<クリスマス・聖なる夜の物語2005>
〜クリスマスイブ・聖なる夜の物語〜
●Op〜日常〜
飼い葉桶で赤子が眠っていたとされる、アジアの西の果てで起きた奇跡の生誕を祝福する日。
でも、実際にその奇跡を見た者は既に無く。
伝説上の、おとぎ話のような逸話を、現在も信じて聖なる日として生活している国、日本。
もっとも、それは国民の中でも正式に知る者も少なく、一般的に言ってこの日はありとあらゆる意味で戦場である。
そんな戦場の中で……
●食彩館で〜司〜
「……居ないのか?」
鏡月の携帯電話に連絡を入れてみても、
『お客様のお掛けになった携帯電話は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないために掛かりません』
という、定型の返事が返ってくるばかり。
待ち合わせに遅れそうでも、電源は入れているだろうと首を傾げていると、店から若い女性が出てきた。
「お客様?」
「済まない、連れに連絡を入れていたものでね」
席を待っていたので、自分の順番が来たのだと知れた。
連絡を取る為に出口付近にまで移動していたのを、わざわざ探しに来てくれたのだと解ってほんの僅かだが黙礼する。
「いえ。ちょうど今、席が空きましたから。奥の壁際なんですけど……」
飲食店では、壁際というものは今日の様な夜には余り相応しくないのだろう。
空いた場所が場所だけに、案内に来た店員も言い出してはみた物の、たちまち申し訳なさそうな表情になる。
「構わないよ。二人だが、占有してしまっていいのかな?」
かえってこちらが恐縮してしまいそうだなと、苦笑する。
「ええ。それじゃ案内……」
「済まない」
時期も時期だし、遅れた事への対応も上々。
普通に後に続こうとしたところで、店員が背を向けた時にポケットの携帯が低く唸った。
「いえいえ……」
背を向けて案内を始めてくれた店員から視線を外す。
「……俺だ」
『あ』
の、一文字のディスプレイを見て、一瞬で切りたくなった衝動を抑えたのは、自分で褒めて良いと思われた。
『あ』は『阿呆』の『あ』であり、『馬鹿』の『あ』であり、『息子』の『あ』であった。
誰に通じなくても、彼だけに判れば良かったので、何かの拍子に間違えて電話をかけないようにと、登録しておいたのだが……相手から掛けて来るような度胸があるとは思わなかったのだ。
「! っつ」
だが、その一瞬の迷いで周囲への注意を怠ったのだろう。店から走り出る男と肩が接触し、弾みで携帯のオフボタンを親指は押していた。
「? 大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫だから」
店員に心配されながら、丁度良かったと、内心安堵したのは抜群に言えない秘密だ。
勿論、自分から掛け直すという気は、更々ない。
「悪い!」
声に聞き覚えがあるなと、相手の顔を見れば本庁で合同捜査本部が置かれた時に一緒の班にもなった奴だった。
名前は確か……。
「同僚なんだ。どうやら、急ぐ仕事があったらしい」
店員に、簡単に説明して怒っていないこと、大丈夫だと言うことを示してみせる。
奴は本庁の機動捜査七課の天宮良。
本庁ではマスコミに露出している存在なのだがと、店員が時の有名人を知らなさげな事に内心で首を傾げてから、携帯に意識を戻す。
「お客さんがそう言われるのなら……」
ぶつかったことは忘れるという表情のウェイトレスに、少し安堵して鏡月に意識を戻……す前に、やはり携帯の表示に写る着信履歴の『あ』の一文字が腹の虫を刺激する。
「駅前の中華色彩『KAKU』……もしもし?」
『大丈夫? 何が悪いの?』
切羽詰まった様子の鏡月に、所々の会話しか相手に聞こえていないと言う事が理解出来て……。
同時に、なぜ自分の携帯電話を使っていないのか考えてみた。
幾通りか、鏡月らしい失敗が想像できるのだが、点数稼ぎに馬鹿が携帯を貸したのだけは容易に想像が付く。
同時に、冷たい怒りに似た苛立ちも、司の中に浮かび上がる。
突然ではあるが、古典的な表現を用いると、自分の脳内で豆電球が輝いたのはその時だった。
「あの、お席の方にどうぞ」
「ああ、ありがとう」
一拍を置いて、携帯電話を切る司。
あたかもそれは、相手の電話が切れて、と言う動きだったが。
実際には……。自らの手で、携帯電話を切っていた。
通話料は相手の馬鹿持ちだ。全く問題はない。
暫くして後。
「……もしもし」
『もしもし。あなた? ……司さん?』
一瞬、間があって呼び方を変えたところを考えると、周囲に人がいて、先の言葉を続ける事が恥ずかしくなったからだろう。
「鏡月……来るな……潜入………」
時々、指で会話孔を塞いで相手に届く単語を調節する。
「嗚呼、すまないね。連れが来る前に少し仕事の電話が入ってね。グラスを二つ、連れが来たら始めてくれて構わない。今日のお勧めは?」
『もしもし、どうしたの?』
「そうですね、こちらのコースになります」
『まさか、お仕事で? もしもし、もしもし!』
見せられたメニューを一通り見て、前菜からデザートまで選択すると、食前酒を最後に迷ってオーダーした司は再び会話孔の指をどける。
「中華街……潜り込むに……目立つと拙い」
頭の中で、適当に付近の地図を思い出してドレスを売っている場所を2軒ほど思い出す。
「……『綾』か『Centry』に……潜入に良いドレス……済まん……」
『『綾』?『Centry』って……駅前のお店ね。判ったわ、待っていてね!』
「……」
無言で携帯電話を切る。
次いで、先に告げた2軒に電話を掛け、妻のサイズとそれに似合う服があるかどうか、店を訪れた妻への指示を漏れなく告げると、作戦の成功を確信しながら美酒に酔うことにした。
●数時間、後
マリンブルーの美麗なチャイナドレスとハイヒール、ショールの上からコートを羽織った姿で鏡月きが店内に入って来た時。
彼女の緊張感に満ち満ちた表情が一瞬で緩んだのを見て、司は今日の勝利を自賛した。
「信じられない。今日って言う日に、こんな……」
まだ怒っている口調。
と、言うよりはそういう姿勢を見せておかないと、流され続けてしまいそうな敗北感を誤魔化すための虚勢に感じられる、拗ねた口ぶり。
「済まないな」
「え? ……う、うん」
一歩、譲歩して。
「だが、満更でもなさそうだが?」
耳元に口を寄せ、耳朶に息が掛かるように、続けて呟く。
「すごく、かわいいぞ。今日の俺は、歯止めが利かないからな? 悪いが」
最後に、断ることを禁じる様に断りを入れてしまう。
ただ、それだけなのに、目の前の白いうなじが朱に染め上がっていく。
それが、楽しい。
聖夜の夜。
一年に一度の、特別な日。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1489 / 和紗・司 / 男 / 36歳 / アトランティス帰り(オーラ使い)】
【1498 / 和紗・鏡月 / 女 / 24歳 / 主婦 時々 剣士】
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