<クリスマス・聖なる夜の物語2005>
Let's make a cake!
定番のブッシュ・ド・ノエルに、濃厚なチョコ・ガナッシュ。
ふわふわエレガントにスノウ・ハット、お洒落で可愛いシューツリー。
忘れちゃいけないストロベリー・ショートに、豪華に飾り立てモンブラン。
家族、友人、恋人、それとも同僚?誰と一緒に切り分けるかはあなた次第。
口に入れればとろける幸せハーモニー、あなただけのホームメイド・ケーキ。
★
クリスマス・イブ限定で開かれるクリスマス・ケーキ教室があるという。
謳うような誘い文句が綴られた、街中至る所に配られている教室のチラシ。
ついつい足を止めて眺めてしまうけれど、チラシの下のほう、場所の案内を見て人々は眉を顰める。
参加資格は、神様に一番近い星を取ってくること。
なぁんだ、ただの冗談か。
そうよね、何でも好きなケーキを作らせてくれるなんて、有り得ないもの。
そうです、この教室の一番の特徴は、参加者の好きなケーキを作れてしまうところ。
講師が一人で決めたレシピどおりに、さあ皆さんご一緒に、なんてことはありません。
みんなでわいわい、それは結構。
でも各々手によりをかけて作るのは、それぞれが一番大好きなケーキ。
講師側が提供するのは、場所と、器材と、そして超一流の材料のみ。
もちろんご希望の方にはレシピもご提供致しましょう。
でもオリジナル・ケーキを作りたい人のお邪魔は致しません。
そんな教室、開かれるのは一日だけ。
もちろん冗談なんかじゃありません。年に一日だからこそ、最高の環境をご提供。
でもそれには招待状が必要です。
招待状は、ほら、それ。”神様に一番近い星”、それだけ。
人々は眉をしかめて通り過ぎてしまうけれど、
このチラシにいっとう目を惹かれたあなたなら、もう気づいている筈。
そう、それ。少し横を振り向けばそこにある、
色とりどりに飾り付けられた、緑色の頂点に輝くソレ。
それの種類は問いません。
自宅のこじんまりしたそれ、デパートで飾られている大きなそれ、
いつもの待ち合わせ場所で輝いているそれ、
ちょいと気の利いた学校に置かれているそれ。
そう、それ。この時期にしか見られない、寒い時期にほわっとあったかくなるようなそれ。
緑色のもみの木の頂点―…一番お空に近いところで輝く、お星様。
それをほんの僅かの間拝借してみてください。
それをお持ちの方を、我々のご提供する、ケーキ教室にご案内します。
一年に一度の、私達から心を込めた贈り物。
あなたのご参加、心よりお待ちしております。
*
”其処”は広かった。
どこまで続くか分からない空間の中に、ただ白いタイルが床に敷き詰められているのみ。
タイルの大きさは大人の片腕程度、靴を踏み鳴らすとカツンカツン、という小気味良い音が響く。
「ようこそいらっしゃいませ、聖夜のケーキ教室へ!」
集まった一行を、既に白いエプロンを着用している少女が出迎えた。
腰まで届くほどの長い金髪を揺らし、
このような尋常ではない空間ではアンバランスにも思えるほどの、能天気な笑みを浮かべながら。
そして彼女は片手に持ったB5サイズほどのブレートを胸の前で構え、
もう片方の手にはペンのようなものを握り、集まった人々を見渡した。
「ひのふのみ。ええっと、5名様、ね。
とりあえずは名前と招待状を確認したいから、一人ずつお聞きするわね」
そう前置きし、まず初めに5人の中で特に目立っている男性に笑いかける。
「お兄さん、とっても大きいのね。私吃驚しちゃった。
お名前お聞きしても良いかしら?」
少女の問いに、男性はニィッと笑って親指を立てた。
「おうよ、俺はオーマ・シュヴァルツ。お嬢ちゃん、招待状ってなァこれでいいのかい?」
服の上からも伺えるほどの逞しい肉体を持つオーマは、
大きな手には似合わないほどの小さな星を、少女に差し出した。
少女は礼を言ってそれを受け取り、ふむふむと掲げて観察し出す。
「これは折り紙かしら?」
少女の云うとおり、その星は金色の折り紙で折られたものだった。
大きさは10センチ程度、メリークリスマスと書かれたシールも貼られている。
少女の問いに、オーマは胸を張ってエッヘンと答える。
「ああ、サンタのバイトで託児所に行ったとき、子供らに貰ったのさ。
親父神に一番近ェギラリマッチョスターだろう?」
オーマはそう言って、満足そうにふ、ふ、ふ、と笑う。
少女は一瞬呆然として目を丸くしていたが、思い出したように我に返り、こくこくと頷く。
「ええ、親父神っていうのが何だか分からないけど、全然問題無しよ。
オーマさん、星は子供達に貰った折り紙…ね。了解」
少女はプレートの上にさらさらとペンで書き込み、オーマに貰った星をエプロンのポケットに仕舞った。
「お嬢ちゃん、そりゃあ後で返してくれるよな?」
「ええ勿論。少しお預かりするだけよ」
少女は少し慌てた様子のオーマにふふ、と笑いかけ、じゃあ次、とペンを振った。
「ええと、ほんわか可愛いお嬢さん。お名前お聞きしても?」
オーマの隣に居た、小柄で華奢な少女が微笑む。
傍らにいるオーマと比べると何ともアンバランスなのだが、
どちらも何故か桃色のオーラ―…雰囲気を放っているので特に問題はないようだ。
だが少女のそれは淡い桃色であるのに対し、オーマのそれはどぎついピンク色であったのだが。
「はい、暁・水命(あかつき・みこと)といいます。
星ですが…わたしはこれを持ってきました。大丈夫だと良いのですが」
水命はそういいながら、自分のポケットを探り、小さな星を少女に見せた。
少女はその星を手に取り、オーマのとき同様に表裏を確かめるように裏返したりしている。
水命はその様子を微笑みを浮かべながら見つめ、
「両親に買ってもらった、大事な星です。小さくて古くて、装飾は少し剥がれてしまっていますけれど」
「ふんふん。なるほど、大切な贈り物なのね」
少女がじっくり眺めているそれは、人差し指の半分より少し小さい程度の、水命が云うとおり本当に小さいものだった。
確かにあまり高価には見えず、年代も経ってしまっているが、それでも星の輝きは失わずきらきらと輝いている。
「…良くお手入れされてるみたいね。勿論大丈夫、少し預からせてもらうわね。
暁水命さん、星はご両親からの贈り物、と…オッケー」
少女はまたもやペンを走らせ、そして次は、と言いたげに顔を上げた。
水明の斜め後ろ、コンビのように立っている二人は、一見対照的に見えた。
