<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【砂礫工房】 捻れの塔の大掃除
------<オープニング>--------------------------------------
「よーし、掃除くらいしないと管理任されてる人間としてダメだよねー‥‥」
気合いを入れて冥夜が捻れの塔の掃除を決意する。
相変わらず塔の捻れ具合は変化し続けており、何階まであるのかも分からない。更に、言えば侵入者対策の仕掛けの止め方も未だに解明されてはいない。
しかし放置すればする程、内部の埃は溜まっていくばかり。
仕掛けの攻撃を避けつつ掃除を一人で行う事など到底不可能だ。
ここは一つ協力者を募ろうではないか、と冥夜は思い立った。
全てを解明された訳ではない捻れの塔は、隠し部屋なども多数有り行く度に違う部屋を見つける事がある。宝探しなどにももってこいだ。これなら冒険者も掃除をしながら楽しんでくれるに違いない、と冥夜は一人頷く。
「一緒に面白楽しく掃除をしませんか‥‥でいいか」
これでよし、と冥夜は砂礫工房の入り口にぺたりと紙を貼り付けた。
------<砂漠の家>--------------------------------------
「はぁ……可笑しいですね……何故こんなにもここの人たちは財布の紐が堅いのでしょう」
がっちりとした体躯の男が、項垂れながらとぼとぼと歩いていた。
金髪のポニーテールが力なく揺れ、哀愁を誘う。
それは各国で手に入れた商品を手広く売って生計を立てているアルベルト・バイヨだった。
本日何度目かの溜息を吐いたアルベルトは背に背負う荷物をちらりと眺める。
売り物自体に難はない。何処に出しても恥ずかしくない程の品ばかりだ。それなのに、ここに来てからというもの取引がうまくいかなかった。
これは良い値が付く、と思っていた為、余計にアルベルトはショックを受けている。
どれもこれも危険に晒されながら手に入れた上質のものばかりなのに、と。
吐き出されるアルベルトの溜息は重い。
別に街にアルベルトの悪い噂が立っている訳でもなかったから、ただ単に無駄なものを買わない堅実な人物が多いという事なのだろう。しかしそういう人物達にこそ、話術巧みに言い寄って購入して頂く。それがいつものアルベルトの手なのだがそれも効かないようだった。
「腕が落ちた訳ではないと思いますが……それとも好みが違うのでしょうか……」
がっくりと肩を落としあてもなく歩いていたアルベルトは、いつの間にか夜の歓楽街へとやってきていた。
暗くなり始めた頃から活気付くこの通りはベルファ通りだ。あちこちから賑やかな声や鼻をくすぐる良い香りが漂ってくる。しかしアルベルトの心は憂鬱だった。
このまま取引が成立しない日が続けば、路頭に迷う事になる。もう冒険商人など止めて、他の職に就いた方が良いかもしれないとまでアルベルトは思い始めていた。
「どうしますかね……」
はぁ、と再び重い溜息を吐いたアルベルトだったが、ふと自分の足下が砂地に変わっている事に気づき顔を上げた。
すると目の前に拡がるのは一面の砂漠。今までアルベルトが歩いていたベルファ通りの面影などない。
「はて……私は夢でも見ているのでしょうか……」
試しに自分の頬をつねってみるが痛みはあるし、アルベルトの肌を刺すような寒さは幻ではないだろう。
アルベルトはぐるりと辺りを見渡してみる。
すると前方にオアシスが見えた。そしてそのオアシスには一件の屋敷が見える。
「随分と大きなお屋敷ですね。これは良いお宅かもしれません」
ふむ、とアルベルトはその屋敷を眺めながら考える。
「オアシスがあるといっても、砂漠にもオアシスにもないものを私は持っています。これは嗜好品やら海産物なんかがそこそこ高く売れそうですね」
アルベルトの瞳がやんわりと細められる。元から糸目なのが更に細くなった。
「………びじねすちゃんす到来です!」
何かがアルベルトの中で光った。これまでの不幸はこの屋敷に会う為にあったのだと。
ぐっとアルベルトに気合いが入る。このチャンスを逃してなるものか、とアルベルトはその家へと急いだのだった。
屋敷の玄関に立ったアルベルトは、チャイムを鳴らししばし待つ。目の前に張られた『捻れの塔の掃除〜』云々と書かれたポスターを軽く一瞥したが興味なさそうに直ぐに視線を逸らし、扉が開かれるのを待った。
そしてアルベルトが待ち望んだその瞬間。
「はぁーい。お待たせ〜」
扉が開かれるとアルベルトはそのまま、どうもこんにちは、と玄関の中へと入ってしまう。
「わっ、えっ?」
「私、冒険商人をしております。良い品があるんですよ。ちょっと見てみてくださいな。絶対損はさせませんから」
黒髪のツインテールを揺らした少女、冥夜が不思議そうにアルベルトを眺める。
「捻れの塔のお掃除に立候補じゃないの? でも面白そう。うちも万屋やってて色んなもの売ってるけど、どんなのがあるの?」
「嗜好品や海産物などもありますし、某所で極秘に仕入れた武具などもありますよ」
