<PCクエストノベル(5人)>


暴食-gula- 〜ヴォミットの鍋〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】
【2082/シキョウ      /ヴァンサー候補生(正式に非ず)     】
【2083/ユンナ       /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2085/ルイ        /ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制】

【助力探求者】
なし

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 遥か昔に、空から竜が落ちた村がある。
 戦に巻き込まれたのか、それとも他の理由があったのかは定かではないが、とにかくそれはとある森の中に落ち、長い年月をかけてゆっくりと朽ちていった。
 ――今も尚、周辺へ瘴気を撒き散らしながら。
 その毒に適応した者たちや植物が僅かに村を作り、生き残っているが、それは逆に毒無しでは生きられない身体へと変容してしまう状況をも作り出しており、村の外には特殊な方法を使わなければ出る事すら出来ず、またそれでも長期に渡る滞在は不可能と言っていい。
 そしてまた、それは外からたまに現れる客に対しても同じような事が言えた。

*****

オーマ:「……っつうかよ。いいのか? 今日のは普通の観光じゃねえんだぞ?」
 その村の中心にある竜の頭蓋に溜まった雨からは、強力な毒液が採取出来る。それは主に暗殺者たちのような暗部に生きる者たちや、錬金術師たちが買い求めに来るのだが、今回この村までやって来たオーマ・シュヴァルツはそれとは別に、薬としての利用価値がありそうだと買い付けにやって来ていた。
 何故かシキョウやユンナやルイや、そしてゼンが付いて来ているのだが……。
シキョウ:「ふつうじゃないって、おもしろいの〜?」
オーマ:「そうじゃなくてだな」
 村は、昼間でも薄らと全体に霧が立ち込めている。それは中心へ向かうほど濃くなっており、その霧が発生している範囲が村の範囲と言っても良かった。
 つまり、この霧が薄いとは言え毒なわけで。呼吸器官に入ると予想出来るため、オーマはともかく一緒に付いて来た面々も中に入れていいものかどうか、珍しくオーマが迷っているのだった。
ユンナ:「一日二日滞在したくらいじゃたいした事はないでしょ。具合が悪くなったらすぐ外に出ればいいんだし……ただ、喉には良くなさそうよね。オーマ、マスクちょうだい。持って来てるんでしょ?」
オーマ:「そりゃまあ、一応な」
 口の周りをすっぽりと覆うマスクを人数分取り出したオーマが、それを配る。
ルイ:「……少し息苦しいですねえ」
ゼン:「何で俺まで……」
 シキョウが付いていくと言い張ってから説得できずに結局付いて来たゼンも、ぶつぶつと文句を言いながらマスクを口に付け、そして風邪引き集団のような格好で、オーマたちは村の中へと入って行った。

*****

 じんわりと、何かが身体にまとわりついているような気がする。
 そんな事を思うくらい、村の中の空気は淀んでいた。いや――これが、ここに住む者にとっては『普通』なのだろう。こんな中で生きていけるように体が変わってしまったのだとしたら、外の空気はさぞかし呼吸しづらいに違いない。
 そんな事を考えつつ、オーマは皆に適当に村の中を見て回っていいぞ、と言いおいて村の中央へと足を踏み入れた。
 今も尚、毒素を生み出していると言われる竜の頭。骨だけになりながら、その骨を掴むように蔓がしっかりと大地とそれを繋ぎ合わせ、その上に変容し年月の経った苔らしきものがびっしりと纏わりついている。
 オーマの背よりも大きな頭蓋は、虚ろな眼窩ながらどこかを睨むように感じられる。
オーマ:「ここで作られる毒を買いに来たんだが」
ヴォミット:「……」
 そう告げると、明らかに異質さを感じさせる肢体のヴォミットゴブリンが、じろじろとオーマを上から下までじっくりと見、
ゴブリン:「どのくらいだ」
 喉をやられているのか、聞き取りづらいしわがれた声がその口から漏れる。
オーマ:「そうだな。小瓶ひとつってとこか」
 高さにして小指一本分程だろうか、ガラス製の小さな器を懐から取り出したオーマがそれをゴブリンへ手渡す。
ゴブリン:「……珍しいな。初めての客だが、買い方を心得ているようだ」
オーマ:「なに……こっちは薬を扱いなれているんでね」
ゴブリン:「薬か」
 それで納得が行ったのか、毒物を入れるに最適なガラス製の瓶を受け取って、巨大な頭蓋の上へ登って行き、そして暫くして小瓶の中に黒々とした液状のモノを入れて戻って来ると、それをオーマに手渡す。
ゴブリン:「値段はこのくらいだが」
オーマ:「うぅ、やっぱり結構するな。まあしょうがねえ」
 言い値を素直に払い、ありがとよ、と言って踵を返そうとしたオーマに、
ゴブリン:「この時期に来たのは災難だったな」
 ゴブリンがぼそりとそう告げた。

