<PCクエストノベル(2人)>


若返りの元 〜ネクロバンパイア〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】

【助力探求者】
なし

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 ネクロバンパイア、という種族がいる。
 通常のバンパイアと違い、太陽の下でも平気で外を歩けると言う特性があるが、逆にバンパイアの能力は無いに等しく、若い男の血を好むのみで多大な迷惑をかけると言うわけではないらしい。
 尤も、バンパイアであるのだから吸われた相手もバンパイアになってしまう事があるのだが……。
 そして、ネクロバンパイアは全てが女性であり、同じように女性形態のバンパイアの中でも上位に当たる存在だった。
 そんな彼女に、何を思ったか勧誘ビラを配った男がいる。
 そう。
 なかなか増えない腹黒同盟員の数に寂しい思いをしながらも、今日こそはと期待しつつ自らも勧誘している総帥――オーマ・シュヴァルツだった。
 とは言え、一目見ただけで彼女がネクロバンパイアだと気付く者も少ないだろうから、仕方ないのかもしれないが。
 そうして、一人の美女が、真っ赤な唇で微笑みながらオーマの目の前で立ち止まった。
 そこへすかさず、びし、とオーマからビラが手渡される。
女性:「あら。アタシに?」
 ふぅん、と配られたビラを手に取って眺めながら、妖艶な目をちらちらとオーマに向けたその美女は、
女性:「遠慮しとくわ。見返りがなさそうだもの」
 ぽいっ、とオーマの足元にビラを投げ捨てて、すたすたと行き過ぎようとする。
オーマ:「ちょっ、ちょっと待ってくれ。見返りはないわけじゃねえぞ? 俺様を筆頭とする腹黒軍団がだな」
女性:「……アタシ。お腹が空いてるの」
 オーマの言葉に被せるように言葉を続けて、一旦口を閉じる。
女性:「アタシのお腹を満たしてくれるなら、入ってもいいわよ」
 そして再び口を開いた後で、にぃ、と笑みを浮かべた。
オーマ:「食い物なら……どこがいいかな。あんまり高い店じゃ俺様の小遣いが厳しいし」
女性:「あら」
 かくん、と首を傾げながら、美女がもう一度笑いかけると、
女性:「アナタでいいのよ? アタシのご飯は」
 さ、首を突き出して、とひんやりとした手でオーマの頬に触れながら言い、その言葉と動きで不穏なものを感じ取ったオーマが一瞬飛び退って美女を見、
オーマ:「おまえさん……もしかして、噂のネクロバンパイアか」
 そう、問い掛けた。
女性:「そうよ。血を吸わせてくれたら、入ってもいいわ」
 こくりと頷く女性に、オーマがううむと腕を組んで悩む。
 久しぶりに勧誘が成功しそうな嬉しさもあるのだが、その条件を飲むとなると、浮気と言うわけではないが許してくれそうにない人物がひとりいるのが問題で。
 ……とは言え。
 オーマの体の特性からして、バンパイアになる気遣いも無く、こっそり自分で傷口を治療してしまえばいいだろうとあっさり考えを翻したオーマが、
オーマ:「いいだろう。だが往来のど真ん中じゃ問題があるな。こっちに来てくれ」
女性:「命令しないでくれる? アタシ、アナタの望みに合わせてあげているだけなんだから。いいのよ? アタシそのまま帰っても」
オーマ:「わ、わかったわかった。頼む、こっちに付いて来て下さい」
女性:「最初からそうすればいいのよ」
 ひと気の無い所まで来たところで、オーマが首を剥き出しにして、そこへ美女が口を寄せる。
 そこまでは覚えていたのだが――次に目を覚ました時には、オーマは路地裏で寝転がっており、そこから見える太陽の動きで結構時間が経っていた事が分かり。
 肝心の美女の姿はどこにも見えなくなっていた。

