<東京怪談ノベル(シングル)>
意識の落ちる場処
光も音も無い只管の闇。
何者の意識も無い。
そして、急転。
場面転換の様に突然、光と音が押し寄せる。
更に、一つの意識が目を覚ます。
* * *
「テメェ……ッ、自分が何しようとしてるのか解ってンのかッ、」
叫び声。
誰の、
俺の、声。
其処に立っているのは紛れもなく自分自身だ。
オーマ・シュヴァルツと云う、俺自身。
なのに、俺は、其の背中を見ている。
奇妙な感覚。
第三者の、視点。
俺と、他に誰かが居る。
先程の叫びは其奴に向けられたモノだろう。
俺の正面に居る男が、困った様に笑う。
「解っていますとも。……解っているからこそ、」
男は言葉を其処で区切って、羽織っていたヴァレルを脱ぎ捨てた。
白い肌。
丸で自分と鏡合わせにしたかの様に、其の胸に刻まれたタトゥ。
否、待て。
此 奴 は 一 体 誰 な ん だ 、
見覚えなんてモノは無い。
其れ以前に、居たか、こんな奴。
然し、胸の其れは正式にソサエティに認められた証。
「斯うするしかないんです……ッ、」
俺の疑問を余処に、男は続ける。
そして、其れと対峙している“俺”が応えた。
「止めろッ、下手すれば其の代償で世界が……、」
……世界。
そうだ。
此 処 は 何 処 だ 、
俺達が居た世界《ゼノビア》じゃない。
俺達が居る世界《ソーン》じゃない。
一体此処は何処なんだ。
疑問ばかりが俺に纏わり附く。
此では。
丸で。
俺の存在の方が異質だ。
「世界が……崩壊、する、」
男が態とらしく首を傾げて呟いた。
崩壊だと、
何の話だ、
だから、抑も。
此 は 如 何 云 う 状 況 な ん だ 、
男が何をしようとして居るのかは話の流れで解った。
枷で有り安全装置で有るヴァレルを外した上での具現。
最大の禁忌を犯そうとしているのだ。
“俺”は其れを止めようとしている。
然し。
何故、
男が其処迄の禁忌を犯す理由が解らない。
「そうなったら本末転倒だろうがッ、」
男の仕草に苛ついたのか“俺”が怒鳴る。
何か強大な敵でも居るのだろうか、其処迄考えて、不図思い至った。
其れ等が解ったからと云って、俺に何が出来る、
俺は“俺”じゃない。
俺が今斯うやってうだうだ考えていても、“俺”に何の影響も与えていない。
と云う事は。
俺は、此の世界に干渉出来ない。
「どうせ、早かれ遅かれそうなる運命でした。」
俺は、唯の傍観者でしかない。
「其れが、今に為るだけの事。」
嗚呼、じゃぁ、今俺が居る意味は。
何だ。
「テ、メ……ッ、」
“俺”の叫び声とほぼ同時に、強大な力の流れを感じた。
嗚呼、彼の男が禁忌を繙いて仕舞った。
肌に触れる空気の気持ち悪さ。
足場が音を立てて崩れた。
暗転。
* * *
不意に感じた落下感に躯を強張らせて目覚めた。
何処からか落ちる夢とか見る時に何故か躯が吃驚するだろ、あんな感じだ。
寝台の上に起き上がり、寝乱れた髪を掻き上げる。
「……縁起悪ィ夢。」
――つうか、変な夢。
掻き上げた手で其の侭がしがしと頭を掻く。
あんな変な野郎は知り合いに居無い。
現に、もう顔なんか忘れている。
夢は何とかの現れだ、とか良く云うけども、偶には何の意味も無い夢が有っても良いんじゃないかっつか今夢の意味とか訳解らねぇ。
なんて、其の思考自体良く解らない事を考える。
「……。」
視線を横に巡らすと、未だ幸せそうに眠っている家族の姿。
自然と笑みが零れる。
今は此処が、俺の護るべき場処。
そう、噛み締めて、二人を起こさない様閑かに寝台を降りる。
ヴァレルの上から御気に入りのエプロンを羽織り、腕を廻した。
顔を洗って、身支度を調えたら朝食の支度をしなくては。
――さァて、下僕主夫は今日も頑張りますか。
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