<PCクエストノベル(2人)>


おいでませ竜宮城 〜豪商の沈没船〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】

【助力探求者】
なし

------------------------------------------------------------
 シュヴァルツ家の食卓に頻繁に上がるのは魚料理。新鮮で美味しくてしかも安いとなれば、食べる率が上がるのも当然。おまけに、生まれてこの方魚など食していないと言う者が多いものだから、魚を嫌がる者がいるどころか毎日だって大歓迎と言う状況。
 そして今日もまた、下僕たちは大きな籠を抱えてやって来ていた。
 新鮮なまま食べるも良し、捌いて干しても良しと、来る度個人としてはかなり大量に買い付けていくため、オーマたちの顔は広く知れ渡っており、漁師や市場でもお得意様として大事にされている。
 ところが、そんなある日のこと。
オーマ:「どうだった?」
ゼン:「全滅だってよ。どうする? 諦めて帰るか?」
 閑散とした魚市場の前で、オーマ・シュヴァルツとゼンが困った顔を見合わせる。
 波が荒いわけでもなく、魚が消えたわけでもなく、ましてや人面魚が再び襲来して来たわけでもない。
 そこにいたのは、疲れきった様子で市場をだらだらと洗う数人の男たちだけ。
 そして、ほんのちょっぴりしか捕れなかった魚は、既に王室や他の料理屋によって全て買い取られていた。
オーマ:「そ、そうもいかねえよ。俺様今晩魚料理フルコースだって言っちまったし……」
ゼン:「マジかよ」
 今更予定変更など、食事時――いや、その後も次の日も、人生を終えた方が良いと心底思う出来事が起こるに違いない。そう考えるオーマが青い顔で、もう一度頼み込んでみようと漁師の側に近寄りぺこぺこと拝み倒している様子を、ゼンが呆れたような、気の毒なような顔で眺めていた。
漁師:「すまねえな、本当に今日はこれっきりなんだ。ここんとこずっとそうさ」
オーマ:「さっきも言ってたじゃねえか。魚が海から消えたわけじゃねえって」
漁師:「だがな、船が出せねえんだよ。漁師たちのほとんどがどう言うわけかサボりやがってな」
オーマ:「……何かあったのか?」
 この時期に漁を休むなどただ事ではない。妙だと思ったオーマが漁師のひとりに訊ねると、
漁師:「あったっちゃああったんだが……お。そうだ、お前さんたち、調べちゃあくれねえか? このままこれが続けば俺たちも冬を越せなくなっちまうんでな、報酬は払うぜ」
オーマ・ゼン:「任せろ」
 意図せず綺麗にハモった二人――と言うか、報酬と聞いてすかさずオーマの隣にやって来たゼンにオーマが僅かに苦笑し、漁師に話の続きを促した。
 男によれば、ここ暫く、漁師が何人も行方不明になる騒ぎが起こっているのだと言う。が、漁師たちは全て朝になれば戻って来るため、あまり問題視されずにいた。
 本当の問題はこの後だった。
 何故か行方不明になっていた後の事は語らなかった男たちは、夜になると人知れず家を出て、朝になると戻ってくる、という不審な行動を繰り返し始めたのだ。
 お陰で朝から午後まで眠ってしまったり、だるくて船が出せなくなったりと漁に影響し、それだけではなく夜になると男たちが消えてしまうため、夫婦仲にもひびが入りかけたりと碌な事が起こらないと、事情を知らない漁師たちも困り果てていた。
オーマ:「行方不明になってからの出来事なんだな、それは。――で、そいつらが消えた場所ってなどこなんだ?」
漁師:「ああ……確か、漁の予定地区がこの辺りだったから」
 と、おおまかに書いた海図の上に、消えた漁師たちが移動した個所にいくつも印をつけて行く。それを見れば、海のある地点付近に集中している事が分かった。
オーマ:「……行くしかねえか」
ゼン:「だろうな」
 面倒クセェ、と吐き捨てるように言いはしたものの、そのまま帰れないし報酬も出るし、とゼンが自らを納得させ、
ゼン:「オッサン、船貸せ。俺たちが移動出来る程度のでいい」
 と、漁師に鋭い目を向けた。

