<PCクエストノベル(3人)>


マッスルダンジョンイベント 〜強王の迷宮〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2083/ユンナ       /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2086/ジュダ       /詳細不明                】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
灰色の恐怖
黒い恐怖
白い恐怖

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オーマ:「こ、これはっ!」
 ぷるぷると、一枚の特設チラシを握り締めたオーマ・シュヴァルツが目を見開く。
 それは、今年一年を締めくくるためにと考え出されたイベントのひとつで、強王の迷宮にてオーマも会員となっている商店街主催の競技会を行う、と言ったものだった。
 強王の迷宮――。
 それは、今も地下四階までしか探索の手が行き届いていない、自らを強王と名乗り地下を穿ち続けたドワーフ・ガルフレッドの生涯かけて作り上げられた迷宮の名だった。
 何しろ内部構造が複雑で分かりにくく、おまけに謎の生物まで生息していると言う世界。
 だが逆を言えば、四階より上は探索され尽くしたとも言え、今回の舞台として使う地下一階と二階部分は比較的安全と言う各種ギルドのお墨付きもある場所だった。
 ある意味ではイベントを起こす場所として打って付けだったかもしれない。
 そんな楽しそうな出来事を、オーマが見逃すはずは無い。
 三人一組と言う事でまずは家族に打診をしたところ、あっさりと断られてしまい、それならば――と考え出した他の二人と言うのが、
ユンナ:「……本当に、ジュダがそう言ったの?」
 寒空の中、自分だけは新品のコートを着込んで、それでも寒そうにしているユンナを目的の場所へと連れていきながら、
オーマ:「そりゃもう。それに俺様にあいつの考えている事なんて分かるはずねえだろ?」
 などと嘯くオーマ。
 ――強王の迷宮で、ジュダがユンナに呼び出しをかけている。
 そうユンナにメッセンジャー兼案内人として顔を出したのがオーマだった。
 当然、ジュダにそんな伝言など受けてはいない。ジュダには、ユンナとオーマの我侭には弱いという弱点があるのを利用して、半ば強引に、一足先に強王の迷宮の中へ行ってもらっていた。
 ジュダが言ったと言えばユンナも食いついてくるだろうと思ったのだが……思っていた以上にユンナの反応が良かったため、オーマは内心でにんまりと笑う。
 やはり、ユンナとジュダの間には何かが起こっているらしい。以前から、ユンナの雰囲気に少し華やぎが増えたと思っていたのだが、その相手まではよく分からないままだった。ある意味では、幼馴染というか腐れ縁と言うか、古い付き合いであるだけにジュダとユンナと言う繋がりに気付けなかったのは一生の不覚、と思いながらも、二人がそれを言い出したら素直に祝福しようと思っている。
 尤も今回はそうではなく、年末のこの時期に、昔のように三人でどこかに遊びに行こうと言う企画をこっそり打ち立てていたのだったが、食事にしろ旅行にしろ、意識し始めている二人の間に自分のような図体の大きなのが付いていればかえって邪魔になるだろうと、ジュダに言わせれば余計な気遣いをしているオーマが、遠慮なしに呼べると思ったのが今回の競技大会なのだった。
ユンナ:「でもなんでそんなダンジョンの中なわけ?」
 不信感いっぱいだと言うのに、ジュダ、と言う餌に釣られてしまっているユンナが、最後の抵抗を迷宮入り口で訊ねる。
オーマ:「まあまあ。そんなもん、ジュダに聞いてみりゃいい事じゃねえか」
 オーマにしてみれば、中に入れてしまえばこちらのものと思っているから、にこにこと愛想がいい。
ユンナ:「……」
 そして、オーマが何を思って誘いに来たのか疑いながらも、ジュダがいると言う事に関してだけは本当だと、オーマを良く知るユンナなだけに分かっているため、強く出る事が出来ないユンナがそこにいた。

