<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
聖なる夜を、あなたと共に。
ほてった頬を撫でるのは、冷たい冬の風。だが、今はそれも心地よい。
凍て付くような聖なる日の前夜。空にぽかりと浮かんだ白い月の光が、冬でも構わず花を咲かせるルベリアの園にも降りてくる。
「〜〜♪」
その中で、空気を揺るがし、冷えたこの場を暖めるように、柔らかな歌声を乗せたユンナは、ユンナの想いに応えるように淡くほんのりと輝きを見せたルベリアの花に微笑みかけていた。
もしかしたら、ここでなら会えるかもしれないと。
皆と過ごしたイブの日のパーティも楽しかったけれど、ユンナが一緒に過ごしたかったのは本当はある人物だけで。
――気付けば、パーティを終えた直後に家を出て、華やかなドレス姿のままこの場所へと足を踏み入れていた。
ルベリアの花を見た時から、予感はあった。
けれど。
「……」
かさりと、枯葉を踏んだ足音と、同時に感じ取った気配の元を恐る恐る見るまでは、いや、見てからも、少なからずユンナは驚いていた。
夜闇に紛れてしまいそうな黒々とした服を身に纏ったジュダ。
彼は驚いた様子も無く、その場に足を踏み入れてから、ゆっくりとユンナへ視線を合わせていた。
「散歩?」
こんばんは、と言う前にふと口を付いて出た言葉に、ジュダが微かに頷いて見せ、そっちは、と言うように目で問い掛けて来る。
「……パーティが終わってね。酔い覚ましに。楽しかったわよ? ジュダも来れば良かったのに」
無理と分かっていても、ついそう言わずにはいられない自分に内心で苦笑を浮かべながら、ユンナはそう言っていた。嘘ではないが、本当でもない言葉を。
会いたくて。
ここに来た筈なのに。
ジュダの目を見ると、言葉が浮かび上がらなくなってしまう。
口から出るのはどうでも良い事ばかり。
自分でも困ったなと思うくらい、まともな言葉も、柔らかな笑みも浮かべる事が出来ずに、ぎこちなく口角を上げるだけ。
その時、さあ……っと風が二人の間を流れ、ユンナの心を表すかのようにルベリアが輝きながらゆらゆらと揺れる。
その時。
『――』
「え……だれ?」
ユンナの耳に、いや、脳裏に一瞬、誰かの声が響いた。何を言っているのか聞き取れなかったのだが、聞き覚えがあるような、ないような太い声がユンナを呼んでいるようで。
「どうした」
ユンナの様子を見て不審に思ったか、ジュダが声を掛けた次の瞬間、ユンナの胸元で揺れていたルベリアが血のような赤い輝きを帯び、その色はルベリアだけに留まらず、ユンナを中心として赤く赤く一瞬で広がって行った。
*****
気が付くと、そこはいつか見た夢の中と同じ、巨大な戦艦の中。いや、今も夢の中なのだろうか、それとも現実なのだろうか、それすらも良く分からない。
見れば、目の前には一枚の写真。
「……っ」
それは、あの日しっかりと引出しの中に仕舞いこんだ筈の、一部が切れた写真だった。が、ユンナが見詰める中、写真自体が生きているかのように、失われた部分を再生しようと、少しずつきりとられた部分が戻っていくのが分かる。
そこには誰かが立っていた筈だ。その顔が少しずつ再生されていくのを、ユンナは体を固くして顔を背けて立ち上がり、つんのめるようにしながら走り出した。
アレを見てはいけない。
見るのが、怖い。
自分の信じてきた何かが壊れていくような気がして、ユンナはそこから逃げ出す事しか出来なかった。
逃げた先に待ち構えているモノが何であるか、思いもせずに。
そうして辿り着いたのは、いつかの空中庭園だった。他の、ひと気の無い朽ちた様子からすれば、ここは信じられないくらいきちんと手入れをされた場所で、警戒しつつ走り込んできたユンナもほっと息を付く。
見れば、花壇の中で見事に花を咲かせているのは、綺麗に手入れをされたルベリアの花。それを思わず何本か摘んで、奥にある墓所へと供えに行った。
何故か、ここには自分が心引かれるものがある。
この場所は、知らない筈なのに。
そんな事を思いながらルベリアの花を墓の下に置こうとした途端、手に持つルベリアがどす黒い色へ変化し、同時に墓の下からぬうと太い腕が突き出して来て、ユンナの腕を掴んだ。
「――っ!?」
突然の出来事に言葉を失いながらも、自分を掴んで離すまいとする腕を振り払おうとするユンナに、するりと巻き付いたのは、意志を持つように大樹から伸び出た幾本もの蔦。
――その時、再びユンナが見た庭園は、最初に足を踏み入れた時とは大きく違っていた。
その場にいる何者かの想いを伝えるような、毒々しい色へ変色したルベリアの花と、先程までは青々としていた他の植物が一斉に枯れ落ちて行く様を、青ざめた表情のユンナが目を見開いて見詰める。
と、同時に、どこからとも無く現れたウォズが庭園を蹂躙し始め、蔦に捕われて身動きも出来ないでいるユンナへとじわじわ近づいて来た。
そして、何故か具現能力が全く使えなくなっている事に気付いたユンナが半ば絶望しながらも、せめてこの蔦だけはと体を捩っていたその時、今度は外からジュダが駆け込んで来て、ものも言わずウォズと対峙した。
