<PCクエストノベル(1人)>


その罪を持ちて 〜遠見の塔〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
カラヤン・ファルディナス
ルシアン・ファルディナス
------------------------------------------------------------
 地を行く者たちの灯台、と言う存在がある。
 それが、ファルディナス兄弟が住み暮らすと言う白亜の塔、遠見の塔の事を指すのだと、話を聞く人のほとんどは知っている。
 夜になると、塔の位置からそれを目印にしろとでも言うかのような灯りが付くためで、夜間の移動を余儀なくされた者たちにとって、その灯りは空に浮かぶ星と同じく方角を確かめるのに無くてはならないものとなっていた。
 その塔に住まう年経ぬ兄弟二人。
 深い知識を有し、今でも新たな知識を取り込む事に意欲的だというその二人が、今回のオーマ・シュヴァルツのターゲット。
 何より、世界中の事を記していると噂される書斎のような、紙媒体を好む所が何より気に入っている。――それ以外の媒体はこの世界では一般的ではないというのはこの際置いておいて、オーマは二人分の勧誘用紙をしっかりと懐に入れて、意気揚々と家を出て行ったのだった。
オーマ:「兄弟二人を同盟に入れてしまえば、そりゃもうお役立ち情報手に入れ放題って事だよな? ふっふっふ〜」
 ……その根底にあるのはちょっぴり邪な目的だったりする。

*****

 親父特製五段弁当を携え、そして兄弟の書庫に入れてもらおうと怪しげな自作の本二冊を持って、兄弟のいる最上階へるんたったとスキップしながら上がって行く。
 ――が。
 いつまで経っても、塔の上に辿り付ける気配が無い。
オーマ:「む?」
 一旦止まって、まだまだ続きそうな螺旋階段を下から見上げ、
オーマ:「思ったよりも進んでいなかったみたいだな」
 と、あっさり思い直して再びスキップしながら階段を駆け上っていくと言う器用と言うか普通やっちゃいけないだろうと言う身のこなしで上へ昇るオーマ。
 それが、どれだけ続いただろうか。
オーマ:「……おう。弁当が冷めちまってるじゃねえか。つう事は結構上って来たって事か……遠いねえ。だがっ」
 ぐ、と拳を握り締め、
オーマ:「これが焦らしのテクニックっつうもんだよな! それだけ辿り付いた時の達成感は大きいんだからな」
 期待に小さくも無い胸を更に膨らませて、再び、さっきよりももっと早い刻みで上へ駆け上がっていくオーマ。
 その手に持つ二冊の本と、五段のお重が全く揺れもせず位置がずれる事も無いのは流石と言うべきかもしれない。
 そして――そうしたオーマの言う『焦らし』時間が暫く続いていたが、やがてふっと空気が軽くなると、数段上に扉があるのが見えた。
オーマ:「おおおっ。こ、これが兄弟の部屋へ行く秘密の扉っつう訳だな!?」
 鼻息も荒く、がちゃがちゃとノブを回して中へ入る。
 と――そこに広がっていたのは、塔の外観から見た限りでは想像も出来ない広々とした空間であり、
カラヤン:「……ようこそ。根負けしましたよ」
 にこりと穏やかな笑みを浮かべる青年と、
ルシアン:「あんまり面白いおじさんだから通しちゃったよ。用事も分かってるけどさ。で、そのお弁当の中身は何?」
 オーマよりもその手に持つモノの方が気になるらしい少年がぴょこんとソファから立ち上がって近づいて来た。