*****

ジュダ:「遅かったな」
 オーマたちが最後だったのか、中に入るとふっと空気の色が変わり、そのすぐ近くで待機していたジュダが寄りかかっていた壁から身を起こした。
オーマ:「おう。お姫様が着替えがどうとか細かくてな」
ユンナ:「ちょっと、オーマ」
 ――洞窟の中は、屈強な男たちや見物の人々で溢れていた。今回使用する場所は地下一階フロアのみで、通気性も良いためあちこちで火を焚いて暖を取っていたり、炊き出しが行われており、いい匂いが漂っている。
オーマ:「さあてと。つう訳でユンナも動きやすい格好になった方がいいぜ?」
ジュダ:「……どんな理由で連れて来られたのか、分からないが」
 ジュダがぽつりと呟いてからちらっとオーマを見、
ジュダ:「覚悟は必要だぞ」
 中でも配られていたチラシを、ひらりとユンナの手に渡した。
ユンナ:「ちょ――なによこれ!?」
 年忘れ競技大会、その名もザ・サバイバル。
 一つ目は、ダンジョン内部から食材を調達しての調理バトル。
 二つ目は、ダンジョン地下一階に突如湧き出した地下水プールの水泳メドレー。
 審査員たちは商店街の長老たちであり、幾多の戦を潜り抜けてきた歴戦の勇者たちで、今回のサバイバル料理にも決死の覚悟で審査をするつもり、らしい。
古老たち:「わーははは! だから言ったじゃろ、ありゃあ先々代の王のヘマじゃ。実はここだけの話だがな……」
 ……だから、地元の銘酒を飲んで管を巻いているように見えるのは、きっと幻覚だろう。
オーマ:「言っとくが特殊能力は一切使っちゃいけねえルールでな。……まあ頑張れユンナ」
ユンナ:「私限定!?」
オーマ:「……だって、なあ?」
ジュダ:「……ノーコメント」
 遥か昔に、各々で持ち寄った料理を食べ比べた時の衝撃を思い出したか、オーマが意味深な笑みを浮かべ、ジュダはそっと目を反らす。
 そして、もう一つの競技は……と思い浮かべて困った顔をしたユンナが、助けを求めるようにジュダを見る。
 ユンナが、実は水に対して耐性が無いと知るのはジュダただひとりであるため、オーマも気付かなかったのだろう。と言って、そこであっさりと告白してしまえばいいのだろうが、ユンナの気性がそれを許さなかった。
 だから、結局は、
ユンナ:「わ、分かったわよ。やるわよ、やればいいんでしょ?」
 半分逆切れしたユンナのやけくそな声が、スタート直前の会場内に響きわたったのだった。
 尤も、逃げようとしてもそれは出来なかったのだが。
 これは商店街の人間の中にも、それなりの能力を持った者がおり、聖獣に願って競技中の不正と出入りを防ぐために、競技終了まで入り口を封じてもらっていたためだった。
 それと同時に、迷宮内部の空調も整えて貰ったりと、今回は能力を使わない制限が付いた代わりに、聖獣がサポートに回る形となっていたからだ。

