<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


〜VS盗賊【風】〜


■空白の街
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 街があったと言われて居たけれど、枝と枝を合わせて十字に見せたものが何十と大地に突き刺さっているだけの、簡素な墓場だった。
 街であった痕跡など一つも探せない。家々の土台さえ。
 ここで最近まで人が暮らせていたのか?と疑問に感じてしまう程、荒涼とした大地が広がるばかりだ。
 人も、家も、全てを失い滅んだ街。それも、記憶にするには遠くない日に。
 【女】は一言も話さず黙々と、街の全てを空へと放った。家々の屋根が吹き飛ばされ、植物は大地から根こそがれ、人々は浮遊感も無いままに天空へと消えた。
 難を逃れた者はあっという間だったと、青白い顔で言った。何の行動も起こす間も無く。
 女の顔は深いフードに守られて見る事が叶わなかったけれど、風を生んだ手は躊躇いがなかった。まさに悪魔の所業。
 ユニコーン地方に甚大な被害を残し、強大な力を持って根こそぎ奪っていった。
 数多の人命と実りと、そしてかけがえのない歴史全て。
 人々はその者達の名を、そして言葉を憎悪と共にけして忘れない。

 生き延びた少数は言った。
 一人は炎を操り、街を一瞬で灰にしたと。
 一人は氷を操り、胸に凍る杭を穿ったと。
 一人は風を操り、家屋の屋根と共に全ては空に消えたと。
 一人は大地を操り、全ては大きく開いた亀裂に落ちていったと。
 それぞれが十人足らずの部下を引き連れ、そして全てが【リリス・フローカァ嬢誘拐事件】を語ったと。
 目的はどうやら報復と、囚われた部下の救出らしかった。



■荒れ野
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 空高くから注ぐ陽光が、ただただひたすらに広がる荒野を照らしていた。その雲と大地の境界線を背景に、人外の走力で駆ける影が七つ。乾いてひび割れた大地の上を滑るようなそれは、屈強な恐持てとフードでまろびやかな肢体を覆った女のものだった。
 その七つの人影の前で突如、真っ平らに広がっていた土くれが隆起した。
 急ブレーキをかけるように影が、突然現れた壁の前で一瞬止まった。
 それが例え一秒二秒でも、『彼ら』には十分であった。
 壁が崩れると同時に、人影の左右後の土が同様に隆起して、そこから現れたのは――褐色の肌を派手な装飾を施した衣装で覆った、金の目が印象的なストラウスは左。少年の様相ながら、深海を想わせる碧色に長き時を感じさせる風起が右。そして背後からは、ドラゴンのソニックに跨りランスを構えたセフィスの姿。
「行かせねぇ!」
 いずれも粉塵となって崩れ落ちる土壁を物ともせず、動きを阻んだ人影――盗賊へと、得意のスタイルで攻撃を仕掛ける。
 ……が。
 それすらが予想内とでも言うのだろうか。
 盗賊達の動きに一糸の迷いなく、彼らは動揺をすぐに消し去り狭い隙間を縫って『一瞬』でその場を離脱した。
 それはまさに疾風の如く。
 気が付いた時には、十分な距離をとられている。
「………」
 どちらもしばしの間、その距離を詰める事なく見つめ合った。
 先に流行した噂の中に、女以外の風使いが一緒だという話は無かったが、本来なら想定外であるその事実にも、三人は頓着しなかった。
 そんな事は百も承知である。
 情報屋のストラウスは元より、同じく風遣いである風起は鳥達に被害の状況を事前に聞いて知っている。己等の得た情報によりこの荒野で待ち伏せしたのも、土に潜り盗賊の訪れを待ったのも、盗賊の能力を軽視してはいないからだ。
 故『最初の一発』で決着をつけるつもりなど毛頭無い。
 盗賊の方も簡単に突破出来る相手では無いと知っているのだろう。逃げる、で無く戦って進む方向で態勢を整えている。
 フードを深く被った女を守るように前に二人、左右にそれぞれ二人ずつで陣形を立てる姿に、三人もまた頷き合った。