一人は背の高い、二十歳前後の女性。
口元には笑みを浮かべているけれどその目線は鋭く、只者ではない雰囲気を感じさせる。
その傍らに付き従うように立っているのは女性よりも年上に見受けられる男性。
女性に相反するようにその物腰は柔らかく、
少女は彼を見て、もしや保父さんでもやっているのだろうかと思ったほどだ。
少女の視線が自分達に向いたことに気がつき、まず女性のほうから口を開く。
「ああ、清芳(さやか)という。私は甘いものには目が無くてな、
作れるものなら作ってみたくて此処に来た。どうぞ良しなに」
「ええ、思う存分作って頂戴ね。どんなケーキを作られるのか私も楽しみだわ。
ええと、お二人はお知り合い?」
少女の問いには、柔和な笑みを浮かべた男性が答える。
「ええ、ご一緒にと思いまして。私は馨(かおる)と申します」
「清芳さんに馨さん。オッケー了解、星はどんなものを持ってきて下さったのかしら?」
少女がそう首をかしげて見せると、清芳と名乗った女性が、ん、と少女にそれを差し出す。
少女が受け取ってみると、それは銀色に輝く手の平に収まる程度の星だった。
「雑貨屋で見つけたんだ。銀色の星も良いだろうと思ってな」
「ええ、ええ、私も銀色のお星様は大好きよ。ありがとう、預からせてもらうわね」
嬉しそうに少女はそう答え、エプロンのポケットへと仕舞う。
そして、さてあなたは?と言いたげに馨を見た。
馨はにっこり笑いながら、
「私の招待状は清芳さん。…というのはいけませんか?」
「あら、その心は?」
「私の”輝ける星”ですから、彼女は」
そう言って、またもやニッコリ。
当の清芳は呆れたような苦笑を浮かべているが、嫌悪感は全く感じられない。
「ふふ、お熱いのね。でも清芳さんを預かるわけにはいかないわ、
だって彼女も参加者さんなんですもの」
少女は浮かべた笑みをニマニマという擬音が出そうなそれに変え、さあどうしよう、と首をかしげて見せる。
それに答えるように、ならば、と馨は小さな銀の星と、セロファンに包まれた小さな包みを差し出した。
「それはご尤もですね。では、私の星はこれで」
「…どちらにするの?」
少女は銀の星と、セロファンの包みを交互に見る。
包みの中には、色とりどりの砂糖菓子―…金平糖が覗いている。
「どうやら星は一時没収のようですからね。金平糖は飾りに使うつもりなので、こちらを差し出しましょう」
そう言って馨は、銀の星のほうを少女に差し出す。
清芳のものと同じ店で購入したのだろう、似通ったそれを少女は受け取り、ポケットに仕舞った。
「了解、どうもありがとう。清芳さんに馨さん、おそろいの銀の星…と、オッケー。
さあ、お待たせしました…あら」
少女はペンを走らせた後、最後の参加者に視線を向けた。
それと同時に、少し驚いたような声を上げる。
「もしかして綾さん?お久しぶり」
「はぁい、お久し。何だか面白そうなことやってるって聞いたから、寄らせてもらったわ。
一応自己紹介、皆瀬綾よ。宜しくね」
綾と名乗った小柄な少女は、ニッコリ笑って他の参加者たちにひらひらと手を振った。
綾の笑みに、お返しとばかりにその外見に似合わない愛想を振りまくオーマは、少女と綾に向かって尋ねる。
「お嬢ちゃんたち、知り合いかい?」
少女はオーマの問いに、こくんと頷いて微笑んだ。
「ええそうよ、ちょっとしたお友達。さて綾さんはどんなお星様を持ってきてくれたのかしら?」
「んー、他の人たちみたいな大した謂れは無いケドさ。一応これを、ね」
そういいながら綾が差し出したのは、片手より少し大きいサイズの金の星。
あまり装飾は施されておらず、量販されているものだと分かる。
それを受け取ってじっくり観察している少女に、綾は説明するように続ける。
「あたしより背が少し低いぐらいのツリーがウチにあってね。そのてっぺんにいつも飾ってる星なの。
安っぽいのだけど、いい?」
少し不安げに眉を寄せる綾に、少女は勿論、と笑って答えた。
「全く問題はないわ。ありがとう、しっかり保管させて頂きます。
今年も綾さんのお宅のツリーを飾らなきゃ、ね」
少女はそういいながら、いそいそと綾の星をポケットに仕舞う。
いつの間にか大して大きくもない少女のエプロンのポケットは、
皆から集めた大小種類様々な星が詰っていたが、
それでも何故か詰め込まれているという印象は全く無かった。
「絶対あの中、四次元ポケットになってんのよ」
「へぇぇ、面白いお嬢ちゃんだねえ。そういやこの空間も聖筋界とは違うみてぇだし」
「…でも、聖夜に不思議なことが起こるのって、とってもロマンチックだと思います」
少女の膨らまないポケットを指差しながら、綾、オーマ、水命と各自各々な感想を洩らす。
だが当の少女は全く気にすることなく、自分が書き込んだプレートを覗き込んで、ブツブツ呟いている。
暫しそうしていたあと、うん、と少女は頷き、プレートから顔を上げた。
「オーマさんに水命さん、清芳さん、馨さん、そして綾さん」
順番に指差し確認しながら、5人の名前を呼んでいく。
ちゃんと合っていたことを確認し、少女はにっこり笑って言った。
「いらっしゃってくれて、どうもありがとう。ああ、申し遅れました、私はルーリィといいます。
気軽に呼びつけてやってね。雑用程度しか出来ないけれど。
それでは、魔女のケーキ教室―…只今開講です」
「魔女?」
誰が聞き返したのか、その言葉を遮るように、少女はパチン、と指を鳴らした。
すると床から幾つもの棚、シンク、材料が詰った篭、冷蔵庫、エトセトラ…といったものが文字通り”飛び出して”きた。
まるでタイルを敷き詰めた床から生まれてきたようなそれらは、あっという間に各々の形を整え、
瞬きする程の時間をかけて、何もなかった空間にいっぱしの”料理教室”を作り上げた。
冷蔵庫は巨大なものが一つ。
その脇には、これまた巨大な食器棚。その中にはケーキに使うための用具がぎっしり収められている。
そして流しやまな板置き、ガスコンロにオーブン、といった調理台一揃えは、
冷蔵庫と食器棚を囲むようにして5台鎮座している。
全てが今買ってきたばかりのような新品で、使う人間を今か今かと待っている。
各々の驚いた表情でそれらを眺めている5人に向かい、少女は笑いかけた。
「さあ、どうぞお好きなところで始めて頂戴?」
*
「さすが聖夜だな。あの水命とかいう少女の云うとおり、不思議なことが起こるもんだ」
