<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


Happy×Happening Xmas


 招待状

 日ごろの御愛顧に感謝して、ささやかながら当方にてパーティの席を設けさせていただきました。
 皆様ふるってご参加ください。


2005/12/25



【パーティにようこそ!】


 そんな招待状が届いたのも先日の事、今このパーティ会場にはいろいろな世界の人々が続々と到着していた。
「おや、三下クン。タイが曲がっていますよ」
 正装を着慣れているセレスティ・カーニンガムは、普段まったく着ることの無いタキシードに身を硬くしている三下・忠雄のタイをくすくす笑いながら直す。
 完全にカチコチになっている三下は、あっちのテーブルこっちのテーブルにぶつかり、それを見る碇・麗香の盛大な溜め息が聞こえてきそうだった。
「う…ふ、踏む……」
 色とりどりの刺繍が施された民族衣装で参加したリージェ・リージェウランは、ちょっと大きめな衣装に足元で裾を踏みそうになりながらも、その場で堪えている。
 もう少し身体にあった衣装は無かったのだろうかと心配になるが、その小麦色の肌に民族衣装はとても似合っていた。
「ほら、武彦さんしゃんとして」
「折角のパーティなんですよ? お兄さん」
 ブラックスーツに身を包みながらも、早くもやる気をなくしている草間・武彦に向けて、シュライン・エマと妹の草間・零も小さく叱咤の声を上げる。
 シュラインはパーティ内にあるであろう喫煙スペースを探して、会場内を見回したのち、まただれる草間の手を引いて会場内へと進んでいった。
 招待状に正装という言葉に驚きつつも、兄に頼んで急いで見立ててもらった燕尾服に身を包み、その場の雰囲気に流されそうになりながら会場内を歩く梧・北斗。
「あの…お兄さん……」
 背後から声をかけられ振り返れば、キリスト教関連の祭服に身を包んだ柊・秋杜に、手と足が両方一緒に出ていると言われて、自分がかなり緊張していると気が付いた。
 スラリとした体型に、カシュクールのホルダーネックに、赤い髪に良く似合うワインレッドのロングドレスにストールとミュールという姿で現れたのは、シャロン・マリアーノだ。膝下辺りまで入ったスリットによって、ドレスといえど動きやすい作りになっている。
 儀式服として正装としても使える黒の服に身を包んだアレスディア・ヴォルフリートは、辺りをきょろきょろと見回しては、どこかそわそわとしている。その様子からこういった場になれていないのだと言う事が見て取れた。まだ開始早々から壁の花としての自分の位置を確立していた。
(な…なんだか大人ばかり……)
 辺りをきょろきょろとさせながら、裾にレースが付いたワンピース姿でパーティ会場内を徘徊するメイ・フォルチェ。
「大丈夫?」
「わ…!」
 思わず驚いて声を上げてしまった事にばつが悪そうに振り返ると、キョトンとした顔の柏木・深々那が立っていた。
「大人ばっかりだものね」
 相当不安そうな顔をしていたのだろう、深々那はメイを安心させるように笑うと、手を引いて歩き出す。
 メイは同年代くらいの子供が居た事にほっとしながら、その後を付いていった。
「おや、お前と同年代くらいの子もいるみたいだぞ」
 クスクスと笑いながら、もうパーティの料理に眼が行っている自身の逢魔クリスクリスに向けて声をかけたのは、チリュウ・ミカだ。
「え? そうなの」
 すっかり食い気なのか? とミカはやれやれと思いながら、マーメイドラインの濃紺のカクテルドレスの裾を巧く捌きながらクリスクリスの元へと歩み寄る。
 流石に昔と比べれば(特に胸が)大きくなったが、まだまだ子供なのだろう。スパンコールが輝く水色のハンカチーフスカートのショートドレスの裾を翻して振り返った。
 カツカツとヒールの音を響かせ、何時もは首の横で束ねている金髪をアップにして、黒のベルベット地のイブニングドレス姿で会場内に足を踏み入れるキング=オセロット。何時もは軍服のような格好に身を包んでいるため分からないボディラインが、今回はばっちりと晒されてしまっている。
 華やかな席に出る柄ではないが、せっかくの聖夜なのだし、とサクリファイスは何時もは着ない白いドレスを着て、この場に立つ。
「コール!」
 人ごみの中で何処の世界のものか良く分からない礼装に身を包んだコールを見つけ、サクリファイスは軽く手を上げて駆け寄った。
「あー、綺麗だね。サクリファイスちゃん」
 白いドレスに身を包んだサクリファイスを見て、コールは至極普通にそう口にする。
「そ…そうかな」
 うん。とニコニコ笑顔で大仰に頷いたコールにどぎまぎしつつ、言葉を続けるように顔を上げる。
「あ」
 突然のコールの声に、サクリファイスもつられてそちらに視線を向けた。
 集まった中でも一際目立っている、オーマ・シュヴァルツとその妻、シェラ・シュヴァルツに、娘サモン・シュヴァルツ。
 洋装が多い中紋付袴や色留袖、振袖といった正装で、そこまでであったならば普通の正装で終るのだが、シェラとサモンの着物に施された意匠が異彩を放っている。
 いつもだったら豪快に笑うオーマも、なぜかビクビクと縮こまっているのは、隣にシェラが居るせいだろうか。シェラの眼光は常にオーマに向けられ、ふざけた事をしようものならいつでも血に満ちた愛の抱擁が出来るよう準備されていた。
「…何だか…この服……随分と動きにくい…ね…。…やたらと…ごてごてしてるし…」
 着慣れない着物に少々むず痒さを感じているのか、サモンは自分の服を見下ろして呟く。
「いいや、可愛いぞ! 可愛すぎるぞ、我が娘よ!!」
 オーマの横からの力説にも、サモンはただ一瞥くれただけでぷいっと視線を外す。
「あれ〜」
 間延びしたような声がして視線を向ければ、コールがサクリファイスの横でオーマたちに向けて手を振る。
「おぉコールじゃないか。サクリファイスも」
 オーマもそれに答えるようにして手を振り返すと、