*****

シェラ:「……さああて。どうしてやろうかね」
オーマ:「いやほんと悪かったから首ちょんぱだけは勘弁してくれ」
 へこへことコメツキバッタのように謝り続けながら、仁王立ちになっているシェラの機嫌を何とか取り戻そうと必死になっているオーマ。
 当初は吸い逃げされたと思ったものの、最初の予定通り怪我の治療だけこっそりして知らん振りしてしまえばいいと自分に言い訳しながら表に出て、そこで違和感に気付く。
 自分の姿が、獅子への変身を経る事無く、銀髪に赤目の青年と化している事に気付いたのは、それからすぐ後の事だった。
 それが吸われたのが原因で起こったものなのかは定かではないが、時間が経とうと力を使ってみようと元の中年親父へ戻る気配が全く無かったために、家に戻ってすぐに問いただされ、首筋に残る牙の跡まで証拠として見させられて、絶体絶命の中最後まで吐かされてしまったのだった。
シェラ:「浮気じゃないって……そんな理屈が通るとでも?」
 にこにこと笑みを浮かべてはいるが、その手にはいつでも振り回せるようスタンバイされている巨大な鎌が握られている。
オーマ:「だって本当だからよぅ……」
シェラ:「あんたの気持ちじゃないの。あたしがその理由で納得すると思ったの、って聞いてるんだよ」
オーマ:「ほ……ほんのちぃっとくらいは、聞いてくれるかなー……なんてうはぁっ」
 ぶうん、と頭上を通り過ぎた鎌の刃に、ぎりぎり届かない所を振り回したのだと気付いても心臓が縮み上がる思いをしたオーマが、もう一度ぺこぺこと謝り出した。
シェラ:「全く、碌な事を考えないんだから。結局自分の欲望に負けて相手に吸わせたんだからね。同じ事だよ――じゃあ、キスさせてくれたら、って言葉が来たらどうするんだい? そっちの方が証拠も残らないし、自分が浮気と思わなければ――って考えになるんじゃないのかい」
オーマ:「……悪かったってばよ……」
シェラ:「よし、決めた。あたしもその女捜してやろうじゃないか」
オーマ:「……え?」
 あまりにも突然の言葉に、オーマがどうして、と問い返そうとした時、
シェラ:「あんたのためじゃないよ。腹黒だかなんだか知らないが、同盟なんて入れてやるものかね。――吸われたあんたの血、一滴残らず取り返す」
オーマ:「……ひぃぃ……」
 自分で撒いた種とは言え、とんでもない事をしたものだ――と、心底から思ったのは、もう既にシェラがその気になった後だった。

