<PCクエストノベル(1人)>


黒の指輪 〜リッチ〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 かたん、と軽い音を立てて、朝も早くから『診療受け付け中』と書いた札を下げたオーマ・シュヴァルツが、う〜ん、と大きく伸びをして息を吐き出す。
 最近外を出歩く事が多くなったために病院の方が疎かになってしまっている事実を身内にばれないよう、家にいる時は診療時間を大幅に伸ばして患者を受け入れているため、『シュヴァルツ病院は何時開いているか分からないが、開いている時は時間の融通が利くので便利だ』と噂されているとは気付いていない。
 そしてそれが、こんなにも不規則に開けている病院に患者の足が途絶えずに済んでいる状況を作っている。
 そんな、病院を開けたある日。
 玄関先に溜まった砂や落ち葉を掃いて綺麗にし、さて中で患者を待つかと中に戻った途端、玄関から客が来たのか呼び出し音が鳴り、慌てて扉を開けに戻った。
オーマ:「うん?」
 だが、直前にチャイムを鳴らした者の姿は見えず、ピンポンダッシュをするにしても随分と足が早いんだなと思いながら、悪戯かと中に戻ろうとした足元、視線の隅に何かが見えた。
オーマ:「……指輪か?」
 見た事もないデザインの、そして材質も良く分からない、どこが冷えびえとした黒っぽい指輪。それが、剥き出しのままでころんと扉を開けたすぐ側に転がっていた。
オーマ:「逃げていったやつが慌てて落として行ったのかね」
 指輪を眺めながら、首を傾げるオーマ。
 とは言え。
 不審な指輪があったからと言って、半開きになった扉をそのままに、玄関先でぼうっと指輪を眺めているわけにも行かない。
オーマ:「しょうがねえな」
 臨時休憩中、と札を引っくり返して文字を変え、家の中に戻ったオーマは診察室へと戻った。そこで改めて指輪を見て、もう一度首を傾げる。
 指輪の材質が、いまひとつ良く分からないのだ。
 だいたい、輝きや重さ、手触りなどでおおまかに分かるものなのだが、この見知らぬデザインと言い、不思議な光沢を持つ金属と言い、その先に付いている宝石と言い、ソーンで見た事が無いような指輪だったために、何故それを病院玄関に忘れて、もしくは置いていったのかが分からない。
オーマ:「探してみろっつう謎かけか?」
 指輪を掌の上で転がしながら、オーマが呟き、そして――やってやろうじゃねえか、と余計な所で闘志を燃やしたオーマが指輪を手に取って、意識を集中させながらゆっくりと目を閉じた。
 精神観応――生物、無生物に関わらず、そのものの持つ記憶を探り出すオーマの持つ技のひとつ。普段はこっそりとしか使わないため、オーマがこの技を持っていると知る者は少ない。
 尤も、生物以外での精神観応は、それなりに使い込まれた品物でなければ読み取る事はほぼ不可能であり、この指輪も新品であればすぐにお手上げとなっていたところだった。
 だが――いくつもの年月を超えて来たと、感応を始めて時間が経たないうちに知ったオーマが、その先をそっと探り始める。一気に探りに行った場合、もし相手の強い想いがそこに篭められているのなら、精神や肉体にダメージを受けてしまう事もあるからだ。
 そうして、ゆっくりと探っていったオーマの眉が、次第に寄せられ、しわが深くなって行った。
 ――見える映像。そして、聞こえる音――それに、見覚えがあったからだ。
オーマ:「……」
 一瞬、慎重にやらなければと思った事も忘れて、一気に深い部分へ潜ろうとしたオーマの目と耳が何かに塞がれる。
オーマ:「――しまったっ」
 慌てて感応を遮断しようと顔を上げるも、既に遅く。
 右手の上に置かれていた指輪はその位置を変え、オーマの右手の中指に深く深く食い込んでいた。そして今はもう、指輪から何も読み取る事が出来ない。
 オーマが最後に慌てて精神感応を解こうとした瞬間に頭に焼きついた映像は、ゼノビアで昔起こった殲滅戦争の一部。そして――怨嗟とも、呪いともとれる地の底から這い上がって来るような声。
 最後は、禍々しく輝いて見えるルベリアの花園が一瞬映し出されようとして、そこで全てが途切れてしまった。
オーマ:「……なるほど、な」
 ルベリアがあのように見えると言うことは、今までの見た映像は持ち主の視点から見たものなのだろう。
 そうなると、持ち主はルベリアに対し奇妙な憎しみを抱いている、と読めるのだが、あの花のどこにそのような憎しみを煽るようなものがあると言うのだろうか。
 もしかしたら、花そのものではなく、花にまつわる者に対しての恨みなのかもしれない。それならば、分からないでもない。
 そんな事を考えていたその時、急に眩暈がオーマを襲った。
オーマ:「――っ、なんだ……?」
 そして、ずるりと、体内から臓腑を引きずり出すような感触にぞくりと背筋を凍り付かせながら、もうひとつ、じくじくと痛みとも痒みともつかない感覚が消えない右手を見て愕然とする。
 指輪の周囲に描かれていたデザインが、呼吸するように淡い輝きを見せている。それと同時に、指輪から禍々しく、激しい勢いで具現侵食の波動が流れ込んでいた。
オーマ:「拙いな。これは、指輪を取る方法を探してこねえと」
 そう言って、眩暈を押して立ち上がった。

