<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


異世界観光ツアー〜揺らぎなきものへの賛歌

天使の広場―その名が示すとおり、街の中心に位置するこの広場には白亜の天使像が座し、多くの人々が行き交い、活気に満ちている。
穏やかで平和な光景に少年の表情もどこか喜ばしいものが混じり、案内役を引き受けたノエミにしても喜ばしい限りだ。
この世界―ソーンに来て早々、いきなり盗賊に出くわすとは……この少年、運がいいのか悪いのか分からない。
だが、剣も抜かず、あっさりと盗賊達を叩きのめしたのだ。
相当な腕前の持ち主と見て間違いはない。
しかし、のんびりと背伸びをする少年を見る限り、決してそんな風に見えなかった。
「活気に溢れてるね〜ここって。」
「えっ…ええ、ここは情報交換の場になっているのです。各地の様子やいろいろな情報を聞くことができます。」
へぇ、と感嘆の声を上げ、少年はぐるりと辺りを見回す。
カフェテラスで茶を飲みながら、熱心に話し合っている商人や噴水の縁に背を預けて語り合う冒険者たちの姿があちこちで見かける。
冒険を生業とする者にとって情報は必要不可欠なものであり、重要なものだ。
まして異世界から来た少年にとってもそれは同じことだったが、それ以上に別の意味合いを持つ。
少しばかり話を聞きたいな、と思いつつも、先を歩くノエミを見失わないように少年は熱気に溢れる街角を通り抜けた。

通りの両側から掛かる威勢のいい掛け声。並べられた商品を手に取り、良いものを選び出そうとする買い物客。
ちょうど昼時という時間帯を迎えたアルマ通りにどこからともなく食欲を刺激するような香ばしい匂いが漂ってくる。
自然と軽食を販売する店が目につく。
そんな露店の中で、焼いた羊肉を細く切り、同じように切った野菜と一緒に薄い小麦のクレープに包んで売っている露店が目に入った。
「ねぇ、ノエミ。これ、食べない?」
「そうですね……ですが、どこかのお店に入っても食べていませんか?この近くにエルザードでも指折りの店があるのです。」
どうですか?と問われ、少年はしばし考えを巡らせる。
今、目の前で出来上がるクレープも食べてみたいが、ノエミが薦める店にも行ってみたい。
これも旅の醍醐味。
大きな悩みどころだが、ここは食べ歩きながら、もっといろいろな場所を見て回りたい。
何よりもつかず離れず付けてくる連中のことも気になっていた。
ノエミも気付いているのか、さりげなく周囲に気を配っているのが分かり、小さく肩を竦める。
何者なのかは気づいていた。そして、何が狙いなのかも。
ここで派手な立ち回りはしたくはない。それは向こうも同じらしく、見失わないよう付けてくるだけなのだ。
出方が分かっているなら放っておいて楽しむだけだ、と少年は気楽に思っていた。
ノエミに返答するよりも早く少年は二人分のクレープを買うと、彼女に一つを渡す。
「食べ歩きしない?知り合いの騎士もよくやるんだ。結構楽しいよ。」
涼しげな笑顔にノエミは呆気に取られつつも、快く応じた。

