<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜Fortunate kiss〜


 その日、ソーンから出向したディメータは、商談を終えて帰路に着いていた。既に日も落ちかけ、空は赤く染まっている。その夕日の真っ只中を飛んでいるディメータは、下から見たら、まるで空飛ぶお城のように見えただろう。
 薄い雲に隠れた太陽を眩しそうに眺めながら、エイーシャ・トーブは、強い風に自慢のウサギ耳をフワフワと揺らしていた。既に帰路に入り、商談を終えて船上での指示を終えたエイーシャは、手持ち無沙汰となっていたのだ。
 ウサ耳もそうだが、エマーン人特有の触手も、風に流れてユラユラと揺れていた。
 上空にいるだけあって、風は強い。そんな中で船の縁に寄りかかっているエイーシャは、いくら慣れているとは言え、少々危なっかしく思えた。
 涼しそうに風に当たっているエイーシャに、その姿を見て駆け寄ってくる人影が居た。ディメータのメカニック兼、エイーシャのボディーガードのパフティ・リーフである。

「船長………エイーシャさん。危ないですよ」
「あら、大丈夫よパフティ。これぐらいの風で、飛ばされたりしないから」

 そう言いながらも、今にも風に飛ばされそうになっているウサ耳の宝冠を手で押さえている辺り、余裕があるのかないのか計りかねる。そもそも、その天然パーマと言いウサ耳と言い、この強風の中にいるには、少々不便では無かろうか?
 その様子を見て、パフティは呆れたように小さな溜息を吐いて、エイーシャの手を取った。

「以前、うっかり強風に吹かれて落ちそうになってませんでしたっけ?」
「う………そ、それは………あはは♪」
「はぁ……」

 おおらかな性格なのは可愛らしくて良いのだが、もうちょっとだけ警戒心を持って欲しい所だ。まぁ、それを補うためにパフティが居るのだが………
 パフティが来たのが嬉しいのか、上機嫌で風に当たっていたエイーシャは、鼻歌を歌いながら空を眺めている。

「夕方なのに、暖かいね〜」
「そうですか?」
「もう、そんな敬語、使わなくても良いんだけどな……さっきも船長って呼びかけてたし」
「船員の前ですから」
「む〜」

 頬を膨らませるエイーシャ。
 とても年上に思えない容姿と相まって、いや、本当に可愛らしい。
 ………とても実年齢3×歳には見えない。

「パフティ?」
「いえ。何でもありませんよエイーシャ」
「今、一瞬すごく失礼なこと考えなかった?」
「気のせいですって」
「え〜」

 夕日でエイーシャの眼鏡が光る。一瞬だけ流れた緊張感にパフティは身を固くしたが、次の瞬間、エイーシャが首に手を回してきて我に返った。
 そのまま二人の影が、数秒だけ重なる。夕日に照らされて、船上で作業をしていた船員からは良く見えていなかったが、それでも思わずその二人を注目してしまう魅力があった。
 周りの視線に気が付いている風もなく、エイーシャは笑いながらパフティから離れた。

「アハハ。罰ゲーム?」
「全然よく分からないんですが……」
「気にしない気にしない♪帰ったら、きっと良いことあるよ。何たって、私のは幸運のキスなんだから」

 上機嫌でクスクスと笑いながら、エイーシャは船内へと走っていった。残ったパフティは、逃げていったエイーシャを追うことはせず、ただ苦笑しながら、見えてきたソーンの街に視線を移した。





 ………………それから数時間後……………

「………幸運?」
「ん〜、おかしいわね。やっぱり、あんな不意打ちだったら効果が出なかったかな?」
「いたぞ、こっちだ!!」

 背後から聞こえてくる声。パフティはエイーシャの手を引いてソーンの路地裏を走っていた。
 船から下りた二人は、後始末をする船員と別れた後でソーンの街に繰り出した。夕食には何を食べるかで話し合いながら歩いていたのだが、それによって気が油断してしまったのだろう。二人を付け狙う怪しい影………野党達が網を張っている所にまで入り込んでしまったのだった。
 結果として、二人は人通りの多い道から外れて路地裏に入り、こうして逃げ回っているわけなのだが…………

「疲れた〜!」

 パフティと違って肉体労働が苦手なエイーシャは、既に涙目になっていた。暗い夜道、それも路地裏をあちこちを走り回っているために、心身共に疲労が激しい。
 だが、だからと言って立ち止まるわけにも行かない。そうこうしている内に、仲間の声を聞き付けてきた野党が狭い路地で挟み撃ちを仕掛けてきた。

