<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


Diamond Dust ――閑かな夜に。


「其れじゃぁ、雪の欠片を採りに行こうか。」
 そう云って、ノイルはにこりと微笑んだ。
 ――雪の欠片、
 貴方は首を傾げる。
「ちゃんと寒くない格好をして来たかな、」
 ノイルは悪戯っぽくウィンクする。
 大丈夫、手袋もマフラーも、帽子も外套もちゃんと持って来た。
「其れじゃぁ、出発だ。」
 ストールを羽織ったノイルが立ち上がり、玄関へ向かう。

 ――少し寒い冬の夜、ぼんやりと月明かりに照らされて歩き出した。

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 日が落ち掛けた頃、湖の畔の洋館に来客が有った。
 御客は暫く逡巡した様子だったが、そっとノッカーに手を掛けて其れを鳴らす。
「はぁい。」
 丸で来訪を知っていたかの様なタイミングで、中から返事と共に扉が開く。
「いらっしゃいませ、一人目の御客様……かな。」
 館の主人は、自身と同色の髪を持った客人に笑い掛けた。
「今晩和。良い、月夜ですね。」
 客人――シヴァ・サンサーラも、微笑み返し挨拶をした。
「処で、ダイヤモンドダストが見られる……と云うのは此方で宜しいんでしょうか、」
 僅かに首を傾げるシヴァに、主人のノイルは頷いた。
「ええ、そうだよ。……でも、未だメンバが揃ってないからね。」
 ――中へどうぞ。
 そうして促される侭に、シヴァは館の中へと歩を進めた。


「よぉ、ダイヤモンドダスト鑑賞会なんて粋な事するじゃねぇの。」
 次に訪れたのは、立派な体格をした男性。なのだが。
「相変わらずだねオーマ……。」
 ノイルが生温い笑顔で迎えるのも其の筈。
 彼の格好はうささん模様のちゃんちゃんこにマフラー、帽子に手袋……と、普通なら年端も行かない女の子がする様な格好で。
 然し、オーマ・シュヴァルツと名乗る此の男性にとっては此の位なら通常装備と云っても過言では無い、と思う。
「おう、似合うだろッ、」
 ビッと親指を立ててウィンクする姿に、ノイルは生温い笑顔の侭告げた。
「似合うから余計不気味なんじゃないかな。」
 2mを越える巨体で、全体的にピンクっぽいうささんは、確かに不気味と云えるかも知れない。
「まぁまぁ、気にするなって、」
 そう云って満面の笑みを浮かべたオーマを、「其れは君の科白じゃないと思うんだけどなぁ、」と呟き乍ノイルが応接室へと通した。


 控えめなノックの音が正面玄関に響く。
「はいはーい、一寸待って。」
 ノイルはそう云い乍扉を引き開け、そして微笑む。
「やぁ、いらっしゃい。黒兎君。」
 玄関に立っていたのは可愛らしい兎の耳を生やした男の子。
 ともすれば夜の闇の中に紛れて仕舞いそうな黒い外套を着込んでいる。
「……えっと、此。シュトーレン、お店でいっぱい作ったから……お裾分けに来た。」
 黒兎はそっと抱えていたバスケットを差し出す。
「おやおや、此は、態々寒い中有難うね。」
 ノイルはバスケットを受け取ると、そうだ、と続けた。
「黒兎君、此の後時間有るかな、」
「え、うん。……お店終わったし、後、帰るだけ。」
 不思議そうに首を傾げる黒兎に、ノイルは満足そうに頷いた。
「良し。じゃぁ、黒兎君も行かない、……夜の散歩に。」


「だから、一彰君も行こうね。」
「……は、」
 ノイルの唐突な言葉――然も満面の笑顔附き――に、如月・一彰は一瞬思考が止まった。
「否……否、だから。何にだ。」
 目的語の無かった誘い、と云うより寧ろ強要の言葉に一彰は眉を顰める。
 彼は偶然、ノイルが以前緊急で探していると云っていた本を居候先の古書店で見附け、折角だからと届けに来た処だった。
「此からね、皆でダイヤモンドダストを観に行くの。」
 応接間で御茶を飲んでいる面々を示してノイルが云った。
 自棄に人口密度が高いと思ったら其の所為か……等と思いつつ、一彰は少し返答を渋る。
「あの、私寒いのは一寸……、」
「…………行かない、の、」
「……っ、」
 じーっと、心なしか涙目の上目遣いでノイルは一彰を見上げる。
 そう云う技の遣い処を間違っている気がしないでもない。
「…………かずあきくーん。」
「……、」
「……か、」
「解った、解ったから。……そんな眼で見るな。」
 とうとう一彰が白旗を揚げる。
 其の一言を聞くな否や、ノイルは何時もの笑顔を取り戻し両手を合わせた。
「さ、そろそろ此で全員……かな。出掛ける準備をしよう。」