*****

オーマ:「うーん」
 ネクロバンパイアの行方を探しにシェラが家を出た後で、オーマは自分の身体を徹底的に検査していた。若返った原因がどこかにあるに違いないと、バンパイアに噛まれた事が原因なら血になにかあるかと自分の血を採取して色々と調べ、首を傾げる。
オーマ:「ウイルスやバクテリアの類じゃ無さそうだが……って、ちょっと待て。何だこりゃ」
 他に何か無いかと血液を顕微鏡で眺めていたオーマの目に飛び込んで来たのは、ごく僅かながらウォズの波動を出しつつ、ぴこぴこと血液の間を動き回っている小さな小さな欠片だった。
シェラ:「戻ったよ。何だかね、あんただけじゃなかったみたいだ」
オーマ:「そうか……こっちも妙な事に気付いてな。ありゃ、ネクロバンパイアじゃなくてウォズだ」
シェラ:「なんだって……じゃあ、ウォズの血が混じって若返ってるってのかい?」
オーマ:「恐らくな。理屈は良く分からねえが、変容しやすい連中の事だ、細胞に何か働きかける力を持ってるのかもしれねえ。それじゃ急がねえと危ねえな」
シェラ:「不幸中の幸いってとこかね、あんたには」
オーマ:「な、なーんの事かな!?」
 シェラが探り出して来た情報は、最近オーマのように急に若返った男たちが何人かいると言う事、そして皆何故若返ったのかについては口を硬く閉ざしている事。
 家族の中には、急に若返った夫や父を怖がる者もいるとかで、そちらの方面からの解決も急がねばならないし、何よりもウォズの血を普通の人間が体内に入れてしまうとゆくゆくは血の中に混じるウォズの具現波動に当てられてウォズ化してしまう可能性があるからだった。
 そうして、自分の処置は後回しにしておいて、シェラと共に教えられた家を回っていく。中にはオーマを知る者もいて、オーマ自身若返ったのとネクロバンパイアらしき女性に吸われたと言う話を聞いて、あんたもか、と口を滑らせ、想像は確信へと変わった。
オーマ:「若返るってのは、楽しいかもしれないけどよ。おまえさんたちはちゃんと年相応の生き方をして来てるんだから、元に戻らなきゃいけねえよ」
 まずは、口で懇々と説得に入る。と言うのも、これからオーマが考えている方法と言うのが酷く神経を使う作業であり、患者の全幅の信頼を受けなければ不可能とも言えるものだったからだ。
 そして、オーマが予想していた通り、皆最初は元に戻る事に難色を示していた。思うように動かなかった体が元気になり、心まで軽くなったように思える日々を手放したくないと思うのは、仕方無い事だろう。そればかりは誰を責めるわけにもいかない。
 が、
オーマ:「……家族と、一緒に過ごして来た時間を、否定する気か? おまえさんたちは、多少の誤差はあれ、ずうっと一緒に生きていける筈じゃねえか。それを捨ててしまってもいいってのか」
 あの目を見な――、と、心配そうに、そして怖々と夫や父を見るいくつもの目。その不安を取り除けるのも、おまえさんしかいねえんだぜ、と言われて、最終的には皆がゆっくりと頷いていた。

*****

オーマ:「さて、次はメインのバンパイアだが」
シェラ:「……少し休んだ方がいいんじゃないのかい?」
 どことなく気遣う様子のシェラに、いいや、とオーマが大きくかぶりを振る。
オーマ:「昼夜関係無しに出没するようなやつだからな、早いうちに捕まえねえと俺様の仕事が増えちまう」
シェラ:「全く……」
 呆れたように肩を竦めたシェラが、それでもオーマの隣に付いて歩きながら、ふと腕を組んで笑いかけた。
シェラ:「考えてみたら、あんたがその姿じゃなくなって……こんな風に、二人で外を歩く事も無くなってたねえ」
オーマ:「そういや、そうだな。あの当時はシェラももうちぃっと若々しかっ……ぐは」
 鳩尾に鎌の柄が食い込み、再び何事もなかったかのように歩き出す二人。オーマはやや前かがみになっていたが。
シェラ:「それにしても。馬鹿だねあんたは。――誤差だよ。どうやったって、誤差の範囲なんだからさ」
オーマ:「……そうだったかも、しれねえな」
 きゅっ、と、腕に力を込めてしがみ付くシェラ。
オーマ:「それでもなあ――俺様、頭悪いからな。思い通りに世界が動かせるなら、って思っちまったんだよな」
 するっとシェラの腕組みを解き、シェラがどうしてと聞き返す前に、オーマはシェラの肩を抱き寄せていた。
シェラ:「本当、馬鹿なんだから」
 そう言いながら、そっと寄り添う。そんなシェラが急に表情を変えると、
シェラ:「オーマ。今、あんたが言ってたのと同じようなのを見たよ」
 あっちに――と、動きやすいよう少し離れてぱたぱたと走り出す。
オーマ:「おう」
 その後に続いて走りながら、遠目に確認して、あの時の女だと確信したオーマが、ちらと振り向いたシェラに小さく頷いた。
 途端。
シェラ:「そこのあんた――止まりなさぁぁぁぁい!」
 今までの走りは何だったのかと思うような速度で、シェラが目標に向かって一瞬で移動していた。
オーマ:「……あれ……ほとんど現役の頃の速度がでてるぞおい……」
 地獄の番犬とこっそり名付けた頃の、縦横無尽に街を空を駆け回っていた頃のシェラの背中が、一瞬だぶる。
 と言っても、そんな感慨に耽っているのはオーマだけで。
 シェラは鬼気迫る笑顔を浮かべながら、鎌一本でがたがた震える相手を逃げられないように追い詰めていた。