*****

カラヤン:「結構なお味でした。オーマさんの家族はいいですね。いつもこんなに美味しい食事を頂いているんですから」
ルシアン:「そうだよねえ。こっちは塔から外に出ないから、二人交代で作るしかないし。いつまで経っても腕は上がらないんだよね」
カラヤン:「……知識と技術は別物ですからね」
 ふいとほんのちょっぴり顔を逸らしたカラヤンが、眼鏡の位置を直し、自分たちが淹れた温かなお茶を啜りながら、軽く首を傾げた。
カラヤン:「それで……オーマさん。貴方の目的は、その、不思議な同盟員への勧誘のみですか?」
オーマ:「む。何だかすっかりバレてるみたいだな。それだけじゃねえんだけどよ。噂の書斎も見てみてえし、俺様の力作もここに置いて貰おうと思ったりしてるし!」
 そう言って怪しげな雰囲気ぷんぷんの本を二冊、テーブルに置く。
ルシアン:「へえ。面白そう。読ませて貰っていい?」
 早速好奇心旺盛なのか、金髪の少年が目を輝かせてその本を手に取った。
『腹黒筋親父ダンシング八千年レジェンド★』、『下僕主夫と番犬様の麗しきブラッディラブライフの秘訣666筋』とそれぞれ銘打たれた本をふんふんと頷きながらぱらぱらと目を通すと、
ルシアン:「タイトルはあれだけど結構面白いね。特にこっちの夫婦生活の知恵みたいな本、なかなかいけるよ。でも何だかんだ言ってこれって惚気じゃない?」
オーマ:「う。……い、いや、そこまで冷静に分析されるのも何か照れるっつうか……」
カラヤン:「それは後で私も読ませて貰いますよ。こちらはオーマさんの人生を綴っている本のようですし。――本当は、招待するつもりでは無かったんですけれどね」
 カラヤンがそう言ってほんのりと苦笑する。それさえも嫌味の無い笑みで、
カラヤン:「私たちはどこの勢力にも属しません。この地で知識を得るために、私たちはいるのですし……例えばオーマさんの腹黒同盟に入ったとしましょうか。すると、オーマさんたちの敵対勢力から知識を得る事が出来なくなってしまいます。分かりますね?」
オーマ:「むう……そこを押して何とかっつう訳にはいかねえか?」
カラヤン:「私たちの信条に反しますから……申し訳ありません。けれど、噂は耳に届いていますよ。この地の様々な方を勧誘し、そして少しずつ実績を上げていると」
 にこにこと穏やかな笑みを浮かべながらも、きっぱりと断りを入れる兄のカラヤン。その彼が言う理屈には無理やりねじ込む隙が見出せず、オーマが残念そうにため息を付くと、
オーマ:「ま、しゃあねえか。でも諦めはしねえぞ。世界中が腹黒同盟員になりゃ、おまえさんたちだって自然入るようなモンだしな」
 にんまりと笑い、大きく伸びをした。
カラヤン:「面白いものを、目指しているのですね。言葉は……あれですが」
 夢中でオーマ持参の本を読みふけっている弟を眺め、カラヤンがオーマに微笑みかける。
カラヤン:「いい加減なこころで書いた文章であれば、彼がここまでのめりこむ筈はありませんし。招待して良かったと、今では思っていますよ」
オーマ:「そりゃどうも、光栄な事で」
 流石に照れたか、ぽりぽりと鼻の頭を掻きながらオーマが言い、そして奥に見える書斎へと目をやった。
オーマ:「そうだ。少し本を見せて貰っていいか? 俺も本は好きでな」
カラヤン:「ええ、どうぞ。こちらです。……ルシアン、少し手を止めて下さい」
ルシアン:「今いいところなのにー。分かったよ」
 ぱたんと本を閉じた少年へ目をやってから、
カラヤン:「今日は本の整理を行っていましたので、多少散らかっていますが、お好きなものをどうぞ」
オーマ:「お? そう言うことなら俺様も手伝うぞ。最近はエルザードの図書館でも手伝ったりしてるからな、手際は悪くないと思うぜ」
カラヤン:「そうですか……それでは、遠慮なく」
 嬉しそうに兄弟が笑みを浮かべ、オーマが腕まくりし。そして山のように積まれた蔵書の移動と分類が始まった。
 流石に全ての知識が揃っているというだけあり、地理や歴史の書棚はどこを見てもぎっしりと詰まっている。
 他にも見聞録のようなものや、覚書のような詳細が分からないものもあったが、彼ら兄弟にはどれをどこに収納したら良いのか分かっているようで、オーマはただ指示された場所へ指示された物を持っていくだけで精一杯だった。
カラヤン:「手際が悪くないと言うのは本当ですね」
ルシアン:「うんうん。普通はこうはいかないよ。体力もありそうだし助かるよ」
オーマ:「なあに、任せとけ。俺様見た目以上に体力はあるんだからな――と」
 積まれた本を抱えた勢いでか、一冊の本がするりと抜けて床に落ちる。
オーマ:「悪い悪い。調子付いちまった」
 そう言いながら本の束を脇に置き、落ちた本を拾い上げて。
オーマ:「!?」
 一瞬で、その表情が固くなった。
 相当古い装丁のそれは、厚みのある表紙の上に金の刺繍が成されている。それはいい。問題は、その刺繍の模様が、ヴァンサーの証にしてソサエティシンボルでもあるタトゥの模様だと言う事だ。
カラヤン:「どうかしましたか――おや」
 動きの止まったオーマに不思議そうに近寄ってきたカラヤンが、その表紙を見て首を傾げた。そして、同じく近寄ってきたルシアンに目で訊ねると、軽く首を横に振る。
ルシアン:「やはり、この本はここにあったものではありませんね」
 魔法障壁を張っているため、滅多な事では自分たちが望むもの以外を内部に入れる事など無い筈なのに、とルシアンが不思議そうな顔をするのに構わず、オーマがその本を捲った。
 三人の目に飛び込んで来たのは、ある男の記述。オーマ・シュヴァルツというその男の足に、書棚から分厚い辞書が落ちて来る――と、短い一文が載っているだけで。
三人:「……?」
 オーマに覚えのないその記述だけが記された本に皆が首を傾げていると、ず、ずず……と不吉な音が聞こえたかと思った瞬間、
オーマ:「! !? !!」
 ずどん、と、書棚にしっかり収まっていなかった厚みのある辞書の角が、オーマの足の甲目掛けて落ちて来た。
ルシアン:「あー痛い痛い、それは痛いよ」
 声も無く蹲るオーマに、ルシアンが痛そうな声を出す。
 そうしているうちに、カラヤンの手にあった本に再び文章が浮かんで来る。それは、オーマが涙目になりながらも辞書を元に戻し、その隙間を埋めるために左足元に積んである本の上から三段目を抜いて書棚をしっかりと固定すると言うもの。
カラヤン:「……」
 じっと見ていると、立ち上がったオーマが、まるで本の記述に命じられるままのように半分怒りながら本を埋めて行くのが見えた。
 隙間を埋めるための本も、積まれた上から三段目の本、と見て、次の記述が現れないかとカラヤンとルシアンが本を覗き込む。
オーマ:「あーえらい目に遭った。……ってそれも書かれてるのか」
カラヤン:「オーマさんが行動を起こす前に、ですけどね」
 それからも、本を開いている間中、オーマが何か行動を起こす『前』に、その文章は浮かび上がり、そしてオーマがどう抵抗しようとも結局は記述通りに動いている、という状況が何度も続き。
カラヤン:「少し先の未来を読んでいるような本ですね」
オーマ:「うう、面白くねえぞそういうのは」
 自分の意志で行っていると思っているものさえも、そうした記述通りとなると、まるであらかじめ決められた行動を行うしかないようで、釈然としない顔のオーマが、それでも次のページを捲る。
 が、そこにはすぐに文字が浮かび上がって来なかった。
 じりじりするような思いをしながら、次の文章を待つ。と――今までとは違い、真っ白なページの中央に、この世界の文字ではない言葉がゆるりと浮かび上がって来た。
オーマ:「――ッ!?」
 その文字が読めないカラヤンとルシアンが、顔色を変えたオーマを見る。
カラヤン:「何と書いてあるのですか?」
オーマ:「……未来は……いや、何でもねえ」
 その顔色も、血の気の引いた唇も、見れば何でもない筈はないと分かるのだが、オーマの目の色を見て、二人はそれ以上何も言わなかった。
ルシアン:「あ――」
 さらさら、と、その文字を読ませたかったのか、オーマの手の中にあった本が空気の中に溶けていく。
オーマ:「待て、待ってくれ! せめてこの先を――」
 慌てて手の中にそれを閉じ込めようとするオーマ。だが、本は容赦なくその手の平から零れ落ち、床に付く前にさぁっと消えて行く。
ルシアン:「……魔法じゃないね。魔法効果なら、僕が気付かない筈が無い」
 ぽつり、と、ルシアンが周囲を見渡しながら呟いた。

