<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【月空庭園】月の輝く夜に
どうしたってあたしは父上が望む者にはなれやしないよ。
女官長に言った、自分のその言葉に偽りはない。
けど。
けどね、どうしてかな。
見えるものが最近は多くなって来た気がするんだ。
それはまるで雨上がりの空のように。
何処までも、
何処までも、澄み切って。
+
空は満天の星。
雲ひとつない夜空にシノン・ルースティーンは微笑を浮かべる。
好きなのは晴れ渡っている空。
夜空でも、日中見ている空でもそれは変わらず、大好きなものの一つだ。
(今日は月まで明るく見えるみたい)
晧々と輝く、月。
鮮やかなまでの色合いは金色にも銀色にも見える不思議な色合い。
身近に居る人たちの髪の色にも似た色にふと思い馳せようとした時、
(え?)
何故か、考える間もなく、身体が動いた。まるで、月に呼ばれているように、月の光の指し示すまま、風の 吹くままにシノンは翔けるように、飛ぶように孤児院から歩き出した。
雲一つない空に、月と星だけが、ただ、瞬きを繰り返している。
+
「で、気付いたら此処に来ていたと」
闇夜を切り取ったような黒服から出ている手指の白さに目を瞬かせながらシノンは声もなく、こくこくと頷く。
呼ばれているような気がして、此処に来た――、冗談のようだけれど、こうとしか言いようがない。
「うん。別にね、何処か行こうとか抜け出したい! なんて考えてなかったんだよ?」
「……いや、別に疑っているわけじゃあなくてね」
「あ、ゴメン。ええと……あたしも疑われてると思ってるわけじゃなくて……何て言うのかなあ……」
うーん、と考え込み、すぐさまぱあっと明るい表情を浮かべると、
「そう、どうしても出ちゃう言葉があるって言うか!」
と、叫び目の前の人物に笑顔を浮かべさせた。
「成る程ね。じゃあ、寒い所を来てくれてどうも有り難う……と言うことで、お茶をどうぞ?」
「ありがとっ! お茶かあ……」
「何か?」
「ううん、ちょっとだけ前に居た場所での事思い出しちゃって」
温かなぬくもりを手に感じながら、綺麗な琥珀色を称えているだろうものに視線を落とす。
月明かりが僅かに輝きを落としゆらゆらと手の中で揺れる色合いは言葉では言い尽くせないほどだ。
「思い出せる、と言うことは良いものだよ。過去に答えがあることも多いのだから」
「そうだね。ああ、でもお茶見たら思い出しちゃった! あたし、これでもチャイ作るのだけは上手なんだよ」
「それは何より。じゃあ、今度ご馳走してもらおうかな」
「何時でも! 大抵孤児院で子供達と遊びまわってると思うから……って、ああ、自己紹介がまだだった、よね? あたしは、シノン。シノン・ルースティーン」
あんたは?
そう、シノンが問い掛けるように視線を上へとあげる。
座っていない人物は背が高く、見上げるのが少し、辛い。
が、
「カッツエ、と呼ばれてるよ。下の姓はない。名前だけ」
と、答えると見上げるのが辛いと言う事に気付いたのか、それとも挨拶が済んだからなのかカッツエは座り、自分の紅茶へと口をつけた。
(……もしかして、自己紹介するの待ってたのかな?)
何処か動物的な、けれども不思議な面白さを感じながらシノンも漸く紅茶へと口をつける。
「……美味しい。女官長の紅茶、思い出すなあ……」
凄くね、美味しい紅茶淹れてくれる人だったんだよ。
懐かしい、人。
今、この場所には居ないけれど……それでも心の何処かに住み続けて、今もきっと父上たちの傍で穏やかな笑みを浮かべているだろう人。
思い出は、湯気に似ている。
注ぐと浮かび上がるのに、日常では然程意識しない、柔らかな。
「んーと……もし良ければ、あたしが居た所での話でもいいかなぁ?」
「勿論。どのような話でも嬉しいよ。今夜は月が明るい。月が傾く僅かの間でも付き合ってもらえるならね」
「了解っ♪ まずは何処から話そっか……」
あたしの家はね、結構な名家なんだ。
だから、いつでもあたしは「ルースティーン家のお嬢様」であって「シノン」ではなかった。
別にそれが嫌だって言うんじゃないよ。生まれた家だし、確かにあたしはルースティーン家の一員だし。
だけどねえ、考えてもみてよ?