そろってクレープを食べながら、目についた果物や工芸品を指差して問う少年に答えながらノエミはアルマ通りを散策した。
目にする物全てが珍しく、興味津々に尋ねながら少年はふともう一つの大通りに気付き、足を止める。
昼日中というのに人通りが少なく、しんと静まり返っている。
時折、顔を隠したフード姿の女達が街角で何事か話し込んでいる姿が目に付く。
なんとなく、というよりも、ひどく危険な匂いがした。
旅している時に立ち寄った大都市でも必ずといって良いほど、こういう匂いがする場所がある。
一緒に旅をしていたことがある兄貴分たちには少々呆れられたが、無茶をしない限り止められなかった。
一人旅になってからも諸事情から何度か踏み込んだことはあり、それなりに面白い話も聞ける。
ちょっと興味が沸き、自然と足が向いた―瞬間、がくりと前につんのめり倒れそうになる。
危ういところでバランスを保ち、立て直すと自分の外套を掴んだ相手―ノエミを見返した。
「な、何?どうしたの、ノエミ。」
「そちらの通りに行ってはいけません。そこはベルファ通りといって、エルザードで有名な歓楽街なんです。あなたのような方が行ってはいけません。」
必死の様子で止めるノエミに少年はどうしようかと思う。
実際のところ、行ってみたいという気持ちが強いし、一番欲しい情報はこういうところで手に入ることもある。
だが、差し迫って情報が欲しい訳ではなく、単に興味本位で行ってみたいだけだ。
そういう場合は必ずといって良いほど、無用な争いに巻き込まれる。
何より必死になって止めるノエミを振り払ってまでいくリスクはない。
ここは素直に引いた方が得策だと思い直し、少年は小さくうなずくと、ノエミに引きずられるようにその場を離れた。
残念な気持ち半分。だが、安心したのも事実。
どちらも本当なのだろうと思いつつ、少年は一つの疑問を覚え、手を引くノエミを見た。
「あのさ、一つ気になったんだけど。」
「なんでしょうか?」
「ノエミって、ベルファ通り?ああいうところって嫌いなの?」
率直な疑問にノエミは苦笑する。
まさしくその通りだ。騎士という職業もあるが、それ以上に生理的に受け入れられない。
ああいった場所には例えどんな理由があろうとも近づきたくはなかった。
「ええ……おかしいですか?」
「いや、そうは思わないよ。止めてもらってよかった。」
ふっと笑みを浮かべる少年の瞳に偽りはない。
ほっとすると同時に全てを見抜かれているようでほんの少し怖くなる。
だが、それが一瞬のこと。
すぐに明るい光を宿したものへと変わり、この街に書庫や図書館に行きたいな、と訊かれ、ノエミはそれならうってつけの場所があると喜んでそこへと案内した。

しんとした空気にインクと紙が混じった独特の匂いが漂う。
集められた古今東西の書物から気に入った本を見つけ出し、熱心に読みふけること一時間。
黙って見ていたノエミが近づいたことに気付かないほど少年は本に熱中していた。
旅をしているなら、剣だけでなく魔法の心得もあってもおかしくはない。
魔道書なら納得がいくが、少年が読んでいるがそういった類のものではなく、神話や伝説、冒険譚といった物語で何のつながりもないように思えたが、当人が喜んでいるならと何も言わなかった。
が、そろそろレディ・レムが戻ってくるかもしれない。
「エルファリア別荘って遠い?」
すれ違っては大変だろうと思い、声を掛けようとしたノエミだったが、いきなり問いかけてきた少年に驚き、一瞬言葉と対応に戸惑う。
数瞬の間を置いて、ノエミは答えを返した。
「そこでしたらすぐ近くです。でも、どうしてです?」
「この本の原書がそこにあるみたいだからね。ちょっと読んでみたいんだ。」
笑顔で言われ、返す言葉が浮かばないが、行きたいというなら案内するべきだろう。
そう思い、少年の望みどおり、エルファリア別荘へと向かった。
別荘はさほど離れたところにはない。海辺にある景色のよい場所でガルガントの館ほどの規模はないが、そこに住む住人によって整えられ、心地よい場所だ。
あまり尋ねた事がないところだったが、考えてみると彼のような旅人を案内するには良かったかもしれない。
景色も良く、情報も聞ける。観光目的なら一石二鳥の場でもある。
比べるのもなんだが、ベルファ通りに行くよりも数十倍いい。
そんな風に思うノエミだったが、当の少年は目的の本を読ませてもらうと早々にその場を後にする。
ガルガントの館であれだけ時間をかけ、ここにある原書を読みたいと言っていた割にあっさりと辞するとは少々意外に思えた。
一体どうしたのかと思い、少年に駆け寄り、その表情を見て息を飲む。
先ほどまでののんびりとした表情はなく、どこか厳しく鋭いものが混じっている。
どうした、と喉まで出かけ、ノエミも表情を険しくした。
見え隠れする影―自分達を付けてきた輩。
ガルガントの館を出た時よりも数が増し、自分達二人を遠巻きに包囲している。
あのままエルファリア別荘に入れば、踏み込まれていたか出たところを襲われていただろう。
気付くのが遅れたことにノエミは小さく唇を噛む。
「気にしなくて良いよ。私も窓から影が見えるまで気付かなかったから……まぁ、場所を変える必要があったけどね。」
冷静に淡々と話す少年にノエミは黙って頷き返す。
無関係の人々を巻き込むわけにいかない。
暴れることになるならこちらも気にせずに暴れられるところの方が安心できる。
取り囲みながら追いかけてくる連中に悟られないよう、街から離れ、レディ・レムの館へ続く道に踏み込んだ。

