<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


聖夜の贈り物

 しん、と静まり返るシュヴァルツ家。
 ついさっきまであれほど騒がしかった音が途絶え、見渡せばその場に残っているのはオーマ・シュヴァルツを始めとしたシェラとサモンの三人のみ。
 ほろ酔い気分で後片付けをし、新年への飾り付けを始める前のぽっかりと空いた時間はどこか切なく、何となく口を開くのもおっくうな気分になりながら、どう言う訳か三人ともその場を離れる事無く無言でソファに体をもたせかけている。
 友人や仲間たち、人面草の集団にやたらと陽気な霊魂軍団、今までに家にやって来たたくさんのナマモノたちを交えて散々騒いだパーティは、近所からうるさいと怒鳴り込んで来た人々までも巻き込んでしまうほどの賑わいだった。
 結局、お開き直前には会場となった室内がぎゅうぎゅう詰めになってしまい、帰り際の皆の頬が酒だけではない赤みに彩られたのは、成功と言ってもいいだろう。
 ――今年も、もうすぐ終わる。
 自分たちのした事に、間違いは無かったか。
 いや……間違っていたとしても、自らが選んだ道を進んで来れただろうか。
 来年も同じように過ごせるだろうか……そんな事をしんみりと考えていたオーマは、最初玄関の扉を叩く小さな音に気付かなかった。
「……?」
 それに気付いたのは、サモン。玄関へと顔を向けると、無言ですっと立ち上がり部屋を出て行く。その動きにシェラとオーマがようやく気付き、顔を見合わせると同時に立ち上がった。
「……」
 かちゃりとドアを開いたサモンの目の前にあったのは、一台のソリ。それは、オーマがどこからか手に入れて来た絵本に載っていた白髭の老人がプレゼントを持って乗り込むものに良く似ており、サモンがかくんと首を傾げる。
 だが、ソリの上には誰も乗っていない。そして……そのソリを引いていたのは、白銀に輝く一頭のユニコーンだった。
 夜闇に関わらずほのかな輝きを見せる、その神々しいまでの姿にサモンがふと手を伸ばすと、ユニコーンが首をサモンへと寄せる。
「何でユニコーンが……」
 オーマたちが追いついたのはその時。ユニコーンがサモンに何か囁いたような仕草を見せると、サモンが小さく頷いてソリに乗り込むところだった。
「おい、サモン――」
 ぶるるる、と白い息を吐きながら嘶くユニコーンに呼びかけの声は消されてしまい、ソリは音も無く走り出す。
「むっ。――シェラ、ちょっと居心地悪ぃだろうが我慢しろ」
「あいよ」
 オーマが何をするのか察したのだろう。シェラは小さな笑みを浮かべ、オーマへとその身を投げ出した。その姿を見て、オーマがにやりと笑うと勢い良くシェラを抱き上げて走り出す。
 ちらとユニコーンが後ろへ目をやったように思え、心なしかソリを引く速度が落ちたと思った瞬間に、オーマが勢いを付けてシェラごとソリの上へと飛び乗っていく。
 それとほぼ同時に、ソリがふわりと宙に浮いた。
「駄目じゃねえか、こんな楽しそうな事を独り占めしようってのは」
「……そんなつもりは、ないけど……」
「はいはい、サモンもオーマの与太に付き合わなくてもいいんだよ。ほら、これを羽織りな」
 部屋を飛び出る際に引っつかんで来た娘のコートをふわりとサモンの背にかけたシェラが、寒くないかい? と聞きながら、後ろからそっとサモンを抱き締める。
「あー……いいなぁそれ」
「あんたはでかくて入りきらないから一人で我慢しな」
 親指を咥えてじぃと二人を見るオーマを、シェラがあっさりと切り捨てる。
 かくして、どこへ運ぶかも分からないソリの上でいじいじとのの字を書くオーマと抱き合う母娘を乗せて、ユニコーンは次第に輝きを増しながら空の上を駆けて行った。
 その光に、いつしか目を奪われ、そして世界が真白に染まって行くのを、心地よいと感じ――。
 気付けば、見知らぬ地にソリが止まっていた。
 ソリを駆っていたユニコーンの姿は無く、
「……おや?」
「おう?」
 シェラが抱き締めていたのは、まだぬくもりのあるサモンのコートのみで、肝心の娘の姿はソリの上から煙のように消え失せていた。
 顔を見合わせてから、周囲を見渡したそこは、一面の雪景色。そして、少し離れた場所に門があり、その向こうには――ナーガを模した紋章を掲げた雪の城が聳え立っていた。

