<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『鍋の中はドキッ!』


<オープニング>

 木枯らしの中を扉に辿り着き、木炭ストーブと一皿のシチューとルディアの笑顔に触れた客達は、皆、一斉にほっとした表情に変わる。
「白山羊亭のシチューは絶品だよなあ。心まであったかくなるよ」
 
 ルディアは「うふふ、そうでしょう?」と、トレイを持ったまま胸を張って見せた。
「シチューはうちの自慢ですからね〜。
 あ、そうだ、お客さん。今度こういうイベントをやるんですが、参加しません?」
 ルディアがテーブルに滑らせたチラシには『闇鍋シチュー大会!食材を持って勇者よ来たれ!』とでっかい文字で書かれていた。
「やれやれ。店のシチューの評判が落ちんといいがな」
 客は大袈裟にため息をついた。

* * * * *
「あー、あたし、参加したいぜ!」
 店で特大ステーキにかぶりついていたジル・ハウが、レザーの指無し手袋の手を揚げた。もう片方の指には、闇鍋シチューのチラシが握られていた。つまり、挙手したフォークの先には1ポンドステーキが肉汁をしたたらせていた。
「ジルさん、一番乗りですぅ」
 ルディアが手帳に名前を書き留めた。
「でも、ジルさん、意外な感じです。料理が特別好きってわけじゃなさそうだし、こんな遊びには見向きもしなさそうなのに。あ、失礼なこと言って、ゴメンナサイ」
 いの一番に参加して貰って嬉しかったルディアは、率直に言葉を紡いだ。ジルは悪意に敏感なのと同じで、好意から出た言葉なら、居心地の悪い照れくささと共にきちんと把握できる。苦笑しつつ、「ふふん、バクダン食材をちょっと知ってるんで、是非試したくてね」と、ステーキの続きを食べ始めた。1ポンドは450g。仔牛一頭食べそうな勢いで、ステーキ肉にかぶりつく。
「バクダンですか?バクダンは入れちゃダメですよぅ。ちゃんと、食べられるものにしてくださいね?」
 そしてルディアは、ジルの食べっぷりを見つめながら3秒ほど考え、小声で尋ねて来た。
『もしかして、ジルさん、バクダンを食べれるんですか?』

 店にチラシを置いてすぐに、オーマ・シュヴァルツとユンナが、それぞれの代理を使って申し込んで来た。二人とも知っている奴だった。体のでかい医者と、声のでかい歌手だ。
「ようし、腹も膨れたし。あたしも食材を買って来るぜ。和食の食材で、保存食を売る店って、この近くだとどこにあるかな?」
「乾物屋さんのことですか?」
「そう、その念仏屋」
 ルディアは笑みを洩らし、メモにさらさらと地図を書き込んだ。ジルはそれを握って、いざ、白山羊亭を出た。


< 1 >

『食べ始める時まで、参加者もお互いに食材は秘密なんです。厳守してくださいね』
 生真面目なところのあるジルは、ルディアの指示を的確に守ろうとしていた。店に入るところは、誰にも見られてはいけない。きょろきょろと店の前で辺りを見渡し、知り合いがいないことを確かめた。
 しかし、ジルは気付かなくても。彼女は2メートル近い隻眼の大女で、ポニーテールに結んだ白い髪も目立つ。ユンナに見られたことに、本人は気付いていなかった。

「いらっしゃいませ」
「ここは、難物屋だよな?」
 狭い軒先、首を曲げて店内を覗く。
「乾物屋です」
 店主なのだろうか。腰まで水槽に使ったワカメの体。だが、顔は(ワカメに顔が付いているのだ)、皺の多い初老の男だのものだった。人面草・・・いや、草でないから、人面海藻か?
 実はここは、オーマを総統とする腹黒同盟に加入する、腹黒商店街の一画であった。
「ヒジキととろろ昆布と紅生姜をくれ」
「へい、お待ちください」
 にゅるると藻が伸びて商品を掴む。
「あ、あたしが自分で取るよ!」
「そうですか?すみませんね」
 最初に店主が取ってくれたとろろ昆布の包みには、湿り気とぬめりが有った。彼の手(手?)に付いていたものだろう。
 ジルは棚から目当ての物を取ると、銀貨を籠に投げ込んだ。
 実はこの3つの食材は、以前に寄鍋料理で試したことがあった。その時は、紅生姜の赤い汁がごぼごぼと地獄池のごとく煮えたぎる、阿鼻叫喚な食べ物になった。そしてジル以外は腹を壊し、師匠も友人もみんな阿鼻叫喚に・・・。
「商店街のポイントカードはお持ちかい?お作りしましょうか?」
「いや、いい」
 腹黒加盟店とは知らないジルだが、ヤバそうな店だというのは感じ取っていた。小豆やら切り干し大根やら乾燥椎茸やら煮干しやら。食べ物のミイラだらけだ。変わった物もあり少し興味も引かれたが、早く立ち去った方が無難そうだ。ああ、だから難物屋なのか。
「世話になったな」と、ジルは足早に店を出た。
 買った食材はマトモだといいのだがと願った。だが、マトモだったとしても、これを入れたシチューはマトモじゃすまないと、ジルは思わないらしい。

 慌てていたので、店を出たところをオーマに見られたのにも気付かなかった。しかし、ポイント・カードって。満杯になったら、どんな恐ろしい特典が付いて来るのだろう。店主の体、食べ放題とか?