*****

オーマ:「ったくよう。モノには言い様ってモンがあるのをいい加減学習しろってーの」
ゼン:「う、うるせえな! いいじゃねえかよ借りられたんだし」
オーマ:「まあなあ……このボロ舟一艘借りられただけでもマシかもしれねえけどなぁ」
 ぎいこ、ぎいこ。
 二人で横に並んでオールをせっせと漕ぎながら、オーマがぼやく。
 ゼンの目つきと大人を敬おうとしないその態度にかちーんと来たか、漁師が貸してくれたのは今にも底に穴が開きそうな手漕ぎボートだった。もちろん、戻って来なければ拙いからとその場で簡単に修理をしてくれたのだが……。
 念のために、海に出る前に、昼間から眠そうに目をしょぼつかせている行方不明になった男たちに話を聞きに行ったのだが、門前払いか貝のように口をつぐんでいるばかりで何も話そうとしないのが確認できただけだった。
オーマ:「どこらへんだったか覚えてるか?」
ゼン:「方向は間違ってねえ筈だがな……っつうかよ。オッサン。何で具現でエンジン出さねえんだ?」
オーマ:「あ? そんなの決まってるだろ。何が出て来るか分からねえから温存してるだけさ。おうそうだ。ゼン、お前が出せばいいんじゃねえか」
ゼン:「オッサンみてぇな器用な真似が出来るかっつーの!」
 ぎいこ、ぎいこ、と軋んだ音を立てつつ、そうしてせっせと進んで行く二人。
 それでも二人がかりでやるだけ進みも早いのか、そのうち漁師たちが行方不明となった地点へ到達し、そこで呼吸を整え、筋肉痛になりそうな腕を揉みながら周囲を見渡す。
オーマ:「……何か見えるか?」
ゼン:「海だけだな。ガセじゃねえのか? あのオッサンたち海行った振りして町の飲み屋か賭博場に入り浸ってるだけだとかよ」
オーマ:「それもありそうな話だが……ま、調べてみるか。ほれオール」
ゼン:「まだ漕ぐのかよ……」
 ボートにちゃぷちゃぷと波が打ち寄せる音を聞きながら、見渡す限りの海の中、ぐるーっと回ってみる二人。が、特に何も無いように見える――と。
ゼン:「……ん?」
 ゼンがオールを漕ぐ手を止めて、ある一点に目を向けた。
オーマ:「どうした?」
ゼン:「あっちに何かあるぞ」
 その言葉に近づいてみれば、何故か凶悪そうな顔つきの魚たちに囲まれて、人の良さそうな顔をした巨大な海亀がおろおろと辺りを見回している。
オーマ:「……また。予想外のモンが現れたな」
ゼン:「どーすんだよ。こいつらだけとっ捕まえて食卓に載せるか?」
オーマ:「これだけじゃ足らねえだろ。それに、この顔つきじゃ腹下しそうだ。――ほらほら。そこの見るからに善良そうな亀を苛めてんじゃねえよおまえさんたち。行った行った」
 そう言いながらボートで亀と魚の間に入り、オールで波を起こして魚たちを散らす。
 魚たちは、ぎろりと一瞬オーマたちを睨みつけながら、敵わないと思ったかさーっと波間に消えて行った。
オーマ:「おまえさんもこんなトコにいねえでさっさと家に帰ったらどうだ?」
 そう言って亀を見ると、前のヒレを上手に使い、潤んだ目でオーマたちを見ながら拝むような格好をしている亀がいて。
海亀:「これはこれは。危ないところを助けていただきありがとうございまする。付きましてはお礼をいたしたく――ささ。この背に乗って下され」
 一瞬、目と目を見交わすオーマとゼン。
 が、にやりと笑ったオーマが、
オーマ:「おう、じゃあ宜しく頼むぜ」
 そう言ってボートからひらりと飛び移った。その後に黙ったままゼンが続く。
 亀は、そのまま海の中へと潜って行った。
 不思議な事に、亀の背に乗った二人は海中に入っても息苦しくなる事が無く、呼吸も会話も何不自由なく出来ていた。……良く見れば、海水と自分たちとの間に薄い膜があり、空気が自分たちの周りを取り囲んでいる。
オーマ:「具現……じゃ、ねえよな」
ゼン:「なさそうだな。っつうか、どこに行く気だよコレは」
 何で俺までこんな目に、とぶつぶつ呟いているゼンを乗せ、亀は海底へすいすい泳いでいく。そしてそこに広がっていたのは、カラフルな照明がまるで歓楽街の如き派手さになっている、ひとつの巨大な建物だった。
 そのまま案内されると、どうやら海亀を助けた事が既に伝わっていたらしく、いきなり魚やタコイカたちの大歓迎を受けて中へと通される。
 その奥にいたのは、にこにこと艶やかな笑みを浮かべる、一見して人間のように見える女たち。皆足まですっぽりと隠れるようなふんわりした衣装を身に付け、オーマたちが何か言う前に、輝く広間の中に次々と海の珍味や地上のものと遜色ない酒を出して振舞い始めた。
女性:「此度は我が亀を助けていただきありがたく存じます。ささやかながら宴の用意を致しましたので、ごゆるりとお楽しみください」
 その中でも一番豪華な椅子に座って、どこか品定めでもするようにオーマたちを見ていた女性が、色っぽい笑みを浮かべて、どうぞ、とテーブルの上に並べられた食事を勧める。
オーマ:「それじゃあまあ、遠慮なく」
 例えこれが罠だとしても、何が目的なのかが分からない。行方不明になった男たちが皆、あの芝居じみた救出劇によって連れて来られた、と仮定しても、今はもっと探る必要があると判断したのだろう。オーマはそう言って、赤々と茹でられた巨大な海老の殻をばきんと割って、甘味と弾力のあるその身に齧り付いた。
ゼン:「……」
 いいのかな、と躊躇っている様子のゼンも、オーマの堂々とした様子にやや呆れ顔ながら、まだ見たことの無い大きな魚に恐る恐る箸を伸ばし、その味が気に入ったか黙々と食べ始める。
 やがて――。
オーマ:「わはははは! いや、こりゃあ美味い! 酒にしても相当熟成させなきゃこんな味わいは出せねえだろ? 本当悪ぃな、俺様あの大亀を助けただけだっつうのに」
 調査のためにそんな振りをしているのか、本気なのか、酒に酔って顔を赤らめたオーマが上機嫌で女たちに囲まれて踊り出す。
ゼン:「……あのオッサンはよぉ……」
 ぱくぱくと健啖家ぶりを見せながらも、未成年だからと酒はきっぱりと断っていたゼンが、オーマの浮かれように呆れた表情を出してやれやれと首を振った。

