<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ゼノスフィアの真実

 『それ』が始まったのは、新たな年を控えた直前の事だった。
 空に浮かび、下から見えぬよう雲を敷いた上に浮かぶひとつの陸地。それは嘗ての世界で存在していた筈の、ゼノスフィアと言う名の空飛ぶ国家とも言えるもの。
 それがいくつもソーン上空を飛び回っていると知っているオーマ・シュヴァルツが、冬の雲に覆われて見えない空を眺めながらぼんやりと考えに耽っていたその時、遠くから小さな衝撃音と共に、激しく具現波動が飛び散って行ったのを感じ取って顔をそちらの方向へ向ける。
 ――何度か行った事のある公国。
 その方向から、今の衝撃が伝わってきたと気づいたオーマは、取るものもとりあえず表へ出ると、エルザードの外へ向かって駆け出して行った。
 途中馬を借りて駆って行くも、オーマがその場所へ辿り着いた時には既に何もかもが終わった後。
 まだ目に見えそうなくらい濃く残る具現波動の余波が、なぎ倒された木々の中に、えぐられた地面に、あまりにも衝撃が強すぎて、体の痕跡すらほとんど残っていない被害者たちの姿にこびり付いている。
 そこは、戦場だったのだろうか。
 散らばるものの中に、公国の痕跡をも見出したオーマが、ふと何かを感じて空を見上げた。――そこには、今まさに雲の中へ入ろうとしているゼノスフィアの姿があり、上空できらんと何かが輝きを見せたかと思うと、オーマの目の前に打ち落とされた空飛ぶ大きな生物が落ち、その場をびりびりと震わせた。
 恐らくは、公国側の兵士だったのだろう。
 その生物の上に乗っていた鎧姿の人物は、首から上を失い、とうに絶命していたものと知れた。
「なんだ、こりゃあ……戦争でも始めたっつうのか」
 思わずそう呟いたオーマだったが、ゼノスフィアから仕掛けたとはとても考え難いものがあった。
 元々が嘗て居た地にずっとある、世界をも侵食し続けている具現波動をエネルギーとして作り上げた移動機関が、空に浮かぶ大陸なのだから、いくら大陸に比べ小型なものが多いとはいえ、ゼノスフィアのような空飛ぶ陸地が自らの残されたエネルギーをわざわざ消費してまで攻撃する事は無いだろう。と、すれば、別世界の兵器や力を得る事に非常に貪欲な国、公国がゼノスフィアの存在を知って攻撃をしかけたと見るのが正しいと思えたが――。
「……うん?」
 そこで、オーマがはたと気付く。
 この世界が具現侵食に侵されている訳ではなく、エネルギーを補給する手段が無いに等しいと言うのに、今もってあれらゼノスフィアが落ちたと言う話を聞かないと言う事に。
 殊に、今オーマが見たような攻撃機能をも備えており、公国を、そしてこの地をあっさりと破壊し尽くした力を思えば、ここにゼノスフィアが落ちていなければおかしな話だと言うのに、と、オーマはすっかり姿が見えなくなったゼノスフィアの居場所を目で探しながら、軽く首を傾げた。
 そして、もう一度頭を巡らして、ずたずたにされた国境付近の様子を見る。
 確かこの辺りには、国境警備用の兵舎があった筈だったのだが、その痕跡すら無いと言う事は、今の戦闘に巻き込まれてしまったのかもしれない。
「……」
 オーマの想像が正しければ、公国が攻め入ろうとして、ゼノスフィアがこれを撃退した――その際、公国の兵ごとこの周辺を完膚なきまでに叩き潰したのだとすれば、相手は異世界に対し何の配慮も無く反撃したのだとしか思えない。
 そして、これが向こうの姿勢であるならば、今回はたまたま国境際と言う場所で行われただけで、エルザード上空で同じような事が起これば、聖都を消滅させる事だってやりかねない、そう気付いたのだった。

*****

「……ここにいたか」
 ――そう言えば、とオーマがすぐ近くにゼノスフィアのひとつをその目に捕らえながら思い出した事がある。
 ゼノビアにおける浮遊大陸、その設備や浮遊の理論などは全てある研究機関が独占しており、それはゼノビアでも秘中の秘として扱われていた事を。
 そう、公的には確かに具現侵食の波動をエネルギーとして使用していると明言しており、また実際具現波動を良く知る異端たちには、都市でそのエネルギーが使われている事を肌で感じていたから疑う事も無かった。
 だが、それならば何故その世界に住む者のほとんどがそれ以上を知らないまま、知らせられないままいたのだろうか、と。
 住民に知られてはならない何かがそこにあったと言うのか。あの、忌まわしい研究であるVRSの時のように。
「調べてみりゃ分かる事だが……」
 もうひとつ、不穏な噂を最近良く耳にするオーマが、ふうとため息を付いて、これ以上悪い事が起こらなきゃいいんだが、と小さな声で呟く。
 その噂と言うのは、最近になって急にヴァンサーの行方不明の話が急増したと言うもの。それも、このゼノスフィアがいくつもソーンに現れるようになってから浮かび上がって来た話題であった。
 尤も、ヴァンサーがこの近隣からいなくなると言うのは今に限った話ではなく、こちらへ移動して来てから、他国へ流れていく者も多くあった。エルザードに意外なほどヴァンサーの数が少ないもの、それが理由になる。
 けれども、今回の噂における行方不明というのは、そう言った類の話ではないとオーマの心が囁きかけて来る。これは、今までのものとは匂いが違うのだと。
 その事をも、ゼノスフィアと関係があるのか近々調べてみようと思った矢先、先程の出来事が起こったのだった。
 だが――。
 目の前のゼノスフィアは、先程の戦闘で警戒態勢に入ったのか、日の光をきらきらと反射しているドーム状のシールドを上空に張り巡らせており、内部へ侵入するのは容易い事ではないと分かる。それは、獅子へと変化すれば、通り抜けられないものではないと思われるのだが、ある事情からそれは出来ないでいた。
 と、なれば、シールドの及ばない位置から入る他無い。
 それは、ゼノスフィアの下部である、丸いドーム状の作りをした部分。
 ここは侵入者を撃退するための兵器が収納されている筈で、防衛のためにと言う表向きの理由によって備え付けられていたと記憶している。
 となれば、そこから内部へ通じる道もある筈だと、オーマは意を決して足を踏み出した。
 背中からせり出してくる、嫌な予感を振り払いながら。