『皆様本日はお集まりありがとうございマース』

 という軽快なアクラ=ジンク ホワイトの声で、パーティの幕は開けた。





 さすが正装参加と言う事もあって、どこかいい緊張感が辺りに立ちこめる。
 しっかり未成年チェックでお酒を禁止されてしまったアレスディアは、ワインカップで白ワインならぬ白葡萄炭酸ジュースを飲みつつ、開始からずっと動く事無く壁をキープしてパーティ会場を眺めた。
「壁にもたれて、どうしたんだ?」
 アレスディアは声をかけられふと顔を向ける。
 そこに立っていたのは大量の料理を皿の上に乗せた北斗。
 立派な正装であるものの、どこか背伸びしている感が否めない北斗ではあったが、こういった場にであったとしても料理に感心が行く辺り食べ盛りな少年に変わりは無いらしい。
「あまり……こういう場はなれていなくてな」
 北斗の問いかけにアレスディアは軽く苦笑して答える。
「勿体無いだろう? 折角いろんな人と知り合えるチャンスなんだぜ?」
 にっと笑う北斗に圧倒されつつ、ついおかしくなってアレスディアは口元を押さえて笑い始める。
「な…なんだよ! 笑うなよ」
 その笑顔に顔を仄かに赤く染めて反論する北斗は、やはり正装に身を包んでいても年頃の男の子である事に変わりはなかった。
 そんな会場の隅の二人を横切るように過ぎ去るサンタクロース。
「刺繍とても綺麗ね。何処の国の服?」
 巧く裾を捌けるように集中して歩いていたリージェに声をかけたのはメイだ。
「どこだったかな?」
 今まで沢山の国を旅して、たくさんのものを見て、故郷の民族衣装だったかもしれないし、どこか旅の途中で立ち寄った国の衣装だったかもしれない。
 確かに皆洋装や和装の中で、民族衣装に身を包んだ自分はちょっと浮いているかもしれないが、正装である事に変わりはないのだ。
「いいなぁ。凄く綺麗」
 純粋な子供の瞳でそう見上げられて、歌を誉められるのとはまた違った賛美にリージェは軽く照れる。
「あら、メイちゃん」
 シャロンは見覚えのあるシルエットに記憶を手繰らせ、その名前を呼ぶ。
「シャロンさん」
 メイは名前を呼ばれたことにキョロキョロと辺りを見回すと、シャロンを見つけて手を振った。
「あなたも来てたのね」
 と、シャロンはメイの元に赴くと、リージェに向けて軽く微笑む。
「初めまして、こんにちは」
「初めまして」
 と、シャロンとリージェは軽く自己紹介を交わす。
 世界広し人多しといえど、話してみればどうやらやってきた世界が違うという事が分かる。
「凄いねここ」
 メイも来たばかりでちょっと不安になった時に声をかけてくれた子は、自分達の世界の子じゃなかった。
 こういった出会いもまたクリスマスだから…と、言えるのかもしれない。
「あのサンタ……」
 正装で。となっていたのに、わざわざサンタクロースの格好で来るなど、確かに時期には沿っているが、場にそっていない。
 サンタを追いかけるように視線を移動させれば、パーティ会場で用意されている四角い何も乗っていない机が目に入る。
 誰が言い出したのか、どうやらシャンペンタワーをする事になったらしい。
 料理が並んでいるテーブルに次の料理を取りに来た北斗は、小さくグラスが鳴る音に顔をあげ、へぇっと声を漏らし、
「こんなの結婚式くらいしかやらないと思ってたなぁ」
 と小さく呟く。
 相変わらずアレスディアは壁の定位置から動いていないが、どうやら気になるようで視線だけはそちらへ向ける。
 グラスを組み立て始めた少年――瀬乃伊吹を見ていると、どうやら彼が言い出したことらしい。意気揚々とグラスを積み上げている。
『シャンペンタワーできましたぁ』
 マイクを持って放さないアクラの声が会場中に響き、そちらへと視線を向ける。
 最後、頂上のグラスをバランスよく置き、周りから歓声の声が上がる。
『さて、此処からが本番だよ』
 無礼講という事だからか完全に会場中を縦横無尽に飛びまわり、アクラのスピーチは響き渡る。
「シャンペンいきまーす」
 言いだしっぺの伊吹は台に乗って、上から金色に光るシャンペンを一番上のグラスに注ぐ。
 グラスから溢れたシャンペンはその下のグラスに溜まり溢れ、またその下のグラスへと移動していく。
 その真後ろから迫る、サンタクロース。
「伊吹くん!?」
「へ?」
 一生懸命バランスを保ってグラスにシャンペンを注いでいた伊吹は、突然の呼び声にびくっと肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。