此処に「あたし」が居るのに何で「ルースティーン家」の看板の方が大きいのか……正直に言うと気分はまるで街道に立つ客引きピエロのような気持ちで……どんな事をしてもあたしの問題じゃない。
「だから、反抗ばかりしてたんだ」
「誰に?」
「両親……って言うか父上が圧倒的に多かったかな……」
「何故?」
「何故かな……」
不自由のない生活。
繊細なレース、色とりどりの絹、髪を飾るリボンや花に、金細工の髪飾り……令嬢として何ら不自由もなく、授業は礼儀作法、ダンス、趣味として絵画や歌……不自由のない、と言う言葉にはきっちり詰め込まれたスケジュールに異論を唱えなければ、と言う前提がつくけれど。
文句のつけようもない淑女に育てようと懸命だったから。
解ってたんだけど、でも、それは。
「窮屈、だったんだよね」
好きなものが逆だった。
動きやすい服、長い髪より短い髪、飾り立てるものより傷を勲章とする。
駆け足なら誰にも負けないのに。
なのに、「家名」があたしの存在を決定付ける。
何処まで行っても「ルースティーン」家の娘。
それ以上にも以下にもならない。
「シノン」は何処にもいない。
「窮屈と言うのは自らに合わない型に押し込められようとするから起こる」
「うん。抜け出す事で意思表示してるつもりだったけど」
でもそれさえも、父上を怒らせ母上を悲しませる事にしかならなかった。
母上の悲しげに伏せた瞳。
潤んでいたのは喜びじゃなく、どうしようもない悲しみだと言う事が哀しい。
何処までも、何処までも、
求めるものに対して解りあえない。
+
「だから、あたしは」
きゅ、と拳を作り、強く握り締める。
そう、だからあたしは。
「家を、出たんだ」
正確には「出された」なんだけれど……あたしの性格には矯正が必要だって言う事で。
けど、そんな事言われたって生まれながらの性格ってのはどうしようもなくて、やっぱり、行かされた所でも問題ばっか起こしてたんだけど……
「矯正よりも何かをやらせてみると言うのは無かった?」
「無い!」
そう言う親じゃなかったし場所でもなかった。
ただ、出された事で解った事も多くある。付け焼刃にしかならなかった礼儀作法でも目上の人に対して使う言葉では役に立ったし……勉強もあたしの中には何も根付いてないと思っても染み込んでた。
そうして、気付く。
どれだけ、両親が心を砕いて時には心を厳しくして、あたしに接してたかって事を。
優しさだけが全てじゃないね、そして厳しさだけが全てじゃない。
窮屈で仕方が無かった事にも意味があるって知る。
両親の望むものにはなれなかったあたしだけど、ふたりが最後にあたしに託したことは成し遂げたい。
「何かな、それは」
「それはね――……、」
あたしがあたしでいる事。
父上があたしに渡したかった全てを受け取る事も出来ないけれど、これだけは守れるから。
今は違う場所に居るふたりに、少しの謝罪と幾万もの感謝をする。
そして。
あたしを愛してくれる人全てに「何時か」を約束するんじゃなくて「今」を約束したい。
誇りを持つなら、決して「何時か」になんかしない。
今が何時までも始まり続くのなら、あたしにとって「今」こそが全てだから
「決意、か」
「うん……あたしはあたしで居れた事が嬉しいんだ」
「では、そんな君に一つの花を」
「え?」
暫くの時が経ち、カッツエがやってくると、シノンの目に、ピンク色の花が飛び込む。
月明かりの下だというのに、鮮やかなその色は何処までも優しくシノンを包み込んでいく。
「これは、何の花?」
「ゼラニウム。別名、テンジクアオイとも言われてるね…本来は春から秋にかけて咲く花だけれど冬にも咲く事があるんだよ。そして、その花言葉が」
「決意、なんだ?」
「そう」
互いに目を見合わせ笑いあう。
「花にも色々あるんだね」
「色から種類から花言葉から千差万別に」
「面白いなあ……ありがとっ、大事にするね♪」
"決意"
決めた事を覆す事など出来ない。
あたしはあたし。
何処まで行ってもそれは変わらないし、何処までも着いてくることの一つ。
ねえ、父上。
望むものにはなれないけど、今は遠い其処で見ていて。
ちゃんと父上に約束できるあたしになるから。
―End―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1854 / シノン・ルースティーン / 女性 / 17歳(実年齢17歳) / 神官見習い】
【NPC:カッツエ】
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■ ライター通信 ■
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シノン・ルースティーン様、こんにちは。そしてお久しぶりです。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加下さり、誠に有り難うございました(^^)
そして、納期をぎりぎりまで使ってしまい申し訳ありません!
僅かでも楽しんでいただける部分があるといいのですが……今後はきちんと
自分の中で日数調整できるようしたいと思います(><)
今回お久しぶりのシノンさんで、書くのはとても楽しく
花でも「ああでもない」「こうでもない」とあれこれ考え、この花に
させていただきました。
話の中でカッツエも言っておりますがゼラニウムは本来春から秋にかけて咲く花です。
が、冬にも咲く種類があり、花言葉からもシノンさんにぴったりだと
こちらにさせていただきました。
上を向き咲く花がとてもシノンさんらしいなあと♪
それでは今回はこの辺にて失礼いたします。
また、何処かにて逢える事を祈りつつ………
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