銀色に光るステンレス製の調理台。
その一つの前に陣取った清芳は、独り言のような呟いた。
その言葉を聞きつけたのは、清芳のすぐ隣の調理台に立つ馨だ。
「たまにはこういうのも悪くないですよね?」
「…そうだな」
いつも通りの穏やかな笑みを向けられ、清芳は少し考えたあとで頷いた。
そんなやり取りを交わした後、さて、と意気込んで腕まくりをする。
ケーキ。甘いものに目が無い清芳は、食する側なら幾度と無く体験しているけれど、
作る側となると、今までの20年弱の人生で、数えるほどしかない。
「…まあ、何とかなるか」
それでも自分の生真面目な性格を思い、悲惨な目にはならないだろう、と半ば確信を持っていた。
まず何から始めるべきか、と思いながら、自分の格好を見下ろしてみる。
女っ気が全く無い格好なのはいつものことだが、さすがにこれでは拙いだろう。
そう思い、先ほどから棚と各調理台を行ったり来りしている、案内役の少女―…ルーリィを見た。
良く見れば、彼女はなにやら両腕に衣装のようなものを抱えている。
それを他の参加者がいる調理台に持って行き、かと思えば棚のほうにまた引き返している。
そんな彼女を不思議に眺めていると、横の馨が声をかけてきた。
「エプロン、貸してくれるそうですよ」
へぇ、さすがに用意は良いな。
そう思い首を横に向け馨の格好を眺めてみると、いつの間にかちゃっかり白い割烹着を着込んでいた。
元々和の国からやってきたせいか、思わず唸ってしまうほど似合っている。
「…?どうしました、清芳さん」
「いや、何でもない」
割烹着の背中の紐を器用に結びながら、馨は首をかしげた。
「あっ、清芳さん。どれが良い?選り取りみどりなのよ」
両腕一杯に衣装―…エプロンを抱えたルーリィが、嬉しそうに話しかけてきた。
ほう、と思い彼女の抱えている服を覗き込んでみると、彼女はくすくすと笑いながら、
まだ何の準備もしていない調理台の上に広げてくれる。
「ふふ、おっかしいの。女の子用に用意した桃色フリフリエプロンをね、オーマさんがとっても気に入っちゃって。
はじめは”うわぁ”って思ったけれど、これが案外似合うのよね」
「オーマ…ああ、あの」
やけにでかくてごつい親父さんか。
清芳は少し離れたところの調理台にいる、否応なしに目立つ彼を遠くから眺めた。
「…すごいな」
彼の格好を見て、一言盛らした感想がそれだ。
「ええ、すごいわよね。でもとっても可愛いの。
あ…だからね、桃色エプロンはちょっと品切れなんだけど―…これなんかどう?」
ルーリィはにこにこ笑いながら、清芳に、と一着のエプロンを引きずり出して掲げて見せた。
それを見て、うっ、と清芳の表情は固まった。
たしかに”それ”はピンクのエプロンではない。
…だが純白のそれには肩のあたりに大きなびらびらがくっついていて、あまり長くない裾にも同じようなものがついていて。
「あ、いいんじゃないですか。たまにはそういうのも」
そんなことを、隣にいる馨が口出ししてくる。
「ね、案外似合うと思うのよ。ちょっとあててみてくれない?」
馨の冗談半分な煽りをルーリィは本気に思ったようで、”それ”を清芳にぐいぐいと押し付けてくる。
「…私がこんなものを着ると思うのか、馨さん」
押し付けてくるルーリィを必死に交わしながら、清芳は嘆息気味に呟く。
だが馨はにっこりと微笑み、
「私は似合うと思いますよ?」
などと言ってくる。
清芳は、はぁ、と溜息をつき、二人を放っておいて自ら調理台の上に並べられたものを探る。
暫しそうしていたあと、やっと彼女のお眼鏡に叶うものが見つかった。
「…これでいい。これ、貸してもらっていいかな?」
そう言って清芳がルーリィに見せたのは、少し分厚い布で作られた、
どこかのウェイターが着ているような、素っ気無いものだった。ちなみに色は黒である。
「ええ、勿論良いけれど。…勿体無いなあ」
ちぇ、とルーリィは口を尖らせ、手にしていた純白のエプロンを調理台に置いた。
その前で、ほう、と胸を撫で下ろす清芳。
彼女達の隣では、馨が何を思ってかニコニコと笑みを浮かべながら見つめている。
―…彼らのケーキ作りは、こんな感じで始まった。
*
清芳が黒いエプロンを安堵しながら身に着けていたその頃、少し離れた調理台では。
「ふ、ふ、ふ。まさか同じもんがあるたぁな。運命感じるぜ」
そんなことを言いながら、桃色の三角巾を、髪の毛を短くツンツンに立てた頭にくくる親父。
…もとい、オーマ。
「ほーんと、すっごいわよねえ…ぷぷっ」
既に貸してもらったエプロンを着用済みの綾は、隣の調理台にいるオーマを見て、吹き出した。
ちなみに綾がオーマを見て吹き出すのは、これで通算3度目である。
「アンタ、なんでそんな似合ってんの?イチゴ模様で、フリフリで、桃色で、…そんなエプロンが!」
そういうと、綾は吹き出すのを通り越して、あっははは、と笑い声をあげた。
だが笑われたほうのオーマは何を気にすることなく、むしろ上機嫌で綾に向かって親指を立ててみせた。
「いいだろう?これ。いつも俺が使ってるもんと殆ど同じだぜ。
やっぱこれがねぇとな、俺の大胸筋も悲しがるってもんだ」
その堂々とした言葉に、またもや綾の顔の筋肉が緩む。
「だっ、大胸筋!?さすがマッチョ親父ー!」
「ふっ、ははは。おうよ、筋肉桃色親父と呼んでくれい!」
そう笑い合う二人。
…何だか妙に気が合ってしまっているようだ。
そのオーマの隣、綾とは反対側の調理台には、穏やかな笑みを浮かべている水命がいた。
水命に向かって、綾は調理台に身を乗り出して叫ぶように云う。
「ね、ね。すごくない?このオッサンの筋肉〜!あたしぐらいならぶら下げられるんだって!」
綾の言葉に、水命は「まぁ」と目を丸くした。
「それはすごいですね。なら、わたしもぶら下がれそうです」
「ははは!あとで試してみるかい?お嬢ちゃんたち」
オーマは豪快に笑ってみせた。
「是非お願いしたいもんだわ! あ、ねえねえルーリィ」
綾はケラケラと上げていた笑い声を押さえ、小走りにあちこち回っているルーリィを呼び止めた。
声をかけられたルーリィは、ん?と急ストップをかける。
「どうかした?綾さん」
「ねね、銀ちゃん来てないの?」
綾はきょろきょろとあたりを見渡しながら、ルーリィにそう尋ねた。
ルーリィはニマッと笑い、
「さすがにね、料理の場に犬の毛が入ったらまずいじゃない?