*****

海亀:「それでは皆様。ごきげんようでございまする」
オーマ:「おう。土産も貰ったし散々ご馳走になっちまったし悪かったな」
海亀:「いえいえ」
 ぺこりと頭を下げた海亀が、海の中へ消えていくのを見送って、オーマとゼンが海岸に腰を降ろした。
 ボートも他の魚たちが引いて来てくれたものらしく、浜辺でゆらりと波に揺れている。時刻は、そろそろ朝日が昇ってきてもおかしくないと言う辺りだが、まだ真っ暗だった。
オーマ:「ふう。結局、これだけじゃ分からねえな」
 たぷたぷの腹を撫でながら、オーマが満足げに呟く隣で、じっとりとオーマを見たゼンが、
ゼン:「オッサンは食って飲んで踊ってただけじゃねえかよ。会員制クラブにでも紛れ込んだかと思ったぞ俺は」
オーマ:「確かになぁ。男の姿が全然ねえのも不思議だったし。さーてと。それじゃ土産が何か見てみるか」
ゼン:「家に帰ってから開けるつもりじゃなかったのか?」
 木の箱だろうか。艶々と黒光りした塗料が塗られている軽い箱を持ち上げるオーマに、ゼンが不思議そうな顔をする。が、オーマはちちち、と指を振って、
オーマ:「中に良いモンが入ってたら、取り上げられちまうじゃねえか――もとい。何か危ねえモンが入ってたら危険だから、ここで俺様たちが調べてみねえとな」
 どっちが本音かはっきりと分かる言葉で言うと、にんまりと笑いながら箱の紐を解いて行く。それに釣られたように、ゼンも自分にと手渡された箱をぱかりと開いた。
 そうして、二人同時に箱の中を覗きこむ、と――途端に、箱から噴き出してきた煙が二人の身体を包み込み、何だか酷く気持ちの悪い雰囲気に包まれた、と思った途端、体のバランスが崩れて二人が砂浜に手を付く。
ゼン:「な、何だよこりゃ」
オーマ:「……お。何か書かれてるぞ」
 煙が消えた後に、箱の底に何か書いてあるのに気付いたオーマが覗き込むと、そこには、
『使用方:陽が沈むとどきどき人魚化しマッスル★』
 と、墨の色も黒々と達筆で書かれた文字が。
オーマ:「なんだってええええ!?」
ゼン:「……お……オッサン」
 ゼンの、血の気が引いた声に、オーマが下を見る。
 ぴちぴち。
 そこには二本の足が無く、巨大な魚の下半身があった。

