<PCクエストノベル(2人)>


ユニコーンの乙女 〜アーリ神殿〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【2082/シキョウ/ヴァンサー候補生(正式に非ず)  】
【2081/ゼン  /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
ユニコーン
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シキョウ:「シキョウだっておんなのこだもんっっっ!!!」
 びりびりと、壁を震わせながら、甲高いシキョウの声が家中に響き渡っていた。
 年の頃は十四歳。いろいろ事情があって精神年齢がまだ実年齢に追いついていないのだが、日々精神の成長を遂げているシキョウの目下の悩みと言えば、この年になってもまだ少年のような体型で、同じ年頃の娘たちのようなふっくらとした曲線が自分の体に現れないという事。
 それを分かっていながら、
ゼン:「違う違う。てめぇは元々男なんだ。じゃなきゃいつまでたってもどこもかしこもぺったんこなままじゃねえ筈だろ? ほら。悔しかったら何か言ってみろよ」
シキョウ:「うううううぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 それを一番分かっていて、しかも、シキョウの淡い想いをも知っている筈のこの男、ゼンがいつもそれを否定する。
 寧ろ、このまま男でいろだの、生まれた時に間違っただのそんな事ばかり言ってシキョウをからかい続けるのだから、時折こうしてシキョウが叫ぶと言う出来事が起こるのだった。
シキョウ:「いいもんっ。シキョウがおんなのこだっていってくれるところにいくもんっっ」
 ぷんぷんと頬を大きく膨らませたシキョウがぷいと横を向く。
ゼン:「ハァ? どこに行くつもりだてめぇは」
シキョウ:「え、えーとね、えーとね……あっ! ユニコーンのいるところ!」
 一瞬シキョウが何を言っているのか分からなかったゼンだが、ああ、と思い当たったらしく、鼻ではっと笑い飛ばした。
ゼン:「ばぁか。アーリ神殿っつったら男は入れねえんだぞ。てめぇのその格好じゃ、門前払いされるに決まってら」
シキョウ:「い、いってみないとわからないよっっ」
 売り言葉に買い言葉。
 こうして、シキョウは家のどこからか引っ張り出してきたトランクに思いつく限りの荷物を詰めて、いつもの格好のまま、荷物に引きずられるようにして家を飛び出して行ったのだった。
ゼン:「……へっ。どーせすぐに帰って来るに決まってんだろ」
 ソファの上にごろんと転がって、天井に向かって言葉を発するゼン。
 ――気のせいか。
 シキョウがいなくなった室内は、異様に広く、そして耳が痛くなる程の静寂さに包まれているように思える。
 やかましいのが消えたからな、と自分に言い訳してごろんと寝返りを打つ。
 ……もし。
 門前払いはまあないだろうが、万一巫女としての資質を見出されてしまったとしたら。
 もしくは、ユニコーンの乙女として選ばれ、神託を授ける立場になってしまったとしたら。……それは、シキョウが、この家になかなか戻って来れない状況に陥るという事になりはしないだろうか。
 一日、二日、ではなく。
 何年も何年も、向こうに行ったきりになる可能性は、ゼロではない。
 シキョウが、望みさえすれば、それは。
ゼン:「……ったく。しょうがねえな。あいつは」
 がしがしと頭を掻きながら起き上がると、まだそれほど遠くへは行っていないだろうと家を出て駆け出して行く。
 その足取りが自分でも押さえられないくらい早くなっても、ゼンはその事に気付いてはいなかった。

