<PCクエストノベル(3人)>
黒雪 〜海人の村フェデラ〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談) 】
【助力探求者】
なし
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海人の村フェデラ。
それは、海の中に住み暮らす者たちで構成された小さな村である。
ほとんどの者は海中にいるが、浜辺で小さな小屋を持ってそこに住む者もいないわけではない。その理由は簡単で、海中では乾物を作る事が出来ないからだ。
元々人を歓迎し、祝う事が好きな一族であるため、この地を訪れた旅人へ土産として売ったりあるいは贈ったりする重要アイテムのひとつとなっていた。
そんなフェデラの村では、年に一度、海中にも関わらず白い雪が降ると言う現象が起こっている。滅多に無い事故、その日に挙式を上げたものは全ての在りしに祝福され、永久に結ばれる事を約束されると言う言い伝えまで存在していた。
オーマ・シュヴァルツ一家――妻のシェラと娘のサモンの三人が、先日の一足早いイブ後にも、バイト代やら賞金やらで懐が潤って気が大きくなったのか、今度は家族サービスとばかりにやって来た時は、丁度そんな季節の真っ只中であり、村は先日にも増して賑やかな状況だった。
オーマ:「……ほほう。結婚式か」
初々しい花嫁花婿に在りし日の事を思い出したか、目を細めながらオーマが言い、
シェラ:「懐かしいねえ」
シェラもにこにこと微笑みながら軽く頷く。
聞けば、新郎新婦に面識の無い者でも飛び入りで参列出来るのだとか、同じく観光でこの地に来ていた者に聞いたオーマがふむふむとちょっと考えると、にやりと笑って二人に向かい、
オーマ:「どうだ? せっかくの催しだし、俺たちも参加しねえか。向こうじゃ歓迎してくれるっつうし、楽しそうじゃねえか」
シェラ:「あんたにしちゃいい考えじゃないか。そうだねえ、行こうよ。……サモンもいつかこんな日が来るのかねえ。何だかわくわくしないかい? サモンの嫁入り姿とかさ」
オーマ:「っっっっ!?」
その言葉に、オーマが飛び上がる。
オーマ:「よ、よよよ嫁っっ!? だ、だだだ」
駄目だと言おうとしたオーマの口へ、鎌ではなくシェラの細い指がぴたりと吸い付いた。指先は柔らかかったが、シェラの目は鎌の刃以上に鋭い切れ味を見せており、
シェラ:「めでたい日になんて事を言おうとしてるんだい」
二度目は無いよ、そう言われてがくがくと膝を震わせながら大男がかくかくと頷く。
そんな両親の喜びの様子を見ながら、黙ったままのサモンがじい……と、両親の向こうに透けて見える新郎新婦の、輝くような笑顔を見詰めていた。
結婚。
それが、何を指すのか、サモンにはいまひとつ良く分からない。
両親に愛されているのは、最近おぼろげながら分かるようになってきた。友だちも、親友と世間で言う意味はまだ良く分からないものの、会話して楽しい、顔を見てどことなく安堵する気持ちも分かるようになっている。
けれど。
結婚を目を輝かせながら語る、同じ年頃の少女たちのように、高揚する気分はサモンには無い。異性と一緒になる、それは子孫を残すために有効な手段としてではないのかと、そこに愛とか絆とか言われても理解しがたいものがあった。
ましてや、自分はこのように歪な存在で。
性別があるのか無いのか、自分でも良く分からないというのに、異性の事など考えにも及ばない。
自分が男、または女とはっきり決められていたとしたら、異性を愛せたのだろうか?
そして、このような体の自分に誰を愛せと言うのか――そんな、今までに無かった疑問が泡が弾けるようにサモンの頭の中へ浮かんで来る。
――愛など
サモン:「……?」
――真実の愛など 永遠に結ばれる事など 無い――
それは、サモンの頭に浮かんだ言葉のようで、だが、誰かが囁いた言葉のように、頭にではなく耳の中に残っていく。
オーマ:「どうした? サモンがあんなふうになるのはまだまだずうううっと先でいいんだからな? 今から不安に思う事はねえんだぞ?」
シェラ:「だからどうしてそうやって娘を嫁き遅れさせるような事を言うかねこの馬鹿父は」
サモンのちょっとした変化でも、簡単に気付いてしまう両親が各々の意見を言い、再びシェラの折檻が始まりそうになるのを、もやもやした感覚が消えないサモンが、
サモン:「……よく……分からない」
ふるふる、とゆっくり首を横に振って告げた。
それが偽らざる自分の心境だったから。
何となく、両親が押し黙って顔を見合わせる。それは――微かな喜びの表情でもあって、それが何故か分からずにサモンが小さく首を傾げると、同時に人が集まっている場所から心に突き刺さるような悲鳴が上がった。
オーマ:「――どうした!?」
その声に、自分の体を動かさざるを得なかったオーマが駆け込んでいく。
新郎:「あ……か、彼女、が……」
手を取って喜び合っていた筈の、大切な半身が、目の前で消えた、と男が呆然としたまま呟く。まだ現実感が無いのだろうが、それを聞いたオーマが周囲へ鋭い視線を向けた時、
――ざわざわと、不安に満ちた声があちこちから聞こえて来た。
雪が。
――黒い、雪が。
どこからともなく浮かび上がり、海面近くからゆらゆらと降り注いで来るのは、予定の日より一日早い雪。