*****

女性:「お待ちしておりました。まあ、思った通り素敵な殿方になられて」
 昨夜よりも嬉しそうにしながら、昨日歓待してくれた女性たち――今日はその鱗に覆われた下半身を見せて泳ぎ寄りながら、にっこりと笑う。
オーマ:「話を聞かせてくれるか? このままじゃ俺様だけじゃなく、あのオッサンや若い連中も全員人生が狂っちまう」
女性:「これは異なことを。元々我等の領域に入り込んで漁を行っていたのはそちらではないですか」
 女性がそう言って少し怒ったような顔をすると、海底に館を作ってまでこうした事をし始めたわけを語り始めた。
 元はといえば、彼女らの一族から男が生まれなくなった事による。それが、秋の嵐のせいなのか、海温の微妙な変化によるものかは分からないが、とにかく生まれなくなってしまっては衰退の一途を辿るのみ――と、人魚たちの中で魔術を多少行う者が作り上げたのが、人間を日の光が遮られている間人魚へと変化させる薬だった。
 そして、昼間のうちに自分たちのテリトリーへ入り込んだ人間の男たちを歓待し、薬の入った土産を持たせ……結果は満足の行くものとなったのだが。
女性:「間もなく産卵期が終わります。その時まで見逃して頂ければ、中和剤も出しますし我らは遠く海の向こうまで行き、戻って参りません。……男子が生まれれば、ですが」
オーマ:「事情は分かったがなぁ」
 海中でがしがしと頭を掻きながらオーマが困った顔をする。
オーマ:「連中の中には結婚してるやつもいる。こういうのを浮気と言うのかは知らねえが、快く協力してくれるやつを募った方が良かったんじゃないか? 歓待してもらった負い目で渋々協力したって上手く行くとは限らねえしな。あーちなみに俺に協力は求めねえでくれ」
ゼン:「……同じくだ。俺はそんなモンに協力する気はねえ。その解毒剤っつうのを出してくれ」
 人魚になったとしても、具現の力に衰えは感じられない。そう気付いたゼンが鋭い目を向けるが、オーマがそれを抑えて、
オーマ:「いつ終わる?」
 そう、聞いた。
 ――それから、3日目の夜。
 げっそりとした男たちが並ぶ夜の港で、オーマが海の中を泳ぎ回りながら解毒剤と栄養剤を人数分手渡していく。
オーマ:「まあ、今後は美味しい話にはそうそう乗らねえ事だ。不相応な見返りがあるつう事は、それだけこっち側にも支払わなきゃならねえものがある――そう思っておけば取りあえず今回みてえな災難は避けられるさ」
 何より、かあちゃんに土産はきちんと届けねえとな、そう言って苦笑いするオーマに、曖昧な笑みを浮かべる男たち。皆、海岸に送ってもらった後即開けてしまったのだろう。
オーマ:「明日は俺様もちぃと手伝わせて貰う。それで盛り返せるかどうか分からねえが、おまえさんらの捕った魚を楽しみにしてる連中がたくさんいるって事は忘れねえでくれよ」
 そう言って、ごくりと薬を飲み下し、薬が身体に回るのをじっと待った。
 やがて、月が中天に浮かぶ頃、あちこちから歓声と共に、びしょ濡れの体のままで浜辺を駆け回る男たちの野太い声が聞こえ――。
 それを、遠くから見ているらしい海の向こうにぽつぽつと浮かぶ頭に向かって、すっかり元の姿に戻ったオーマが手を振って見送り。
ゼン:「……っくしょん!」
 考えてみればもう冬と見ても良い時期の海、人魚姿の時はあまり感じなかった寒さが急に身体の奥へ染み込んで来て、ゼンは大きなくしゃみをしてさっさと家へ戻って行ったのだった。

*****

 そして。
 シュヴァルツ家の食卓に魚がこれでもかと言うくらい乗るようになったのは、次の日からで。
 夜になるとこそこそゼンと二人で家を抜け出したり、なかなか魚料理が食卓に上がらなかったり、夜の食事はオーマとゼン抜きで行われたり、と言う事が何日か続いた結果、とある方の怒りを全身に浴びたオーマは、それが鱗だったら人魚ならぬ半漁人だろうと言うほどの包帯を全身に巻きながら、オーマは今日も舌がとろけるような料理に精を出している。
 貞節を守り抜いたはずなのに、どうしてこうも虚しさが残るんだろうかとふと思いながら。


-END-