*****

巫女:「あ、あの、本日はわざわざお越しいただいてありがとうございます。ですが、ただいま取り込んでおりまして、入門はまたの機会にさせていただきたいのですが」
シキョウ:「……あ、あう……もんぜんばらい? シキョウ、おんなのこにみえないの?」
 がーんがーんがーん……。
 まさかゼンの言った通りになるとは、と激しいショックを受けているシキョウに、巫女が慌てて首を振るも、中に入れないと言う事だけでもう門前払い決定と思い込んでいるらしいシキョウには成す術も無く。
ゼン:「何かあったのか?」
 ゼンが、巫女が受け答えに窮する様子に不審を感じたらしく、ずいと詰め寄って、まだ落ち込んでいるシキョウに構わず、矢継ぎ早に質問を投げ掛けていく。
 そして、
ゼン:「そう言う事か。おい。おい、起きろ」
 話を一通り聞いたゼンがゆさゆさとシキョウを揺さぶって声をかけた。
シキョウ:「かえるの?」
ゼン:「ばぁか、何言ってるんだよ。ここの中に入れない理由を聞いてたんだ」
 それは、神殿にとって由々しき自体であった。
 ……神殿から、僅かに離れた小さな祠。
 その地下に、ユニコーンが降りていったまま戻ってこなくなったのだと言う。
シキョウ:「ユニコーンが!? たいへんだよ、たすけにいかないと」
巫女:「ですが……行っても、見たことも無い花が咲いているばかりだったのです。ユニコーンの姿はどこにも見えませんでしたし」
 困った顔の巫女を見て、ゼンがあああ、と内心でため息を付いた。それは、この後にシキョウが言おうとする事に想像が付いたからで、
シキョウ:「シキョウがいく! ひとりででも入ってユニコーンたすけてくる!」
 その直後に一字一句想像通りの言葉が出て来たのに苦笑いを浮かべ、
ゼン:「俺も行こう。神殿の中じゃなきゃ、男が入ってもいいんだよな」
 巫女にそう申し出た。
巫女:「ありがとうございます。ですが、あそこも聖域ですので、一時的にですがあなたがたにも神官職を与えなければいけません。少々お待ちください。あ、それからあなたは一緒に中へ」
 ここまで話してしまえばと腹を決めたのだろう。シキョウを伴って中へ急ぎ戻っていく巫女を眺めて、ゼンがふうっと息を吐く。
 まさか、本当に門前払いを食わされるところだったとは。
 単に神殿がいつものように開いていれば、ちょっとだけ巫女体験をして戻ってこれただろうに、とゼンが軽く舌打ちをし、中からなかなか出てこないシキョウたちをじりじりしながら待った。
 やがて、数人の巫女たちが神官服を手に現れる。
ゼン:「シキョウはどうした?」
巫女:「あら、彼女でしたら」
 くすくす、と漣のような笑い声の中、恥ずかしそうに俯いている小柄な少女の姿にようやく気付いた時には、巫女たちは皆悪戯っぽい目でゼンを見詰めていた。
巫女:「それでは、簡易ながら儀式を執り行わせていただきますので」
 ゼンとシキョウを、一時的ながら巫女と神官に任命する儀式を行った後で、
巫女:「よろしくお願いいたします」
 真剣な表情で二人へ告げ、
シキョウ:「うんっ、待ってて。ちゃんと連れ帰って来るから!」
 ぶんぶんと大きく手を振ったシキョウと、軽く頷くだけで済ませたゼンが祠の中に姿を消すのを、巫女たちはじっと見守っていた。

*****

 それは、待ちわびた客人だったのか。
 二人が中に入ると同時に、ばたんと後ろの扉が閉じてしまい、それと同時に何故か二人の力が使えなくなっていた。
 幸い、灯りは巫女たちが持たせてくれた荷の中にあったため、それに灯りを付けてなんとか足元を照らす事は出来たのだが……。
ゼン:「あっさりと帰してくれそうにねえな」
シキョウ:「ユニコーンもこんなふうになっちゃったのかなあ」
ゼン:「さあな」
 首を傾げながらゼンが言い、シキョウを促して先へ先へと進む。
 そして、階段を降り、いくらか歩いた先に群生していたのは、灯りが必要もないくらい輝いているルベリアの花だった。だが、普段なら喜んで駆け寄っていきそうなシキョウもその奇妙な輝きを見て尻込みするようにゼンに縋り付き、ふるっと体を震わせる。
 二人は、知らなくて当然かもしれない。
 このルベリアは、いつも見慣れているものと違い、原種に非常に近い種だった。その上、それが何かをきっかけに変異してしまったもので、想いを乗せ、映し見ると言う効果ではなく、ルベリアの花が目の前にいる二人、ゼンとシキョウの精神に激しく干渉を起こし侵食するような作用を起こすものとなっていた。
 呼吸するように、光がゆらゆらと揺れる。
 その光に合わせ、ぐにゃりとした波動がそれぞれの心の中に潜り込み、何かを引きずり出そうとしているのを感じながら、抵抗する術を持たないまま二人は折り重なるようにその場に倒れ、気を失ってしまった。
ゼン:「……ってて」
 倒れた時に腕や足を地面に打っていたらしい。その痛みで目が覚めたゼンが、起き上がって――隣で同じく倒れている、巫女服姿の、シキョウにしては背の大きな人物をゆさゆさと揺り起こしていた。
 不思議な事に、あれだけ咲き誇っていたルベリアの姿はどこにも見えない。
ゼン:「おい、起きろよ」
シキョウ:「……ん……ぅ」
 その声に、ゆっくりと身を起こしたシキョウに、ゼンが大きく目を見開く。
 それは、いつかハルフ村で見た、一時的に成長を促進する湯に浸かったシキョウがなった姿と全く同じで。
 巫女服に隠れていた長い黒髪がさらりと解けて前に流れて来るのを手で後ろへと流したシキョウが、ぱちくりと目をまたたかせて、
シキョウ:「きゃーーーーっ、あのときのゼンだーーーーっっ」
 ぎゅう、と力いっぱい、子ども形態に戻っていたゼンを抱き締めたのだった。