だがそれは、神秘的な白とは程遠い、闇を凝らせたような黒い雪だった。
音も無く、それはフェデラの村へと降り注いでいく。
村人:「こんな事は、今まで無かったのに……なんて、不吉な」
喜びの日を前にして、突如失踪した花嫁と、同時に降り始めた黒い雪。
村人の言葉は、皆の心情を如実に表していた。
*****
行き掛かり上、そして性格上からも首を突っ込まずにいられなかったオーマとシェラが、サモンを伴って村中と黒い雪を調べていた。
そこで分かった事は、村の中にも村の近くにも花嫁の姿は無いと言う事。
黒い雪からは、ごく僅かながら具現波動に近いものが感じられたと言う事だけだった。シェラ:「波動から何か辿れないかい?」
オーマ:「拾うのはちょいと厳しいが、やらなきゃ手がかりにならねえしな」
手に乗せると儚げに消えていく黒い雪を握り締めながら、オーマが目を閉じる。
サモン:「……」
サモンは、そんな父親の姿を見ながら、自分もと何気なく黒い雪に手を伸ばしていた。と――それは、まるでサモンがそうするのを待っていたかのように、指先へひたりと吸い付いて行く。
溶けもせず、染みのように指先へ張り付いたその黒い雪は、サモンがじっと見詰めている間にも、指先を核として、指先を、手を、腕を塗りつぶさんとするようにじわじわと広がっていく。
力を使っての探索に力を入れていたため、オーマたちが気付いた時には、それはすでにサモンの肘に届こうかと言うところまで広がっていた。
オーマ:「サモン!?」
サモン:「……大丈夫」
『これ』は、自分に危害を加える気は無いらしい、そう悟ったサモンがオーマの目をまっすぐ見て、
サモン:「オーマ……シェラ。聞いていい?」
じわじわと侵食を続ける様子に気を揉みながら、それでも問いかけにはうんうんと頷く二人に、
サモン:「……永遠の愛って――絆って、存在するものなの?」
ゆっくりと、問い掛けた。
オーマ:「……」
シェラ:「……」
その問いに、目を見交わす二人。やがて、口を開いたのは、オーマの方で。
オーマ:「分からねえ」
言葉の割には、真摯な目がサモンを貫いた。
オーマ:「だが……俺は。信じている」
闇色に塗り潰されたサモンの腕に、そっと触れながら、シェラを人前にも関わらず抱き寄せたオーマが、にこりと笑い、
オーマ:「それにな。永遠なんて果てしない事を言う前にだ、こうして一緒にいるだけで幸せを感じるなら、それもいいんじゃねえか? なあ」
シェラ:「そうだねえ」
シェラも、そう言ってサモンの、肩まで届きそうなくらい黒く染まった腕を取り。
シェラ:「そういうのはね、理屈じゃない。感じるようになれれば、本物なんだ。焦る事は無いよ。あたしたちだって、そりゃもう試行錯誤を繰り返したんだから」
オーマ:「だからって鎌持って行く先々で見張る事はねえじゃねえかよ」
シェラ:「おや? そう言いながら、姿が見えないと探し回ってたのはどこのどいつだい?」
サモン:「……絆は……」
ぽつん、とそんな二人の様子を見ていたサモンが呟く。
サモン:「ある……かも」
最後の言葉が、サモンの口から零れ落ちた瞬間。
ざあああ……っ、と、波の音がその場にいた皆の耳に届いた気がして。
はらりとサモンの首まで届いていた『それ』が剥がれ落ちて消えると同時に、サモンの腕の中には、どこから現れたのか目を閉じて気を失っている花嫁の姿があった。
*****
――白い雪が、降り注ぐ。
互いがいなくなった事で、互いの大切さを再確認した二人が、見詰め合う中を。
それは参列者の上にも降り注ぎ、フェデラの村を白く染めて行く。
サモン:「……」
サモンは。
ほとんど瞬きもせずに、この結婚式を見守っていた。
互いを見交わす目と目の、照れながらもお互いを見詰める視線の底にある物は、不思議な事に両親が喧嘩をしたり、抱き合ったりしている時と同じに見える。
――それを、愛と言うのだろうか。
それとも、絆と言うのだろうか。
ただひとつ言える事は、この状況が不快では無いと言う事。
延々と見ていたいと言うわけでもないけれど、花嫁の、花婿の、相手を見る目付きは悪い物ではなかった。
シェラ:「良かったねえ。特になんの問題も無く式が行えて」
オーマ:「全くだ」
嘗ての事を思い出しているのか、うんうんと頷きながらも幸せそうな両親にも視線を向けながら、そう言えばどうして花嫁が自分の腕の中にあったのだろうかとふと疑問に思った。
夫婦の言葉から、視線から、表情から、サモンの中で何かが理解したような気がしたのだが――それと同時に力が弾けたようにも思う。
自分の何かが切欠となったと受け取れる今回の出来事は、ほんの少し、不安……のようなもやっとした気分を浮かび上がらせながら、それすらも不思議と不快ではない自分に、サモンは驚いていた。
相変わらず、ほとんど表情は変わらないままだったが、
オーマ:「……」
シェラ:「大丈夫だよ。――大丈夫」
気付けば、ぽんぽん、と両親がサモンの肩や頭を叩いており。
その手がとても暖かいものなのだと、ほっとするものなのだと、サモンは初めて気がついたような気がしていた。
-END-
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