<東京怪談ノベル(シングル)>


歪みし闇。


 ――ひとりは。

 ――独りは、怖い。

 そこは、闇に魔性存在が紛れ込み、振り返れば恐怖が間近にある世界。
 リーシ・カルンシュタインがまだ幼かった頃の話だ。
「……さむい……」
 小さな身体が、自分を抱きしめながら切ない声音を漏らす。
 暗く冷たい闇の底で、独りきりなのはとても辛く苦しいものだった。
 当然の罰だから、快く受けなくてはならないものだと思っていた。だけど、それは過酷な試練そのものであり、拷問のようなもの。
 純粋な吸血鬼に生れ落ちたはずなのに、リーシの外見は『異端』そのものだった。
 本来、髪も瞳も闇色に染まっていなければならないはずの吸血一族。
 リーシはその中で髪は銀、瞳は紅として生まれてきた。

『なんということ』

『忌み子だ』

『異端児め』

 完璧な姿を求められる一族からは、当然のごとく彼は蔑まれた。
 元来からの闇の眷属の為に『人』との拘りは経たれば、当然のごとく天の陽からも厭われる。そんな定められた自分の位置から、さらに異端ということだけで同胞からも厭われる。
 少女のように愛らしかった外見は一族には認められず、さらには両親にも疎まれた彼は誰も存在しない孤独の城の中へと閉じ込められてしまった。
 子供の目からも見ても、壮絶なまでの美しさとそれに備え付けられたかような冷たさを持っていると感じ取られた両親。
 そんな二人はリーシに親としての愛情も、必要な糧さえも与えることはしなかった。
 彼の両親は、自らの手で自分の子供を手放したのだ。『歪なモノ』はいらぬ、と。
 幽閉されたリーシは、暗闇の中で時折紛れ込んでくる城内へと小鳥や鼠の類を捕らえそれらの血を啜る日々を送る。
 対象が至上のものであればあるほど、その身体に流れる美酒は甘く脳まで酔わせるものだと聞く。
 だがリーシが口にしてきた生物は、どれも決して美味なものではなかった。
「……僕が……生まれてこなければ」
 ぽつり、と零れた小さな声音でさえこの空間では悲しく響き渡る。
 彼は仲間で在るはずの同族に、愛情というものはその心にひとかけらも抱けなかった。両親からの愛情すらも与えてもらえなかったのだ、無理も無い話しである。
 だが、だからといって彼らを恨むことさえもなく、ただ皆と同じ外見で生れ落ちてこなかった己自身を深く憎んだ。
 周囲の期待を裏切った自分。定められた場所へと辿り着けなかったという罪は、原罪にも等しい。
 そうだ、悪いのは自分だ。
 だからこれは、当然の報いなのだ――。
 何度も何度も、心の中で繰り返される思考。自分への憎悪。
「なにも……」
 望むことなど、許されない。
 幼心にリーシはそう思い知り、心を痛める。
 そして声を殺してその場で静かに涙を流した。
 涙が床に跳ねる音さえも、虚しい。
 独りは怖かった。
 寂しかった。
 そして永きを生きる種族であるのに、死というものが恐ろしかった。
 死にたくない。
 誰もわからない暗闇で、寂しく死ぬのは悲しい。
 だから密かに心の中で望んだことが、一つだけある。
 差し伸べてくれる手を。愛を。
 ――優しいくて温かい愛情が、欲しかった。
 誰でもいい、自分を愛してくれる存在を望んだ。
 そんな密やかな望みでも、罪に繋がるのかもしれない。さらなる罰が下されるのかもしれない。それでも望まずにはいられない。
 誰か、愛してください。
「……誰か……僕を、愛してください……」
 暗闇の中、リーシの声が響いた。それは酷く悲しい声音。
 何に祈るのかさえ解らない。この世の何を信じたらいいのかも解らない。
 彼はそれでも、細い指を組み合わせてそれを口元へと持っていく。
 何処かで、聞き届けばいいと。
 自分の願いが、祈りが。

 やがて。
 暗い闇の底に、弱々しい一筋の光が生まれる。
 夜の帳に浮かぶのは猫の爪のような細い月。
 月の光はリーシの願いを聞き届けたのだろうか。
 それとも気まぐれに顔を見せただけなのか……。
 人からも忘れ去られたその古城は、ただ一人の少年の為だけに存在し、彼の小さな願いをその懐に抱き今日も静かに佇む。
 漆黒の闇の空間と共に。
 


 -了-




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リーシ・カルンシュタインさま

初めまして、ライターの朱園です。
この度はご指名有難うございました。
幼少時代ということで今回は書かせていただきました。
多少の脚色などもあるのですが、内容としては如何でしたでしょうか?
少しでもお気に召していただけましたら、幸いに思います。

今回は有難うございました。

朱園ハルヒ

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。