<PCクエストノベル(1人)>


恋愛植物 〜不死の王・レイド〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
レイド
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 季節はゆっくりと冬へ差しかかろうとしていた。
 そんな中でもうららかな日の光を浴びて今日も元気一杯な『かれら』は、わが世の春を謳歌していた。そう。それはまさに、春そのものの姿。
 全身から桃色オーラを噴き出し、オーマ・シュヴァルツ病院の待合室でフェロモンを撒き散らして待合室の病人たちを不意に恋に陥らせながら、ほとんど全てが夢見る瞳でどこか遠くを見上げている。
 ――シュヴァルツ病院の名物のひとつ、人面草軍団。
 彼らが恋に目覚めてしまったがために、シュヴァルツ家及びその愉快な仲間たちの家計は火の車となっていた。
 もとよりオーマ一人の手ではどうしようもないところまで来ていた家事を、彼らが進んで手伝っていたため、今までなんとか保っていたようなもの。
 それが、ある日を境に突如このような状況に陥ってしまうと、そこから見えるのは闇色――と言うか黒々とした血の色に染まるオーマの未来の姿しか無く、それでは拙いと身の危険を察知したオーマが、一体どうしてこんな事になってしまったのか、人面草を調べる羽目になってしまったのだった。

*****

オーマ:「…………」
 オーマは今、半ば呆然とそれを見上げている。
 誰が描いたものか精緻な筆遣いの等身大のポスターには、愛が満ち溢れていた。
 この人物が絶対にやらないであろうその爽やか極まりない笑顔と格好を付けたポーズに、今もうっとりと見入る人面草たち。
 その部屋は、器用にも人面草たちで作り上げた、とある人物のための部屋と化していた――闇を統べる王、年経る事無く永遠に君臨しつづける王、レイドその人の。
 ……問題は。
 人面草たちが、彼を英雄崇拝的な位置付けにしているのではなく、永遠のアイドルのようなフィーバーぶりを見せている事だった。
オーマ:「少なくとも、ヤツは歯を見せて笑いかける事はねえよなぁ……」
 良く描けているだけに、そうした違和感は凄まじいものがある。
 その他にも大量に作られ、飾られている手縫いのレイド様ぬいぐるみは今もせっせと縫われ増殖中。
 そう言えば、レイドに誰か好きな者がいるのか聞いてきた事もあったなぁ、とぼんやりオーマが思っていると、わさわさと描きあがったばかりの新たなポスターを持って人面草たちが部屋を出て行く。いったいどうするつもりかと、好奇心も手伝ってオーマが後を付いて行くと、オーマ自作の総帥ポスターを剥がしてぺっとその場に捨て、スポーツウェアをの上にマントを纏い、テニスラケットを手にコートの向こうから微笑んでいるレイドのポスターをしわ一つない状態で貼り付ける。
オーマ:「ってちょっと待てい!」
 その行動に嫌な予感がしたオーマが急いで他のポスターの場所へ行くと、そこには既に七変化レイドのポスターで埋め尽くされており、オーマ渾身の出来のポスターは全てゴミ箱の中へ突っ込まれていた。
オーマ:「く……っ、このままじゃ近いうちにここがレイドグッズに溢れちまうな」
 自分の総帥としての威厳も地に落ちる、と事の重大さに気付いたオーマが自分のポスターを救助しつつ呟く。
 この現状がレイドに恋焦がれる人面草によって引き起こされているのなら、彼の身辺調査を行い、人面草たちを目覚めさせなければいけないと、オーマはぐっと拳に力を込めていた。
 ――もしレイドの身辺に恋人の気配が無かった場合、人面草たちがヒートアップする事に付いては思い至らないままに。
 そして、そんなオーマの考えをよそに、新たなレイドぬいぐるみを小脇に抱えた人面草が、病院待合室にそれを飾ろうとオーマの脇を通り抜けていた。