*****

 どうやら、二人のこの姿は、何か重要な意味を持つものらしい。
 そう、シキョウはともかく、自分の今の姿に心当たりのあるゼンが、シキョウに言われるままにシキョウの膝の上に乗せられて居心地悪い思いをしながら考える。
 自分はある意味、もう少し成長させた姿で皆を欺いているだけなのだが、シキョウはどうなのだろう。今のあの姿に偽るような能力を彼女が持っているとは思えない。
 ――そして。
 あのルベリアの干渉と光は、そうした姿を無理やりこの場に引きずり出す力を持っているらしい。
 何のために、と言うのは分からなかったが……。
 ――かつん、かつん。
 その時、すぐ近くから蹄の音が聞こえて来たかと思うと、そこには行方不明になった筈のユニコーンの姿があった。
シキョウ:「あっ、ユニコーンだーっ。ねえねえ、どうしていなくなっちゃったの?」
ユニコーン:「…………」
 ぶるる、と鼻を鳴らしながら、シキョウをじぃと見ていたユニコーンが、そっとその頬に自分の頬を押し当てた。
シキョウ:「あったかーい」
 ぎゅ、とその姿勢からユニコーンを抱き締めたシキョウに、
 かつっ、と蹄で地面を打ち鳴らしながら、ユニコーンが二人を誘うように歩き出す。
 二人が顔を見合わせた後、とことこと後に付いて行くと、その先には小さな石造りの部屋があった。相当古く、あの神殿よりも古いのではと思わせるその壁に描かれているものを見て、ゼンが僅かに目を見開く。
 そこに描かれていたのは、ルベリアが咲き乱れる大地と、後光差す姿で花の中に腰を降ろす乙女の姿。
 ――似ては、いないか?
 ルベリアだー、と言いながら壁画に見入る彼女の横顔に、壁画の中の乙女は似てはいないだろうか。
 そんな筈は無いとぶんぶん頭を振るゼン。
 ふと気が付くと、ユニコーンの深い眼差しが、そんなゼンをじいっと見詰めていた。