 ジルが白山羊亭に戻ると、件の二人はもう店に着き、テーブル席に座っていた。
 闇シチューの調理は、白山羊亭のコック見習いが手伝う。彼は三人の食材メモに目を通すと、「じゃあ、オーマさんがトップで。材料は、他の人に見せないように持って入ってください」と、参加者に声をかけた。
「お〜う」
 巨躯のオーマが、ひょいと首を屈めて厨房のドアに消えた。そして、暫くするとオーマと入れ違いにユンナが呼ばれ、最後がジルだった。
「入るぞ」
 オーマ同様、ジルも背を曲げて扉をくぐった。
「ジルさんは、結構料理はできるんでしたよね?ヒジキを戻してもらえますか?時間が無いので、湯でやります。ケトルに残っていますから」
「いや、これは、どばーっと、このまま入れたいんだが」
「戻さずに?」
「シチューは汁ものだし、問題ないだろう?」
 ジルが袋から黒い針金のような乾物を握り、鍋の蓋を開けようとした。「待って!」と見習いが、強く手首を掴んだ。青年はジルよりずっと小柄で華奢に見えたが、ジルの手の動きを停めることはできた。
「調理中に鍋の中を見ないルールです。鍋には俺が入れます。
 それに・・・ヒジキには、ゴミや砂が付着してますから、戻した後に水洗いしないと腹こわしますよ?」
「え?」
 つまり・・・以前に鍋をやった時に皆が具合悪くなったのは、食材の食い合わせではなく、ジルがヒジキを洗わなかったせい?
『うわ・・・。お師匠さま、ごめんなさいっ』

 見習いは、戻したヒジキの茶色く濁った上水を捨て、ザルにあけて丹念に水洗いすると、軽く絞って鍋に投げ入れた。
「あとは、とろろ昆布と、紅生姜ねえ」
 見習いは、「俺が食べるんじゃなくてよかった」と笑って、残りも鍋に入れた。酢の瓶を割ってしまった時のような匂いが、厨房に充満した。見習いは、咳き込みながらタオルで口と鼻を覆った。ジルでさえ喉と目が痛んだ。
「まるで細菌兵器ですね」
 顔をしかめた青年が、慌てて蓋を閉じる。
 間違っていたのだろうか?あまりに突飛な食材だったろうか。みんなが嫌な思いをするだろうか。急に不安に襲われた。
 ジルは、一般世間を知らない。
『みんな』が、どの程度をジョークで済ませるのか、よくわからなかった。
「・・・ちょっと悪さが過ぎたかな?」
「ジルさん?」
 酸味が目に滲みて、ジルは何度も瞬きした。
「大丈夫ですよ、あっちの二人も承知で参加してるんですから。それに、白山羊亭に集う仲間は、何でも笑い飛ばせる人たちですから」
 どん!と音をたてて見習いがジルの背中を叩いた。彼が長身のジルの背を叩くには、腕を上に伸ばさねばならなかった。
 体も心も暖まる、白山羊亭のシチュー。そのじゃが芋を毎日剥き続ける青年の手も、暖かかった。

「じゃあ、このあと少し煮込んでからルーを入れますので、テーブルでお待ちください」
 ジルが厨房から退いて数分後、ルディアが「おまたせ〜!」と不自然に明るい口調で、問題の料理を鍋ごとカートに乗せて運んで来た。
 ジルが持参した食材は具ではないし、そうヒドイことにはならないと思うのだが・・・。


< 2 >

「白山羊亭すぺしゃるラブリー暗闇どっきりシチュ〜★ですぅ」
「なにそれ、オーマ語?」
 ユンナはふんっと鼻息を吐いた。ルディアは「てへっ、ちょっと口調を真似してみました」と、照れ笑いで鍋の蓋を開けた。
「いや、だが、確かに俺好みの、桃色マッチョなビビットカラーだぜ?」
 ホワイトシチューのはずが、スープがピンクに染まっている。鍋を覗いたオーマもユンナも目を点にしていた。
『うっ。す、すまない』
 ジルは心で詫びつつ、自分も鍋を覗き込む。誰が入れたのか、焼豆腐もほんのり薔薇色に変色していた。
 焼豆腐・・・。シチューに焼豆腐を入れた奴がいるのか。どこのバカヤロウだ?
 なあんだと、ジルは頬を綻ばせた。みんなバカだ。同じようなバカだ。嬉しくなってしまった。だいたい、何を入れたって自分も食べなきゃならないのだから。
「この・・・オレンジ色に輝くコレは何だ?」
 頬を引きつらせ、ジルもぷかぷかと浮く柿を指差した。