 ガシャ――――ン!!!

 天性の反射神経でさっと横に避けた伊吹だが、折角積み上げてもう少しでシャンペンも一番下のグラスに到達したはずのシャンペンタワーは跡形もなく粉砕する。
「な…何!?」
「うげ!」
 サンタクロースは風船が膨らむようにどんどんと膨張していき、パンっと弾ける。
 その瞬間、視界が暗転した。



【Wanna be an Angel】


「っつ……」
 誰ともなくキーンと痛んだ頭を押さえて首をふる。
「ここは……」
 辺りを見回せば周りは霧に囲まれ、自分達が長方形の岩がレンガ上に敷き詰められた何かしらの道路の上にいる事が分かった。
 この石畳の先に視線を向ければ、片側はバルコニーのように半円の展望台のようになり、また片側に視線を向ければ、重厚な扉が瞳に移り、ゆっくりと顔を上げると、
「教会…?」
 ステンドグラスにはめ込まれた十字架が、微かな光を受けて神々しくも輝いていた。
「大丈夫? 零ちゃん」
 シュラインは同じようにこの場所へ飛ばされたらしい零を気遣うように駆け寄る。
「私は大丈夫です。シュラインさんこそ大丈夫ですか?」
 零は普通の人とはちょっと違うために、こういった状況にはシュラインよりは強いと言える。
「ちょっと寒い」
 建物の中から吹きさらしの石畳の道路の上に放り出されてしまったことに、メイは小さく縮こまる。
「教会、行くしか無いかな」
 ウインターフォークという種族であるクリスクリスには、この寒さもあまり苦ではないのだろう、立ち上がり吹く風に髪を押さえて教会を見る。
「教会…か」
 ふとミカの頭に3年前に出合った奇跡が蘇る。
 この霧に囲まれた教会にも、使命をおった天使達が訪れるのだろうかと漠然と考える。
「何はともあれ、とりあえず教会にお邪魔しないか? この格好でこの場所にいると凍えてしまいそうだ」
 リージェは民族衣装の上から自分の身体を抱きしめ、教会の入り口に向けてすっと視線を送る。
「そうね、パーティ会場に何時戻れるかも分からないし、教会にお邪魔させてもらいましょう」
 シュラインは零と身を寄せ合いながら教会を見つめ、強く吹いた風に身を縮込ませた。
 教会の中は何処にそこまでの光源が存在しているのか分からないほどに光りが降り注ぎ、静寂が辺りを包み込んでいる。
 人の気配はまったく感じられないのに、この教会は打ち捨てられた感も寂れた感も感じられず、ただ何処までも荘厳な雰囲気だけがピリピリと肌に刺さる。
 まるで、ここに人が来てはいけなかったかのように。
「なんでかな…温かいけど、凄く寒い……」
 春の陽光のように降り注ぐ光はあれど、感じる雰囲気は何処までも冷たい。
 外の寒さの中にあっても平気だったクリスクリスが、ぎゅっとミカの腕にしがみ付く。
 長い回廊が続き、その先に聖堂の椅子が見える。
 一同は好奇心に引かれ、聖堂へと足を向けた。
 アーチ型の柱に囲まれたバシリカ式の聖堂の先、パルピットの頭上に輝く円形のステンドグラスは、回廊で見たものよりも複雑に、そして聖堂内に振る光を計算しつくした作りなのだろう、回廊よりもかなり明るい。
 一瞬足を踏み入れる事が躊躇われ、入り口に立ち尽くす。
「わぁ……」
 メイの口からただ自然と漏れてしまった感嘆の声を皮切りにして、ゆっくりと聖堂へと足を踏み入れる。
 祭壇の説教台の丁度真上、視線を向ければステンドグラスの正面に、光に隠れるシルエットが見える。
 まるで差し込む光を透過するかのように、床に振る光量を減らす事無く光りと同化しているその、シルエット。
「何だ?」
 リージェはすっと民族衣装の裾を捌いて祭壇へと近づく。
「なになに?」
 15歳になったとしてもまだまだ無邪気な少女の域から出ていないクリスクリスも、リージェの後を追いかけるように軽く駆け出す。
 ミカはそんな自信の逢魔の背中を見ながら、やれやれと肩を竦めて笑みを零す。
「仮にも教会だ。あまり走るなよ」
「はぁい」
 ゆっくりとした足取りで祭壇へと向かいながら、信心は無いが聖堂と言う場所柄心持声を落として逢魔を諌める。
「ティアラとサリーに出会ったのも、この日だったか」
 ミカはふふっと小さく笑みを零し、しばし思い出にふける。
「この日は毎年教会に天使が祝福を届けに来ると、聞いた事があるのだけど」
 ミカと肩を並べるようにして、シュラインは祭壇に向かいながら、思わせぶりな事を一人呟いたミカに問いかける。