*****

オーマ:「……」
 くたびれたトレンチコートに渋い色の帽子を目深に被り、サングラスを付けた大男が、身体を大きくはみ出した隅っこからちらちらと目標――レイドを窺っている。
 不眠不休でレイドを観察し出してから何日経っただろうか。目がしょぼしょぼするのを気力を奮い立たせてかっと見開きながら、レイドの行動を逐一記録する。
オーマ:「ふぅん?」
 主に夜に行動するのは当然として、必ず一日に一度はレイドが森に出かけて行くと言う行動パターンがある事を知ったオーマが、軽く首を傾げた。
 それ以外は居住地から一歩も出なかったり、夜闇を散歩したり、或いは部下を引き連れて見回りに出向いたりと特に動きも行動半径も決まっていないらしい。
 そして、その森と言うのが、決まってそろそろ日が昇ろうかと言う時刻だった。
 その時だけは必ず一人きりで、霧の濃い森の中へ入る。
 当然オーマもその後を尾けたのだが、そのオーマも気付かない程唐突に、霧の中からぬうと古びた教会が現れた時には流石に想定していなかったため驚いた。
 が、レイドにはいつもの事なのか、足取りは止まらず中へ入り――そして、暫くして再び出て来る。特に何か変わった様子も無いのだが、レイドが歩き出すのを確認して後、ふと後ろを振り返ると、霧に飲まれたのか――それとも最初から無かったのか、そこに教会の姿は無かった。
 そうした事を繰り返すに及んで、何故に吸血鬼が教会に、と言う最もな疑問がオーマの頭に浮かび上がり。
 その疑問は、教会の中まで尾けて行けば流石にレイドにも気付かれるだろうと言う懸念をあっさりと吹き飛ばして、中で何をしているのか見たいと言う欲求に取って変わっていた。

*****

 今日もまた、レイドは一人で出かけて行く。
 その後を、似合わないぴちぴちサイズのトレンチコート姿のオーマがこそこそと付いて来ていた。それに気付いているのかいないのか、レイドは相変わらず無表情で滑るように闇を抜け、森へと入って行く。
オーマ:「随分と熱心に通ってるんだな。……これは特ダネか?」
 不死の王たる者に恋人発覚などと言うゴシップがあるかと言うと、それは最初から望み薄だとオーマにも分かっている。それでも万が一、と言うか、人面草たちにレイドを諦めさせるネタが上がれば良いわけで、それはきっとあの教会の中にある、とオーマは確信していた。
オーマ:「おっと」
 そんな思いに耽っていると、レイドの姿を霧の中に見失いそうになり、慌てて他の事を考える事を止めた。――レイドは足取りも確かに霧の中に消え、そして、その向こうから例の如く教会がぬうっと現れる。
 不思議な事に、教会からは嫌な気配はまるで感じなかった。寧ろ、そこにあるのは澄んだ、空気のような、或いは水のような静かな気のみ。
 中で一体何が……と、オーマがこくりと喉を鳴らしてその中に入って行く。
 見た目に反し、軽い扉が音も無く開く。
 そして――その中にあったものは、オーマの知識にある限りでは相当古い時代に存在した、拷問道具の数々。それらは今はもう錆び付いて使えないように見えるが、その不恰好にごつごつとへばり付いている錆びの原因は、恐らく胸が悪くなるような物で構成されているに違い無かった。
 その、更に奥。
 本来なら祭壇があり、その奥に信仰の要が祭られている筈のそこは、生々しいまでに赤黒い色で染められ、ゆらりと揺らめく蝋燭の灯りがそれを映し出している。
 そこに、レイドと――少女の姿があった。
 二人は何か話し込んでいるようで、オーマに気付いてはいないらしい。
オーマ:「……? ――!」
 その、どう言う関係か判断しづらい二人の様子に最初首を傾げていたオーマが、目を見開いてぽむっと手を打ち鳴らす。
 どうやら。
 レイドが『特殊な趣味』を持っている、と『確信』してしまったらしい。
 これは大ニュース、早速戻って人面草たちに暴露せねば――そう思ったオーマがくるりと踵を返すと、
レイド:「そこの不審極まりない探偵。一体何を探り当てた気でいる?」
 その背に、レイドのひんやりとした声が突き刺さった。
オーマ:「……何だよ。バレてたのか」
レイド:「最初の夜からな。また奇妙な格好をして、勧誘でもするつもりかと思ったがそう言う様子でもない。暫く泳がせておいたのが失敗だったか。ここまで来るとは思わなかったぞ」
 振り返って諦めたように苦笑いを浮かべるオーマと、すっと立ち上がってオーマに向き直るレイド。
 その後ろに隠されたように見える少女は、一瞬だけオーマの目に触れたが……その目は何も映しておらず、僅かに開いた唇からはどんな言葉が漏れ聞こえるのか、想像も付かなかった。