 まずはユンナに、シチューがよそられた。金の飾りの白く薄い磁器は高級ブランド食器だ。美青年霊魂が木製のケースに入れてわざわざ運んで来たらしい。
「嫌っ!虫が入っているじゃないっ!」
 ピンクのシチューに、点々と黒く細いモノが浮いていた。
「虫じゃねぇよ、ヒジキって食いもんだよ!」
 ジルが憤慨して抗議した。
「ジルなのね、この虫を入れたの!」
 ユンナがキッと女傭兵を睨みつける。ジルも負けずに「虫じゃない、ヒジキ!」と叫び返す。
「ヒジキって名の虫なんでしょ!」
「藻だよ」と、オーマがさらりと訂正し、この闘いは終わった。オーマ持参の食器はお子様ランチ用かと思えるピンクのハートの平皿だ。ホワイトシチューに映えると踏んでいたのだが、まさかシチューもピンクとは。同じ色をよそるとあまり効果がなくて残念だ。
「ヒジキは、美肌を作るビタミンAと、肥満予防になる食物繊維が豊富な食べ物だ」
 オーマが食材の知識を披露すると、ユンナの目がきらりんと輝いた。
「あら、そう。そうね、よく見るとおいしそうじゃない?」
「そうだろう」と、ジルはにやっと笑うと、「もっとよそりな」とユンナの皿にどぼどぼシチューを足した。
「なにせ、寄席鍋に同じ食材を入れたら、師匠も相棒も相棒の親友も、全員が嘔吐と下痢したってスゴイ食いもんだ」
 原因はわかっていたが、強気に戻ったジルは二人を軽く脅かしてやった。
「あ、それはクリアですよぅ」と、ルディアがフォローしながらジルの分もよそる。ジルは白山羊亭の食器でいいと言ったが、「とにかくでかい皿」という希望は叶えてくれた。
「見習いクンの話だと、ジルさんは今までヒジキを洗わないで入れてたらしいです。今回は、もどして水洗いしてます」
 それを聞いて、二人は胸を撫で降ろしたようだ。ちぇっ。

「では、いただくわね」
 ユンナは銀のスプーンを皿に挿入した。妙にねっちょりとして、スプーンを持ち上げると溶けたチーズのように糸を引いた。
「なんでこんなにどろっとしてるの?ルーの量でも間違えたの?」
「あたしの入れた、とろろ昆布のせいだろ」と、ジルは簡単に言ってのける。「ピンク色になっちまったのは、紅生姜のせいだ」とも。
 オーマも、お花のスプーンを桃色シチューに突っ込んだ。最初にスプーンに乗って来たのは・・・どろりと溶けかかった微かにオレンジの・・・。
「あ、それ、私が持参した干し柿だわ」とユンナ。
「おまえさん・・・生の柿を入れただけで懲りず、干し柿も入れたのかっ?」
 ちなみに、生の柿の方は、食感はカブに近いが半端に甘かった。
「なんかはっきりしない味で、あたしはヤだ」
 ジルは顔をしかめて柿を飲み込んだ。甘すぎる干し柿の方は、少しカボチャに似ていた。子供なんかは好きかもと思う。
 ユンナも、文句を言いつつ結構平らげた。
「厚揚げは、スープの影響を受けてないから、おいしくいただけるわ」
 スープ、酸味が効いてさっぱりしてて、イケルじゃないか。ジルは、ムキになって自分に言い聞かせ、大皿で二杯お替りをした。
「焼豆腐も、意外にシチューに合ってら」とオーマに笑ってみせる。オーマもジルに似た心配をしていたのかもしれない、安堵の表情になった。

「ピンクのシチューって、可愛いですねっ」
 ルディアが無邪気にみんなの皿を覗き込んだ。
「紅生姜を入れたんですよね。あ、オレンジの具もキュート!柿ですかぁ。今度、コック長に提案してみますぅ」
「よせ!」
「やめてっ!」
「やめろ!」
 三人が、同時に答える。この時ばかりは、息が合っていた。そして、三人、顔を見合せ、誰ともなく笑い出した。笑い出すと止まらなくなった。こんなバカをできる楽しい仲間は、そういない。
 
 アルマ通りに夕闇が迫り、立ち並ぶ店たちに灯がともり始めた。白山羊亭の窓からも柔らかい光が洩れ、賑やかな笑い声が響いていた。


< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
2361/ジル・ハウ/女性/22/傭兵
2083/ユンナ/女性/18/ヴァンサーソサエティーマスター兼歌姫

NPC 
ルディア


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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。
洗浄済み生野菜も売っていることですから、そのまま使えるヒジキもあるかもしれませんが、一応水洗いさせてもらいました。
ジルさん持参の紅生姜が、一番強烈だったようです。