<東京怪談ノベル(シングル)>


闇と闇と青 〜船首を飾る傾国の踊り子〜

 暁天に沈み始めた月が、入り江に浮かんだ帆船を照らしている。
 黒皮のブーツを踏み鳴らし、その静寂を乱す者がいる。その背後には松明を掲げた男ども。どの顔も海を制する猛者の表情を湛えていた。
 女海賊が叫んだ。
「我が船が新しい一年を安穏と過ごすためには、贄が必要だ。探せ、この美しき船に見合う乙女を!」
「おお〜!! 船長の御ん為にっ!」
 配下すべてが等しく答えた。
 ソーン郊外。普段、漁師さえあまり近寄ることのない入り組んだ入り江。白い帆を今はたたんで、ひっそりと身を隠している船の舳先には、等身大の女性を象った船首像が飾られている。まるで生きているかのような造作は、時と魂を封じる魔法ゆえ。
 風が吹く。何も知らず、親しき友人の元で美しく部屋を飾るレピアへと。

       +

「姐ちゃんっ、踊りうめぇなぁ」
「あたしを誰だと? 神をも惹き付ける踊り手よ」
 エルファリア王女の部屋を抜けだし、今夜も黒山羊亭に来ていた。レピアは夜しか踊ることができない。それは神罰<ギアス>の為だった。
 昼は石化し、勝手に持ち出されないようにエルファリアが保護してくれている。彼女が心底から自分のことを心配してくれていることは重々知った上で、それでも踊りたいと渇望する体を押さえることはできないのだ。
「こうして踊っていると全てが同じ世界の中に回っている…」
 誰に話し掛けるでなく呟く。と、耳にすすり泣きの声が届いた。品やかに広げていた腕を下ろす。見れば、店の一番奥の席で泣いている娘がいるのに気づいた。

 少女は姉が海賊に攫われたのだと訴えていた。黒山羊亭には難問を解決する冒険者が多く立ち寄ることを知っての行動だった。レピアは可愛い娘に目がない。当然その話に乗った。
「大丈夫。あたしが助けてあげる」
 レピアはそっと柔らかそうな少女の髪を撫でて言った。
「稀代の踊り子に、どんな者も魅了されるわ…、その間にあなたが連れ戻す勇気があるなら」
「は、はい!」
「良い子ね」
 レピアは微笑んだ。

 すべては夜の内に完了せねばならない。朝がくれば、レピアの体は石化してしまう。二人は黒山羊亭を出て、海賊のアジトがある入り江へと向かった。
 少女は姉が攫われる時に海賊が、「年に一度乙女が必要」だと言ったことを伝えた。

 レピアは少し耳を疑った。どこかで聞いた話だ。
 ずっと過去、そんなマジックアイテムの噂が流れていた気がする。
 乙女を取り込み、生き柱として船首像として飾る。そうすることで、海難を避けることができるという。ただの噂に過ぎないと思っていたけれど、本当に存在しているのだろうか?
 物思いに耽った瞬間だった。
「こりゃ、上物じゃねぇか!」
 気づけば、周囲を海賊達が取り囲んでいた。話すこと夢中で気づくのが遅れてしまった。手に手に持った刃物が月光にぎらつく。レピアはそっと少女を背に庇った。
「さっきの女も捨てがたいが、こっちもなかなか…」
「おいっ、こいつらも連れてけ! 船長に判断を委ねる」
 多勢に無勢。レピアは腕を掴まれたのを払いのけ、男どもを見据えた。けれどそれだけ。
 今動けば、少女の身が危険に晒される。
「大丈夫…。あたしの傍にいて」
 レピアは自ら歩き出し、海賊を従えるように帆船へと向かった。
 
 ――帆船の甲板。
「この子の姉を村に返してもらいたいだけ」
 レピアの言葉に、この船の船長である女海賊が笑殺した。
「返してやりたいけど、今は無理だね」
「なぜ?」
 レピアの視線を誘導するように、女海賊は甲板から船首を見下ろした。少女を庇いつつ、その誘いに乗るレピア。
「姉さん!!」
「まさか、あれが――」
 まるで自分の境遇を鏡に映したかのような現実。少女と似た面差しの女性が石化して、船首を飾っていた。
 レピアは一瞬絶句した後、船長を睨んだ。
「彼女を元に戻しなさいっ!」
 青い双眸が月明かりに美しく輝く。強い意志の光。
 船長の手に配下から羅針盤が渡された。両手にそれを抱え上げ、頭上高く掲げた。盤上の水晶玉に月光が差し込む。
「えっ!? やっ、何?」
 水晶から新たな光が発生し、レピアを包んだ。存在が小さくなっていく。
 それは微細に魂を砕かれる感覚に近い。突然の恐怖に、レピアは長く尾を引く叫び声を上げた。
 
 刹那の時――レピアは消えた。代わりに甲板には姉の姿が光とともに現われた。
 少女が吃驚の眼で見たのは、姉の代わりに石化して船首像となったレピアの姿だった。

          +

 海賊達がざわめき、道が開かれた。
 男達の間から、エルファリアが甲板に姿を現した。それは、レピアが石化してからすぐのことだった。
 胸騒ぎがしたのだ。それは王女としての能力ではなく、親友を心配する心が生み出したモノ。
「お返しなさい。その人は私の大切な友人」
 少女達が慌てて、王女に駆け寄った。
「私を助けようとして――」
「わかっています。長い間、王家としても探しておりました。まさか、レピアが封じられてしまうとは思っていませんでしたが」
 船長が肩をすくめた。
「返せないね。これがないと、私達は義賊として働けない。困る者も出てくるよ?」
「では、こうしましょう」
 エルファリアが手を翳した。羅針盤の水晶が反応する。船長も配下達も、ことの成り行きを驚きと共に見ていた。

 水晶のなかに、小さな少女の姿が映し込まれた。

「私の気を分け与えました。気は形となり水晶に満ちるのです」
 エルファリアが言った時、光が甲板に舞い降りた。それは人型を成し、美しい踊り子の姿へと変化する。
「レピア! ああ…よかった無事なのね。朝までに助けられてよかった…」
 安堵の声と表情で、エルファリアは駆け寄った。驚いた顔のレピアだったが、動けることを知ると王女を抱き締めた。
「来てくれたんだ」
 微笑んでそっと頬に感謝の接吻をした。

 最後に、エルファリアは言った。
「これから長い歳月、水晶の中に刻まれた少女が海難を防いでくれるはずです。ご安心下さい」
「終わった、夜が明けるまでに戻ろうか。心配かけて、ごめん…」
 レピアは大好きな親友に軽く頭をぶつけた。柔らかな笑顔でエルファリアは「いいえ」と答えた。
 
 女性達が去っていくのを、海賊達は見守った。船首の女性像は失われた。けれど、このソーンを統べる王の娘が断言してくれた安心がある。
 夜風は一瞬だけ迷って、舳先を通り過ぎた。
 

□END□

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少し遅れてしまいしました。申し訳ありません。ライターの杜野天音です。
初めての発注ありがとうございます。
丁寧な描写をしたつもりですが、如何でしたでしょうか?
レピアの語尾などが間違っていないと良いのですが。気に入ってもらえたら嬉しいです。
今回はありがとうございました。