<クリスマス・聖なる夜の物語2005>
例えばこんな聖誕祭
はらはらと振る雪を見つめ、コールは1つの本を広げる。
「今日はいい日だよ〜。確か、クリスマスって言ったと思うけど」
広めの窓枠に腰掛けて、膝の上に付いた肘で頬杖を突いているアクラは、首をそらせると窓から外を見上げる。
「ほうら、“開く”気がするね」
コールはアクラが見つめる窓へと近づくと、同じように空を見上げる。
「この世界だけじゃない人達に会えたりするって事かな?」
「そうだね」
「もし会えたら、物語に参加してくれるかな?」
「ボクがちょっと手を貸してあげるよ」
自分の手の内を殆ど明かすことのないアクラは、ふふっとコールに向けて笑う。
「だからコールはOPを書けばいい。その後はボクに任せて、ね?」
スノーラント。その意味は、雪の舞姫。
白い肌、白い髪、白い瞳。
その口から吐く息は吹雪となり、その舞は雪を躍らせる。
少女の姿の雪の精霊達は、まれに人の前に姿を現す。
『遊ぼう』
残酷なほど純粋な心を持って――――
【真冬のクリスマスローズ】
今年もまたクリスマスが近づいてきた。
この辺境の小さな村も薄く白い雪に包まれ、その中で村の小さな家々を飾っている色とりどりの飾りがその色を引き立たせていた。
クリスマス・イブには村中の皆が集まって、大きなパーティを開きながら新年が明けるのを待つ。
「ちょっとオーマさん! そう言った飾りつけは自分のところだけにしてくださいよ!!」
街の中央にある大きなもみの木のクリスマスツリーに、子供達とともにアニキ型のクッキーマンやら、何やらを意気揚々と飾り付けしているのは、村の孤児院園長のオーマ・シュヴァルツだ。外見も若気の至りかタトゥやらピアスやらでヤクザのようなのだが、身に着けているものはフリフリエプロンというギャップが何とも言えない。
「あらあら〜食べ応えがありそうですね〜」
巨大ツリーに飾られた兄貴型クッキーマンを見て、のんびりと頬に手を当ててそう呟いたのは、村で小さな雑貨屋を営んでいる鷲見条・都由。
「都由さん……」
オーマを止めようと必死の村人から切ない視線を送られ、都由は何かあったかしら? と首を傾げると、村人はがくっとうな垂れた。
「ほぅ…他っておけば、よくやったな」
ざっざっとブーツが雪を踏む音がして、その場に居た村人が歓喜に満ちた声で「村長!」と呼びかける。
軽く煙草をふかしながら巨大ツリーを見上げたキング=オセロットは、ふーっとゆっくり長く紫煙を吐くと、流石にクッキーで出来たアニキをダメにす事は躊躇われたが、明らかにオーマの趣味であろうと思われる別の人形がボスっと雪に落ちる。
「あ? 危ないだろう! オセロット!!」
一瞬何が起きたのかと固まったオーマだったが、オセロットの手あたりから小さな煙が立ち上がり、ふっとオセロットは満足そうに笑っている。
「今の内に普通の装飾に変えるといい」
打ち落とされたアニキ像に、おうん泣きしているオーマを背後に、村人達は意気揚々と巨大ツリーの飾り付けを例年のものへと変えていく。
「サクリファイスそこ歪んでいる」
飾り付けの設計図を手に、アレスディア・ヴォルフリートが巨大ツリーに引っ掛けるリースの指示を出す。
脚立に乗って上を見ながらサクリファイスは細かくリースの角度を変えて、
「こ…こうか?」
と、いかがなものかと振り返る。
根や幹がしっかりとしたもみの木ではあるのだが、片方に重しがかかると木自体が歪んでしまうため、360度バランスよく飾りつけを行っていく。これは来年もまた綺麗なもみの木を残すために決めた事だった。
夕方から始めるパーティの準備で、村人達はこの広場の雪をかき、料理を並べるための机とテントを用意していく。
各々が作業を行い、後は各家庭で用意したパーティ用の料理を並べるだけだ。
準備を済ませた村人達は夕方またこの広場に、と声を掛け合って各々の家へ戻っていく。
オーマもオセロットに見張られていてはまたあの独特の装飾をする事もできず、子供達を連れて孤児院へと帰っていく。
「終りそうか?」
オセロットは振り返り、巨大ツリーの装飾を行っているアレスディアとサクリファイスに向けて声をかける。
