<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


なんでもなくても、特別な日

 あやかし荘のどこかにあるという、「霊芝草の間」。

「よし、と」
 小さなツリーの飾りつけを終えて、板垣静佳(いたがき・しずか)は一度小さく頷いた。

 クリスマスだからと言って、別に何処に行く予定もなければ、誰かが訪ねてくる約束もない。
 わざわざパーティーなどに行くのは面倒くさいし、約束してまで会いたい人もいない。

 それでも、今日は一年に一度しかない特別の日。 
 また一年が無事に過ぎた、そのことを確かめさせてくれる一つの区切り。

 だから、小さなツリーとケーキはその記念。
 それ以外は、何も変わったことはない。いつも通り。

 そう、いつも通り、部屋の鍵は開いている。

「一人で暇なら遊びにおいで。なんにもないけどね」
 すでに、予定がない予定がないと言っていた面々には、会った時にそう伝えてあった。

 ところが。

 今日は、夕方になっても、誰一人訪ねてくる様子はなかった。

「ま、そんなもんだろうね」
 そう呟いて、苦笑する。
 なんだかんだ言って、本当に暇をもてあましている人間など、そうはいない。

 と、その時、誰かが部屋のドアをノックした。





「メリークリスマス♪」
 現れたのは、彼女の弟分の少年、虹野輝晶(にじの・てるあき)だった。
「テル坊! 来てくれたんだ?」
 驚く静佳に、輝晶は軽く苦笑する。
「ひょっとしたら、こんなことじゃないかと思ってね」
 それから、彼は二、三度ほどドアを軽く叩いて、唐突にこんな事を言い出した。
「それじゃ、少しゲートを広げてみようか?
 例えば、そう、近くにある別の世界とかにも、ね」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 一方その頃。

 オーマ・シュヴァルツは、聖筋界……もとい、聖獣界ソーンにて、サンタクロースのバイトの真っ最中であった。
 こんなときにまでバイトしなければならないほど家計が火の車なのは、必ずしも彼一人の責任ではないのだが、そこは一家の大黒柱、もしくは下僕主夫。
 みんなおいらが悪いのさ、とばかりにその大半を一人で背負い込んで奔走しなければならない姿は、それでも、不思議とどこか輝いている。

 そんな彼の前に「扉」が現れたのは、ちょうど彼の仕事が一段落した時であった。

 突然目の前に現れた、どこへ続くとも知れない不思議な扉。
 だが、オーマの第六感、もしくは彼の「愛」は、その扉の向こうに「誰かを待っているもの」の存在を感じ取っていた。
 ならば、この扉をくぐることをためらう理由などない。
 オーマは勢いよくその扉を開け……次の瞬間、オーマの身体を光が包んだ。





「扉」の出口は、「霊芝草の間」の片隅の……畳だった。
 畳を跳ね上げ、桃色の光とともにオーマが部屋の中へと飛び出す。
 そして、目の前にあの想いの主とおぼしき女性の姿を認めると、彼は威勢良くこう言った。
「おうおう、聖筋夜に胸キュンナウ筋乙女がロンリー篭りマッチョ★じゃな、明日の東京筋グダムおピンクドリーム☆は拝めねぇぜ★ってかね?」

 が。
 彼女はきょとんとした表情を浮かべたあと、隣にいた少年と顔を見合わせてなにやらぼそぼそと話し始めた。
「テル坊? 時空転送ゲートの言語変換フィルタに障害生じてない?」
「生じてないよ?」
 どうやら、オーマの言葉がうまく通じていないようだ。
「ちょっとばかりわかりにくかったか?」
 ためしにそう尋ねてみたところ、全く容赦のない答えが返ってくる。
「ちょっとじゃなく、かなりわかりにくかったよ」
「理解できたのが半分、ノイズっぽかったのが半分、かな?」
 ノリの悪い連中だが、こうなっては仕方がない。
「ま、要するに、せっかくのクリスマスなんだから、もっと派手に祝おうぜ、ってことだよ」
 やむなくオーマがそう説明すると、ようやっと二人は笑顔を見せた。
「そうなの? それなら最初からそう言ってくれればいいのに」
「俺なりの言い方で、そう言ってたつもりだったんだけどな」
 そんなことを話しながら、とりあえず、部屋の中を見渡してみる。

 今日がクリスマスイブであることを示すのは、小さなツリーとケーキのみ。
 それ以外には、飾りつけのようなものなど何一つない。

「派手に祝おうにも、ホントに何にもないんだけどね」
 少年のその呟きは、事態をきわめて的確に物語っていた。

 しかし。
「心配ない。ないなら持ってくりゃいいんだ」
 オーマはきっぱり一言そう言うと、背負っていた巨大な袋を降ろした。
 どうやらここはソーンではないようだが、この袋の機能は生きているらしい。
 それを確認して、オーマは袋の中から次々と料理の材料やクリスマス飾りを取り出した。
「料理は俺に任せて、飾り付けの方やっといてくれっか」
 その言葉に、二人は小さく頷く。
「ん。わかったよ」
 彼女たちが部屋の飾り付けを始めるのを横目で見ながら、オーマは早速手早く作れそうなクリスマスディナーの調理に取りかかった。