*****

 よーいドン、とのかけ声も勇ましく、三人一組の参加者たちが一斉に迷宮内に散らばっていく。その途中で湧き出した地下水によって作られた不自然すぎるほど四角いプールを横目に見て視線を反らしたユンナが、ジュダに物言いたげな視線を送った。
ジュダ:「……」
 それに対し、大丈夫、と言うように軽く頷きを返すジュダ。
 それを、オーマがにやりと笑って見守る。
 ――ずっと昔、そうだったように、今の三人は嘗ての三人のような位置に立っていた。
 年長ぶって二人をからかいながらも、妹と弟を見るような目で見ていたオーマと、あの当時よりは随分ぶっきらぼうになったものの、根底の優しさは消え去ったわけではないジュダと、我侭いっぱいなお姫様体質が抜けきっていないままで、二人に甘えの入り混じった指揮を取りたがるユンナと。
ユンナ:「……これ……食べられる?」
ジュダ:「洞窟内のキノコか。――種類が良く分からないのが難点だな」
オーマ:「――これが喰えるなら食いでがありそうだよなあ」
ユンナ:「ってなんで恐怖がここにいるのよ……ああ、ナマモノ呼び寄せセンサーのジュダがいるものね」
 ぽふぽふと灰色の、丸くふわんと浮かんでいる灰色の恐怖の腹? を叩きながら言うオーマに、ユンナが呆れた声を上げる。
ジュダ:「……意識しているわけではないが」
オーマ:「意識してやってるんだったら俺様おまえをマスターとあがめてやるよ。俺だってナマモノは愛してやまないってのにどうしておまえさんばっかり……」
 いつの間にか白、黒、灰色と全色揃った『恐怖』たちが、ジュダに一番近い場所を取り合って互いにおしくらまんじゅう状態になっているのを、オーマがいじいじと地面にのの字を書きながら言う。
ジュダ:「それは、オーマが追いかけすぎるからじゃないのか……」
 互いにぶつかるたびにぽふんぽふんと胞子のようなものを吐く恐怖たちを見てさり気なく離れながら、ジュダが呟いた。
 ……恐怖三つを引き連れ戻った時には流石に引かれたものの、とにもかくにも食材が集まった皆が、必死の形相で調理を開始する。
ユンナ:「一人一品て何よ。私は後片付けだけでいいのに」
オーマ:「そうもいかねえだろ。まあ共同作業と言う意味じゃそれも間違いじゃねえけどな」
ユンナ:「そうでしょ? わ、私が……こういうの苦手だって知ってるじゃない」
ジュダ:「……」
 慣れない包丁を振り回して主張するユンナの隣で、トトトトト……とプロ顔負けの速度と腕で食材を切っているジュダが、
ジュダ:「食べるのは古老たちだ。俺たちじゃない。気にする事は無い」
 ぽつりと、毒の篭った声をユンナに告げた。どうやらオーマの口車に乗ってここまで来、こんな企画を打ち立てた古老たちにさり気なく恨みを晴らすつもりでいるらしい。
ユンナ:「……それもそうね」
 自分たちで試食をしなければならないと言うルールは聞いておらず、審査員は古老たち。少なくとも自分で自分の料理の味を見る必要はないと気付いたのか、ユンナがにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべると、豪快に材料を刻み始めた。
 やがて。
 何とも表現のしようのない料理が、審査員たちの目の前に並べられる。
 まず、材料がこの迷宮の中にあるものだけという高すぎるハードル。そして、それを作るのが、迷宮に潜る事は厭わないごつい体つきの男性ばかり。
 よく見ればユンナのように年若い女性は彼女以外一人も参加していなかった。
 そして――結果を語る必要があるだろうか。
 唯一なんとか食べられたのは、正体不明な何かの生物の肉を焼いたり煮たりしたものだけで、洞窟内に生えていたキノコや苔、或いは毒々しい色の花などを調理したものは、匂いだけで古老たちを次々とノックアウトしていったからだ。
ユンナ:「わ――私のせいじゃないわよ!?」
オーマ:「分かってる。ユンナだけのせいじゃねえ」
 自分で試食して気絶するような料理を持って来る男たちも悪い、と、ぴくぴく痙攣を繰り返している古老たちを横目に見ながら、ユンナが煮すぎて鍋の底を焦がした真っ黒いスープを持って所在無げに立っているのを、オーマが気の毒そうな目で見ていた。
 ジュダは、最初から我関せずと自分の分だけ作り上げてさっさとプール前に移動していたのだが。