だから今日はお留守番。残念だった?」
「ふぅーん。まあ、そりゃそーか。
残念っていうか…ま、仕方ないわね」
綾はやれやれ、と肩をすくめる。
そんな彼女達の会話を聞いていたオーマは、隣にいる水命にコソコソと話しかけた。
「なあ水命さんよう。あの銀ちゃんってのは何だ?」
「さあ…綾さんのお知り合い、でしょうか」
自分の知らない人名が出てきたもので、隣の水命に尋ねてみたものの、
水命もまた面識がないらしい。
「へぇ。ってことはあの嬢ちゃんのイイ人とか、そういうもんかねえ。
いやあ愛ってのはいいもんだよ嬢ちゃん。あれも愛、これも愛。勿論親父も愛だ」
「愛愛うるっさいわねー。イイ人とかじゃないわよ、まだっ」
にやっと笑って云うオーマの言葉を耳ざとく聞きつけた綾は、ぷりぷり怒りながらオーマに返す。
そんな彼らの様子を微笑ましく眺めていたルーリィは、ふと思い出したように手を叩いた。
その音に気づき、彼女のほうを見る三人。
「さっ、ほらほら。早く進めないと、肝心の聖夜に間に合わないわよ」
「…そうでした」
ルーリィの言葉に、水命は思い出したように頷く。
ふと気がつけば隣の騒がしい二人も同様に頷いていた。
「必要な材料があったら、何でも言って頂戴ね。この世にあるものならば、とりあえずは何でも調達可能よ」
ルーリィのその言葉に呼応したように、少し離れたところから声がかかる。
「…早速だわ」
はいはい、今行くわ。そう言ってルーリィはあのコンビのところに駆けて行った。
その後姿を眺めながら、綾たち三人は各々の作るケーキのことを考えていた。
―…さて、どんなものを作ろうか?
*
「済まないな、話中だったか」
ルーリィを呼びつけたのは清芳だった。
「いいえ、大丈夫。それでどんな御用?」
首をかしげて見せると、清芳は今しがた書き綴ったのだろう、材料を羅列したメモを彼女に渡す。
ルーリィがそのメモに目を通すと、
「馨さんと連名だ。とりあえず棚を探らせてもらって、
普通のケーキに使うものは見つかったんだが、そういう特殊なものはなくってな」
「調達できますか?ルーリィさん」
清芳と馨にそう尋ねられ、ルーリィはメモの内容を吟味するように宙に視線を漂わせる。
そして、うん、と頷いて見せた。
「大丈夫、すぐに持ってくるわね。…それにしても、面白い材料を使うのね、お二方」
清芳と馨は、ルーリィのその言葉に、思わず顔を見合わせた。
…それほど珍しい材料だったか?
それを問う前に、ルーリィは清芳の端麗な字で書き綴られたメモを片手に、
ええと、などと呟きながら棚のほうに行っていた。
そしてすぐさま―…探すなどという手間をかけずに、さっと二人のところに戻ってくる。
「…早いですね」
馨は少しだけ目を丸くして、そういった。
ルーリィは、ふふ、と意味ありげに微笑を洩らし、「まあいいじゃない?」とはぐらかした。
「それはそれで置いといて。とりあえず、ご所望のものを持ってきたわよ。
清芳さんは餡子よね。小豆から作ってたら時間がないだろうし、出来合いのもので良いかしら。
それで馨さんは緑黄色野菜各種、それにオレンジにレモン。洩らしたものは無い?」
そう謳うように言いながら、ルーリィは腕に抱えていたそれらを、清芳の調理台に並べた。
馨所望の材料は、自分で取っていってくれとの意味だろう。
二人は調理台に並べられたものを手に取り、
「ええ、完璧です。どうもありがとうございました」
代表の意味を込めて、馨が軽く頭を下げる。
「いいえ、どういたしまして。…じゃあ私、あちらのほうを見てくるわね」
そう言って役目を果たしたルーリィは、ぱたぱたと足音を鳴らしながらオーマたちのところへ出向いた。
その彼女の後ろ姿を見送りながら、清芳はジッと馨を見つめる。
―…否、自分の材料を調理台に運ぶ馨を。
「? 何ですか?」
「いや。…随分具沢山のケーキなんだな、と思って」
馨に言われてメモを書いていたときもそう思ったのだが。
実際この目で見ると、その多さに驚く。
だが馨はニッコリ笑い、
「もしかして清芳さん、これをシチューみたいにぶつ切りにして放り込むんだ、とか思いました?」
「…そうじゃないのか?」
何ともストレートな清芳の言葉に、馨は思わずズッこけた。
手に抱えた野菜類が落ちないように体勢を整えながら、苦笑を浮かべて返す。
「…清芳さん。いくらなんでも、スポンジの中にごろごろした人参やらピーマンやら
トマトやらが入ってたら、厭でしょう?」
馨の苦笑交じりの言葉に、清芳は至極当然というような顔をして頷く。
「うん。だから、厭だなあと思っていた」
「……大丈夫です、ちゃんと美味しく食べられるものを作りますから」
「そうか、ならいいんだ」
済まなかったな、清芳はそう言って、自分の調理台に向き直った。
馨はあくまでもストレートな清芳に、やれやれ、と思いながらそんな彼女を微笑ましく見つめていた。
さて、その清芳が所望したのは餡子である。
餡子というものは通常、和菓子に使うものであって、この場合洋菓子に含まれるケーキには普通使わない。
ならば清芳は、何に使うつもりなのだろうか?