「夕方には」
「あぁ、大丈夫だ」
手を振る二人に頷いてオセロットは「任せた」と、村長宅へと戻った。
「あら、いけない〜」
注文された店の商品の配達の途中、ついツリーで足を止めてしまった都由も、はたっと自分の使命を思い出すやたったとその場を駆けていった。
夕方皆この場所に集まれると信じて。
しかし、確かに雪が降る地域ではあれど、今年の広場での聖誕祭は行えないのかと誰もが思うほどに、夕方に向かうにつれてどんどんと雪の降る量は多くなっていき、各家庭では曇る窓を拭いて空を見上げる。
「雪が酷くなってきたな」
村人が去った巨大ツリーの広場で、最後まで装飾を施していたサクリファイスは、リースに積もる雪の量を見つめ、軽く払いながら空を見上げる。
「後これ1つで終わりだ。がんばろう」
そういって脚立の上のサクリファイスに、アレスディアはキラキラとした糸で作られた飾りの端を手渡す。
「では、私は完成した事をオセロットに伝えてくる」
アレスディアはツリーを見上げ、最後の飾りまで煩く言う事も無いだろうと、飾りを入れていた箱を手に雪を避けながら村長宅へと歩いていった。
サクリファイスは受け取った飾りを手を伸ばして、ツリーの寂しい部分の枝に引っ掛ける。
しかし、なぜかパチンっと弾かれて飾りが枝に引っかからない。それどころか、引っ掛けようと思っていた枝が凍っている。
『ねぇねぇ、遊ぼう?』
村の最終イベントとして行われるために、頂上に星の着いていないツリーの上に腰掛けて、足をぶらぶらとさせた白い少女が自分を見下ろしていた。
☆
雪の量が多すぎて、空まで見上げる事が出来なかったが、酷い北風にパキパキとなる窓がその酷さを物語る。
「少々長居してしまいましたね〜」
届け物を配達した家でお茶を頂いて、ちょっとしたおしゃべりのつもりが、気が付けば外は雪まみれ。
雪が止むまで、と言ってくれたのだが、何時雪が止むかも分からないし、それに自分の店での聖誕祭の準備もそこそこにしか終っていない。
店の鍵は閉めてきたものの、もし何時お客が来るともしれないのだ。それなのに本当に長居してしまったなぁと、あまり申し訳なさそうには感じないような口調で思いながら、都由は雪の中を歩く。
(あら〜?)
顔に当たる雪を腕で避けながら、都由は広場からその向こうにある自分の店へと向かう。
その途中、
「サクリファイスさ〜ん?」
ツリーの最後の飾りつけを行っているらしいサクリファイスが、顔を上げたまま動きを止めている姿を見つける。
「あ、都由か…」
サクリファイスは、名前を呼ばれてやっと我を取り戻したように、表情を和らげて振り返る。
『遊ぼう!』
雪の中であるのに、高い少女の声が都由の耳に届く。
額を手で作った扇で覆いながら、声の主を探してみれば、ツリーの上に座っていた少女がふわりと浮かび上がり、サクリファイスと都由の丁度真ん中辺りに降り立つ。
「あら〜?」
その瞬間、今まで大量に降っていた雪が嘘のように降り止んでいく。
「遊んで欲しいんだそうだ」
「もしかして〜」
脚立の上のサクリファイスと、少女と真正面から退治する形で立っていた都由が同時に声を発する。
「スノーラントさんですか〜?」
ニコニコと微笑んで「素敵なお客様ですね〜」と呟いている都由とは裏腹に、サクリファイスは単純にそうなのか、と言った認識である。
『遊んでくれないの?』
ふと首をかしげて問いかけるスノーラントに、都由は心底嬉しそうにぱんっと手を叩くと、
「クリスマスの幸運ですかねぇ〜」
と、呟いている。
伝説としてこの季節にまれに人の前に姿を現すと言われているスノーラントだが、生まれてから死ぬまでに本物に出会える確立はきわめて低い。
触った人を凍らせると言われているスノーラントではあったが、見た目が可愛らしい少女である事、雪を降らせる白い精霊であるために、都由に怖いと言う思いはなかった。
おもてなしは何にしましょうか〜。などと呑気に考えている。
「スノーラントさんは、お菓子好きですか〜?」
スノーラントは都由の言葉に一瞬きょとんと瞳を瞬かせると、コクンと頷く。