「はっ!」

 エイーシャを引っ張ってきた手を放し、パフティは野党の懐へと飛び込んだ。攻撃を掻い潜って肘を腹部に打ち込んで黙らせる。

「きゃあ!」
「エイーシャ!」

 背後からエイーシャの悲鳴が上がる。パフティはエイーシャの腕を掴んでいる野党に向かって疾走し、素早くその腕に拳打を浴びせた。
 パフティの接近を察知出来なかった野党は目を白黒させ、その間に顔面を殴られて昏倒する。

「大丈夫エイーシャ!?」
「ええ、大丈夫だけど……」
「そこまでだ」

 エイーシャの言葉を遮るようにして、制止の声が掛けられる。
 バッとパフティが声のした方を見ると、野党の首領らしき男が、背後に何人もの仲間を引き連れて狭い路地を塞いでいた。反対側からも、それを超える人数が所狭しと現れる。

(挟まれた!?)

 パフティが唇を噛む。横目でエイーシャの方を見ると、エイーシャはパフティに向かって、小さく頷いた。
 この状況で、パフティだけならまだしも、エイーシャを連れて逃げることは出来ないということを悟ったのだ。エイーシャにしてみれば『あなただけでも逃げて』と言いたかったのだろうが、友人として、そしてボディーガードとして、そんなことが出来るはずがない。
 パフティは両手を上げて降参の意志を示した。

「ふむ。流石に状況が分かっているようだな………連れて行け!」

 首領がそう言うと、野党達が数人近付いてきて、二人の体を縛り上げた。手錠の類ではなく、古くさい縄で拘束するやり方だ。
 最後に猿轡を噛まされてから手を引かれ、首領の前に連れられる。

「大人しくしていろ。何、命まではとらんのでな」

 そうとだけ言い、背を向ける首領。
 逃げる隙を窺いながら、パフティとエイーシャは野党達に連れて歩かされていった…………





 それから何時間経ったのだろう。
 どこぞの建物に連れ込まれた二人は、鉄格子付きの牢屋の中に入れられた。
 お城でもあるまいし、何故そんな物があるのか………謎である。

「お腹空きました……」
「何にしても………大ピンチね。これじゃあ、帰って子供達にご飯を作って上げられないわ……」

 微妙にずれた危機感を抱いている二人。流石に縛られている状態では鉄格子を破るだけの力は得られず、二人は牢屋の中で転がっていた。
 二人が逃げられないと分かっているのだろう。見張りすらなく、野党達は皆、別室でワイワイガヤガヤと騒いでいる。酒盛りでもやっているのだろう。楽しそうな声が、寒い牢屋の中でもハッキリと聞こえてきた。

「声でも上げたら、誰か助けに来てくれる?」
「その前に、野党達の方が来ると思うわ」
「じゃあ、どうする?」
「明日になれば、船員が気が付くはずだけど………それまでにどうなるか……野党達も、今のところは捕まえてるだけみたいだし」
「何でだろ?」
「さぁ?身代金を要求するタイミングでも計ってるんじゃないかしら」

 そう言いながら、パフティは牢屋の小さな窓から見える夜空を見上げていた。星は小さく光、雲もない良い夜空である。
 こんな夜を子供達と一緒に過ごせなかったからか、パフティは小さく溜息を吐いた。
 そんなパフティの横で、エイーシャは「う〜ん」と唸り、考え事をしている。

「やっぱり、あれって無理矢理って事になるのか………幸運が起こらないし」
「まだ言ってるの?幸運なんて、そんな後ろ向きなこと、待つものじゃないわよ」
「後ろ向きかな?」
「さぁ。でも、ただ“運”が来るのを待つより、少しでも自分で掴もうと頑張らなきゃね。そうでなきゃ、幸運に頼ってばかりのダメな人になっちゃうわ」
「厳しいね」
「母親ですから」

 そう苦笑し、パフティは体を這わせて窓のある壁に寄っていった。エイーシャはそれを目で追いながら、訝しそうに眺めている。

「どうするの?」
「言ったでしょ?幸運を呼び込みたいのなら、少しでも良いから、何かをしないと……!」

 そう言い、パフティは壁を蹴りつけた。ドンドンと何回も繰り返し、繰り返し蹴りつける。だが縛られてからだが思うように動かないため、威力の程はさほど無いようだ。
 勿論、そんなことで壁が崩れたりするようなことは………

「パフティ。そんな事しても、蹴破るようなことは……」

ドン!ガラガラガラガラ!!

