<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
祝い日
その祝いは、元々、収穫を感謝する冬至のお祝いに皆で祝うものだったらしい。
友人や家族と今年の収穫を祝う日。
冬の寒さに備え、体力を蓄える、その為の――祝い。
「……が、何故にこんな風な祭りになったんだ?」
色とりどりの星や飾りを見ながら問い掛ける人物に「ああ」と頷きながら「こっちの方が家の樹にはあいそうですよ」と差しだし、話を続けた。
「何でも、クリスマス当日にキリストが生まれたからだと言う説が有効のようです。彼はベツレヘムの馬小屋で生まれたそうですよ」
「馬小屋……?」
「はい」
「何で馬小屋で生まれた見知らぬ人の誕生日を祝うんだ?」
可笑しいじゃないか!
と、手をふるふる震わせている。
どうにも「クリスマス」のポスターで長髪、髭のあるキリストの姿を見てから、ある種の衝撃を隠せないらしい。
が、この「クリスマス」本当にこの日がキリストの誕生日かは解らないし、逆に宗教的な背景もあると言うのが本当の所でもあるようだが……その様な事を知らなくてもクリスマスはやって来るし、祝う日であることに変わりは無く。
「まあまあ、清芳さん。可笑しい事は可笑しいですが、そのお陰で美味しいものも食べれるわけですし」
「むぅ……、そうだな。馨さんの言う通りか」
「ええ、第一皆が皆、それを覚えているかも……いや、失敬。さて、飾りはこの位にして、後は何を買います?」
「そうだなぁ……」
そう、話は若干前後するがこの二人買い物の途中なのである。
ソーンに来て初めてのクリスマスと言うものを倣うべく、こうして色々なものを揃えてる訳なのだが、「あれがあった方がいい」、「いやこっちの方が」と言う店員達の言葉に話半分、二人で考えながら購入してると言った方が正しいのかもしれない。
樹は家にあるからクリスマスツリーはいらないし、後は飾り付けをしたり樹を鉢植えに植え替えたりするだけで事足りる。
後は美味しいケーキやシャンパンを買って、アルマ通りにある総菜屋で鶏肉などを買えば準備は完了。
抱える荷物がどんどん深い重みを増し、さて、そろそろ場所を変えようかと言う時に清芳がある商品の所で足を止めた。
「どうしました?」
「これは……絵具か?」
「は?」
馨は清芳の見ている場所を覗き込む。すると、其処には。
賑やかな色合いの化粧品が所狭しと置かれており、「絵具」と清芳が言いしめた紅が見本品と共に陳列されていた。
鮮やかな赤、紫を含んだ何処か毒のある色から差したか差さないか解らない淡い色まで……なるほど「絵具」とは言いえて奇妙なものだ。
馨は口元に浮かぶ微笑を深め、
「いいえ。これは化粧用品ですよ、女性は紅を差しますでしょう?」
「ほう……」
「?」
「良く、知っているな。流石は馨さんだ」
「お褒めに預かりまして」
肯定とも否定とも取れない言葉を言いながら笑顔を浮かべる。先ほどのこみ上げてくる笑いとは別の、意識した笑顔だ。
が、清芳は馨が浮かべた表情を見ずに言葉を続ける。
「其処まで詳しいとなると……塗った事もある、のかな?」
「何故、私が?」
「似合いそうだから」
「…………………」
がくり。
脱力しそうになる己を奮い立たせながら馨は足に力をこめ、溜め息さえも心の中へと仕舞いこむ。
時折奇妙な事を、傍らに居るこの人が言うのはいつもの事じゃないか。
似合いそうだと言われたから、それが何だと言うのだ。
「私が化粧するんじゃ可笑しいでしょうに」
表情を変えずに、漸くそれだけを言うと清芳も「そうか?」と短く応えると納得したのだろう、別場所へ向かおうとしているのを見、馨はその足を引きとめようと言葉を落とした。
(ご自分の事になると思考が回りませんよね)
其処がまた、この人のこの人なる所以なのだろうけれど。
「清芳さん」
「ん?」
「宜しかったら、紅だけでも買って差しあげましょうか?」
「………はあ?」
――店内に、清芳の声が響き渡った……様な、気が、した。
+
ぱちぱちと、幾度となく瞳を瞬かせ、言葉は無い。
先ほどの大きな声を出した人物と同一人物とは思えないが――、その動作の中で忙しく彼女は思考をめぐらせていた。
似合うと言っているが、だが、何故私が紅を貰うのか。
買って貰うような理由も見当たらず、横目でちらと、備え付けの鏡を見た。
(私の顔色が悪いと言う事か?)