それを見た都由は、嬉しそうに自分の店へとかけて行った。
『お姉ちゃんは遊んでくれる?』
簡単に対応してしまったサクリファイスだが、スノーラントの事をまったく知らないというわけではない。
だが、サクリファイスが答えるよりも早く、雪のやんだ広場に人が集まり始め、スノーラントの興味はサクリファイス一人から、村の人々皆へと移って行った。
☆
村長宅の入り口前で外套に付いた雪を払い落とし、アレスディアは巨大ツリーの装飾が終わった事を伝えるために中へと入る。
「ご苦労だったな」
出迎えたオセロットはアレスディアに温かいコーヒーをもてなし、暖炉の前へと導いていく。
「しかし、夕方までに雪は止むだろうか」
一晩中吹き続けそうなくらいに強力な吹雪。
アレスディア自身もここで長居をするわけにはいかないのだが、つい暖炉とコーヒーの温かさに話が弾む。
オセロットの家の奥からは、クリスマス用の料理の匂いがアレスディアの元まで届き、軽く鼻腔をくすぐる。
もしかしたら飾りの角度にこだわって、この雪の中まだ巨大ツリーにいるかもしれないな、とふっと微笑を漏らす。
「水筒に、コーヒーを頂いても構わないか?」
そして、そんなサクリファイスにコーヒーを届けてあげようと、オセロットに問いかける。
オセロットはすぐさま了承し、何時もよりも熱めに作ったコーヒーを少々大きめの水筒に入れて持ってきた。
流石に多いコーヒーの量に首を傾げれば、
「私も行こう」
と、外套を手にして微笑んだ。
雪の中、水筒が覚めないように外套の内側で支えながら、アレスディアとオセロットは広場の巨大ツリーを目指す。
村の中で遭難など洒落にならないが、村長宅から広場へと続く大通りへ出たとき、雪は徐々に止んでいった。
「おや」
村中で祝うこの聖誕祭を行うために、天が味方したかのように晴れ渡っていく空。
あまりにあっけなく雪が晴れたことに一瞬足を止めるが、天気も女心と同じ気まぐれなものなのだし、晴れた事を単純に喜ぼうと、二人は広場の巨大ツリーに向けて足を進める。
途中、雪が止んだ事に恐る恐る空を見上げるために家から顔を出す村人や、外套を羽織って外に出始めた村人に出会う。
『人がいっぱい!』
誰の声だ?
二人は顔を見合わせ、軽く駆け足に広場へと向かうと、白い少女――スノーラントが、その場で嬉しそうに舞っていた。
☆
子供達に風邪を引かせるわけには行かないため、吹雪の中孤児院から出る事を禁じて、オーマはただ雪が止むのを待つ。
聖誕祭の時間まで刻一刻と進む時計を見ながら、今年はあのツリーの上に星を置くイベントが出来ないかもしれないと漠然と考える。
「よーし。料理増やすかぁ」
孤児院の運営はどちらかと言えば苦しいものだが、オーマのこの言葉に子供達は歓声を上げた。
後一味つければ完成と言うところで、子供達の一人が台所へと駆け込んでくる。
「雪、止んだよ! 雪」
「お? 本当か!?」
雪が止めば聖誕祭を行う事が出来る。これで子供達の楽しみを一つ奪わなくてもすむと、オーマは内心かなりほっとして、鍋の火を消すと、
「オセロ……村長の所に、聖誕祭をやるか聞いてくるからな。また雪が降り出してくるといけねぇから、お前達は待ってろよ」
雨でも雪でも一度止んだと思っても、ふとした拍子で振り出すことは良くあることだ。
孤児院は村から少しだけ離れているため、子供達が村へ向かう途中で迷子になってもいけないと、オーマはそう言い聞かせると、外套を羽織って外へと出た。
さくさくと積もりかけた雪を踏みしめ、道の途中にある巨大ツリーの広場へと通りかかる。
『遊ぼうよ!』
聞いた事の無い少女の声に、オーマは軽く首をかしげ、歩く早さを少しだけ強める。
「あ…あぁ」
目に入ったのは、村人の女性の前で無邪気に笑って手を差し出しているスノーラント。
スノーラントが触れた村人の女性は瞬く間に凍りつき、笑っていたスノーラントも眉根を寄せて少しだけ口を尖らせると、すぐさま興味を無くしたように飛び去る。
「ありゃぁ、スノーラントか」
触れられれば凍ると伝承で歌っていれば、例えソレが精霊であろうとも無意識に恐れてしまうのは仕方が無い事なのかもしれない。