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 そして。
「……っつーわけなんだよ」
 すっかり飾り付けの済んだ部屋で、できあがったばかりの料理を食べながら、三人はいろいろな話をした。
 静佳は、何気ない日常と、その中のちょっとした出来事について。
 輝晶は、彼のこれまでにやった壮大な「いたずら」の数々と、その顛末について。
 そしてオーマが話すのは、もちろん家族との泣き笑いの日々についてである。
「ははっ、家族持ちも大変だね」
 苦笑する静佳に、オーマはしみじみとこう答える。
「大変だけど、いいこともあるさ」
 それから、逆にこう質問してみた。
「お前の方はどうなんだ? 彼氏とかはいねぇのか?」
 返ってきたのは、なんとも気のない返事。
「遊びの恋くらいならしてみたいかな、と思う時はあるけど。
 実際に相手探したりなんだりとなると、やっぱり面倒くさくてね」
「そんなことばかり言ってると、ぱっとした出会いもないうちに一生終わっちまうぞ」
「それならそれでもいいさ。
 あたしはヒトとは違った時間軸で生きてる。やっぱり巻き込むわけにはいかないよ」
 あきらめているのか、それとももともと興味がないのか。
「関係ねぇさ。どうせヒトより長い時間を生きるんだろ?
 相手の命が尽きるまで側にいてやりゃあいい。それだけじゃねぇか」
 オーマはそう言ってもみたが、結局、彼女が興味を示すことはなかった。
「ま、それまで騙し通すことくらいはできるけどね……やっぱり、そこまでするのは面倒かな」

 そこで、今度は輝晶のほうに話を振ってみる。
「お前はどうだ? やっぱり好きな子の一人や二人いるんだろ?」
 けれども、今度は逆の方向にとんでもない返事が返ってきた。
「一人や二人というか、十人や二十人というか……ざっと二千と五十八人くらいは、ね」
「二千と五十八人とは、またずいぶんと顔が広いんだな。
 で、その二千五十八人の所に行かなくていいのか?」
 あくまで冗談だと思って、軽い調子で話を合わせる。
 すると、少年はかすかに笑ってこう続けた。
「行ってるよ。そのうちの千三百十五人のところにはね」
「ここに来る前にか?」
「いや、今もそうしているんだ。
 ボクは一人であって一人じゃない。どこにでもいて、どこにもいない……わかるかな?」
 冗談にしては、あまりにも話が細かくできすぎている。
 だとすれば、彼は――?
「複数の場所に、同時に存在できる、ってことか」
 オーマの推理を、輝晶はこう評した。
「答えとしては八十点だけど、まあ、間違ってはいないね」

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 ともあれ。
 そんな話をしているうちに、いつしか時は過ぎ、料理も全てきれいに姿を消した。
「いいね、こういうのも」
 独り言のようにそう呟いて、静佳が口元をほころばせる。
 そんな彼女を見て、オーマはふとあることを思いついた。
「もう一つプレゼントがあるんだけどよ」
 そう言って、袋の中から女性用のかわいらしいサンタ服を取り出す。
「ちょっと、サンタクロースやってみねぇか?」
 静佳は少しの間そのサンタ服を見つめていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「せっかくだし、やってみようかな」
 さらに、輝晶もすぐにその話に乗ってくる。
「じゃ、ボクもやるよっ」
 そんな二人にこう言い残して、オーマは一足先に外に向かった。
「わかった。俺は表で待ってるから、それに着替えてきてくれ」
 




 二人があやかし荘を出てきたのは、それからまもなくのことだった。
 よくよく見ると、いつの間にか輝晶までしっかりとサンタ服に着替えている。
「じゃ、行くか」
 その言葉とともに、オーマは銀色の獅子へと姿を変えた。
「トナカイとソリが定番なんだろうけどな。俺にはこれしかできねぇんだ」
 彼がそう口にすると、輝晶が背中に飛び乗りながらこう応じる。
「気にすることないよ。ボクらもおじいさんじゃないんだから」
「それもそうだな。じゃ、変わり種サンタの出発と行くか!」
 オーマはそういって笑うと、静佳が乗るのを待って、ゆっくりと飛び立っていった。

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 トナカイとソリではなく、翼を持った銀色の獅子が空を舞う。
 その背に乗ってプレゼントを配って回るのは、髭をたくわえた老人ではなく、スカートをはいた黒髪の女性サンタと、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた少年サンタ。
 その一風変わったサンタクロースたちは、深夜の東京上空をあちらへこちらへと飛び回り――全てが片づいた頃には、すでに東の空が明るくなり始めていた。

「そろそろ、みんなプレゼントに気づく頃かな?」
 そう言って、輝晶が楽しそうに笑う。
「そうだね。喜んでくれるかな」
 それに答える静佳の表情も、これまでにないほど穏やかだった。
「喜ぶに決まってるさ。ちゃんとみんなが欲しがってるものを配ったんだからよ」
 オーマはそんな二人にこう声をかけると、最後に一言こうつけ加えた。
「お前たちも、楽しかったろ?」

 その質問に、二人は一度顔を見合わせ――一度、大きく頷いた。

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 かくして。
 一風変わった二人との思い出を胸に、オーマはソーンへと戻った。

 ちなみに、彼が「異世界で時間を使ってしまったせいで、思ったほどバイト代が稼げていない」という悲しい事実に気づいたのは、それからしばらく後のことである。

 その後彼がどうなったかは――もはや、語るまでもないだろう――。

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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度はご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、ノベルの方ですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか?
 オーマさんはもちろん、ソーンのキャラクターを書くのはこれが初めてでしたので、やや違和感のあるところもあるかもしれませんが、その点はご了承下さいますようお願いいたします。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。