*****

 買い物を終えたオーマが戻ってみると、不満そうなシキョウを始めとして四人が何故かひとかたまりになっており、その側には武器を持ったゴブリンが立っていた。
ユンナ:「お帰りなさい。なんだか困った事になっているみたいよ」
オーマ:「困った事?」
シキョウ:「あのね〜、かんこうしちゃだめなんだって〜〜〜」
 口を尖らせたままシキョウがオーマに訴える。が、
ゴブリン:「現在警戒中に付き観光は禁止だ。お前たちも今夜の宿泊は許可するが、場所は指定させてもらう。明日朝には早々に退去するように」
ルイ:「そういうわけなのですよ。わたくしとしても少々名残惜しいですが」
 硬い口調の、警備兵らしきゴブリンの言葉に、ルイがふうとため息を付いた。
オーマ:「警戒中って……何かあったのか?」
ゴブリン:「通りすがりの者に言う事ではないのだが」
 ヴォミットゴブリンはそう告げて、オーマたち五人をじろりと眺め、宿へ案内する間に簡単に告げた。
 この村で、不可解な連続殺人が起こるようになったのは今から五日前の事。
 村に暮らすゴブリンたちが一日に一人ずつ、まるで何かの儀式のように全身を五箇所ずつ食い千切られ、昨日までに四人がその犠牲になったのだ、とゴブリンは言葉を続けた。
ゴブリン:「翌朝には、頭蓋の近くで一部が発見されるが、残りの部位は未だに見付かっていない。……そうだ」
 部屋へ案内し、外には出歩かないように、と言った後で、
ゴブリン:「被害者に共通する事として、亡くなる前日、被害者に選ばれた者の部屋の天井に竜の染みが浮かんでいたと言う報告もある。もし万一、お前たちの間でそのような状況になったら、悪い事は言わん。即刻立ち去るがいい」
ルイ:「……」
オーマ:「……」
 ルイとオーマがこっそりと顔を見合わせる。
 五の数字に嫌な予感が同時に頭を過ぎったのだろう。
ユンナ:「妙な出来事もあったものね」
 マスク越しでも少し辛そうな表情を見せるユンナが、ルイとオーマの目配せに気付いて、軽く頷く。
 前回、そして前々回に起きた同じような出来事の事を思い出し、今夜が五日目だという事にも気付いて、ふぅ、と息を吐いて軽く首を横に振った。
 そして、
シキョウ:「……」
ゼン:「どうした」
シキョウ:「んー……」
 部屋に来てからどうも落ち着かない様子のシキョウが、しきりと部屋のあちこちに視線を向けている。
 それはまるで、何かに怯える猫のような仕草だったが、ぼそぼそと相談をしている大人たちは気付かないままで。
オーマ:「……シキョウ、ゼン。俺たちちぃと外を見回ってくるから、大人しく寝ててくれるか」
ゼン:「出歩くなって言われたばかりじゃねえのか?」
オーマ:「そこは、それだ」
ゼン:「わけわかんねーっての」
ユンナ:「まあまあ。だからいい子にしてなさいね」
ルイ:「いい子にしておりませんでしたら、わたくしが直々にお仕置きして差し上げますよ」
 にこりと笑顔を浮かべたルイに、ゼンがぶんぶんと大きく首を横に振る。
 そんな風にして外へと出て行った三人を見送った後で、
ゼン:「……そーかよ。俺は子守りか、ちくしょう」
 置いていかれたと気付いたゼンが、小さく歯噛みしてドアを睨みつけた。
 それから、どのくらい時間が経っただろうか。
シキョウ:「ゼン……そこにいる?」
ゼン:「いるって言ってるだろ。どうしたんだよ。いつもはどれだけ騒がしくてもすぐに寝付くやつが」
シキョウ:「うぅぅ〜……」
 ベッドに横になり、毛布を被ったシキョウが、いつに無く寝付けない様子で、ゼンがベッドに膝を付いて上からその顔を覗き込んだ。
ゼン:「……おまえ、大丈夫か……? 顔、真っ白になってんぞ?」
シキョウ:「ゼン〜〜……」
 良く見れば、かたかたと、まるで極寒の地にいるように小刻みに震えているシキョウに、熱でもあるかと手を伸ばした、その時。

 ――ぽたり。

 『それ』に最初に気付いたのはゼンだった。
 シキョウの被った毛布の上に、落ちてきたものが、毛布に染み込みながらつう、と流れ落ちる。
ゼン:「上か!?」
 ばっ、と顔を上げたゼン……その目に飛び込んで来たのは、天井からじわりと浮かび上がった血の染みで出来た竜の姿だった。
 それは、頭のみの、赤黒い竜の姿を取って、ぽたぽたと毛布へそれを滴らせながらゆっくりと姿を現わして来る。
 がちがちと笑うように五つの歯が鳴り、そしてそれは一斉に、シキョウへと口を大きく開けながら飛び降りて来た。