オーマが立つ広場の大通りの反対方向から走る、二つの影が見える。
オセロットとアレスディアだ。
『ねぇ、誰か遊んでよ!』
きっと雪が止んだ事で、いち早く広場に駆けつけた何人かはもう凍ってしまったのだろう。
その後、この場に訪れた人々はソレを見て、しり込みする者、怯える者、逃げる者に分かれていった。
オセロットは広場の周りで幾つか凍りついている村人に瞳を伏せ、一度ゆっくりと息を吐き出す。
「……善意、純粋、無邪気、か」
スノーラントの伝承の中で伝わるその性質。
正直オセロットにはこの辺りのものが一番扱い難く、まったくもって厄介だと思った。しかし、現に村人達の幾人かが凍りつき、伝承が目の前で繰り広げられている事実を受け入れざるを得ない状況ではあった。
「……遊びたい、だけか?」
スノーラントの叫びに、アレスディアがボソリと呟く。
『遊んで、くれるの?』
誰も何も言ってくれない事に泣きそうになっているスノーラントを見て、誰かを凍らせている事に気が付いていないのかもしれないと考える。
「おうとも!」
「「オーマ!?」」
ずかずかと雪を踏みしめ、自分を指差して、にっと笑ったオーマに、アレスディアとオセロット、果はスノーラントまでが驚きに動きを止める。
「孤児院を空けて来てもいいのか?」
巨大ツリーの影で隠れていたサクリファイスが、オーマに軽く問いかける。
「俺んところの子供達は大丈夫だ」
またもにっと笑ってそう答え、サクリファイスがくすっと笑いを漏らす。
「あら〜? 皆さんお揃いでどうしたんですか〜?」
一人かなり大きなバスケットに冷たくても美味しいチョコレートやクッキーを入れて広場に現れた都由は、村人がその場で動きを止めている事に首を傾げる。
「都由こそ、そのお菓子はどうするんだ」
オセロットは逆に不自然な登場をした都由に問いかけると、
「スノーラントさんと食べようと思いまして〜」
ほら、こんな奇跡はこの先、生きていもきっと出会うことは無い事だから、おもてなししてあげようかと思いまして。と、のんびりと告げた都由に、オセロットは思わず苦笑した。
「そうだな、確かに都由の言うとおりだ」
遊んでやるくらい、安いものだろう。
しかし、凍った村人を元に戻す方法は知りたいが。
「オセロット?」
突然のオセロットの変貌に、アレスディアもサクリファイスも首を傾げる。
「寒くないのかしら〜?」
都由はスノーラントが触れることで凍ってしまった村人の氷像をコツンと叩き、きょとんと瞳を瞬かせ軽く首を傾げる。
「遊んでやろう」
軽く微笑んでそう言ったオセロットに、その場に居た村人の誰もが瞳を丸くする。
「そうだな、私が最初に声をかけられたのだし、遊んであげようか」
サクリファイスはスノーラントを視界に入れにっこりと微笑むと、その言葉にスノーラントは顔を輝かせた。
「だが、その前に少し、私とお話をしてくれないかな?」
顔を輝かせたスノーラントを止めるように、オセロットは言葉を紡ぐ。
「村人を氷から開放してやって欲しいんだ」
スノーラントの要求ばかりを呑んで、このまま村人が元に戻らないでは何ともやるせない。
「そうだぞ、スノーラント」
流石にコレにはオーマも気に掛かっていたのだろう、
「凍らせちまったら、遊べないだろう?」
と、口を挟む。
『凍らせるって?』
何を言われているのか分からない。と言った口ぶりでスノーラントは首を傾げる。
「あぁ……」
皆がスノーラントに話しかける様を見て、サクリファイスは小さく頷く。
スノーラントは自分が凍らせているとは思っていない。気が付けば凍りつき動かなくなり、誰も遊んでくれない。
アレスディアも最初のスノーラントの表情を見たときに、サクリファイスと同じ事を考えていた。
遊んでも遊んでも、気が付けばいつも独りとなってしまう寂しさ。それを紛らわせるためにまた遊び相手を探し、そして繰り返し―――
「お話長くなりそうかしら〜」
場の雰囲気を壊す都由の声が響き、
「どうせですから〜、お菓子でも食べながらお話しませんか〜?」
ちょっとシュールな気持ちに陥っていたアレスディアは、都由の何気ない言葉に多少気持ちを盛り返し、当のスノーラントはお菓子に瞳を輝かせた。
