<東京怪談ノベル(シングル)>
−命尽きるまで−
しいんと静まり返った戦場跡。
放置されたままの瓦礫や、無造作に投げ出された武具たちが、未だこの地く刻み込まれた戦の爪痕を物語っている。
もはや誰も近付こうとさえしないその場所に、たったひとつ、人影があった。
彼は時折立ち止まっては、屈んで何かを手に取るような素振りを見せる。傍から見れば、賊が金目のものでも漁っているかのように見えるが、それはまったくの誤解だった。
何故なら、彼が手にしているのは古びた槍斧。売り捌いたところで、二束三文にしかならないような代物だったからだ。
(これは……さすがに使い物にはなりませんね)
刃の欠けた槍斧を見ながら、彼―――アルベルト・バイヨは心の中で呟いた。
彼は手に取っただけで武具の強度や品質を把握する能力を持っているのだが、その力を使わずとも、その槍斧がもはや役目を終えてしまっていることは一目瞭然だった。
『……ふふ、無様な格好だろう』
どこからともなく声がする。正確には、それは音声を伴ったものではなく、アルベルトの心に直接語りかけるかのような声だった。彼の手の中にある槍斧が、アルベルトにだけ聞こえる声で話しているのだ。
「無様などではありませんよ。あなたは立派に己が役目を果たしたのでしょう」
『ああ、そうだな……こんな姿になってしまったが、悔いはない。俺は己のすべてを賭けて戦ったのだから』
その声は疲れ、掠れているが、それでも誇りに満ちていた。
アルベルトは哀悼の意を示すかのようにしばらく瞑目し、槍斧を静かに元の場所に戻してやった。
立ち去る間際、微かに「ありがとう」と声が聞こえたような気がした。
そんなふうにして、アルベルトは槍斧を探し歩いてゆく。
そしてそれを見つける度、問い掛ける。
「あなたにはまだ戦う意思がありますか?」
ある者は、こう答えた。
『当然だ。俺たちは戦ってこそ、真価を発揮できるのだから』
アルベルトは彼を槍斧に取って、まだ戦闘に耐え得るだけの強度があるかどうかを確かめる。
そして、大丈夫と判断すると、
「分かりました。ではあなたに新たな道が見つかるよう、お手伝いしましょう」
と言って自分の荷物に加えてやった。
また、ある者はこう答えた。
『俺はまだ戦いたい! まだ戦えるんだ!』
アルベルトはまた同じように、槍斧の強度を確かめる。
しかし残念なことに、こちらはもはや武具としての寿命は尽きかけていた。
「あなたの体はもう限界を迎えています。例え補強を加えたとしても、望むような戦いは出来ないでしょう」
『そんな……!』
悲痛な思いは、アルベルトにもよく理解できる。
戦うために作られた武具は、戦いの中で使われてこそ存在意義がある。しかし、もはや戦えないということは、己の存在そのものを否定されることに等しい。
けれども、生ある限り必ず死は訪れる。それは器物とて同じなのだ。
「あなたは精一杯戦いました。もうお休みなさい」
『…………』
槍斧はしばらく黙りこくっていた。
人間から見ればただの「物」かもしれないが、ひんやりと冷たい無機の体からは、たくさんの感情が伝わってくる。やり場のない憤り、悲しみ、嘆き……
けれどもやがて、槍斧は静かに言った。
『……俺の主は勇敢な男だった。俺も持ち手に恥じぬよう、勇敢に戦ったさ。最後の最後までな』
昔を懐かしむような声に、アルベルトはただ黙って頷く。
それに対して、槍斧は満足そうな笑顔を見せた……かのように思えた。実際、武具が笑ったりするわけはないのだが、それでも確かに彼は微笑んだのだ。誇らしげに、それでいて、どことなく淋しそうに。
アルベルトは槍斧をそっと横たえ、別れを告げて、再び歩き出した。
* * *
戦場跡の付近で、アルベルトはテントを張って野営していた。
新しく荷物に加わった槍斧は3つ。それらひとつひとつに対して、かつての主の話や、新しい主に望むことについて聞いてゆく。
『私の主は、それは立派な方だった。強く優しく、心清く……あの方と共に戦えたことを、私は誇りに思っている』
『なんの、俺の主なんてもっと凄いぜ。戦場を駆ける疾風のようだった。次から次へと敵を薙ぎ倒してさ!』
などと好き勝手なことを話し合う槍斧たち。
彼らは自らの主のことを思い出し、主と共に勇ましく戦った日々のことを思い出しながら、これから出会うであろう新しい持ち主について思いを馳せる。
『やっぱり主に必要なのは、勇猛さと強靭な肉体だろう。軟弱な者になんて振るわれたくないね』
『単に力が強いばかりではいけない。戦いには知略も必要だ』
『うーん……私は、私を大切に扱ってくれる人がいいなあ』
道具というのは、使い手なしには成り立たない。
彼らには、彼らの力を十二分に引き出してくれるパートナーが必要不可欠だ。
アルベルトもそのことは承知しているので、こう言った。
「必ずしも望み通りになるとは約束できませんが、できる限りあなたがたの希望に添えるよう、最大限手を尽くしましょう」
それを聞いて槍斧たちもほっとした様子を見せる。
『頼んだぜ』
アルベルトに汚れを落としてもらいながら、槍斧は期待に満ちた声で言うのだった。
* * *
それからしばらく経ったある日、アルベルトはいつものようにシェリルの店を訪れた。
「いらっしゃーい!」
扉を開けるなり、元気の良い声が響いてくる。
商品の片付けを行なっていたシェリルは、アルベルトの姿を見てにっこりと笑った。
「あ、アルベルトさんだ。毎度どうも!」
「こんにちは」
慇懃に頭を下げて、アルベルトは持ってきた袋の中身を広げてみせる。その中には、各地で手に入れたマジックアイテムや珍しい品などがいくつか入っていた。
シェリルは面白そうにそれらの品を観察し、特に興味を惹くものがあると「これは何?」「どこで手に入れたの?」などと訊いてくる。アルベルトはそれらの問いに対して、ひとつひとつ丁寧に答えてやった。
「これでまた話のタネができた♪」
と、シェリルはご満悦の様子。
明日になれば、これらの品々も店の棚に並ぶことになるだろう。
商品の引渡しを終えたアルベルトは、今度は布でくるんだ槍斧を3つ、シェリルに手渡した。
「では、いつも通りにお願いしますね」
「分かったわ」
槍斧にはそれぞれカードが添えてある。そこに記されているのは、彼らが望む主の条件。
運が良ければ彼らもまた、条件に適った主の元へと引き取られていくことになる。シェリルはアルベルトから無償で商品を譲り受ける対価として、新たな持ち主が現れるまで槍斧たちを預かってくれているのだ。
「良い持ち主に巡り会えるといいね!」
笑顔で言うシェリルに、アルベルトも穏やかに頷いた。
誰もが皆、命尽きるその瞬間まで必至に生き続ける。槍斧たちだってそうだ。
自らの存在を必要としてくれる者が現れるまで、彼らはひたすら待つ。そしていつかまた、命を燃やして戦うのだろう。
その時が来ることを祈り、アルベルトは言った。
「あなた達に戦神の祝福がありますように」
もし槍斧たちが人間の姿をしていたとしたら、皆揃って敬礼する姿が見られたことだろう。
物言わぬ槍斧たちとシェリルに見送られ、アルベルトは店を後にした。
こうして、彼はまた次の旅へと向かう―――
−fin−
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