「あ………」
「うわっ………」

 何とも重い崩壊音………
 床を伝わってきた震動と、目の前で起こったことに二人は目を見張り、そして気まずい沈黙が流れた。
 二人は、崩れた壁の向こう側をジーーーーっと見ていたが、やがて、エイーシャがポツリと呟いた。

「…………パフティ、すごい怪力」
「違う!」

 ブンブンと首を振ったパフティは、急いで崩れた壁から覗いている金属片に縄を擦りつけ、手足を縛っている縄を切って、ミノムシ状態から脱出した。自由になると、瓦礫の中から金属片を取りだし、それで同じように、エイーシャの縄を切る。
 牢屋だっただけあって、壁には金属の格子が入っていたらしい。それは完全に錆付き、ボロボロになっていた。恐らく壁の中に亀裂が入っており、壁の中を補強していた金属を雨水がボロボロにしたのだろう。

「何だ今の音は!?」
「牢の方から聞こえたぞ!」

 二人は突然降って湧いた幸運に感謝していたが、自由になった途端、今度は野党達の声でハッと顔を見合わせた。

「「逃げるわよ!!」」

 二人は同時に言い、そして穴から外へ出て駆け出した。すぐ後ろで扉を開く音がして、野党達の怒鳴り声が響いてくる。

「追え!絶対に逃がすな!!」

 首領の声が聞こえてくる。野党達のアジトは街から少しだけ離れた森の中にあったため街までは十数分程走らなければならなかったが、森の木々を駆け抜ける二人の姿は草木に隠され、野党達は二人の姿を発見出来ずにいる。
 だが街に向かっていることは流石にバレてるようで、二人の後ろからは足音が近付いて来た。

「うう、走りにくい……」
「でも走って。ここで捕まったら………想像もしたくないことされるわよ。っと!」

 すぐ横にあった木の陰から、男が一人現れた。振るってくる短剣を、姿勢を低くして回避し、走りながら殴りつける。
 しかし走りながらな為、思うようなダメージを与えられなかった。

(くっ、走りながらじゃ、力が入らない)

 呻くパフティ。段々と野党達に取り囲まれているのを感じ、パフティはどうやってこの状況を抜け出そうかと思案を重ねていた。
 その時だった。エイーシャがニヤリと笑ったのは……

「やっぱり、あの幸運のキス、効いてたみたいだね」
「え?」
「それとも、頑張った御利益かな?」

 笑うエイーシャ。一体どうしたのかと思ったパフティだったが、自分達の前方………街から大勢の人達が現れ、こちらに向かってくるのを見てようやく事態を悟った。

「騎士団!?」
「みんな、気が付いてくれたんだ!」

 追い駆けっこの役が交替する。今まで二人を追い掛けていた野党達はあっと言う間に身を翻し、街から現れた騎士団から逃れるために走り出す。逃げる者、戦う者、降参する者……様々な反応を見つつ、エイーシャとパフティの二人は、騎士団によって保護された。

「危ない所だったね………今度は、もっと早くキスするわ♪」
「…………今回の教訓は、そんな事じゃないと思うわ」

 苦笑するパフティ。エイーシャは笑いながら、夜風になびくウサ耳を撫で付けている。





 幸運とは、待つものではなく、自分で掴み取るものであるという。
 そんなことを思い起こさせる一日だった………



FIN?








「それにしても、パフティって、すごい怪力?」
「だから違うから!」

 エイーシャのコメントを盗み聞いた騎士達がどんな思いを馳せたのか………
 当人達は、知ることはない………


end







★★★★参加キャラクター★★★★
整理番号 2936 エイーシャ・トーブ
整理番号 1552 パフティ・リーフ


★★★WTコメント★★★
 初めまして、メビオスゼロです。今回のご発注、誠にありがとうございました。
 ソーンのノベルは、これで二作目なんですが………どうでしょうか?
 書き慣れてないため、いまいち自信が持てないのが現状です。何かおかしい所がありましたら、ファンレターからでも指摘して貰えたら幸いです
 では改めまして、今回のご発注、誠にありがとうございます。(・_・)(._.)