*****

「お伽の国みてえだな」
「ああ……それにしちゃあ、寒いけどね」
 それぞれの感想を呟いた夫婦が、どちらからともなく城へと足を向ける。
 サモンの持つ守護聖獣はナーガであり、それに関係した紋章がある城にこの夫婦が向かわない筈はなく。
 おまけに、ユニコーンがサモンを迎えに来たのは分かっているのだから、この先にサモンがいるだろうと思うのは至極当然の成り行きだっただろう。
 だが、ひとつ意外に思うものがあるとしたら、それは――城へ入る氷の門柱で、侵入者に対し威嚇するようにその目をぎろりと剥く二体の聖獣の姿。
「……つうことは、俺様たちも招かれてたって事か?」
「さあ……いいから、行くよ。この寒い中コートを持たずに行っちまったんだからね」
「おう」
 門柱の上にその姿を晒していたのは、ケルベロスとイフリートの彫像。
 ――シェラとオーマ、それぞれの守護聖獣の姿だった。
 足早に城の中へ入って行く。氷で作られた階段を上り、雪製の炎が揺らめくのを見ながら、謁見の間らしい大きな部屋へと入って行く、と――そこには祭壇のようなものが設えてあり、その上に雪で作られた棺が置かれていた。
 尤も、棺の形を取ってはいるが、それは薄く、雪の結晶を重ね合わせて作り上げた半透明のもので、その中に手を組んで寝かされているサモンの姿を見つけてオーマが足早に近寄ろうとする。
 サモンは、青白い顔で、王女のようにドレスアップした姿でそこに寝かされていた。ただ意識がないだけらしいというのはその室内に漂うサモンの気配だけで分かるものの、だからと言って立っているだけで体温を奪って行くこの城の中に寝かされていて良い訳がなく、辺りを警戒していたシェラと共に、オーマが一歩先を行く形で進んで行った。
 ずん――不気味な地響きが聞こえたのは、半ばまで進んだその時。
 背後からぴりぴりするような殺気を感じて二人がほぼ同時に左右へ別れたその時、

 ――ごうっ

 凍りついた空気をも溶かす程の炎が、たった今まで二人がいた場所にそれぞれ降り注いだ。
「――っ!」
「あんた――あたしに逆らおうってのかい」
 まだ口の中に残る炎をぽっぽっと吐き出しながら、そこにゆらりと立っていたのは二体の彫像。
 イフリートとケルベロスの姿だった。
 それは、サモンの元へ行かせまいとするような動きで、次々と炎を吐き出して二人へ、そして城の中へ投げ付けていく。
 床が、そして壁が、天井がしゅうしゅうと音を立てながら溶け、あるいは崩れ落ちて来るのを避けながらオーマとシェラが各々の聖獣と対峙するも、聖獣は彫像のためか、いくら攻撃を受けてぼろぼろと崩れて行こうとも躊躇する事無く、攻撃の手をひと時たりとも緩めようとはしなかった。
「くうっ……駄目だ! シェラ、おまえは出切る限り避け続けろ! 俺は――あれを受ける」
「な! 何を無茶な事を言ってるんだい!」
「これ以上の火は、サモンのいる場所まで崩しかねねえ! だから、何とかして炎を外へ弾いてやる、おまえは――すまねえが、俺のところまで炎を誘導してくれねえか」
「……全く」
 くるくると鎌で輪を描いたシェラがにっ、と笑う。
「相変わらずだねえ」
 互いににやりと僅かな間笑い合い、そして二体の彫像と向き直ると、
「さあ――おいで、今度は容赦しないよ」
 シェラがぺろりと唇を湿らせた。