*****

 異変に気付いたのはゼンだけではない。
オーマ:「あっちは……まさか!」
ユンナ:「何……どう言う事。どうして、村人じゃないの」
 突如膨れ上がった闇色の波動に気付かない筈は無く、それがさっきまで自分たちがいた場所だと気付いたオーマとユンナが顔色を変えて踵を返す。
ルイ:「そちらはお任せします。……わたくしは、少し気になる事がありますのでそちらへ」
オーマ:「おう。そっちはおまえさんに任せた!」
 ばたばたと走り去っていく二人の後をちらと見送り、ルイは足早に別の方向へ歩いていた。
 竜の姿浮かぶ天井、丈夫で大きな歯によって噛み千切られた被害者、そして――その一部が見付かったのは、どこだったか?
ルイ:「……やはり」
 気配を絶ったつもりでいただろうが、所詮は真似事。器が違いすぎる。
ルイ:「出てきなさい」
 静かに、そして何者も逆らえないような強い声が、ルイの口から流れ出し、
 竜の頭蓋――その影の中に隠れていた人影が、音も無く姿を現わした。
 ルイの姿にがたがたと怯えの表情を見せるその人物に、ルイが容赦なく真相を吐かせて行く。今回の事件がヴォー沼での出来事に触発されただけだと言う事、そして……それを隠れ蓑に、今のうちシキョウを手にかけてしまおうと考えたと言う事――。
ルイ:「愚かですね」
 くい、と眼鏡を持ち上げるルイが、その凍りついた瞳で相手を見ながら薄らと笑みを浮かべる。
ルイ:「ほんとうに、愚かな事を。貴方様の罪は重いですよ」
 だがその笑みは、怒りではなく――歓喜ではなかったか。
 その目に浮かぶものは、食欲を満たさんとする欲望の色ではなかったか。
 闇夜の中。ルイの――村に落ちた毒に満ちた影が、ひとつの形を作り上げる。
 それは、ルイの欲望そのままに膨れ上がった、巨大な牙を持つ頭。
 すぐ近くにある頭蓋よりも尚大きなそれは、逃げようとする人影を逃がす筈は無く、ぞぶりと遠慮なしに牙を突き立てた。

*****

 ルイが戻る頃には、天井の染みも、五つの頭の竜も宿から消え去っていた。それでもゼン一人では手に余ったようで、オーマとユンナも肩で息を繰り返している。
ルイ:「……棺は見付かりましたか」
オーマ:「出てねえ。だが――」
ユンナ:「アレは、前のものととても良く似ているわ。だから……もし関連があるのなら出ていなければおかしい気がするの」
ルイ:「そうでしょうね」
 ルイの歯切れの悪い言葉に、オーマが顔を上げる。
オーマ:「何かあったのか? 例えば犯人が見付かったとか」
ルイ:「それがですね――いえ、それらしき人影は見つけたのですが、惜しくも逃げられてしまいまして」
ゼン:「に、逃がしただと!?」
ルイ:「逃げ足だけは速かったですねえ」
 くいくい、と眼鏡の位置を直しながらうそぶくルイに、疑惑の目を向けるゼンだが、それ以上は言わず。
ルイ:「伝言を頼まれました。計画をしたのはその方で間違いないようですが、アレは彼の仕業ではないそうです。――なんでもですね」
 一泊呼吸を置いて、ルイが再び口を開く。
ルイ:「わたくしたちが良く知るある男によってもたらされた出来事だそうですよ」
 息を引き取る間際、牙の中に飲み込まれる刹那、叫んだその言葉に嘘を感じ取る事は出来なかった。であれば、話しておいて損はないだろうとルイが告げた言葉に、一瞬室内がしんとなる。
 それと、ほぼ同時に、
 ――ずん、と扉の外に地響きが聞こえて、ユンナが警戒しつつばっと扉を開いた。
 そして……息を飲む音。
 そこに、当たり前のように置かれていたのは、いつか見た棺がひとつ。
 それはまるで、真相に辿り着いたご褒美のようだった。
 棺を部屋の中に引きずり込み、蓋を開けて――ユンナが、ゼンとシキョウを部屋の隅へと連れて行く。
 中に入っていたのは、五体にはひとつ足らない、昨日までの被害者の見付からなかった部位。それがおもちゃ箱のように詰め込まれている。
 そして。
オーマ:「そりゃちぃと早すぎるんじゃねえか……?」
 蓋の裏に書かれていた文字には、『聖なる夜の祝いに』とあり、その下に贈り主の名を書いたつもりなのか、オーマ以下五人の名が書き連ねてあった。
ユンナ:「……この、字……」
 どこかで、と呟くユンナに、オーマもルイも僅かに頷く。
 そして止められていたにも関わらずひょこんと覗きに来たゼンとシキョウにも、蓋の裏に書かれていた文字は、どことなく見覚えのあるものだった――。


-END-