小鳥のさえずりや木々の枝を伝って掛けていく小動物達の姿がそこかしこで見られ、のどかな雰囲気だ。
ただ三日月刀や大刀に棍棒…といった物騒なものを手に自分達を取り囲む目つき、顔つきの悪い連中がいなければ、もっと楽しかっただろうと思う。
やれやれとため息をつき、少年は改めてその顔を見て肩を落とす。
思いっきり覚えがある連中だ。
ここについて早々に叩きのめした盗賊ご一行。
あの時よりも人数が多いということはまだ仲間がいたということだ。
単純に考えれば当たり前の話。
手加減なんてせず、詰め所に突き出してやれば良かったと後悔するが今更どうにもならない。
「へぇ、びびってんのか?俺様たちに。」
頭目らしい男が下卑た笑いを称え、薄汚い刃を少年とノエミに突きつける。
恐怖に怯えて口が利けないなどと思ったようだが、とんだ思い違いだ。
あれほど完膚なきまでに叩きのめされて懲りないどころか、一緒にいるノエミの実力に気付かない時点ですでに終わっている。
その間抜けぶりに呆れて返す言葉が見つからないだけだ。
さてどうしたものかな、と考える少年を無視して盗賊たちはノエミに視線を集める。
重厚な装備をしているが、つけていた部下の報告によるとまだ見習い騎士だと名乗っていたという。
ならば、この忌々しいガキよりも大した腕をしていない。
にやりと口元を歪ませ、頭目は部下たちを顎でしゃくり、一斉に少年に襲い掛からせた。
わずかに反応が遅れたノエミを頭目が剣を振るい、切り掛かった。
鈍い音とうめき声が上がる。
統率もされていない盗賊の動きなんて簡単に見抜けた。
殺到する輩の攻撃をあっさりかわし、手加減無用に鳩尾や頚椎に鞘を打ち込んでやった。
あっという間に倒れ伏す盗賊たちを尻目に少年はノエミの方を見やる。
地面に転がった剣。その少し後方で左頬と顎をひどく腫れ上がらせ、気絶した頭目が転がっていた。
こちらも決着はついていた。
切りかかってきた頭目の攻撃を気にもせず、ノエミはつかつかとその間合いに踏み込むと、その下卑た横面を思いっきり平手打ちし、その強烈な一撃によろめいて無防備になった顎を盾で殴り飛ばしたのである。
相手の実力を見抜けなかった連中にはふさわしい末路だな、と少年は冷めた眼差しで転がっている盗賊たちを見つめていた。

「全く間抜けた連中だったな〜」
「そうですね。相手の実力も計れないなんてどういう人達なのか…」
分かりたくもないと言い捨てるノエミに少年は肩を竦める。
それが分からない―というよりも、自分に叩きのめされておいて、仕返しに来る時点で既に終わっている。
なにより己の欲しか考えていない連中が絶対的な―揺るぎなき信念を持つノエミに敵う訳がない。
ともかく二度と相手はしたくない。
気絶したまま縛り上げて、兵士の詰め所近くに放ってきた。
連中が気付くのが先か、それとも兵士に発見されるのが先かは分からないがどっちにしても捕まるのは目に見えている。
今までの報いを充分に受けるだろうが、自業自得というものだ。
自分が気にかける必要もないが、巻き込んでしまったノエミには申し訳ない気持ちがある。
工房で何か譲ってもらおうかな、と考えながら、目の前にゆっくりと見え始めた館へと歩みを速めた。

FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2829:ノエミ・ファレール:女性:16歳:異界職】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です
今回も、大変大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。
さて、今回のお話いかがでしたでしょうか?

案内をメインにおいたので戦闘描写が少なくなってしまいましたが、お気に召しましたら幸いです。
案内していただいた少年も好きな本を読めたり、美味しいものを食べられて満足しましたが、無用な争いに巻き込んだことは反省しているようです。

楽しんでいただけましたら幸いです。
またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。