☆
結果、この場に残った人間はオセロットをはじめ、アレスディアやサクリファイス、オーマや都由と言った人達だけだった。
オセロットが辺りをそっと目配せすれば、辺りの家からこちらを伺っている気配がするが、凍り付いてしまうかもしれないリスクをこれ以上村人に負ってくれとは流石に言えないため、それもまた仕方が無いと思った。
「さて、何して遊ぼうか?」
遊んであげたいと思っていても、凍ってしまっては遊んであげる事が出来ない。ならば触れる事無く遊べる方法を模索するのもまた手だろうと、サクリファイスは考えながら口を開く。
『何でもいいよ! 遊んでくれるなら、何でも!』
都由から貰ったスティックキャンディーをほお張りながら、遊んでもらえる事が嬉しくてたまらないと言った感じの口調でスノーラントは答える。
「遊びなら、何でも好きなのかな?」
オセロットの問いかけに、スノーラントは大きく頷く。
「スノーラントが今までで一番楽しかった遊びとか、教えてくれないかな?」
その遊びで皆で遊ぼう。と、オセロットが言葉を続けると、急にスノーラントの顔がかげっていく。
『遊んだ事無いよ。だから、遊びたいの』
スノーラントの望みは唯一つ。精一杯遊びたいだけ。
『皆、遊んでほしいのに、動かなくなって、遊んでくれないの』
凍らせている事に自覚がないのだから、何時も独り取り残されたと感じている心。
「なぜ動かなくなるか、理由を考えた事はある?」
凍りつく事を教えることが、良い事なのかどうかサクリファイスには分からない。
分からない…けれど、それはとても酷な事かもしれないけど、何も知らないよりは前に進めるんじゃないかと思ったから。
『あたしと遊びたくないんでしょう?』
だから、意地悪して皆動かなくなっちゃうんだ。と、スノーラントは瞳を伏せる。
「よく、見てごらん」
凍りついたまま微動だにしない村人達。
それはただ、動かなくなったと言うよりは、動けなくなったと言う方が正しくて。
『動かなくなったのは、あたしのせい?』
触れることで人を凍らせる力を持ったスノーラント。
「スノーラントは、寂しかったんだろう?」
ずっと、人の手のぬくもりを知らないまま過ごす事は、どれだけ寒いのだろうか。
自分が昔誰かに与えられたように、スノーラントにもこのぬくもりを与えられるなら、例え凍り付いてしまったとしても構わないかもしれない…と、サクリファイスはスノーラントの身長に合わせる様に腰を屈める。
今までずっと独りだったのだろうスノーラントを抱きしめてあげたくて、サクリファイスは思わずそっとスノーラントに手を伸ばす。
『…ダメ!』
しかし、スノーラントはサクリファイスの手が触れるその瞬間、舞い上がり少しは慣れた場所に着地する。
「大丈夫だ。俺達は凍らねぇよ」
本当はそんな事分からないのだけれど、オーマの言葉にスノーラントはそれでもダメと首をふる。
「スノーラントは俺と遊んでくれねぇのか…」
オーマはこれ見よがしにわざとらしくしょぼんと肩を落として、雪にのの字を書き始めた。
「そうだな、スノーラントが私達と…じゃなくて、私達がスノーラントに遊んで欲しい、かな?」
のの字を書くオーマを苦笑して眺めながら、アレスディアはスノーラントに問いかける。
『じゃぁ、触らない遊びなら、お姉ちゃん達も凍らないよね?』
スノーラント自身もこの展開を予想していなかったのか、どこか必死の言葉に、二人は顔を見合わせる。
本当はその手に触れて、抱きしめてあげたいけれど、今のスノーラントではそれを許さないだろう。
「とりあえずスタンダードに雪合戦だな」
ばっと立ち上がり復活したオーマが、雪がある。雪の村とくれば、コレをやらずしてどうする! と大仰に唱え、ざっと一同の視線を集める。
「よし、じゃぁオーマが鬼だな」
「は? 鬼?」
「雪球を投げるから、避けるんだ」
それ雪合戦じゃありませんが、お嬢さん。と、突っ込みたい気持ちを抑えて、オーマはしばし立ち尽くす。が、しかし
『あたしがんばる!』
せっせともう準備を始めるスノーラント。