*****

 それはまるで、何かの罠のように、オーマをじわじわと喰らい続けている。
 そして――具現侵食の作用なのか、指輪が一際眩しく輝く時には、オーマの中から大切なものがひとつずつ抜け落ちていた。
 それは、オーマが大事に取っておいた、いくつもの記憶。
 他の者と生きる時間の流れが違うと気付いた時から、刹那にも似た出会いを大事にしていたオーマには、いくつもの記憶が残っている。
 そのひとつひとつ、どれも捨てられないものだと言うのに。
 急がなければと思えば思う程、焦りが先立ってかえって調査が進まないと分かっているのだが、こればかりはどうしようもない話だった。
 そもそも、何故オーマの病院の目の前にこれがあったのだろうか。
 持ち主は、記憶を見た限りでは殲滅戦争の頃に生きていたと見るのが順当だろう。そして、その持ち主が今のソーンにいる筈がないという事も理解できる。
 ――オーマのように、不死に近い身体を得ていると言うのならば話は別だろうが、そうそうごろごろと不死の人間が現れるなど在りえない話なのだから。
オーマ:「く――っ」
 またひとつ。
 指輪が吸い取るのか、それとも指輪が侵食するたびにそこの記憶を食われているのか。
 こころの中が空虚になっていく。落ちた記憶がなんであったのか、記憶を失った今では知る術も無く……ただ、大切な何かが消えた、と言う気持ちが侵食とは別にオーマの心を蝕んで行く。

 無駄じゃ、ないのか?

 そんな事さえ思い浮かぶ始末。
 そして、
オーマ:「ああああ、やめだやめ! んな事を考えてる暇があったら探せ俺!」
 ぶるぶると首を振って、手がかりのありそうな場所を探して走り続けた。
 ――タイムリミットが定かではない事が、これほどまでに恐ろしいものだとは。
オーマ:「あ――なんだって? もう一度言ってくれ」
 いったい、どのくらい記憶が無くなったのだろうか。
 家族や身内の顔を覚えているのが奇跡なくらいに、オーマは今までの事のほとんどを忘れてしまっていた。
 そんな中で、ようやく指輪に関する事を知っている男を探り当て、噛み付くように訊ねていく。それで分かった事はひとつ。
 リッチと言う、大魔法使いのなれの果てが持つ指輪――それに、模様が酷似していると言うのだ。
オーマ:「行くしかねえか……間に合うか?」
 唯一の手がかりらしい手がかりを見つけたオーマが、今度はリッチがいると言われている場所に向かってひた走った。
 その間にも消えてしまうかもしれない記憶……絶対に失いたくないものを、守るために。

*****

 今日は朝からしっかりと医者の仕事に携わっているオーマの元へ、珍しく休む間も無く次々と患者が訪れて来ていた。
 このところ急に冷えた事が原因で、体調を崩した者が多く出たらしい。そのせいで繁盛するのも何だか複雑な気分だな、とオーマが薬を出しながら苦笑いをする。
患者:「そういえば昨日はずっと休憩中だったみたいでしたね。どこか行っていたんですか?」
オーマ:「……ん? 昨日――昨日? あれ、俺様昨日病院を開けたか?」
患者:「だって札が掛かってましたよ? 臨時休憩中って。あれって食事とかに使ってるやつですよね。他にも急な呼び出しを受けた時とかの」
オーマ:「そうだが……おかしいな。覚えがねえ」
 オーマが首を捻るのを、
患者:「やだなあ。じいちゃんじゃないんだから物忘れが激しくなるのはもっと先でいいじゃないですか」
 患者はそう言って笑った。
 そんな話を何人かから聞き、本当に昨日は病院を開けるつもりで札を下げ、そして何かが起こって外出していたと言う、記憶に無い出来事が起こったのだと知らされて、病院を閉めた後も何かが酷く引っかかったまま、どさりと診察椅子に腰を降ろす。
オーマ:「記憶が……消えてるのか」
 ほのかにすら思い出す事が出来ないのだから、そうなのだろう。
 ――昨日は何があった?
 どうして、俺は記憶が無い?
 ――もしかして……他にも無くなってしまった記憶がある、の、か……?
 だとしたら、一体何のために。
 オーマの記憶を選んで捨て去る事で、『誰か』が消したかった記憶を取られてしまったのだろうか?
 思い出す事などもう叶わないものなのだから、初めから無かったも同然と思うしかないのだろうが……オーマには嫌な予感があった。
 これだけではきっと終わらないだろうと――そして、相手の望みが何であれ、オーマ本人だけがそのターゲットではないだろうと言う事が。
 嫌な予感というものは往々にして当たるものだが、今度ばかりは当たらないで欲しいと願うオーマだった。


-END-