*****

 夕刻を過ぎても祠から誰も出て来ないと、見守っていた巫女たちが次第に騒ぎ始めたその時、祠とは全く逆方向から、ユニコーンと二人がひょっこりと顔を出して皆を驚かせた。
 あの花のもう一つの作用が判ったのはその時。
 ゼンは認めたく無いが、壁画に描かれていた乙女――それが、万一シキョウと何らかの関わりがあるのだとするならば、花は特別な姿を引き出した二人をあの場へと飛ばしてしまったものらしい。
 ユニコーンが何故同じようにあの場に飛ばされてしまったのかは良くわからないが、もしかしたら、シキョウが持つ不思議な力……命の根幹に影響する力と、ユニコーンが言われる生命力の強さとが、リンクしてしまった可能性はある。
 それが証拠にと言うのか、シキョウが訪れた壁画のある部屋は、壁画の向こうにも扉があり、そこはユニコーンやゼンではどんなに力を入れても開かなかったものが、シキョウが触れただけでぱかりと開いてしまったのだから。
 そしてそれは、祠から神殿を挟んで対極の位置にある小高い丘に繋がっており、外に出た途端効力が切れたのか、二人は元の姿へと戻っていた。
 二人と一頭はそうやって表に出、巫女たちに迎え入れられたのだった。
 後で話を聞いた巫女たちが何人かで訪れたところ、突然あの場に生えていたルベリアの花は、その役目を終えたかのように全てが枯れてしまっていた、と戻って来て二人に告げた。
ゼン:「……見せたかっただけなのか? あれを」
シキョウ:「?」
 ゼンの呟きに、シキョウがかくんと大きく首を傾げる。
シキョウ:「それよりゼン、シキョウちゃーんとおんなのこだったよ?」
ゼン:「ぶっ!」
 まだ巫女たちと、その日あった事を話している最中だったため、その爆弾発言に、一気にその場の空気が冷える。
 それもこれも、普段から少年のような姿をしたシキョウをからかっているゼンが悪いのだが、
巫女:「……まあ。それはかわいそうに。そうですわ、シキョウちゃん。私たちと一緒に、正式に巫女になりませんこと?」
シキョウ:「シキョウ、みこになれるの?」
 わああ、とぱーっと顔を輝かせるシキョウに、こくこく、と巫女たちが頷く。
巫女:「それに、どういうわけかユニコーンがシキョウさんの事を随分と気にかけているみたいなんです。羨ましいです」
巫女:「まあ、それならシキョウさんはいつかユニコーンの乙女に選ばれるかもしれませんよ? ね、是非いらして」
シキョウ:「んー……」
 じー。
 気付けば、シキョウと一緒に、巫女たちがゼンを責めるように見詰めている。
ゼン:「わ。わかった、わかった! ……悪かった、これからは男扱いはしねえから、ここで巫女にならねぇで一緒に家に帰ってくれ」
シキョウ:「ほんとに? シキョウ、かえってもいいの?」
ゼン:「んなの当たり前だろ? いらねえなんて一回も言ったことはねぇの、知ってるだろうに」
シキョウ:「――うんッ。じゃあ、かえるね。でもありがとう。みこにはなれないけど、ちょっとだけこのおようふくがきれてたのしかった」
 ぴょこん、と立ち上がってにっこりと笑うシキョウに、巫女たちが口々に良かったわね、と言って微笑み、
巫女:「彼女の事、大事にしないとだめよ?」
 そう言ってゼンの肩をぽんぽんと叩いた。
 そうして、何となく嵌められた気がしないでもなかったが、あんなふうに言われでもしなければ、意地になって自分から謝るなどという事はしなかっただろうからあれで良かったのかもしれない――そんな事を思いながら、シキョウと二人でのんびりと家路に付く。
シキョウ:「おもくない?」
ゼン:「重いに決まってるだろ。何でこんなに詰め込んだんだよ」
シキョウ:「だってだって、ゼンがおんなのこってみとめてくれるまでいえにかえらないつもりだったんだもん」
ゼン:「だから悪かったって。悪いと思ってるからこうしててめぇの荷物持ってんだろ」
シキョウ:「うん」
 なんとなく、いつもより素直な二人。
 こっくりと頷いたシキョウにゼンがにっと笑うと、
ゼン:「少し、髪伸びたな」
 そう言って空いた手で癖のあるシキョウの髪をつんと摘む。
シキョウ:「伸ばした方がいいかな」
ゼン:「あ? そんなもん、シキョウの好みに合わせりゃいいんだよ。無理に伸ばしたって似合わないやつは似合わないんだしな」
 そう言ってすたすたと先に歩き出すゼンの背に、ぷぅ、と頬を膨らませる音が聞こえてくっくっと笑う。
 シキョウが何を望んでいるのかは、非常に分かり易いために、彼女の望む答えはいくらでも口に出せた。が、彼女の望む答えではなく、自分が望む答えは、こんな風にはぐらかしでもしなければ恥ずかしくて口になど出せる訳も無い。
 けれど、ほんの少しだけ。
ゼン:「いいんじゃねえか?」
 ――そう。ほんの少しだけ。
シキョウ:「え? なに?」
ゼン:「伸ばしたかったら、伸ばしてみてもいいんじゃねえか?」
 口に出してみるのも、たまには。

シキョウ:「――うんッ!」

 良いのかも、しれない。


-END-