*****

 古老たちが回復するのを待つ間に、地下水をイフリートなどに温めて貰い、温水プールと化したそこは、気付けば見物に来ていた者で一杯になっていた。
オーマ:「……この中を泳げとか」
ジュダ:「……随分と、障害物の多いプールだな」
 冬に入ってから水の中に入るなど正気の沙汰ではないため、夏まで海水浴は待たなければならない。だが、このダンジョン内に出来たプールは、空気も冷たくないし水だって温かく、泳ぐにはもってこいの水温で。
 そんなものを見せられ、しかも肝心の審査員たちはまだ臥せっている、この状態でお調子者の一人が中に入って楽しげに水遊びをはじめてしまえば、止める者などどこにもいる筈が無かった。
ユンナ:「足が付くなら中を走ってもいいのよね……」
 ぶつぶつ、と呟くユンナ。
 最初は確かに怖がっていたものの、ジュダもいる事であるし、そして参加者も見物者も年末のイベントと言うことで好き勝手に楽しんでいる様子を見るにつけ、緊張したままでいるのがどんどん馬鹿らしくなったものらしい。
 そして、ようやく古老たちが復活し、見物客たちをプールから追い出した後。
 準備運動も入念にやりすぎて今か今かと待っていた男たちの中で、嫌な事は最初にと自ら一番手に名乗りを上げたユンナは、その若さと美貌で見物客のみでなく、競技者たちの目も完全に奪っていた。
 故に。
見物客:「ユンナちゃ〜ん、あと少しあと少し!」
男たち:「おうっ、てめえらもう少し速度を落としやがれ!」
 ぱしゃぱしゃと水の中を泳げず一所懸命駆けているユンナへ声援が送られる一方で、他の競技者たちが少しでもユンナを抜こうとするとブーイングと怒声が飛ぶ。
オーマ:「……いいのか? これで」
ジュダ:「……」
 ジュダは何も答えず、呆れたように肩を竦めたのみだった。
 そして――。
古老たち:「健闘賞、ユンナ殿」
 メドレー後半がやたらと盛り上がり、上背のある男たちによる男祭りが行われたため、プール脇で疲れきってへばっているオーマたちを他所に、ユンナはアイドルばりの笑顔を辺りへ振り撒きながら、ちゃっかり賞をひとつ貰っていた。

*****

ユンナ:「全く、そう言う事なら最初から言いなさいよ。……私だって、最初から何もかも嫌だなんて言わないわよ?」
オーマ:「んー。まあ、それはそうなんだけどな。ああいう驚きがあっても面白いかと思ってよ」
ジュダ:「……確かに。色々な意味で、面白かったかもしれない」
 惜しくも、と言うのか、優勝には届かなかったものの、何故か一番豪華な副賞が付いた健闘賞のトロフィーを手に、ユンナが微笑む。
ユンナ:「でも、懐かしかったわね。泳ぐのはともかくとして、あの頃はこんな風に良く集まっては遊びに行っていたもの」
オーマ:「ああ」
ジュダ:「……そうだな」
 夕日の差すエルザードを見ながら、のんびりと歩を進める一行。
 街に入ってしまえば、再び今の生活が現実になる。
 けれど。
 今は、まだ、あの頃の三人のまま。
 だから、皆何も言わないまでも、自然と足はゆっくりになっていた。
ユンナ:「ねえ」
 ふと何かを思いついたように、ユンナが二人を交互に見てにっこりと笑い、
ユンナ:「また――こうして、時々会いましょうよ。ね?」
 馬鹿騒ぎするのでも、酒を飲むのでも、どこか旅行に行くのでもいいから。
 そう言いながら、二人の間に立って二人の腕をぐいと掴んだ。
ユンナ:「せっかく、またこうして同じ場所に立てたんだもの」
 立場の違いから、壁を作らざるを得なかった嘗ての世界とは違うと、ユンナが二人に微笑みかける。
オーマ:「……そうだな」
ジュダ:「……」
 それが、どんなに儚い言葉なのか、一番分かっているのはユンナだろうに。
 それでも、オーマとジュダには、ユンナのその言葉を否定する事など出来なかった。
 元は自分たちの望みでもあったものなのだから。
 道は少しずつ、ずれてしまったけれど。
オーマ:「よし。じゃあ俺様また何か面白いモノがあれば誘うぞ。拒否権はもう無いからな? 覚悟しろよ?」
ユンナ:「分かってるわよ」
ジュダ:「……お手柔らかに、な」
 ほんの少し力を緩めれば、足が止まってしまうくらいにのろい歩み。
 赤々とした夕日に照らされ、影を長く伸ばしながら、皆口に出さずとも願っていた。
 この日を、この時を、永遠に忘れないように、と――。


-END-