確かに陽に焼けないから白くはあるかもしれない、だが、しかし。
「つかぬ事を伺うが」
「何でしょう?」
にこにこと。悪意の無い笑顔と言葉に裏など無い様に見える。
が、
「私の顔色は病人の様だと言う事か?」
そう聞きながら、清芳はじっと馨の顔を見る。が、やはり、表情の変化は無く笑顔のままだ。
「いえ、そうじゃなくて……」
面白い返しをする清芳に馨は益々笑みを深め、
「時には気分が変わるかと。ね、如何です?」
と、首を傾げる。
うーん、うーんと悩む清芳が面白くもあるが、また何か考えが浮かんだのだろう、ぽん! と手を軽く叩くと、
「なら、馨さんご自分で。物は試しと言うし、」
絶対私より似合うと思うが如何か……と、更に言葉を続けて言おうとしたら。
ピキッ。
……店内の温度が一気に氷点下まで落ちたかのような寒さが到来した。
ちなみに。
本日の気温は10度くらい。
暖かくも寒くも無い、冬の、当たり前の気温である。
+
「ですから、何故私が?」
ゴゴゴ……
地鳴りが聞こえそうなほどの馨の強力な「にっこり」攻撃を受けながら清芳は声を小さくしながらも叫ぶ。
「どう見たって似合うじゃないか!」
「似合う似合わないの問題ですか!」
「何を言うか、私より睫毛が長いくせに!」
「―――!!? 其処を張り合ってどうしようと言うんですっ。第一、測る術も無いでしょうに!!」
ぜーはー。
両者の荒い息が聞こえるが店内で人が振り返るほど大きな声で言い合ってないのが流石ではある。
いや、声を抑えてる分、息が上がるのかもしれないが……取り敢えず周りに人が居なくて良かったのかも知れない。
もし居たならば、そのあまりにも奇妙な喧嘩内容に目を白黒させていた事だろう。
そんな事に構ってられない二人はと言えば「だから」とか「いや、そうじゃなく」と言う問答だけが繰り返され、
「と、兎に角、私に勧めるのなら馨さんが差した方が」
色とりどりの色から逃げるように清芳が目を逸らした。
その行動を合図に、馨も漸く、
「……あのですね、私の性別、忘れていませんか?」
そう聞き返すことが出来、逸らしていた清芳の視線もゆっくりと、だが確実に元の位置に戻った。
「……忘れていないが」
「ならば、私が差すのは可笑しいといい加減に気付いて頂きたいものですが」
それに、と馨は言葉を続ける。
「清芳さんに買おうと言うのに、何故、私なんですか?」
「あー……それは……。そうだな、……何でだろう?」
首を傾げ「はて」と言う姿に「え?」と驚く。
まさかとは思うが……馨は確認を取るべく、静かに、問う。
「まさか、今まで気付かず言ってたんですか?」
「ああ、その様だな」
「………」
がっくり。
力が入らなくなるのも二度目になると、無意識の内に足へ力が入るものらしい。
何で、この人はこうも以下同文。
そんな気持ちになってしまうが相手の内に「自分が差した方が良いのでは」と言う事が消えたようなのでホッとする。
「じゃあ、もう一度聞きなおしましょうか。どうします?」
「むぅ……今一度問い掛けるとはずるいじゃないか」
「おや、心外ですね。私に、とずっと仰っていたのに」
ぐっと咽るような音が聞こえ、微笑う。
「似合いそうなもので、つい、と言うかな」
「ですからいい加減”似合いそう”から離れて頂いてですね……」
「本当なんだがなあ……ええと、その」
「はい?」
「買ってくれるという気持ちだけ頂いておく事にする」
「――なるほど」
「?」
「いえ、清芳さんらしいなあと思いまして。では、そろそろアルマ通りへ向かいましょうか」
「ああ」
扉へ向かい、二人は揃って歩き出すと店内が暖かかったのだと言う事に気付いた。
店の中から、外へと一歩踏み出すだけなのに、冷たさを孕んだ風が頬へかかり、すぐさま、寒さの中でも賑やかな声が辺りを包んでいく。
焼きたてのパンやケーキの匂いに清芳は瞳を輝かせながら馨を急かし、馨もやれやれと思いながら娘を思いやるような気持ちで彼女の背を見つめた。
―End―
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