*****

シェラ:「……はあ」
オーマ:「どうした?」
シェラ:「気が抜けちまったよ。あんな理由で吸いまわってたなんてさ」
 掴まったバンパイア――もといウォズは、涙ながらに二人に許しを乞うていた。
 ネクロバンパイアである、というのも実は嘘ではないらしい。実際に女性の姿をしていたウォズを人間と見間違って、ネクロバンパイアにかぷりとやられてしまったのだから。
 そして、自意識を持ち、ウォズのままでありながらもネクロバンパイアとしての特性をも持った、中途半端な存在になってしまったのだと地面にのの字を描きながら言う。
 おまけに、本家のネクロバンパイアは若い男を好むのだが、このウォズが嗜好性を揺さぶられるのは決まって中年以上の年齢を持った男性のみ。そして、吸うと不思議な事に彼らは若返ってしまい、自分の嗜好からは外れてしまうため、残念な思いをしていたと。
 こんな事ならいっそヴァンサーに封印でもされた方がましだと、近所でビラ配りをしているオーマに目を付けたのだと言った後で、若返ったオーマを見て、やっぱり前の方がいいとおんおん泣き出してしまったのだった。
オーマ:「食欲ってのは馬鹿にできねえんだよな。本能だからよ」
 結局、オーマはウォズにも男たちと同じような『治療』を施していた。男たちに施していたのは、血の中に混じっているウォズの血と細胞をひとつひとつ丁寧に封印し、オーマの体に取り込むという方法。これなら本人の体を傷つけずに済ませる事が出来る。その代わり神経を使うため、数人しか血を吸われていなくて幸いだったと言って良かった。
 でなければ、数日に分けて元に戻さざるを得なかっただろうし、時間を置けばそれだけ危険性が高まってしまうからだ。
 ウォズにだけは少々痛い思いをしてもらったが……体の一部を切り、そこから血を流しながら、その血に体内を巡るウォズのもの以外の異質な血を外に輩出させたのだ。
 こちらの方は、ウォズ自身がまるきりのバンパイアにならなかった事でも分かるように、上手く混じらない血だったらしく、それほど手間をかける事無く終了した。
シェラ:「で? 肝心のあんたは、いつ治すつもりなんだい?」
オーマ:「ちぃと疲れたんで、何日か後になるな。それまではこの格好で我慢しててくれ」
シェラ:「はいはい。早いところ今のあんたに戻っておくれ。こっちも悪くないけど、あっちだってちゃんと今のあんたなんだから、ね」
オーマ:「分かってるって」
 もう一度オーマが肩を抱こうと手を伸ばした、その先に鎌の柄が当たる。
シェラ:「あたしは完全に許したわけじゃないからね? その姿に、どうやって変わったのかを見るたび思い出すだろうからねえ」
オーマ:「わわわわかった、出来るだけ早く戻るから刃を当てるのは勘弁してくれ」
 一気に顔色を青ざめさせたオーマから、鎌を離してシェラがふっと笑う。
 ……あれだけ、違和感のあった筈の今の顔。けれど、こうして元の顔を見ると、今の中年姿のオーマも悪い物ではないと気付かされる。
 ――とは言え。
 そんな事を言えば、また有頂天になってしまうオーマが簡単に予想出来るだけに、本人には決して言う気は無かったけれど。
 いつもより機嫌良くオーマと家路に付きながら、シェラは久しぶりに見る夫の仕事っぷりを思い出して目を細めて微笑んでいた。


-END-