたしの髪によく似た。
供えてくれるのを見るたびに、「あのときのこと気にかけてくれてたんだ」「あたし、少なくとも嫌われてはいないはずなんだよね?」なんて思ってた。
花束を持ってわざわざ来てくれたっていうことに喜んでて、綺麗な花だなとかくらいしか考えてなかった。
でも今、あたしは目の前にあるこの花を見てはじめて気づいたんだ。
あの子がいつもこの色の花を選んできてくれてたのは、あたしのこと……あたしの姿、きっと覚えててくれてるから。
だから、いつだってこの色の花を。
燃えるように赤いガーベラを混ぜて持ってきてくれてるんじゃないかって。
「おばちゃん、この花一輪くれる?」
正直、花なんて生まれてこの方、自分で買ってみたこともなかったけれど。
手渡された深紅のガーベラを片手に、あたしは大きく一度、天を仰いだ。
あたしは死んでると思われてるし、もう八年も直接会ってないんだもの。
そんな条件も乗り越えてきてるんだから、ちょっと探して見つからなかったからってへこたれてちゃ!
この身体があり、あたしもあの子もこの世界にいる。
見つけられるチャンスなんてきっといくらだってあるはずよね。
「絶対に見つけ出してみせるんだから! 待っててよねっ」
広い広い空の下、きっとどこかで同じ時を過ごしているであろうあの子に向かって、あたしは大きな声で呼びかけた。
きっと……ううん。絶対に見つけてみせる!
この地を踏みしめられていることに喜びを感じながら、あたしは雑踏の中へもう一度足を向けた。
【八年ごしの気持ち・完】
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