<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


〜クリスマスイブ・聖なる夜の物語〜

●Op〜日常〜
 飼い葉桶で赤子が眠っていたとされる、アジアの西の果てで起きた奇跡の生誕を祝福する日。
 でも、実際にその奇跡を見た者は既に無く。
 伝説上の、おとぎ話のような逸話を、現在も信じて聖なる日として生活している国、日本。
 もっとも、それは国民の中でも正式に知る者も少なく、一般的に言ってこの日はありとあらゆる意味で戦場である。
 そんな戦場の中で……

●遅めの朝に〜鏡月〜
「……ん? あー」
 自分でも、間の抜けた声だと判るため息で、和紗鏡月は携帯電話のバッテリー残量を睨んでいた。
「携帯、持っていないかしら?」
 電車から降り、珍しく一緒に家を出ていた家族に頼み込んで、ようやく目的地に向けて歩き出す頃には、携帯電話が電波受信範囲内で最後の『着暦あり』の情報を見せて、電源が切れた。
「何か急用があったのかしら?」
 雑踏の中から少し離れて、指が覚えている携帯電話の番号を打ち込んで通話ボタンを押し込むと、ディスプレイに『0』から順番に相手先の番号が表示されていく。
 その数字の少し上には『クソ親父』の4文字が。
「もう……」
 物心付いてからと言うもの、父親との確執の強くなる一方の我が子の一片を見た気がした。
 眉を寄せるのには『また』という想いが強いのだが、同時に嫌ってはいても登録だけはしているのだと思うと、何故か微笑ましく思えるのだ。
 実際には、父親から架かって来た時に迷わずに電話を切る為に登録しているだけなのだが……知らぬが仏とは、上手い事を昔の人は言ったものである。
「……あ(出てくれたわ)」
 番号の表示が電話中の『明滅』から会話中の『点灯』に変わったのを見て相手に繋がったのを確認した鏡月が携帯電話を耳に当てる。
『! っつ』
「もしもし……え?」
 唐突に、繋がったばかりの携帯電話が先方から切られた。
 何か、焦った声の色を聞いたとしか形容し難い声。
 ただ、それだけが鏡月の耳に残っていた。
「……どうしたのかしら。あの司さんが驚くなんて……」
 冷静に考えてみても携帯電話に電話が掛かった位で慌てる様な場面が思い浮かばない。
 常に冷静沈着、例え心では様々な渦を抱えていても、言葉にして出すはずのない人物が焦りの声を上げる事態……。
「何かの、事件に巻き込まれているのかしら……」
 自分が取り返しの付かない連絡を付けてしまったかも知れない。
 だが、司ならそれを乗り切るだけの実力を持っている筈だ。
 そして……
「私にも、何か手伝える筈……」
 発信履歴を呼び出して、リダイヤルすることももどかしく鏡月は司の携帯の番号を打ち込んで送信した。
 万が一、何事かに巻き込まれているのなら、彼が出られないことも考えられる。
 その時には最後の通信から彼の現在地を想定して移動しなければならない。
 しかし、彼が無事でいて手が要るのならば今からでも駆け付けることが出来る筈だと、決意を胸に相手の着信を待つ鏡月。
『……もしもし?』
 番号が全てディスプレイに並ぶや否や。
 電話のノイズ交じりの向こうから司の声がする。
「もしもし。あなた?」
 戸外で携帯電話で話すことに慣れていない鏡月には、周囲の視線が自分の会話に集中しているような気がして、慌てて呼びなおす。
「……司さん?」
『……』
 遠い音がくぐもった音を伝えてくる。
 まるで何かに携帯電話が押さえつけられて、音が消えたような……。
「大丈夫? 何が悪いの?」
 抑えるように、尋ねるのだがどうしても口調は早口になる。
『鏡月……来るな……潜入………』
 途切れ途切れに入る、短くてまるで叫んでいる声が遠くからする様に聞こえる相手の声。
 前後して、何かが擦れ合う様な嫌な音がしている。
「もしもし、どうしたの?」
 人目を気にして、本通りから横に一本入った支道に入ると、同時に携帯電話に当てていない左の耳に飛び込む雑音も格段に減少した。
 だが、聞き逃すまいと耳を澄ませる鏡月に届くのは静かな雑音だけだった。
「まさか、お仕事で? もしもし、もしもし!」
 雑音だけと言っても、まだ電話の回線は繋がれたままという事を頼りに、鏡月が声を上げる。
 夫の仕事は承知している。
 命のやり取りをする事もままあって、それでも家族の事を守ると誓った時の、彼の言葉を鏡月は忘れていない。
『中華街……潜り込むに……目立つと拙い』
「中華街の……ええ」
 言葉を続けようとして、止める鏡月。
 状況から判断すれば、危険な場所に踏み込んだ夫が必要以上に音を立てる事は、彼の命を脅かす事になる。
 聞き返す事は止め、電話口に当てた耳に神経を集中させて一言一句聞き漏らすまいと誓う鏡月。
『……『綾』か『Centry』に……潜入に良いドレス……済まん……』
「……」
 続く言葉を待っても、電話からは何の音も聞こえてこない。
 電話を側に置いておけば、聞こえてくるやも知れない呼気さえも、完全に消えて……。
「『綾』? 『Centry』って……」
 頬に手を当て、考え込む鏡月。
「駅前のお店ね。判ったわ、待っていてね!」
 相手に聞こえていなくても良い。
 自分の意志を口に出し、鏡月は走り出した。
『……』
 携帯電話の向こうで、ほんの僅かに音があった事を、鏡月は知らない。

●数時間、後
 マリンブルーの美麗なチャイナドレスとハイヒール、ショールの上からコートを羽織った姿で鏡月が店内に入った時。
 夫が無事に、しかも街角のテラスで待ち合わせているような気軽さで片手を上げたのを見て、鏡月に満ち満ちた緊張が一瞬で瓦解した。
「信じられない。今日って言う日に、こんな……」
 まだ怒っているのよと、口調だけは決して引かない事を示す鏡月に、司は。
「済まないな」
「え? ……う、うん」
 速攻で素直に返されてしまう。
 それは今までにあり得なかった……希有な出来事だ。
「だが、満更でもなさそうだが?」
 しかし、そんな非日常な夫の言葉にあっけにとられた鏡月を片手の指で弄ぶように紡がれる司の言葉。
 低く響く夫の声が、耳元に当たる熱い吐息と共に、鏡月の首筋から肩をなで上げ、一瞬後には鏡月の耳朶が真っ赤に染まる。
「すごく、かわいいぞ。今日の俺は、歯止めが利かないからな? 悪いが」
 最後に、断ることを禁じる様に断りを入れられてしまう。
 耳元から顔を話す時に、最も熱く、そして強い息を当てるようにして。
「……っ〜〜〜」
 只、それだけなのに。
 値踏みするように自分を見上げてくる司の瞳から逃げたくても逃げられずに、同時に体の芯が熱くなってくるのが分かる。
 流されちゃいけない。
 今日はきっと、怒るのだからと……怒れるのかしらと……。
 己を叱咤して、そして流されて。
 結局、きっと負けてしまうのだろう。
 目の前の、たった一人の、一人しかいない男に。
 聖夜の夜。
 一年に一度の、特別な日。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1489 / 和紗・司 / 男 / 36歳 / アトランティス帰り(オーラ使い)】
【1498 / 和紗・鏡月 / 女 / 24歳 / 主婦 時々 剣士】