「ん。シベリアとかいうものを作ろうと思ってな」
清芳は誰に云うでもなく、そう呟いた。
まず初めに用意するものは、極普通のスポンジケーキである。
元々几帳面な清芳は、分量をきっちり量り、
材料と共に渡されたレシピどおりに事を進めるのを苦には思わなかった。
卵と砂糖をボウルに入れ、湯煎にかけながらハンドミキサーで泡立てて。
白っぽくもったりするまで、そんなことを呪文のように口ずさみながら、
ふと清芳は隣の調理台にいる馨を見た。
そして、思わず眉をしかめた。
「何ですか、清芳さん」
馨は本日何度目かのその台詞を言った。
「…それでいいのか?」
清芳はそれだけ口にする。
”それで”とはつまり、馨が誰の眼に見ても明らかに、目分量、且つ己の勘で進めていることが分かったからだ。
とりあえず今はメレンゲを作っている最中のところのようだが、全く分量を量った形跡というものがない。
「それでいいのか、馨さん」
清芳は、今度は呆れたように言った。
だが馨は余裕しゃくしゃくで、
「大丈夫ですよ。多分美味しく作れます」
「…多分って」
…何でこの人はこうなんだろう。
今度は清芳が、そう頭を抱える番だった。
その馨は、清芳が内心頭を抱えていること等露知らず、鼻歌まじりにさくさくと進めていた。
彼の目指すものは、シフォンケーキである。
シフォンケーキはあの独特のふんわりしたボリュームが特徴だ。
確かメレンゲを生地に加えるとふんわりとなる、
とどこかで聞いた覚えがあったので、現在卵の白身を泡立てている最中なのだった。
「さて、では」
とりあえず一旦つのが立ったメレンゲをおいておいて、馨は次の作業に取り掛かる。
彼の目指すものは、ただのシフォンケーキではない。
「地術師ならではのものをね、作ろうと思うんですよ」
清芳同様、誰に云うでもなくそう呟いた。
彼は先ほど器材置き場から調達してきたミキサーに、
人参トマト、ピーマンに小松菜といった緑黄色野菜を代表するメンバーをぽいぽいぽい、と放り込む。
そしてミキサーに蓋をし、スイッチをいれ、暫し待つこと数秒。
蓋をあけると、見事に野菜は細かく砕かれ、ペースト状一歩手前という段階になっていた。
「うん。便利な機械があったものですね」
普段こういった文明の利器に慣れ親しんでいない馨は、感嘆の溜息をついた。
だがそうしていたのも束の間、さっさかとミキサーの中のものをメレンゲの中に流し込む。
加える砂糖は少量、その代わりにオレンジやレモンなどの果汁をたっぷり。
「変質も防げますし、香り付けにもなるんですよ」
そしてまた、独り言。
「…?どうした、さっきからブツブツと」
今度のそれは、清芳にも聞きつけられてしまったらしい。
馨は苦笑を浮かべ、
「いえ、何となく」
と返した。
そんな馨を見て、訝しげに眉を寄せた清芳。
だがハッと我に返り、自分の作業に戻る。
既にスポンジの生地は作り終わり、オーブンで焼きあがるのを待つだけだ。
その間にルーリィからもらった餡子をボウルに開けて、練っておくことにする。
「なぜ餡子かって?シベリアというお菓子を知らないのか。
シベリアというのはな、スポンジの中に餡子を挟んだお菓子なんだ。
私のはシベリア風ケーキというべきか、まあそういうものだと思ってもらえれば良いだろう」
「…清芳さん、あなたも独り言が多いですよ。しかも解説のような」
横の馨が、からかうような笑みを浮かべて茶々を入れてくる。
「む。…本当だな、何故だろう」
清芳はそう指摘され、うむ、と首をかしげた。
…多分その理由は、誰にもわからない。
*
水命は、ごくシンプルなクリスマスケーキを作ろうと思っていた。
ケーキというと、今年のバレンタインに一緒にケーキつくりをした人のことが思い出されてしまって、
ならばその感情に素直になろうかと思ったのだ。
「わっ…と」
水命は棚から粉の袋を抱えると、その予想以上の重さに思わずふらついた。
そんな彼女を支えるように、背中に大きな腕が回る。
「あ…ありがとうございます」
筋肉隆々の腕の持ち主、となると、今この場では一人しかいない。
マッチョな親父さんはニッと笑うと、水命の腕から粉袋を取り、肩に担いだ。
礼を言う水命に、オーマは軽く「良いってことよ」と返した。
「俺も材料取りにきたついでだしな。更にいうとあそこのお嬢ちゃんもコレ使いたいそうだ。
一緒に量っていいかい?」
水命はオーマの言葉に、調理台のほうを振り返った。
すると調理台に身を乗り出している綾が、にっこり笑って手をひらひらと振っている。
水命は彼女に笑い返したあと、オーマのほうに向き直った。
「ええ、勿論です。こんなに沢山あるんですし、ね」
オーマはその言葉に、おうとも、と笑ってみせた。
そして粉袋を軽々と抱え、調理台のほうに運んでくれる。
その姿を見送って、水命は棚探しを再開した。
手作りの人形を添えようと思っていたので、材料となるマジパンを探していたのだ。
「…ありました、良かった」
棚の中から粘土のような塊を探しあて、ホッと安堵のため息をつく。
ついでにマジパンの色づけ用に食用塩素も一緒に持ち、調理台のほうに戻る。
調理台のほうでは、すでにオーマと綾がケーキつくりを開始していた。
戻ってきた水命を見て、綾が声をかけた。
「あ、ねえ。粉ありがとね!」
既に量り終えた自分の粉を掲げ、にっこりと笑う綾。
水命はどうしたしまして、と微笑で返す。
その二人の少女に挟まれているオーマは、ふんふん、と鼻歌を歌いながら作業に没頭している。
「…オーマさん、結構な量を作られるんですね」
水命はオーマの調理台の上に広がる明らかに規定量以上の分量の材料に、思わず目をみはった。
「やっぱり図体がでかいと、作るもんも豪快なのねー。
この親父、6段重ねのケーキ作るんだって張り切ってるの!」
少し遠くのほうから声を張り上げ、綾が解説してくれる。