玄関先に商品を並べ始めたアルベルト。
それを眺めながら冥夜は、おぉっ、と声を上げる。
「コレ綺麗〜! ねねっ、これは売り物?」
「あ、はい。それは先日仕入れたばかりの品ですよ」
「それじゃ、コレ頂戴」
そう言って冥夜が指したのは琥珀色の宝石の中にきらきらと輝く金が混じっているものだった。
「即決ですね」
「うん。うちで扱ってるのってソーン以外の出所ばっかりだから。ソーンで取れたものってなかなか手に入らないんだよねー。師匠も居ないからアタシが勝手に見立てちゃおう。……あ、あとね、これとこれも欲しいな」
観賞用の武具を数点指し、冥夜は暫く考え槍斧を指差した。
「これもお願い。冥夜ちゃんの新たなる武器調達っとね」
ちょっと試してみて良い?、と冥夜はアルベルトに断り槍斧を軽々と持ち上げた。何度か振るってみるが、よろけるような事はない。
「うん、やっぱりこれが良いな」
「はい、お買いあげありがとうございます。いやー、ここに迷い込んだ時にはどうしようと思いましたが、お客様に巡り会えて本当に良かった」
アルベルトはほくほくとしながら冥夜から渡された代金を懐にしまう。冥夜は終始ニコニコと笑みを浮かべていたが、その笑みを更に深くするとアルベルトに告げる。
「にゃはは。本当? じゃあさ、せっかくここまで来たんだし、おにーさん一緒に宝探ししない?」
「……宝探しですか?」
アルベルトは首を傾げる。
「そう。おにーさんって冒険するの好き? 良い場所があるんだよー」
「えぇ、好きというよりも仕事の一部なのですけれど。まぁ、でも商品を仕入れるのはいつも宝探ししているようなものですし」
「うんうん。ほら、やっぱりアタシと一緒にお掃除するべきだよ」
「……お掃除が宝探しとなんの関係が……」
困惑気味のアルベルトに冥夜は更に言う。
「えーっとね、お掃除しないといけない捻れの塔があるんだけど、そこって不思議な場所でね。入る度に階数は違うし、死なない程度のものだけど変な仕掛け一杯だし、隠し部屋もたんまりあったりするトコなんだ。一人で掃除するのは不可能だから、おにーさんみたいにここに迷い込んだ人と一緒にお掃除してるって訳。毎回違う探検が出来るからって、わざわざ何度か来てくれる人も居るんだよー」
「隠し部屋が一杯……それは気になりますね」
「でしょー? えへへ、しかもその隠し部屋発見した人には中のお宝全部プレゼント☆」
ほらお掃除したくなるでしょ、と冥夜はニタリと笑った。
「魅力的ですね……」
本当に魅力的な話だった。不思議な塔の内部で宝探しというのは心惹かれる。しかも見つけた宝は全てプレゼントと言うのだから太っ腹だった。
「どう? やってみる?」
「えぇ。塔の掃除でしたね」
「うんっ。おにーさん、アリガトー! それじゃ、早速レッツゴー!」
アルベルトはずるずると冥夜に引きずられ塔へと連れて行かれたのだった。
------<捻れの塔>--------------------------------------
「これはまた盛大に捻れてる塔ですね」
「うん、捻れの塔だからね」
何も威張るような場所ではないのに、えっへん、と冥夜は胸を反らす。
アルベルトの手には箒とちりとりが握られている。冥夜の手にははたきと雑巾だ。
「気合いを入れてかからないとね。あちこちに仕掛けがあるから、気をつけてね」
「わかりました」
頷いたアルベルトは、塔の扉を開く。内側へと開く扉は重い。それは扉の重さではなく、床に積もった埃のせいでだった。
「あー、やっぱ凄い埃だよね。なんで直ぐにたまるのかなぁ」
がっくりと肩を落とす冥夜をアルベルトは仕方なく慰めてやるのだった。
「それじゃ、上から埃落としちゃうねー」
「はい」
冥夜が軽く飛び上がり上から埃を落とし、床に更に降り積もる埃をアルベルトは掃き始めた。
床を掃いていく内に、床の上に不思議な文様を見つけアルベルトは動きを止めそれを見つめる。全体図を見る為には、床を全て綺麗にしなくてはならないようだった。
仕方なくアルベルトは更に床を掃き進める。
半分程掃き終わった所で、今度は壁に不思議な形の穴を見つけた。歯車の形にも見える。
「……隠し部屋への入り口?」
考え込んだアルベルトの視線の先に、埃の山があった。その埃の山の下に見えるのは、同じ歯車の形をしていないだろうか。
「あれですね」
隠し部屋の鍵をげっとです!、とカタコトの言葉を発しアルベルトはすぐさまその歯車を壁の穴にはめ込んだ。ジグソーパズルをはめ込むようにぴたりとそれは一致する。
「やりました!」
ぐっ、と拳を握ったアルベルトだったが、背後からと上からの気配に気づき飛び退いた。塔内に凄まじい爆音が響き渡る。
「にゃー! 何? 何?」
上空で冥夜が埃が舞い上がり視界の悪くなった下を必死に見つめるが、朦々と埃と砂塵が舞い上がり全く見えなかった。
「おにーさーん、大丈夫ー?」
「ごほっごほっ……なんとか」
声だけは聞こえるが、一向に下の様子が分からず冥夜が焦れる。
咳き込みつつアルベルトは状況を把握するべく視線を巡らせた。するとアルベルトのいた場所とその前方の壁には大きな穴が開いていた。