「あぁ、本当の事だ」
 3年前、何の因果か魔皇である自分にとって敵であるはずの天使とはまた違った天使であるティアラに出会ったのは、いい思い出だ。
「聖堂ですものね、運がよければ遭遇出来るかしら」
 霧に囲まれて孤立してしまっているように見えるこの教会も、教会である事に変わりは無い。
「クリスチャンではないから、出会えたとしても申し訳ないような気もするけれど」
 苦笑するシュラインに、ミカは視線を向けると、
「大丈夫だろう。クリスチャンどころか天使を敵と見ていたあの頃のわたしでさえ、出会えたのだから」
 加えてあの頃はまだギリギリ20代だったような……?
 自分で口にして、本当に年をとったものだと自覚できてしまって、少しだけ心が凹んだ気がした。
「シュラインさん!」
「どうしたの? 零ちゃん」
 零の驚いたような声に、シュラインは何か起こったのかとすっと視線を向ける。
「格好いいかも……」
「天使…か?」
 わぁっとクリスクリスはステンドグラスのシルエットを見上げ、リージェは見た事が無いために推定とも確定とも取れない言葉を発する。
「でもこの天使さん、変…だよね?」
 同じように見上げるメイの言葉どおり、ちょうどステンドグラスから差し込む光の軌跡上に浮いた天使は、胸の前で手を組んではいるもののその瞳は閉じられ、まるで何かに拘束されているかのように微動だにしない。
 浮いているというよりは、そこに備え付けられているといった方が正しいような状態で、天使はただ祈りを捧げている。
「似ているが…違うな」
 金色の髪の毛をしてはいるが、年齢はティアラよりもかなり大きい。いや、成長すればもしかしたらこの天使のようになるのかも、しれないが。
「まるで時を止めているみたい……」
 霧に囲まれた教会。誰も居ない聖堂。先の無い石畳の道路。
 まるで全てがこの場所を留めている何かのように思えて、シュラインは眉根を寄せる。
「神父さまも居ないしね」
 どうしてかな? とクリスクリスは首をかしげ、もし神父さまが居たとしても、あまりお説教とかは興味がないから、その点で見れば良かったと言えばよかったのだが。
「だけど、この光はとても暖かいよ」
 光の軌跡の中に立って、リージェは両手をそっと広げる。
 すぅっと息を吸い込むと、リージェの口からは旅の途中に聞いて覚えた聖歌が、自然と溢れ出していた。
 日本語とも英語とも、ましてやソーンの公用語とも違う独特な言語で歌われる、静かで優しい聖歌。
 すっと折り合わされた衣装の隙間から竪琴を取り出し、今度は弦を爪弾きながら歌を聖堂に響かせる。
「綺麗…」
 聖堂の椅子に腰を下ろし、瞳を閉じてリージェが奏でる聖歌に耳を傾ける。
 メイは時を止めた天使とリージェの歌の中、そっと祈るように手を組み合わせる。気持ちや行動なんて結局は自分次第なのだけれど、なんとなく祈っておくと気持ちが楽になるかもしれないような気がして。
(今の知り合いと仲良く過ごせますように)
 祈りを捧げながらそう思いつつ、ちょっと大きな事を祈りすぎたかな? と軽く苦笑を浮かべる。
「天使によって何か違うのかもしれない」
 あの時は途中でトラブルがあったから、あんな結果になってしまったけれど、もしかしたら本当はこの目の前に浮かぶ天使のように祝福を与える時間まで時を止めているのかもしれないと、ミカは考える。
『誰―――…』
「♪〜〜っ!」
 突然の声にリージェはピタッと歌を止めて振り返る。
 歌が止んだ事に瞳を開けると、閉じていた天使の瞳が薄らと開き、綺麗な深海の蒼を覗かせていた。
「起きたの?」
 座っていた椅子から駆け出して、天使を真下から見つめるクリスクリス。
『どうして人が……此処に居るの?』
 小さく口元が動くだけで、天使は微動だにしない。
『ここは、閉ざされた教会。人が来る事は出来ないはずだ』
 瞳を開けたものの虚空を泳ぐその視線は、“人”を見ているのではなくて、“人”を感じているように思える。
「私たち、ここに飛ばされてしまったの」
 あなたの邪魔をしたいとか、不快にさせたいためじゃなくて、気がついたら此処に居た。とシュラインは天使に向けて説明する。
『あぁ…そうだね』
 思えば、ここにいる誰もがまた別の世界からの来訪者。クリスマスという軌跡によって集う事が出来たメンバーなのだ。
『これもまた、導きなのだろう』
 薄く、口元が微笑んだ気がした。