「6段重ねですか…!すごいですね」
まるでウェディングケーキのようだ。
その出来上がりを脳内で想像してしまった水命に、オーマはその逞しい胸を張り上げていった。
「ふっふ、こういうもんは豪華にいかにゃあ。それにうちは大所帯だからよ、こんぐらいねえとな」
「ご家族は多いのですか?」
水命は傍らにおいてあった粉袋から自分のケーキに使う量を量りながら言う。
6段重ねを作ると豪語しているオーマは人一倍その作業も多いのだろう、休まず手を動かしながら答える。
「おうよ。愛妻愛娘、そんでもって聖筋界フレンズに腹黒同盟のやつらだろ。あげりゃあキリがねえな」
「心を込められる相手が沢山いるのは…とっても幸せなことだと思います」
豪快に笑うオーマに、水命は慎ましく、だがはっきりと言った。
オーマは一瞬、ん、と目を開くが、すぐにニッと笑って親指を立てて見せた。
「おうともよ。そんで嬢ちゃんも幸せ者だぁな」
「…わたしが、ですか?」
水命はボウルの中で卵をかき混ぜていた手を止め、首をかしげた。
「顔みりゃあわかるさ。大切な人のためにって作ってんだろう?」
それそれ、とオーマは泡だて器を手にしたまま、水命のボウルを指差す。
水命はほんの少し目を見開き、そして少し照れたように微笑んだ。
「…誰かに贈り物をするのは、大好きですから」
…そう、贈り物はもらった相手だけではなく、するほうもまた幸せにする。
そして各々が苦心した時間が過ぎ、漸くオーブンからいい匂いが漂い始めた。
それは綾のところも同様で、彼女は焼きあがるのをオーブンの前で今か今かと待っていた。
「綾さーん」
そこへ、ニコニコ顔のルーリィが近寄ってくる。
綾は彼女の表情を見て、む、と眉を寄せた。
彼女との付き合いは1,2回ではないから、彼女がこの表情を浮かべているとき、
大抵何かを企んでいるのだとわかってしまう。
「どーしたの、主催者があちこちうろついてて良いワケ?」
なので先制攻撃とばかりに、にやりと笑って言ってみた。
だがルーリィは、あはは、と笑って、
「主催者っていうか、ただの雑用だもの。うろつくことが仕事なんです。
…と綾さん、ケーキの具合はどう?」
そう切り返し、調理台の上から、台に備え付けられているオーブンを覗き込んだ。
「もー少しよ。何を期待してるのか知らないけど、焼きすぎて焦げちゃったとかそういうオチはないからね!」
「やだ、誰も失敗を期待なんかしてないわよ。
ただ私は、綾さんがそのケーキを誰と食べるのかなー…ってね」
そういって、ルーリィはまたもや例の笑みを浮かべた。
綾はその時点で、ははん、と気づく。
「ご期待に添えなくて申し訳ありませんが、ちゃぁんと食べる相手はいるんだから!」
ふふん、と鼻で笑って言う綾に、ルーリィは少し目を丸くする。
「あら、ほんと?…いやだ、早速失恋?かわいそうに」
「はぁ?何の話よ」
ぼそ、と呟くルーリィの言葉を耳ざとく聴きつけ、綾は眉をよせた。
だがルーリィは苦笑を浮かべ、
「なんでもない何でもない、こっちの話。っと、そろそろ焼き上がりじゃない?」
その言葉に合わせるように、オーブンからチン、と小気味良い音がした。
「…勘いいのね」
「ふふ。さあさ、開けてみてちょうだいよ。私もどんなのか見たいわ」
ルーリィに急かされ、綾はしぶしぶながら鍋つかみを手にはめた。
それも彼女から借り受けたものだが、ちゃっかりかわいらしい犬の姿をしているのだから、
自分の好みは知り尽くされている、と綾は苦笑する。
「うーん、良い匂い」
オーブンを開け、中から漂ってくる香ばしい匂いに、ルーリィは鼻をひくひくさせた。
綾は鍋つかみをはめた手で、鉄板をえい、と掴み、そのままコンロのほうに置く。
スポンジケーキの表面は良い塩梅で狐色、念のために竹串を刺してみるが、
中までふっくら焼けているようで、生地がまとわりついてくるということもない。
それを確認したあと、冷ます用の台を持ってきて、型の中に敷いたクッキングペーパーをタイミングよく引き抜き、
焼きあがったばかりのスポンジケーキを台の上に置いた。
「すっごい、綾さんもケーキ焼けるのね」
「…どういう意味よ?」
おいしそうな湯気を立てているスポンジケーキを前に、
驚いたような声を上げるルーリィを綾はじろっと軽くにらんだ。
だがルーリィも綾が本気で睨んでいるわけではないことを知っているので、
あはは、と苦笑を浮かべる。
「ごめんなさい、褒め言葉よ。
それで、見たところスタンダードなスポンジのようだけど、どんなものにするの?」
そんな問いかけをしてくるルーリィに、綾は至極当然だ、というように答えた。
「苺のショートケーキ。苺と生クリームでね、シンプルだけどそういうのが好きなのよ」
「…へぇ」
少し意外だ、というような表情を見せるルーリィを、綾はまたちらりと睨んだ。
ルーリィはそれに気づくと、また苦笑を浮かべて首をわざとらしく横に振る。
「う、ううん!なんか意外だったとか、やっぱり女の子なのねとか、そういうことは思ってないから。
うん、苺のショートケーキ、私も大好きだもの」
「…ま、いいけどね」
ふぅ、と綾は息を吐いた。彼女のこういうところは、もうすっかり慣れっこになっているのだ。
なので、それはともかく、と続ける。
「飾り付けのメインは苺でいいんだけど。…あと何か、人形っぽいものってないかしら。
自分で作れたりするものがいいんだけど」
「あら、それなら」
ルーリィはにっこり微笑んで、二つ離れたところにいる彼女を指差した。
「水命さんも作ってるみたい。きっと教えてくれるわよ?」
「人形ですか?作れますよ」
綾が水命の台にいくと、成る程ルーリィの言うとおり、彼女も人形を作っているところだった。
「マジパンっていうんです。砂糖とアーモンドを練ってペースト状にした…いわゆる食べられる粘土、ですね」