■知と理
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 『ソレ』が『弱点』であると気づいたのは三人の内の誰だったかは知れない。けれど三人が収集できた情報の中で、『弱点』と感じられたのは『ソレ』だけだった。
 『ソレ』は『弱点』であり『最強の武器』。絆という名前で呼ばれる。信頼とも呼ばれる。
 一人より二人、二人より三人。人数が多ければ多い程、有利であるとは戦闘時には一概に言えないものである。連携が悪ければむしろお互いが邪魔になる場合もある。
 けれどこの【風】と呼ばれる盗賊は、本来盗賊と呼ばれる荒くれ共とは明らかに異なった部分があった。
 それが、お互いを補う素晴らしい連携と陣形。これを切り崩すのは容易では無い。
 ただこの陣形には難点があって、一番の能力者と目される『女』を守る形で整っているのだ。
 つまりはその『女』が『弱点』になり得る。
 そこそこ戦闘に慣れた者であれば、それにはすぐ気づく。それでもエルザードに後一日と迫るこの距離まで突破されているのは、『弱点』をつく事すら難しいからで。
 数で劣るストラウス達が取る道には、それに勝る連携が必要だった。
 だからストラウスは、何時もは使わぬ土を操る能力を最初から惜しむ事無く使う事にしたのだ。
「では、ご健闘を」
 薄い唇を笑みの形で象って、ストラウスがまず、動いた。
 土を操るといってもこの荒れ野の土とは相性が悪く、時間をかけない限りは表面を操るのでやっとだ。
 目潰しの要領として使うとしても、風遣いの前では吹き飛ばされるであろう。
 腰に下げた名前の由来どうりに三日月の形をした双刀を両手に構え、ストラウスが真正面から一直線に駆け抜ける。
 その後を数十歩遅れて風起が続き、彼は低い位置を滑空している。
 セフィスの姿は左を迂回するように。
「その慈悲無き所業、ぜひとも牢の中で悔いて頂きたいものですねっ!!」
 飛び出してきた一人の短刀と合わせ唸ると、短刀に風を纏わせながら禿たそいつは低く笑う。
 刀を合わせるだけでも突風に吹き飛ばされそうになりながらも、辛うじてで大地に足を縫い付けて、ストラウスは身を沈めた。同時に大地に軽く触れ土の感触を確かめながら、男の右手が頭上を掠める音を聞く。
 男が振り上げた右脇を身を捻ってすり抜けて背後に回ると、己に向かって二つの、うねる風の塊が球体となって襲ってくるのが映った。
 それでもストラウスの顔から笑みは消えない。
 「まず、一人」



■盾と槍
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 左から大きく迂回するようにソニックを駆ると、左を守る一人が弓を番えた。もう一人が飛び出してくると右に居た一人が左へと入る。
 ぎりり、と弓と矢が擦れる音が聞こえるような錯覚に陥る。実際には矢に纏いつく風の唸りだろうか。
 番われた弓矢は二本。弓をしならせて、大きな距離がまだあるにも関わらず弓を離れた瞬間から矢は神速の速さで向かってくる。
「ソニック」
小さく相棒の名を呼ぶと、ドラゴンはセフィスの意図を悟って、地面擦れ擦れを飛んでいた体を高く浮き上がらせて、急なカーブを描くように追い抜いたストラウスへと向かっていく。
 矢はソニックという的を外すが、二人目が放ったカマイタチのような鋭い真空刃はセフィスの頬を掠った。
 そのまま真空刃はソニックの動きを追うようにして空気を裂いていくが、一歩ソニックの動きが速い。
「いい子ね」
 顎をしたたる血を拭うよりもソニックの頭を撫でる事に空いた手を使って、セフィスが降下を促して体を寄せると、その頭上とソニックの翼の間を掠めて矢が一本行き過ぎた。
 それを負って数多の矢が頭上から降り注ぐが、ソニックのたくましい翼が生み出す風に進路を逸らされ大地へと突き刺さるのみ。
 信頼と絆においては自分とソニックも負けていない。そういった自負がセフィスに迷いを与えない。
 今セフィスの眼中にあるのは迫るストラウスと禿男、それから風起のみで、背後からの追撃はソニックに任せていた。
 丁度目に映るストラウスは身を沈めて男の短刀を交わす所で、それをすり抜けて突破をかけるストラウスに二つの風の球体が近付いていた。更に後からは禿男の追撃。
 その時の禿男はこちらの動きを察知した上で、ストラウスを追えると踏んだのだろう。
 けれど一つの誤差。禿男はそこから一歩も動く事が出来ない。
 驚愕の表情は一瞬、セフィスはストラウスが縫い止めた男の体を、ランスでわき腹から払った。
 その瞬間土の呪縛は解け、男の体がストラウスを飛び越えて――
「がっあっ……!!」
 ストラウスを射止める筈だった風の弾丸は、二発とも男の体を貫いた。
「まず、一人」
にっこり笑って言うと、意図せずストラウスと声が重なった。