     * * *


「うわぁ、ロマンチックなイヴェントなのに見事に男ばっかだな……。」
 出掛けようとする五人を見てラルーシャがぽつりと呟いた。
「……云っちゃ駄目だよラルゥ。」
 ノイルが更に小さく突っ込んだ。
「ラルゥさんは……行かないの、」
 ノイルと違って支度をする事の無かったラルーシャを見て黒兎が問う。
 外に出るには適さないだろう、薄地の室内着の侭ラルーシャは肩を竦めた。
「俺は留守番。皆が冷えて帰って来た時の為に部屋を暖めとくから気にせず行っといで。」
 そう云って黒兎の頭を撫でて、片手に持っていたバスケットをノイルに渡した。
「残念だな。御前こそ気にせず来れば良いのによ。」
 オーマがラルーシャを見てそう零すが、ラルーシャは悪戯っぽく笑った。
「いんですよ。其の分別のプレゼント貰うんですから。……じゃ、此。確り蓋締めたけど熱いから気を附けて。」
 後半はノイルに向けて、渡したバスケットの中身の事だろう。
「じゃ、気を附けて行ってらっしゃい。」
 ひらひらと手を振ってラルーシャは五人を見送った。


 重く、分厚い天鵞絨の様な闇に、処々穴を開けた様に星の光が煌めく。
 漸く昇り始めた太った月が、微かに視界を照らし出した。
「此の辺りに雪は見られませんが……、暫く歩くんですか、」
 柔らかいシヴァの問い掛けに、先頭を歩くノイルが振り向いてストールがふわりと舞った。
「そうだね……。」
 其れだけ云うと、ノイルは視線で黒兎と一彰を捕らえてクスクスと笑った。
「何か話し乍歩こうか。其の方が寒さも紛れるし……、闇に紛れそうなヒト達が居るしね。」
 二人共暗い色合いの服装をしているので、少し離れて仕舞うと周囲と区別が附かなくなる。
「なら、アレだな。雪の想い出とか如何だ、今に合いそう話題だろう。」
 ちゃっかり、他の参加者に腹黒同盟のパンフレットを配り乍オーマが云う。
「俺はソーンに来てから見たのが初めてだな。前居た世界じゃぁ空が死んじまってたんで振らなかったんだ。」
「空も……死ぬ、の、」
 オーマが大きくて少し怖いのか、ノイルの陰に少し隠れて黒兎が訊く。
「ああ、俺の世界じゃそうだった。」
 黒兎の其のリアクションに、子供好きのオーマは少し傷附く。……慣れている、と云えば慣れてはいるが。
 雪、と聞いて一層黙って仕舞った一彰を見てノイルが首を傾げる。
「……一彰君、」
「否、……何でも、無い。気にしないで呉れ。」
 そう云って、亦景色に視線を移す一彰に、ノイルはふむ、と何かを考えた。
「其れにしても、ダイヤモンドダストと云うのは雪とは違うものなのでしょうか、」
 シヴァが何か考えている様子で呟いて、はっと気附いた様に続ける。
「雪を見た事が無い、と云う訳では無いですよ。長い間、各地を転々としていましたから。……でもダイヤモンドダストは見た事が無くて。」
 ――だから、或る旅人からダイヤモンドダストの噂話を聞きましてね、是非見たいと思ったんです。
 優しげに微笑むシヴァに、オーマが声を掛けた。
「まぁ、氷の結晶って処は一緒だけどな。出来方とか……厳密に云うと違う訳だ。」
「成程……。」
 興味深そうに其の話を聞くシヴァが、手を打って続けた。
「そう、雪と云えば、長い事雪を見てきたのですが、一つだけ解らない事が有るのです。」
「へぇ、なぁに、」
 黒兎と手を繋いでいたノイルが首を傾げて続きを促す。
「何故、雪は真っ白なのでしょうか。……考えれば考える程、頭がこんがらがって仕舞うんです。」
 そう云ってシヴァは少し恥ずかしそうに苦笑した。
 其れを聞いてノイルは微笑み返すと、シヴァの後ろに声を掛けた。
「だって、一彰君。何で白いか解るー、」
 突然寄越された愉しげな声音に、一彰は其方を見遣る。
「ぇ……、其れは、雪の表面で光が乱反射してるから……、」
「うーん、正解は正解だけど、此処はもう一寸ロマンチックな返答が欲しかったな。」
 ――喩えば、“天使の羽が余りの寒さに凍って仕舞ったからだ”、とか。
 そう、笑って。ノイルはシヴァを見遣る。
「と、理由はそんな感じですが如何でしょう、」
「有難う御座います、胸の支えが取れたみたいです。――勿論、ノイルさんの答えも素敵でしたよ。」
 愉しげに笑うシヴァに、ノイルは満足げに頷く。
「有難う。……さて、そろそろ到着です。」
 ノイルは前方に現れた、木々や蔦と一体化している様な煉瓦塀を見遣って云った。
 道の続く処に、年季の入った木の扉が有る。
「塀の中……、」
「館から離れてるけど此処も庭なんだよ。」
 見上げてる黒兎に、ノイルは微笑んで。
 カシャン、と微かな音を立てて扉に掛かっていた錠を外した。
「さぁさ、……文字通り別世界だから。」
 其の言葉と共に、見かけより滑らかに動く扉は開かれた。