「へぇ。ってことは自分で作れるワケ?」
「ええ。食用塩素も使えば色づけも出来ますし、色々と応用が効きますよ」
そういう水命の手は、今薄いピンク色の粘土のようなものを練っていた。
大きさは握り拳よりも小さく、まな板の上にはまだ茶色いマジパンの残りが置いてある。
水命は綾の視線に気がつき、微笑を浮かべながら残りの塊を差し出した。
「綾さんも如何です?まだ沢山ありますし、粘土みたいで面白いですよ」
「ふーん…じゃあお言葉に甘えて」
ここでやっていい?と言う綾に、水命は勿論、と微笑んだ。
綾が四苦八苦している間に、水命は自分の飾り付けを作っていた。
小さなチョコレートの幹と、緑色のマジパンで作ったツリー。
その大きさは小さいけれど、しっかりと形は整っていて、器用な水命ならではだろう。
小さなツリーに飾る、小さな小さな玉をいくつか作っていると、綾が四苦八苦している理由がわかった。
「…動物、ですか?」
「あ、うん。…そうなんだけど、結構難しいのねこれ」
やれやれ、と綾は肩をすくめる。
確かにマジパン細工の中では、動物を作るのは難しい分類に入るだろう。
何より自分好みにかわいく作ることが難しい。
「ええとですね、今から私もウサギさんを作るんです。ご一緒に作りません?」
水命は先ほど自分が練っていたピンク色のマジパンを手に取り、にっこりと笑った。
勿論綾が拒否する理由もなく。
「ホント?ありがとっ。ね、これってコツとかあるの?」
「…そうですね。胴体と頭、あとそのほかの部分って具合にいくつかのパーツに分けるとやりやすいですよ。
何を作られるんですか?」
水命はそういって、綾の手の中の色づけされたマジパンを見た。
それは白っぽく着色されている。
綾は、水命の問いに照れているのか苦く思っているのか、どちらともつかない曖昧な笑みを浮かべた。
「ええっとね…一応、犬。出来たらシェパードがいいなー…とか。難しそうだけどね」
「わんこさん、ですか?」
それにシェパード。水命の脳内でいうシェパードというのは、全体的に黒っぽい犬だったはずだがー…。
「あ。えっと、色は気にしないで。これでいいのよ」
「…そうなんですか」
綾が少し慌てたように弁解するので、水命は成る程彼女自身がそういうのだから、それでいいのだろうと納得する。
なので気を取り直して、マジパン人形講座を再開した。
「犬ということなので、頭が小さめで、こう…」
「ふんふん。成る程ねえ」
そんなこと言いながら、二人の少女は人形細工に没頭し始めた。
そのすぐ隣の調理台では。
今まさに、例のマッチョ親父さんが拳を突き上げ、勝利のー…否、成功の雄たけびを上げているところだった。
「かんせーい!さすが俺、見事にベリー豪華なショートケーキ!」
るんるん、と擬音が聞こえてきそうなほど上機嫌で、オーマは今しがた完成したばかりの
特大ケーキの周りをぐるぐると回る。360度からその仕上がりを見て、うむ、と満足して頷くオーマ。
「うわああ…すっごいわね、これ」
その巨大ケーキに気づいたルーリィがやってきて、口をぽかんと開けた。
オーマは得意げに胸を張り、
「ふふん、外見も豪華なら中身も豪華だぜ!
中身は下から苺にバナナ&キウィ、そんでもってホワイトチョコだ。
全部二段ずつ入ってるからな、どこを取っても美味いってわけだ。
あとはこいつを飾り立ててだな…」
その言葉に、ルーリィは調理台のほうを見る。
台の上のほとんどはその巨大ケーキに占領されていたが、
残ったわずかなスペースに、見たこともないような花がふんだんに置いてある。
そのうちのひとつ、目だって綺麗に作られている花飾りを手に取り、オーマは言った。
「こりゃな、ゼノビアってとこに咲く、贈ったものと永久の絆で結ばれる証になる、ルベリアの花飾りだ。
綺麗だろう?」
そう得意げに言うオーマに、ルーリィはコクコク、と頷く。
「ええ、とっても。…花なのに、光り輝いてみえるわ」
「はは、それがルベリアの花の特徴だしな。これを最上段に飾って、
あとはこの花たちをあちこちに散らす。と、ブーケみたく見えねえか?」
「…ブーケ?」
ルーリィはオーマの言葉に、その様子を想像してみた。
そしてすぐに、にっこりと微笑む。
「ええ、本当に。とってもロマンチックで、とってもおいしいブーケね」
「だろう?」
オーマはルーリィの言葉に、満足げに頷いた。
「うっし、んじゃあ最後の飾りつけといくか。慎重にいかにゃあ、崩れちまうな」
と言い、手を腰に当てた。
そしてさあやるか、というところで、ルーリィが思い出したように声をかける。
「ねえねえ、オーマさん」
「ん?」
オーマが首をかしげて見せると、ルーリィは花の中に隠れるようにして置いてあった、
ひとつの小さなー…といっても隣の巨大ケーキに比べてなのだがー…ケーキを指差していた。
「これも作ったの?」
どうして?といわんばかりに首をかしげているルーリィに、オーマはニッと笑って答える。
「それはなー…」
*
「さて皆さん!お疲れ様でした」
各自それぞれが思い思いのケーキを完成させたところで、
ルーリィが冷蔵庫の前に立ち、ぱぁんと手をたたいた。
それが終了の合図になったようで、参加者たちはそれぞれ隣にいる人と顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
「じゃあラッピングのお時間よ。お好きなものを使ってね」
そういうと、いつの間に現れたのか、ルーリィの目の前に少し大きめのワゴン台が現れた。
その上には各自のケーキの大きさにあわせた包装用の箱と、色とりどり、種類も様々なリボン。
「まったく用意がいいな」
少し驚いて、オーマは一際大きな箱を軽々と担いだ。
そして自分の調理台に向かい、さてどうやって箱の中に収めるか、思案を始める。