「……死なない程度の仕掛けなんじゃぁ……」
まともに食らっていたら危なかったのではなかろうか。上から叩きつけられ後ろからは壁に押しつぶされる。いくらなんでもそれはやりすぎだろう。へたをすれば即死。
乾いた笑いを浮かべるアルベルト。しかし、その探求心は留まる事を知らない。数々の困難を乗り越えてきたアルベルトにとってその程度の仕掛けは甘いものだった。
視界が晴れてきた所でアルベルトは作業を再開する。
掃除を終わらせ隠し部屋を発見し、お宝を大量に入手しなければならない。
「掃除を再開しましょう」
アルベルトが空に浮かぶ冥夜を発見し手を振ると、冥夜は漸くほっとした笑みを浮かべた。
「吃驚したぁ。トラップにはくれぐれも気をつけてね」
「はい、分かりました」
次は失敗しませんよ、とアルベルトは心に誓う。
しかし誓った所でそれが出来るとは限らない。
それから何度もアルベルトはトラップに引っかかってしまっていた。
「おにーさーん、さっきから見事にクリティカルヒットばっかりじゃない?」
「いやいや、これしきのことでは負けませんよ」
そう言いながら、アルベルトは壁の取っ手を引っ張る。するとそれが引き金となり塔の上部からいきなり水が注ぎ込まれた。それは一直線にアルベルトを狙う。埃まみれになっていたアルベルトを洗うかのように水は流れ、そして塔内を雑巾掛けなどしなくても良いくらいに大量の水が流れていく。そしてその水は一番初めにアルベルトがトラップに引っかかり壁に穴を開けた場所から流れ出ていった。
------<終了>--------------------------------------
「……一気に綺麗になったね」
「そ、そうですね……」
こぷっ、と口の中に入った水を吐きながらアルベルトはがっくりと膝を突く。
「掃除がこんなにも大変なものだとは知りませんでした……」
ボロボロの風体のアルベルトは力なく笑った。
隠し部屋を求め、壁に仕込まれていたトラップをほとんどその身に食らってしまったアルベルトは動く気力もない。一番初めの大穴を開ける程の仕掛け以外は、それよりも規模が小さく本当に簡単な仕掛けばかりだった。しかし一つ一つが簡単な仕掛けでも、数を受ければそれなりにダメージとなる。
「でもおにーさんのおかげで助かっちゃった。アリガトー!」
ニパッ、と冥夜が笑うがアルベルトは引きつった笑いを浮かべるだけだ。
「とりあえず今日の所は終わりかな。あ、おにーさん、せっかくだからうちでご飯食べてったら? その格好じゃ街に帰るのも辛いと思うし、ついでにお風呂もドウゾ」
「ありがとうございます。そうですね、このままではお宅訪問もムリでしょうし……」
「うん、それじゃ帰ろっか」
「はい」
綺麗になった塔を歩き始めたアルベルトは振り返る。
次こそは隠し部屋を見つけてみせると。
とりあえず今回の仕掛けは出てきませんように、と願う。今回のは多分相性が悪かっただけなのだ。
「お宝出てこなくて残念だったね」
「そうですね。でも隠し部屋は本当にあるのでしょう?」
「うん、あるよ。ほら、さっきも言ったけど塔の内部って入る度に違うから何処にあるかってのは制作者にも誰にも分からないみたい。どうもね、その隠し部屋ってソーンのあちこちに繋がってるらしいよ。空間歪めてんだろうねー、多分」
どういう構造なのかアタシもさっぱり分かんない、と冥夜はお手上げとばかりに肩をすくめて見せた。
「塔の管理人にも分からないんですか」
「そ。本当あの塔には悩まされてるんだよねー」
「そうでしたか……」
はぁ、と二人揃って溜息を吐く。
アルベルトは次は冥夜の師匠というあの屋敷の主に会いもっと凄い商談を成立させ、そして今回トラップのおかげでヘロヘロになった塔へのリベンジを誓う。
新たなる目標が出来たアルベルトだった。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●3100/アルベルト・バイヨ/男性/39歳/冒険商人
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■□■ライター通信■□■
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ハジメマシテ、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
今回はお掃除だけで終わってしまいましたが、如何でしたでしょうか。
見事にトラップに引っかかってくださり、塔の方が大満足していそうですが再び挑戦して頂けたらと思います。(笑)
次はお宝狙ってみてください。大量のお宝ゲットして『びじねすちゃんす』が到来!?
とても楽しく書かせて頂きました。
ご依頼頂きありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。
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