パキン――――――…

 どこか金属的なものが割れるような音が響き、窓から差し込む光を透過していた天使の周りが、まるで万華鏡の中で鏡が弾け飛ぶように、光を教会中に拡散させた。
 突然の光に顔を覆っていた腕をそっと解く。
 はっとしてステンドグラスからの光りの軌跡を見れば、その場所にあの時を止めた天使の姿は無かった。
 帰ったのだろうか。
 違う。
 高い天井から降る白い羽根と、羽ばたく音。
「動けたんだ」
 翼を羽ばたかせ浮かぶ天使に向かって、どこか自然と笑顔を浮かべながらメイは呟く。
 とんっと床に降り立った天使は、初めてこの場に訪れている6人を“視た”。
『なるほど……』
 床に降り立った事でよくよく見てみれば、年の頃15・6の綺麗な――どちらかと言えば少年。
「お前は祝福を届けないのか?」
 いやここが教会なのだから、ここに届けに来たと考えてもいいのだが、何か違うような気がしてミカは問いかける。
『知っている――人だね』
 すぅっとその深海の瞳を細くしてミカを見ると、天使は小さくそうか…と呟いて、
『ティアイエルとは、違うんだよ』
 と、ゆっくりと瞳を伏せる。そして、
『どうして、この場所へ?』
 どうしてだろう。と思い返してみれば、違う世界の人々が集ったパーティに居たサンタの格好をした人が行き成り膨張して、気がつけばこの場所に居たような気がする。
「ごめんなさい。本当に貴方の邪魔をするつもりはなかったの」
 それでも勝手にこの場所に立ち入ってしまった事には自分達に非があるかもしれないと、シュラインは少し眉根を寄せて謝る。
『不可抗力』
 次元が歪めば、望まずとも知らない場所へ飛ばされてしまう事は仕方が無いこと。ましてやそういった力の無い人々にとっては、まったくなす術が無いのだから、驚きはしたけれど怒るような事ではない。
「ね? 天使くんは何て名前なの?」
「ク、クリスクリス!?」
 ずいっと天使を見上げて覗き込んだクリスクリスに、ミカは静止の声を発し、天使はぽかんと瞳をパチクリさせる。
 その後、クスクスと笑いを漏らすと、
『ハミエルだ。覚えなくていいよ』
 覚えなくていいとはなんとも奇怪な言葉だが、その後『僕も覚えないから自己紹介もいらない』と言葉を続けられ、流石にそれにはクリスクリスだけでなく他の面々もちょっとあっけに取られてしまった。
 顔はいいのになぁ、と仄かに考え、宿木のロマンスを思い描いていたクリスクリスは、少し気落ちして教会の椅子にすとんと座り膝に肘をついて頬杖をつく。
「ここにずっと居られるって訳じゃ、ないよね?」
 おずおずと伺うようにメイは天使に近づき、元の世界――もとの場所に戻れるかな? と、言葉を続ける。
 元の場所はあのパーティ会場、そして元の世界は、それぞれが本当に生きている場所―――
 だが、ハミエルは疑問には殆ど答えない。
『出会いの奇跡、か……』
 ふふっとは笑いを浮かべ、僕達天使のことは知っているのでしょう? と視線を投げかける。そして、
『その奇跡、祝福しよう』
 と、バサっと羽の音を響かせる。
『僕はハミエル。豊穣を司りし、12月の天使』
 天使ハミエルは、その背中の翼を大きく広げ、天井へ向けて一気に飛び上がる。
 すっと動かした腕の先、淡雪のような光りが教会の中を一気に白く染め上げた。
 祝福が、振る――――
 シュラインはそっと腕を組み祈る。
 この感動を、喜びやその充実感が天使様にも届くように、と。
 そして今クリスマスの使命を行おうとしている天使に向けて、そっと軽く頭を下げた。
「シュラインさん…」
 心配そうな面持ちでそっと添えられた零の手に、シュラインは微笑を浮かべて重ね合わせる。
「大丈夫。武彦さんにも、きっと祝福は届いているわ」
 その言葉に、零が嬉しそうに微笑んだ。
 クリスクリスはそっとミカのドレスの端をつかんで、自身の魔皇の顔を気が付かれないようにそっと見上げる。しかし、ミカはその視線に気がつき、軽く首を傾げると「どうした?」と問う。
「な…なんでもないよ!」
 クリスクリスは、はっとしてブンブンと首をふると、またちらりとミカを見る。
(ボクにとって“奇跡”は魔皇さまであるミカ姉と出会えた事。だからきっと、これ以上の奇跡はない)
 こんな事恥かしくて面と向かっては言えないけれど、魂の絆で結ばれる唯一の人だから、口にしなくてもその思いは通じている事だろう。
 そしてハミエルの広げた翼からは、光の粒子のような白い羽根が雪のように舞い落ちる。
(これ記録とかむしろ勿体無い)
 メイは自分の心にそっとこの光景を刻み込むように、舞い振る光と天使を見つめる。
 あのパーティ会場には居なかったけれど、あの二人にも見せてあげないな、なんて思いながら。
「溶けちゃいそう」
 そっと手を出した先に光の羽根が振る。
 その瞬間、メイの頬を一筋の涙が零れ落ちた。
「あ…あれ?」
 最近涙脆いのかなぁ? と、メイは誰も見ていないのに、ちょっとだけ顔を赤くして涙を拭う。
 リージェはそっと裾を捌くと徐にその場に座り込み、また別の――今度は賛美歌をその口に乗せる。
 それは、きっと皆が知る世界から来た人が、ソーンにもたらした賛美歌を。
 ユニコーンの鬣を撚り合せて作られた竪琴が、その歌に何倍もの効果を与えて教会中に響き渡らせた。
『奇跡の元に集った者たちに、豊穣の祝福を!』

 五穀が実るように、願いは必ず実ると―――

 リージェがすぅっと声を落とし、最後の弦を爪弾く。
 それと同時に光に溢れていた教会の中は、最初来た時と同じようにステンドグラスから入る光だけを残して、全てが消えてしまった。
「消えたのか……?」
 いや、彼はティアラとは違うと言っていた。だから、もしかしたら“帰った”のかもしれない。
「な、何!?」
 ぐにゃりと教会が歪む。
 辺りを見回せば、混ぜ合わせる絵の具のようにグルグルと混ざっていく視界。
 程なくして、世界が反転した。