それは、ユンナだけでなく、この庭園までも護ろうとするような姿勢だった。
次々と現れるウォズをひとつひとつ確実に消し去っていくジュダに対し、どこから湧き出て来るのか、ジュダを嘲笑うように次々と現れるウォズ。その様子をはらはらしながら見守るユンナに一瞥をくれる暇も無く、ジュダは的確に敵を捉えて行く。――が、それが最後の一体になった時、変化が起きた。
ウォズが自らの体を具現により変化させた時、ジュダの動きが一瞬ではあるが鈍った事にユンナが気付く。
その変化は、恐らく女性だろう。長い黒髪の後姿しかユンナの側からは見えなかったが、ジュダはその姿を見て動揺したのか、最後の最後で手元が狂い。
――その体に、ウォズの一撃を容赦なく受けていた。
「っっ!?」
鮮血がしぶいた――そう見えたと同時に、止めを刺されたウォズが姿を消し、自分を戒めていた蔦が消え失せたのを感じて、ユンナがジュダへ駆け寄った。
「……ジュダ、ジュダ?」
腹部から溢れ出す血で服が汚れるのも構わず、傷口を止めようと手を当てる。が、この時になってもまだ自らの力は戻る様子が無く、ジュダは体に深手を負ったままぐったりと横たわっていた。
「駄目、駄目よ! あなたがいなくなってしまったら、私は……!」
ユンナの呼びかけにも、目蓋はぴくりとも動かない。少しでも体温を逃がさぬようにと抱きかかえてみても、その腕の中のジュダの体からは刻々と体温が奪われ、冷えていく。
それは、予感。
――腕の中にある大切なものが、消え去ってしまうかもしれないと言う、不安。
駄目、駄目、と何度も叫びながら、ぽたぽたと大粒の涙をジュダの体に落としながら、掻き抱くユンナ。
その時。
ユンナの叫び、そして想いに共鳴したように、ジュダの胸元にあった輝石が小さな輝きを見せ、それはあっという間に二人を、そして世界を包み込むように広がって行った。
*****
暗闇の中で、ユンナは腕の中にジュダを抱いたまま、小さく子守唄を歌っている。
夢で見るような怖い闇と違い、安らぎを与える闇――その腕の中でじっとしているジュダは、再びユンナの腕に感じ取れる確かな鼓動と温かな体に戻っていた。
――ここは、どこだろう。
闇に目が慣れて行くに従い、ユンナはここが朽ちた小さな教会だと気付く。
抜け落ちた天井の真下、剥き出しになった地面の上にはささやかながらルベリアの花が開いているのが見えた。
同時に、どういうわけか自分の姿が、ウェディングドレス姿だと言う事にも気付く。
純白の、憧れのドレス。
あの日にもう二度と着る事はないだろうと思っていた姿になっているユンナは、何故だか驚きもせずに、腕の中で怪我も無く、ただ意識を失っているだけのジュダへとそっと顔を近づけた。
唇が、――触れる。
その時、再び、今度は互いの胸に飾られていたルベリアが、ほんのりと輝いたような気がして――気付けば、二人は最初にいたルベリアの園の中へと舞い戻っていた。
「……夢、だったのかしら」
ふと口を付いて出たその言葉に、ジュダは何も言わぬままゆっくりと首を左右に振り、
「あれが真実夢であれば、俺はおまえに会う事も無かっただろうな」
と、どこか意味深な呟きを洩らしてくるりと踵を返した。
「もう、行ってしまうの」
「ここは寒い。風邪を引くぞ」
その言葉が拒絶ではなく、ユンナを気遣ってのものだったと言う事に気付いて、ぱっと表情を明るくするユンナ。
そして、ユンナが家に戻るとすれば、自分がもうここにいる必要も無いと言外に匂わせながら、ジュダはユンナを送るでもなく、と言ってさっさと帰るでなく、ぶらぶらと歩を進め出した。
「……そうね。ジュダも気をつけなきゃ」
ジュダの意図するところに気付いたか、ユンナもにこりと笑うとたたっと足を早めてジュダの隣に並ぶ。
ほとんど言葉もないままの帰路だったけれど、それは滅多に無いくらい安心できる時間だった。
そして。
「……あら……?」
家に戻って初めて、自分のものとは違う、いや――過去に於いて自分のものだったルベリアが胸元に下がっている事に気付いたユンナが、あの教会にいた時には既に首に下がっていたと思い出して、それをそっと手に取った。
同時に、今夜が――イブの夜が、ゼノビアで嘗て婚約という形を取った記念の日だと気付いて、窓の外に思わず目をやる。
ジュダは、この事に気付いていただろうか。
あの日から、僅かなりともユンナの時間が動き出した事を。
再びこの手に戻って来た輝石の事を。
「……」
同じ頃。
凍りつきそうな夜空の下で、ジュダは自分の輝石を握り締めながら空を見上げていた。
止まった時間を取り戻しても、いいのだろうか、と。
――再び傷つけてしまいはしないのだろうか、と。
まだ幾多の障害が残っているが、それらを押し退けて、今度こそ、手を取る事が出来るだろうか、と――誰も見たことのないような、どこか儚げな表情を浮かべ。
「……ユンナ」
何度も抑えようとして抑えられなかった、自分の想いの強さに結局負けたのかと、何よりも愛しい者の名を呟きながら。
-END-
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