*****

「あぢぢぢぢっ、いででででででっっ」
「自業自得でしょ? なんだいそんな情けない声を上げて」
「痛ぇものは痛ぇよ……しょうがねえじゃねえか。軽い火傷程度で済んだから良かったけどもよぅ」
「甘えなさんな、って言ってるんだよ。娘の前でそんな声を出して恥ずかしいと思わないのかい?」
 髪の先をちりちりにし、顔や手など表に出している所に軽い火傷を負ったオーマが、シェラが削り取ってきた壁の雪をごしごしと押し当てられて悲鳴を上げている。
 その足元には、原型を留めない形にまで崩された二体の彫像があり、戦闘を終えたばかりのオーマがそこにへたり込んでいると言う訳だった。
「さ、急ごう。サモンを起こさなきゃ」
「そうだな」
 ひりひりする顔を棺へ向けながら立ち上がり、足元が滑らないよう気を付けて近づいていく、と――その棺と二人の前に立ちはだかるように、ここまで三人を連れてきたユニコーンが姿を現わした。
「……なんだよ。おまえさんまで邪魔すんのか?」
「そう言えば、どうしてここに連れて来たのか、まだ説明をして貰っていなかったねえ」
 じりじりと、こういう時の協力体勢は酷くうまがあう二人が、ユニコーンを左右から挟み撃ちにしながら近づいて行く。と、ぶるる、と二人の位置に不快そうな眼差しを向けながら、ユニコーンが僅かに鼻息を荒げて二人を睨みつけた。
「あたしは馬の言葉なんか分からないからね。話をするならオーマ、あんたが行って聞いといで」
「俺がか。いや、出来なくはねえけどな」
 知能を持つものとの間ならば、精神感応が使える。獅子の姿を取った時に、他の者と意志を通じ合えるのはそう言う理由からで、それは逆にオーマが今の姿で他の動物と意志の疎通を行う事が出来ると言う事でもあった。
 シェラに押し出されるようにしてユニコーンの前に立ったオーマが、以前にも見たその顔をまじまじと見る。
 ……これが、サモンの守護聖獣であったならば、それほど驚きはしなかっただろう。けれど、サモンの守護聖獣はナーガ。ユニコーンとはまるで違う姿かたちをした生き物だ。
 決してユニコーンがこのような行動に出る理由など無いように思えるのだが……。
 すうっ、と息を吸い込んで、白馬の持つ深い目をじっくりと覗き込む。
 事と次第によっては、たとえ聖獣としてあがめられるユニコーンであっても容赦はしないぞと思いながら。
 じい、とユニコーンがオーマの目の中を覗きこんで来る。それに負けじとオーマもふんっと胸を張って真っ直ぐに見返した。
 そんなにらみ合いがどの程度長く続いただろうか。
 不意に――目の前の聖獣からの意識が、オーマの中へ流れ込んで来た。
 どうやら。
 ……ユニコーンは、以前神殿へ彼女を招いた時から、サモンの事が気になって仕方が無かったらしい。生命を司る存在と言われるそれは、サモンが二つの性を持つ――いや、正確に言えば明確な性を持たない存在だと気付いていたらしく、また、その事をサモンが普段から他人との隔たりを作る理由にしているのも知っていた。
 だから、その悩みを解決するために、ユニコーンは己の力を分け与えて、サモンの性を固定しようと計画していたものらしい。