【パーティはこれから】


 次元が歪み、別の場所へと飛ばされた人達がパーティ会場に戻ってくる。
 パーティ会場自体も、あのアクラとお友達(と言うとどつかれそうだが)の膨張サンタによって盛大に壊されてしまったが、何処へ飛ばされたのか、シャロンやオセロット、サクリファイスといった面々は、とても涼しそうな格好に変わっていた。
「さ…寒いですよぅ」
 きっと同じ場所に飛ばされたのだろう三下が、身体を抱えて泣き言を漏らす。
「シュライン! 零!」
 独りパーティ会場に残された草間は、流石に心配だったのだろう戻ってきたシュラインと零に駆け寄る。
 シュラインと零は顔を見合わせ、そして同じ場所に飛ばされた面々に向けて振り返る。
 その誰もがどこか満たされたような穏やかな表情を浮かべて、ただ微笑んでいた。
「さぁて、仕切りなおしと行こうか」
 何時もどおりのテンポと、何時もどおり場を気にしないタイミングでアクラは口を開く。
「そもそもこの状況はキミのせいでしょう? ホワイト君」
 セレスティが苦笑しながらアクラを諌め、当のアクラはそんな事聞こえませーんと言わんばかりに両耳を塞ぐ。
「ボクは白。空“白”を操る時空の旅人―――」
 にっとアクラが微笑んだ瞬間、壊れたはずのパーティ会場は見る見るうちに元に戻り、別時空に飛ばされて涼しい格好になっていた4人の衣装も元に戻っていく。
「クリスマスだから、特別だよ」
 程なくして、時計は進んでいるものの、パーティが始まった最初まで全てが元に戻り、何事も無かったかのような時が訪れる。
「料理は元に戻らないのか…」
 他の場所は元には戻ったが、テーブルの上の並べられた料理だけは減ったままで修復されていない事に、北斗は少々残念そうにそう呟く。
「えー有機物まで戻せっていうのー?」
 そんなの料理する前まで戻しちゃうかもしれないよ? と口にしたアクラに、オーマがざっと羽織りの袖をめくり、何処に持っていたのか長い鉢巻を取り出すと、袖をたすき掛けにする。
「料理が足りねぇ、なら作れば済むこった」
 そう言うと厨房に向けてズンズンと歩いていき、パーティ会場から姿を消す。
「そうね、まだ殆どパーティも満喫しないまま、飛ばされてしまったのだもの」
 折角来たのにこのまま帰るのも癪に障る。しかしシャロンにはそれよりも、あの飛ばされた地で見つけた新しい植物のサンプルを持って帰れなかった事の方が重大らしく、
「あの場所…また行けるかしら」
 などと小さく考え込みながら呟く。
「ねね、ミカ姉。もしかして知っててお出かけ誘ってくれたの?」
 クリスクリスはどこか懐かしげな微笑を浮かべているミカに向けて問いかける。
「いや……確信があったわけじゃ、無かったのだがな」
 あの場でパーティ会場から聖堂へと飛ばされてしまったのはもしかしたら偶然だったのかもしれないけれど、3年前に出会った小さな天使達にまた出会えたことは偶然ではなかったと信じたい。
「サンシタは足が速いんだな」
 飛ばされた南の島で、なぜか一緒に怪獣から“走って”逃げていたサクリファイスと三下。
「あの、だから僕はサンシタじゃなくてミノシ――…」
「ご無事でなによりですよ。サンシタクン」
 車椅子を移動させてこのパーティ会場の中で一番ひ弱な三下に、労いつつもちょっと意地悪なセレスティ。
「今はこの場所も元に戻ったけれど、あなたも大丈夫だったのか?」
 セレスティの力を知らないサクリファイスは、単純に車椅子では騒動に対応しづらかったのではないかと問いかける。
「えぇ、私は大丈夫ですよ」
 ご一家の方々が活躍してくれましたから。と、今会場に残っているシェラとサモンに視線を送る。
「それに、少々面白い事もありましたし」
 と、ふとアレスディアに軽く視線を向けて、クスクスと笑う。