 
 
■空と風
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「……やっぱ許せねぇ」
 先を行くストラウスの背中を見据えながら、風起は小さく悪態づいた。
 同じ風遣いとしてその力を悪用される事も然る事ながら、自分に身近で親しみやすいものを悪用されるのが我慢ならなかった。
 情報を得るのに力を貸してくれた羽翼の鳥達も、彼らの力を受けて傷付いているものもあったし、寝床である木々すら晴らされ荒野と変じた土地を、悲しいと囀っていたのを聞いた時は胸につまるものがあった。
 そんな事を成した理由が仲間を捕らえられた報復等と聞いては、感情を律するのも難しい。
「いや、落ち着け、俺」
 己の拳を握り締めていた事に気づいて、風起は怒りを承伏する為にも首を振った。
 低空飛行もコントロールが難しいので、ちょっとした事で揺らいでしまう。これで作戦の要となる自分が失敗してしまったら元も子もないのだ。
 今は、出来る事を、集中して……。
 鳥の羽の形をした耳に入る風の音に集中すると、不思議と心が穏やかになる気がした。
 そこに、ソニックなるドラゴンの小さな泣き声が混じって、風起は一層スピードを速めた。
 調度禿た盗賊を交わしたストラウスに、タイミングと呼吸を合わせる。
 禿た男に迫ったセフィスによって男が宙に舞った瞬間。
(!! 今だっ!)
 ドラゴンの巨体が盗賊の一団と風起との間を遮る。
 これを待っていたのだ。この死角が生まれる一瞬を。
 すかさず練り出した真空破を放つ。一団全てはどうにもならないだろうが、前方に飛び出ている前の二人、それから左の一人くらいはいけるだろう。
 セフィスがストラウスを乗せて視界から離れると、風を操って勢いを増した真空破は狙い違わず三人の盗賊を吹き飛ばした。
 盗賊の強靭な体と言えど三度も跳ねれば意識も飛ぶ。
「残りは、三人だな」
 にやりと笑って、残党に飛び込むセフィスの姿を目で追った。