「…ありがとうございます。頂きますね」
そういって、淡い桜色の箱を手に取ったのは水命だ。
彼女はそれと同じに、少し濃い桃色のシンプルなリボンも手に取る。
「ウサギさんの色にぴったりで、嬉しいです」
そういって笑顔を見せた。
彼女のケーキはリング型のクリスマスケーキで、表面に白い粉砂糖をまぶしたもの。
ケーキの上には彼女が丹精込めて作ったツリーとウサギが向かい合わせで乗せられていて、
何とも水命らしい可愛らしいものへと仕上がっていた。
「じゃああたしはこれかしら。中が見えるのってオシャレでいいわね」
そういって、箱の上部に透明なセロファンが窓のように張られている箱を取ったのは、綾。
彼女のケーキはごくスタンダードな苺のショートケーキなのだが、
その上に乗っているものは少しいびつなチョコレートのプレートに、
水命と共に作った綾力作のマジパン人形。
見る人が見ればきちんとシェパードを形作られたとわかる、何とも力の入った装飾だ。
綾にとってみれば、味よりもこの装飾に力をこめたのだから、
セロファンの窓からそれが見えるというのは嬉しいのだろう。
「ふむ。これが大きさ的には丁度いいな」
そういって少し低めの箱を手に取ったのは清芳だ。
傍らの馨に、と標準より少し背の高めの箱を手にとってやる。
馨は礼を言ってそれを受け取り、ちらりと清芳を見た。
何だ、と言いたげな清芳に向かって、
「…まさかあのケーキ、一人で食べるおつもりですか?」
「……………。」
清芳はその言葉を受けて、うっと言葉に詰まった。
何より甘いものが一番という清芳は、自分のためにケーキをこしらえたのに、
そう突っ込まれては食べるものも食べられない。
なので渋々ながら、
「…今年世話になった礼がまだだったしな。少しは分けてやっても良い」
そんなぶっきらぼうな言葉に馨は慣れているらしく、
「はい、ありがたく頂きます」
そういって手を合わせた。
そんな清芳のケーキは、スポンジと餡子を交互に重ね、スクウェアの形にそろえたシンプルなもの。
その真面目さからきっちりと見栄え良く仕上がっていて、本人は至極ご満悦らしい。
そして馨はというと、鮮やかに色づき、ふっくらと焼きあがったシフォンケーキ。
生クリームを外側に盛り付け、持参した金平糖を散らし、シンプルながらかわいく仕上がっている。
砂糖をあまり加えていないので、健康にも良いですよ、とは馨談。
「私のもご一緒に召し上がりましょうね」
「ああ、それは嬉しいな」
そんな二人の微笑ましい会話を皮切りに、和やかに各自帰り支度を始めたー…と思いきや。
さっさと包装して戻ってきたオーマが、綺麗さっぱりなくなったワゴン台の上に、
厳かに例のミニケーキを置いた。
「親父さん、何それ?」
コートを羽織ながら、いぶかしげに尋ねる綾。
オーマはここからが本領発揮、と言わんばかりに含み笑いを洩らし、大仰なポーズをつけた。
すると、ぽん、ぽん、と瞬く間に教室の中に、パーティのような内装と、
冷蔵庫の丈を越える豪華なツリーが現れた。
目を丸くする一行に、ルーリィが訳知り顔で言う。
「ふふ、オーマさんからのクリスマスプレゼント。
ミニケーキ…っていっても、普通のサイズはあるんだけどね。
皆さんでご一緒に召し上がりましょうって」
ルーリィのその言葉に、わっと沸く一同。
かくしてその場の全員が、桃色親父作のふんわり甘いケーキを堪能することが出来たのだった。
*
宴も終わり、さてでは、といったところで、ルーリィが皆から預かった星たちを、ワゴン台の上に並べた。
一向は既に帰り支度を終え、めいめいの腕には今日作ったケーキの箱を大事そうに抱えている。
「…今日は皆さん、お越しくださってどうもありがとう。
あなたたちの大切な人が、そのケーキで笑顔になれることを祈ってるわ」
そうルーリィは締めくくり、ワゴン台に並べた星を指し、さあどうぞ、と笑いかけた。
各々は感謝の言葉を述べながら、己が持ってきた星を手に取る。
星の感触が手に触れた途端――――――… 目が覚めた。
ハッと気がつくと、そこは普段自分が見慣れた街の景色の中。
既に空には月が浮かび、本物の星が瞬いている。
もしかして、あれは夢だったのか、いやまさか――…そう思って、自分の腕の中を見てみると。
そこには確かなぬくもりを放つ、笑顔の源が在った。
End.
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1572 / 暁・水命 / 女性 / 16歳 / 高校生兼家事手伝い】
【3010 / 清芳 / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3009 / 馨 / 男性 / 25歳 / 地術師】
【3660 / 皆瀬・綾 / 女性 / 20歳 / 神聖都学園大学部・幽霊学生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、またはいつもお世話になっております。
このたびは2005クリスマスノベルに参加頂き、ありがとうございました。
そしてお手元に届くのが遅くなりまして、大変申し訳ありませんでした;
さらに、大変長文になりましたこともあわせてお詫び致します。
当初は個別部分として分けておりましたところを、話の流れの点から、
すべて統合した形でお渡しすることになりました。
他PCさんの部分も多々入っておりますが、
どうぞご一緒にお楽しみ頂ければ嬉しく思います。
それでは、発注くださった皆様、ありがとうございました。
またどこかでお会いできることを祈って。
& Merry christmas for you.
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