「無事ならば、それで良かったのだけど」
 結局話を逸らされたおかげで、三下はサクリファイスに自分の名前の読みは『ミノシタ』であると告げられず、かくっと肩を落として涙を流した。
 そして一人ぶちきれたアレスディアは、自己嫌悪に壁に手を付いて反省ポーズ。
「凄い活躍だったねぇ」
 そんなアレスディアの肩をぽんっと叩いたのはシェラだ。着物の裾を華麗に翻して戦ったおかげで着物が着崩れたかと思ったが、そんな事はなんのその、一寸の乱れも無く振り返ったアレスディアににこっと微笑む。
「いや、私は……」
 まさか自分も切れてしまうとは思わずに、アレスディアはただ俯いて照れるばかり。
「アレスも飲みな? ほら」
 と、何気に手に持っているのは赤いワインの入ったグラス。
「あ…いや、私は」
「未成年の飲酒は禁止だよ」
 腕組みをして二人の間に割って入った高良だったが、その後盛大なシェラの抱擁にどこか誤魔化されてしまった様な気がした。
「中々面白い趣向だったな」
 メイン会場から少し離れた場所にある喫煙所で、オセロットは数時間ぶりの煙草をふかす。
「武彦さん、私たちが居ない間も、ちゃんと喫煙所で煙草吸っていた?」
 シュラインが喫煙所のソファに座って、もう疲れましたと言わんばかりの表情の草間に向けて、心配そうに声をかける。
 物も多い人も多い場所での歩き煙草は危険極まりない。
「あぁ、大丈夫だ」
 本当かどうかを知る事は出来ないが、草間のこの答えにシュラインは微笑み、飲み物を取ってくると喫煙所を後にする。
 オセロットはその背中を見送り、大仰にソファの背にもたれかかった草間に向けて、
「彼女は、しっかりとした人だな」
 初対面でありながらも、ソファにダレる草間を見ていると、何となく性格は予想が付いた。
「あ…あぁ、うちの事務員なんだがな」
「本当にその程度か?」
 フフ…と笑うオセロットに、草間は眼を逸らし髪の毛を誤魔化すようにかきあげる。
 程なくして飲み物を持ってきたシュラインに手を引かれ、草間は手を振る零の元へと喫煙所を後にした。
「リージェさん、竪琴凄く上手なのね」
 聖堂で聞いたリージェの歌に、メイは感動した瞳でリージェを見上げる。
「あたしはこれでも歌で生きているから」
「凄い! リージェさんは歌手なのね」
 歌手―――…確かに歌い手だが、世界が違えば名称も違うものなのだろうと、リージェは素直に肯定する。
「聖堂で歌った歌。教えて…欲しいのだけど……」
 聞かせたい人がいるの。と、メイは言葉を続け、照れ隠しに俯く。
 そんなメイの姿にリージェはどこかピンと来たのか、にっこり微笑むと、
「あぁ、いいよ」
 と、竪琴を軽く爪弾いた。
 サモンは一人会場の隅っこから、辺りを見回すようにして瞳だけを動かす。
 違う世界の人間が居るだけじゃなくて、あんなにどたばたとしてしまったのに、どうして今では何事も無かったかのように語り合えるのだろう。
「サモンちゃん、どうかしたの?」
 人の輪から離れていた事に気がついたコールが軽く声をかける。
「別に……」
 何でもない。と呟いて、興味ないと言わんばかりにすっと瞳を逸らす。
「何でもないなら、何でもいいよね」
 笑顔で軽く小首をかしげて宣言したコールに、サモンは何を言っているんだこの人。と怪訝そうに眉を寄せて顔を上げる。
「何でもいいなら、楽しんでもいいよね」
 何だその三段論法は、と突っ込みたいところだが、このお気楽顔に何を言っても無駄な気がして、言葉を噤む。
 しかしコールはそんなサモンの心情などお構いなしで、ナチュラルにその手を引くと、人の輪へと入り込む。
「よーし、パーティはこれからだぞぉ」
 あまりの事に驚きに瞳を大きくしたサモンだったが、ふっと肩の息を抜くと誰にも見えないように薄らと微笑んだ。