■竜風
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 最初からそれを狙っていた。立て直す暇も無く刈り取って、陣形を意味無いものとする。『女』を守る為に飛び出せない者が居る事――そこを上手くついて、人数を減らす。それに気づいた時にはもう、後の祭りなのだ。
 けれど『女』は、やはり一人飛び抜けて強かった。
「――くぅっ」
「ぐっ……!!」
 ソニックを操るセフィスが頭上から、砂を駆使してストラウスが左右前後から迫るが、女の生み出した風の筋――巨大な竜巻は女を起点に何者をも寄せ付けない。
ソニックの体が竜巻に巻き込まれては吹き飛ばされはしないものの距離をとられ、風起がそれを押さえ込もうと風に働きかけるもそれにしては強力な風。
 戦闘に慣れた三人の体は即時に対応して様々に攻撃を仕掛けるが、どれも決定的な一打を与える事が出来ない。
 特に様々に動き回るストラウスの体力は、自信が無いと言っていただけに消耗が激しく、荒い息に肩が跳ねているのが遠目にも分かる程だった。
 しかしその目は諦めを知らず、情報屋たる所以か、忙しなく相手を観察しもしていた。己が長期持たないと知っての上かもしれない。
 だから、気づいた。
 女の動きはどことなくぎこちなかったのだ。
 例えばソニックの巨体が天を走る時、こちらは有り得ないくらいの迅速さであるのに対して、ストラウスの動きを追う時は何コンマか遅いのだ。風起の真空破に大しては、こちらはやはり速い。
 セフィスの槍が盗賊の一人を狙いそれを庇う為女が竜巻を緩めた瞬間、ストラウスは風起の元へと退いた。
「これは仮説ですが……」
 とは言いながらも自信に満ちたストラウスの言葉はこうだった。
 女はこちらの動きを『風の音』で判断しているのでは無いか、と。
 仲間達の放つ風の音、風起の真空破と風の動き、そしてソニックの巨体が風を切る音。
「成程」
 辻褄は合うと風起は頷く。ストラウスの動きは静穏で空気の流れすら希薄。耳で掴むには困難だと思う。
「なら、女は後回しだな」
 言うなり風起は真空破の一撃を残党へと放ち、ストラウスもまたそれを負って三日月刀を振るう。真空破を退けたもののストラウスの剣戟を受け、一人は早々に大地に昏倒し、意図を悟ったセフィスによってもう一人が倒れると、女の竜巻はおもむろに止まった。
 小首を傾げる女に、セフィスがソニックを降り近付く。
 フードから現れた女の顔、その目の部分には真一文字に刀傷が走っていた――。



■風吹き去りし……
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「何か間違っておりますか?」
 両手を戒められながらも女は淡々と言ってのけた。
「やられたらやり返す――誰もが皆、そうやって生きているでしょう?私達もただ、された事をしているだけですわ」
 声音は静かながら、皮肉気に笑う女の顔には確かな怒りが見てとれた。
「対象を誤っていらっしゃる……それはご存知でしょう?」
「何も関係無い一般人を巻き込むのは違ーだろ」
 ガキと比喩される感情表現豊かな風起がストラウスに同意すると、女は更に嘲笑を深めた。
「関係無い?そうですわね。そうやってヒトは関係ないと、拒絶するのだわ」
「……そういうヒトも確かにいますけど……」
「一人でも二人でも、私達にとってはそれこそ関係無い事ですわ。私のこの目はそのヒトに狩られて出来たものですし、死にそうになりましたのにヒトは見てみぬふり。果ては目が見えぬと雇ってさえ頂けず、私は餓死する所でした」
女は更に続ける。
「私にとって――いいえ、私達にとって価値のあるモノは、仲間だけですわ。中でも頭と隊長は、皆にとって恩人であって絶対。それ以外は守るに値しないもの。――アナタ方ヒトと優先順位は同じですわね?」
 最早女は聞く耳を持たない。そして大袈裟である反面真実である言葉に、現実に、かける言葉は浮かばなかった。
 自分達にとってもその優先順位があるように。
「……それでも、許せねぇよ……」
 何とか搾り出すように風起が言えば、女はにっこりと笑ってみせた。
「私も許せないのですわ。……そして、これで終わりではなくってよ?」
 清清しく美しい顔で、女は怨嗟とも取れる言葉を吐いた。


 どうやらこれで終わりというワケには、いかないらしい。
 




【風】〜完〜
 


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■登場人物■
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢(実年齢)/職業/種族】

【2359/ストラウス/男性/22(999)/情報屋/人間】
【0635/風起(フウキ)/男性/14(207)/雨使乞/空遣】
【1731/セフィス/女性/18(18)/竜騎士/人間】

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■ライター通信■
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ストラウス様、この度はご参加まことに有難う御座います。
ええ……今更何かと思われるかと思いますが、大変申し訳ございません。とんでも無く遅れた結果こうしてお届けを……きっと存在自体忘れられていたかと思います。それ程遅くてごめんなさい。


兎にも角にも四元の一つ【風】、お届けさせて頂きます。次回【地】の後に【完結】、今回の事件の終息部がございますので、よろしければそちらもご参加頂ければ嬉しく思います。

何か御座いましたらぜひぜひ一筆お願いします。
またどこかでお会い出来ますと嬉しいです。本当に有難うございました!