「ま、待て。スノーラント、それは雪球じゃなくて――」
氷球ぁ!! と、叫びながらオーマは巨体でありながらも、まるで軟体動物のように氷球を避けていく。
「さすがオーマ器用だな!」
あはは、とその避ける様を見て笑いながら、アレスディアも雪球を投げる。
「よーし…俺の反撃だぁ」
両手をグルグル回しながら、片手の流れ作業で雪を握り、雪球にし、投げるオーマ。
もしかしてこれなら1:3に決めた事はあながち間違いでは無いかもしれない。
「スープでも、持ってきますね〜」
ここから一番近い場所に家がある都由は、雪まみれになっているオーマやアレスディア、サクリファイスを見て都由はスノーラントだけでなく、一緒に楽しむ人のために料理を用意しようと踵を返す。
「そうだな、私も手伝おう」
どういった方法でスープを持ってくるかは分からないが、鍋で運ぶにしろ、人数分をカップで持ってくるにしろ、人手はあった方がいいだろうと、オセロットも都由の後に続いてその場を離れた。
はぁはぁと肩で息をして、何時の間にやら真剣勝負になっていた事に気がつき、誰とも無くぷっと吹き出す。
「流石に、疲れたかな」
幼い頃、時が過ぎるのを忘れるほどに遊んだ記憶が、アレスディアの中で蘇る。
あの頃は明日になればまた共に楽しい時間を過ごせると信じていたから、ふと感じる寂しさも耐えられた。
でも、スノーラントは? と、考えたところで、都由の声が響く。
「皆さ〜ん。スープですよ〜」
雪合戦によってどこか身体の中は温かかったが、雪に触れた指先や足先はかなり冷たくなっている。
雪の属性であるスノーラントは流石にスープを飲むことは出来ないが、代わりにまだ残っているお菓子を食べて、一時休戦となった。
本当は聖誕祭用に用意されていた椅子を勝手に持ち出して座り込み、温かいスープを頬張る。
「雪の舞姫さんですから〜、踊り上手なんでしょうね〜」
簡単な舞でも〜教えていただけたらいいですね〜。と、都由は微笑み、そう言えばそんな意味だったなと今更ながら思い出す。
「まさか、歌うときまでその口調という事はあるまい?」
都由のスローテンポな喋り方を見て、そう言えば歌っている姿を見た事がないオセロットはつい突っ込む。
「あら〜。歌は普通に歌いますよ〜」
ただ、スローテンポのものを好むだけで。
『うん、いいよ!』
どんな歌がいいかしら?と、都由ははてっと考え込み、記憶の隅で覚えていた、ゆったりとした歌を歌い始める。
人とは違う生き物であるせいか、スノーラントには疲れというものが存在しないらしく、都由の歌にあわせてクルクルと踊る。
それと同時に小雪が降り始め、舞と同時に雪も踊る伝承は、本当なのだと思った。
まるで撫でるような雪が降る中で、スノーラントの舞につられるように都由ものんびりと踊りだす。
「明日は筋肉痛になりそうだわ〜」
と、困ったわ〜と良いながらも、どこか楽しそうに口にする都由に、思わず笑いがこみ上げた。
しかしこの楽しさの中にあっても、笑っているのにただ独りぽつんとその場に取り残されているように見えて、アレスディアはスノーラントに近づき、そっと言葉をかける。
「手を握ってもいいかな?」
『ダメだよ! 凍っちゃうよ!!』
やはりスノーラントは逃げの体制で、ゆっくりと少しずつ後ずさる。
「私が触りたいから、触るんだ。気にするな」
そっとその頭を撫でて、アレスディアはその手に触れる。
「スノーラントの手は、とても冷たいな」
触れても凍りつかなかった事に一瞬驚きに瞳を瞬かせ、スノーラントはアレスディアを見上げた。
「こんなに冷たくなってしまうほどに、独りぼっちだったのかな?」
その身体が雪と氷の属性で出来ているから、体温など本当は無いのだけれど、アレスディアはスノーラントの小さな手をそっと包み込む。
『どうして…?』
「どうしてだろうな? でも、そういえばオーマが言っていたな」
凍らない。と―――
だがその言葉にスノーラントは、そっと顔を伏せる。
「もう、逃げないな?」
最初避けられた事に少し手を伸ばすのを躊躇いつつも、サクリファイスは悪戯っぽく微笑んで、そっとその頭を撫でる。
『温かい。うん、温かい』