 サモンがそれを望みさえすれば、と。

 聖夜は一年でも一番、聖獣の力が高まる夜である。
 その力を使い、生涯一度の奇跡を起こしてはどうかとサモンへ、そしてオーマたちへと問い掛けるユニコーンは、迎えに来た時以上に神々しい輝きを放っていた。
「……それで、サモンが寝ちまってるのはどうしたわけだい?」
 オーマから事の次第を聞いたシェラが、腰に手を当てながら訊ねる。それと同時に、先程二人に襲い掛かって来た彫像がどうして攻撃を加えてきたのかも訊ねたのだったが、その答えは二人にとって少々衝撃的なものだった。
 何故ならば、それは――聖獣の姿を取っていたものの、それぞれのイメージはオーマとシェラを指し、雪の城はサモンの心象風景であり、棺の中に眠る王女のような姿は、サモン自身が拒否しつつも受け入れざるを得ない『女性』としての姿を、心の中で眠りに就かせていたからだった。
 ――となれば。
 冷たい雪で出来た城……サモンの心の壁を崩しながらも、サモンへ近づく者へ最大限の攻撃とサモンの保護を行うと言う矛盾した姿は、まさにサモンの目から見た両親の姿だったと言う事になる。
 日々心が成長していく過程で、いつか親に対し反発を覚えたり、自立心が芽生えたりするものだが、今のサモンがまさにそれなのかもしれない、とシェラが少し複雑な気分で、目を閉じたまま眠っているように見える女性の姿のサモンへ視線を落とすと、その隣でオーマが大きな体を小さくし、背中を丸めながら何やら非常に不満げな表情を浮かべていた。
「あんたねえ……いつまでも、サモンはあんたの手の中にいる小さな恋人じゃないんだからね」
「い、いやだけどそれにしても早すぎるじゃねえか。俺様サモンと一緒に行きたいところや遊びたい事がまだまだ山のようにあるってのに」
「そんなのは、サモンが成長しても出来る事だろう? それよりも、我が子の成長を喜んであげなくて何が親かい。ほら」
 そう言って無理やり立たせると、シェラが棺の中に眠るサモンの頬に触れ、
「……あんたが本当に選ぶ時期になったら、それは自然と訪れるものだ。だから、今は悩む事は無いよ」
 起きなさい――そう言ってシェラが我が子へ微笑みかけ。
「……」
 薄らと、サモンが目を開いて、ふう……っ、と小さな息を吐き出した。

*****

 結局今は選べないと、サモンがユニコーンに告げた後、ユニコーンに名残惜しそうな頬擦りを受けて、再びソリの上へと戻る。
「なんか、あいつサモンを狙ってねえか?」
「……あんたは少しその恋敵を見るような目を向ける癖を治しな」
 ユニコーンを睨むオーマの頭をわしっと掴んだシェラが、無理やりオーマを自分の方へ向けて鋭い視線でオーマを射る。
「お、おう」
 その視線の強さに、これ以上下手な行動を取るとどんな目に会うのか想像が付いたのか、睨む事は止めた代わりにユニコーンから大きく顔を横に向けた。
「……」
 サモンは、そんな両親の姿をじっと見詰めている。
 ソリに乗ってから、両親に見詰められながら目を覚ますまでの間の事は何も覚えていない。ただ、何かほんの少し軽くなったような気がしたのと、オーマが通訳してくれたユニコーンの望みにほんの僅かだが希望らしきものが生まれたのは事実だった。
 けれど、今はその時ではないと思う。
 まだ、自分自身についてきちんと考えてはいないと思う。そんな時にユニコーンの申し出を受けても、自分の身に付かないだろうと考えたためで。それを告げた時のユニコーンは、気のせいかもしれないが目の色を和らげたように見えた。
 そして、何よりも、両親の態度が変わった。
 どこがどうという明解な答えは無いのだが、確かに変わったように見える。言うなれば、サモンに対し以前よりも距離が遠くなったような。
 ただ、それはサモンを嫌い遠ざけていると言う雰囲気ではなく、逆に距離を置いてもらってほっとしている自分がいると言う事に、サモンは驚いていた。
「それが、成長したってことさね。嬉しいけど、寂しいねえ」
 シェラはそう言い、
「だ、だけどな。何も今からはずっとそうしろって事じゃねえんだからな? なっなっ?」
 嬉しいよりも寂しさを全身で表していたオーマは、シェラに首根っこを掴まれて引きずられて行った。
「……」
 相変わらずだなと思いながらそんな夫婦を見送っていたサモンが、二人の姿が見えなくなった後で、ユニコーンが帰りがけにくれた自らの鬣を、折りたたんだ紙の中に挟んで自分の机の引出しに仕舞い込んだ。
 それが、約束の印であるかのように、丁寧に。
 いつか……選ぶ日が来た時のために。


-END-