「……わ、ぁ……。」

 誰の言葉だったのかは解らない。
 唯、全員同じ気持ちであったのは間違いない。
 月光を浴びた仄明るい庭園の中で、小さな光の粒がキラキラと煌めき踊る。
 其れは正に夢の様な光景。
「……ほら、中でゆっくり見よう。」
 其の反応に満足げなノイルが、入り口に立った侭の皆を中へと促す。
「彼処の東屋に椅子が有るから、観賞し乍ティタイムでも。」
 と、持って居たバスケットを示した。


 ラルーシャが用意したのであろう温かい紅茶をカップに注ぎ、全員で一息吐く。
「で、御茶請けは黒兎君が持って来てくれたケーキで。」
 そう云ってノイルがシュトーレンを切り分けようとしたら、黒兎が袖を引っ張った。
「あの、此……中に金貨が一枚入ってて……其れが入っているピースが、来た人に幸運が有る、とか……。」
 一生懸命に説明する黒兎に、ノイルは嗚呼、と頷く。
「ガレット・デ・ロア、のシュトーレン版か。……ラルゥの分も入れて、と。」
 頷いて、ケーキを六等分にすると皿に取り分けた。
「戴きます。」
 皆がダイヤモンドダストを見乍のんびりと温かい御茶を啜っていた。
 思い思いに過ごしていた時にぽつりと。
「……あれ、誰もコイン当たってない、」
 ノイルが不図、ティブルの上を見て呟いた。
「じゃぁ……、」
「ラルゥのに入ってんだろうな。」
 バスケットに残された一切れを一瞥して、苦笑する。
「そうだ、雪の欠片ってどんなの、……『森』に居たとき……見た事の有る物かな。」
 ――嗚呼、『森』は……前に、暮らしてた、とこ。
 黒兎がノイルを見て首を傾げる。
「嗚呼、そうだね。」
 ノイルは思い出した様に立ち上がって、光の中へと入って行った。
「ノイル……、」
 不思議そうに黒兎が見守る中、ノイルは両手で何かを包み込む様にして帰って来た。
「ほら、手を出して。」
「ん、……わっ、」
 黒兎が出した手の上に、ころころと氷の様な物が載せられる。
「ぇ、此が、雪の欠片、」
 大きさはビー玉程の丸みを帯びた六角形をしていて、氷の様に冷たいが溶ける事は無く、冷たい侭。
 そんな不思議なモノを見て、黒兎は首を傾げる。
「本当はねフロゥズン・クォーツって云う石なんだ。凍水晶とも云うよ。」
 ノイルはそう云って笑うと、一彰にも其れを渡した。
「はい、一彰君も御土産にどうぞ。」
 ころころとした透明の石を渡して苦笑する。
「……矢っ張り無理矢理連れて来ちゃったから愉しくない、」
「否、そんな事……。」
 一彰は少し慌てて否定すると、少し歯切れ悪く続けた。
「唯、寒いのが苦手なだけで……。ダイヤモンドダスト自体は、綺麗だし、良かった。」
 そう云って微かに苦笑を返す一彰に、ノイルは微笑み返した。
「なら、良かった。」
 一彰のカップに紅茶を注ぎ足し乍囁いた。
「……良い想い出を増やして行けば良いんじゃない、」
 其の科白に一彰は顔を上げるが、ノイルは唯微笑むばかり。

 ――空を舞う光と同じ輝きを、手の中の欠片は持っていた。





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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[ 1758:シヴァ・サンサーラ / 男性 / 27歳(実年齢666歳) / 死神 ]
[ 1953:オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り ]
[ 2657:如月 一彰 / 男性 / 26歳(実年齢26歳) / 古書店店員 ]
[ 2906:黒兎 / 男性 / 10歳(実年齢14歳) / パティシエ ]

[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]

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■         ライター通信          ■
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二度目まして、徒野です。
GNと納品が前後するかも知れませんが、一応此方が弐番目と云う事で。
此の度は『“Diamond Dust”』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
あれー……、登場場面から思いっ切り弄り倒して済みません。
トラウマって何処迄なら触れても大丈夫だろうかとかドキドキしつつ、でもノイルが「相手が云う迄訊かないよー」と云ったスタンスなので表面だけ撫でてみました。

そんなこんなですが、此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――其れでは、亦御眼に掛かれます様。……御機嫌よう。