Fin.




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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


■東京怪談■

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男性/17歳/退魔師兼高校生】

【NPC/瀬乃伊吹(せの いぶき)/女性/13歳/自称中学生】
【NPC/柏木深々那(かしわぎ みみな)/女性/12歳/中学生兼神官】
【NPC/柊秋杜(ひいらぎ あきと)/男性/12歳/中学生兼見習い神父】
【NPC/草薙高良(くさなぎ たから)/女性/13歳/中学生】
【NPC/アクラ=ジンク ホワイト/無性別/?歳/時空間旅行者】


■聖獣界ソーン■

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2872/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
【2872/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
【3033/リージェ・リージェウラン/女性/17歳/歌姫/吟遊詩人】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
【2470/サクリファイス/女性/22歳/狂騎士】

【NPC/コール/男性/?歳/迷子】


■サイコマスターズ アナザー・レポート■

【0645/シャロン・マリアーノ/女性/27歳/エキスパート】
【0712/メイ・フォルチェ/女性/11歳/エスパー】


■神魔創世記 アクスディアEXceed■

【w3c964maoh/チリュウ・ミカ/女性/33歳/残酷の黒】
【w3c964ouma/クリスクリス/女性/15歳/ウインターフォーク】


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■         ライター通信          ■
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 H×H Xmasご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。ライター自身が略してれば世話無いですね(笑)
 今回はもう今まで経験した事のない大人数で、8人でも多いと思っていたのにそれ以上…自分の中で収拾がもう…ねw(聞くな)多分パターンだけで8パターンほどあると思います。といっても組み合わせが違うだけで場面@が3パターン、場面Aも3パターンあるものを組み合わせての8パターンなので、完全に個別と言う部分は今回ありません。ご了承ください。
 初めましてですね! 竪琴をどうやって持ち込んでいたのか考え、民族衣装はアジアンテイスト系だろうと予想して服の中に入れていた、という形にしました。ノベル本編では触れておりませんが、リージェ様の歌によって天使は目を覚ましたのだと思っていただければ幸いです。
 それではまた、リージェ様に出会える事を祈って……