オーマ:「で?」
レイド:「何がだ」
オーマ:「隠す事はねえだろ? その後ろにいる子は、おまえさんの何なんだ、って事だ」
レイド:「……何と問うのか。難しい質問だな」
 レイドが少しだけ顔を顰める。それにオーマがにやりと笑い、
オーマ:「隠すなって。おまえさんの嗜好についちゃ特に何も言わねえよ。ついでにうちの人面草の前でもカミングアウトしてくれりゃあ言う事はねえんだが」
レイド:「何の話だ何の。それに、人面草がどうしたのか」
オーマ:「いやそれがなぁ。どうもおまえさんにぞっこんらしいんだ。うちにいるのがほとんど全部な。お陰で仕事にもなりゃしねえし、連中に家事の一部を任せてただけに手が回らなくなっちまってよ」
レイド:「――それで、私の身辺調査を始めたのか。全く」
 ふう、とレイドがため息を付いて、
レイド:「言っておくが、オーマの考えるような事は一切無い。それに、……申し訳ないが、植物は範疇外だ」
オーマ:「いやそこ申し訳ながらるトコじゃねえだろ。――っつうか、それじゃ彼女は何なんだ?」
レイド:「少し待て」
 くるりとレイドが振り返ると、跪いてぼそぼそと何か言葉を交わし、
レイド:「また、来る」
 その言葉を皮切りに、すっ、と立ち上がると、オーマを連れ出すようにして二人で外に出た。
 そして、
レイド:「後ろを見ろ」
 その言葉に振り返った、そこに――教会の姿は無かった。いや、全く無いわけではなく、ごろごろと転がった石や崩れた壁の形から、そこに以前建物があったと気付かされる。
レイド:「じきに日が昇る。帰り道で良ければ話すが」
オーマ:「そりゃまあ、是非聞いてみたいな」
 その言葉を聞いたレイドが軽く頷くと、自分のすみかへ向かって歩き出した。
レイド:「見て分かるだろうが、あれは教会の跡地だ。――そう遠くない過去のな」
オーマ:「そりゃあ、何となく分かったが」
 相槌を打つオーマに、レイドが言葉を続ける。
 もう何代も昔の事、今は覚えている者もいないだろうが、この国にも暗黒の時代があった。一部の宗教に対する呵責無い弾圧――それは、魔女狩りと称され、国に対する呪詛を行ったかどで、その宗教を信仰していた者たちは年齢性別関係なく捕まり、取り調べと言う名の拷問にかけられた。――彼らが信仰する教会の中で。
レイド:「彼女は、魔女として捕らえられた最後のひとりだ」
オーマ:「……つう事は、彼女も不死者なのか?」
レイド:「そうだな。だが」
 レイドがゆるりと首を振る。
レイド:「彼女自身は、今もああして夜の一時だけ現れる教会の中で、救いの手を待っている。――死を、拒絶したままな」
 一時期は眷属に加えようかとも思ったが――とレイドが呟いて、押し黙る。
レイド:「今はああして話をしに行くだけだ」
オーマ:「どうして――」
レイド:「何だ?」
オーマ:「どうして、眷属にしない? 遠くない過去と言っても、それは彼女にとっちゃ永劫の苦しみなんだろう?」
レイド:「そうだ」
 なら、と言いかけたオーマに、レイドの酷く冷たい目が突き刺さる。
レイド:「彼女は、それでも救われると信じている。……愚かにもな」
 眷属にしてしまえば、彼女にとっての救いは、今度こそ本当に打ち砕かれるだろう。最も、眷属と化した彼女はもう、絶望する事も無くなっているかもしれないが。
レイド:「それだけだ。それ以上の他意は無い」
オーマ:「……」
 黙ったまま、立ち止まるオーマ。そんなオーマに気付きながら、話は終わったとばかりに立ち去っていくレイドが闇に溶けて消えるまで、オーマは動く事が出来ずにいた。

*****

 数日後、オーマに諭されて大失恋をした人面草たちは、ようやく元のペースに戻って家事手伝いを行うようになった。
 ただ、時折不死性についてや、不死植物になるための本などを調べようとしているのを見れば、完全に諦めてはいないようだったが。
オーマ:「いやだからな、植物じゃ駄目だっつってんだよ。ヤツの好みは知らねえが、とにかく植物は範疇外だってはっきり言ったんだからな。不死植物になるっつう計画だけはやめてくれ」
 わさわさと不満そうに身を揺すったものの、窓から差し込んでくる暖かな日差しの誘惑には勝てなかったらしい。気付けば次々と窓辺に張り付いて日の光を浴びて、うっとりとした眼差しを空へ向けている。
 夜を統べる王と、日の光が無ければ生きていけない人面草と、初めから結ばれる筈の無い組み合わせだと言う事は分かっているだろうに、とオーマが苦笑する。
 そして、恐らく今日もまた彼女の元を、過去の教会を訪ねていくレイドの事を思い、自分でも何故かわからないままに、太いため息を吐いたのだった。


-END-