*****

 それから、何とか気を取り直したオーマが、遠慮する兄弟に構わず書棚の整理を手伝いつづけ、その場を辞したのは夕闇迫る頃。
カラヤン:「また、何かありましたらいらして下さい」
ルシアン:「その時は差し入れ宜しくー」
オーマ:「おう、任せとけ。またガッツリ俺様賛歌本でも書いて持って来るぜ」
 気分が治ったのか、にこりと笑ったオーマが手を振って塔を降りて行く。
 だが、塔を降り切り、エルザードに向かうにつれ、オーマの表情は硬くなって行った。
 本の記述にあったのは、ゼノビア文字で書かれた冷酷な一文。

 『代償は消えず。罪は許されず。呪われた地に祝福の調べが聞こえる事は無い。罪の子らは未来永劫業火に焼かれ、只這いずるのみ』

 確実にその先を読み取る本であったならば、それは真実の言葉かもしれない。
 けれど。
 けれど、それはあまりにも無慈悲であり、救いの無い言葉だった。
オーマ:「……ッッ」
 握り締めた拳から、噛み締めた唇から、抑えきれず体から噴き出す『力』から、声に出せない、音にならない悲鳴が聞こえて来る。
 ぎしぎしと身体を蝕むような軋みは、今にも折れ曲がりそうなオーマの心から聞こえて来るものだ。
 オーマの今までの努力を全て無に帰すような、重い言葉に、オーマはただ、打ちひしがれる他無かった。――それでも、家に戻ってしまえば心を笑顔で塗りつぶして生きて行くしかない。
 無駄なあがきと知っても、愚かな行いと知っても、続けていくしかない。
 そう、決めたのだから。遥か昔に、そう決めたのだから。

 でも、せめて。
 一人きりでいる、今だけは。
 無力な自分を、嘲笑っていたい――。


-END-