スノーラントは泣きそうに微笑んで、ぎゅっと手を握り返す。
『こんなに温かいと、あたし―――』
「スノーラント?」
握り締めた手が空を切る。
名前を呼んでも、ただスノーラントは微笑むのみ。
だけれど、その口がこう動いた気がした。
ありがとう―――――……
☆
バシュっと雪に何かが落ちる音がして、一同はその方向へと顔を向ける。
「あ…あら?」
スノーラントに触れられ凍らされた村人達が元に戻り、バランスを崩して雪の中へと倒れていた。
「元に、戻った…」
ただ自分達はスノーラントと沢山遊んだだけ。
その後スノーラントは消えてしまったけれど、その微笑がとても穏やかだった事だけは本当で。
「良かったわね〜」
何のきっかけで元に戻れたかなんて事は小さなこと。元に戻れたこの事実だけで、その原因と結果は詮無き事なのだ。
「スノーラントは、ぬくもりを知れたのかな」
サクリファイスは最後にその髪に触れた手を見つめ、ゆっくりと一度瞬きすると、そう空に問いかける。
「護れたと思う。独りぼっちから」
あの笑顔を見れただけで、それだけでアレスディアは心が仄かに温かくなった。
「先生〜!!」
「お、おう?」
背後から大量の子供達のタックルにオーマはバランスを崩し、顔面から雪の中へとダイブする。
「お前達、待ってろって言っただろ」
「だって、中々帰ってこないんだもん、心配になっちゃうよー」
ねー。と、頷き合う子供達に流石のオーマもやれやれと肩から息を抜く。
「そいやぁ」
そして、雪の中に埋もれたまま、子供の一人の頭を撫でて、巨大ツリーを見上げる。
「スノーラントにやってもらいたかったなぁ」
年が開けるその瞬間に、巨大ツリーの頂上に灯す星の灯り。
村の一員になった証として、村一番の名誉であるあの星を、灯さしてやりたかった。
少し時間がずれてしまったけれど、今年も村の聖誕祭は変わらず始まる。
村人が持ち寄った料理が並び、人々が音楽を奏でる。
オーマがレインボー打ち上げ花火を盛大に打ち上げ、暗いはずの夜が明るく装飾された。
「あれ? 誰が星を?」
村人の一人が巨大ツリーの頂上を指差す。
「誰でもいい。あの星をつけるのはこの村の仲間だけ」
そうだろう? と笑いかけ、オセロットが星に気が付いた村人の肩にぽんっと手を置いて巨大ツリーを見上げる。
「さぁ、カウントダウンだ!」
その掛け声とともに、誰ともなく数字を数え始める。
………4、3、2、1
「Merry Christmas!!」
終わり。(※この話はフィクションです)
本をパタリと閉じて、アクラはそっとコールを見る。
「幸せになれたかな?」
「きっとなれたよ」
独りじゃない事を知ったスノーラントは、きっとこの先もぬくもりを抱いて生きていける。
クリスマスに起きた奇跡は、コールとアクラだけが知る本棚にそっと、しまい込まれた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
☆―★聖獣界ソーン★―☆
【1953】
オーマ・シュヴァルツ(39歳・男性)
医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
☆―★東京怪談★―☆
【3107】
鷲見条・都由<すみじょう・つゆ>(32歳・女性)
購買のおばちゃん
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
聖なる夜の物語2005例えばこんな聖誕祭にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。スノーラントへの温かい対応ありがとうございました。幻想世界のお話といつもと違う世界はいかがだったでしょうか?これが小さなクリスマスの奇跡になればと思います。
今回は少々攻略度が高めで集合型であった事もあり、オーマ様のプレイングをあまり反映させる事ができませんでした。すいません。
それではまた、オーマ様に出会える事を祈って……
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