*****

 どうにか内部へと侵入し、上へ駆け上がろうとしながら、オーマは強く唇を噛み締めていた。
 初めてここを訪れたのだから、知らなかったとしても仕方が無かったのかもしれない。けれど、予想してしかるべきだった、そう思う。
 ――ゼノスフィアに敵意を持って近づいて来る敵を倒すために設置されていた兵器のほとんどが、VRSだと言う事に。それも、オーマが知るものよりも凶悪なヴァージョンアップを行っており、それは敵を攻撃すると同時に、敵の持つ命を――そして能力を吸い取り、自らの攻撃力として転化すると言うものだった。
 封印されたウォズ、そしてウォズを倒すために働いていたヴァンサーたち、それらを犠牲にして作り出された兵器は、オーマの知らないうちにそうとう広い範囲で活用されていたのだと今更のように気付かされ、オーマはこれほどまでに身近にありながら今まで気付こうとも、いや、見ようともしなかった自分にも何となく腹が立つ。
 そのまま、上へ上へと駆け上がろうとしたオーマの背に、強い視線が突き刺さった。
「!?」
 それは、敵意ではないが、オーマがそのまま先へ行くことを止めてしまう程の強い思いが篭った視線だった。
 が、生きているものの姿はそこには無い。いったいどこから……と周辺を見回したオーマの目が、僅かに見開かれる。
 それは、確かに生きている者ではなかった。
 生命を搾り取られ、かさかさに干からびたミイラ――だが、その体を見れば分かる。黒々とした体に浮き上がるタトゥを見れば、それがヴァンサーだったとひと目で分かってしまう。
 ――これが。
 ゼノスフィアの、動力源だったとは。
 良く見れば、それは彼一体だけではない。ずらりと並べられた幾体ものミイラは、そのような状態になっても尚、まだ具現の力を有し、そして並べられた機械のようなものにその力を吸い取られている。
「行方不明……の末路が、これだってのか」
 しかも、恐ろしい事に空に浮かんでいるゼノスフィアはこれひとつではない。
 そして――ヴァンサーと言う能力者の持つエネルギーにも限界はある。
 そうなれば、延々とこの地に訪れたヴァンサーたちが狩られてしまうのだろう。ただ、空を飛ばない陸地を浮かばせる、その無理を利かせるためだけに。
「ふざけんじゃねえ……」
 『異端』なら。異種族なら。異世界なら。
 ――自分たちと異なれば、何をしても良いと思っているのだろうか。
「……ここにいたのか」
「っ!?」
 不意に、良く知る男の呟きのような声が耳に届き、オーマははっと顔を上げて声の主を見た。そして、その時まで指先が白くなるまで手を握り締めていたと気付いて、苦笑いを浮かべる。
「ちょっと用事があって、やって来てみたらこの有様さ。おまえさんはどうしたんだ? そっちこそこんな所に来るような用事はねえだろ?」
「全く無いわけではないが」
 どこから現れたのか、上からゆっくりと降りてきたジュダが、内部をゆっくりと眺め回して、オーマが見ていたものへも何の感情も篭らない目を向けた。
「また、どこかの誰かがおせっかいをしようと考えているのではないかと思ってな」
「なんだよ。良く分かってるんじゃねえか」
 にやりとやや引きつった笑みを浮かべたオーマに、ジュダが無言でその顔を見る。
「無駄だぞ」
「……何がだよ」
「おまえのしようとしている事は、余程良い代案が無ければ意味の無いものだ」
「意味が無い、って……けどな。連中みてえな犠牲者を出してこれが浮かぶ理由なんざどこにもねえだろ」
「これがここにいる理由も含めてな。けれど、そうは言ってもこれはここにある。――今の生活を翻して地に足を付けるなど、そう簡単に出来る筈など無い。ましてや、自分たち以外の者の考えに従う道理も無いだろう」
 ぐっ、とオーマが言葉に詰まる。
 それはある意味では正論だった。あくまで、ある意味では、だが。
 言葉に詰まったのは、自分の言葉が間違っていると思ったからではない。けれど、ジュダの言葉どおり、オーマの言葉に従わせるつもりになっていても、向こうがその気にならなければ全く意味が無いと言う事だからだ。
 だが、知ってしまったこの想いをどうすれば良いのだろうか。自分たちの仲間であるヴァンサー、異端と言う血に生まれついた者たちの頭上に降りかかる災いを、どうにかして取り去りたいと思う事自体が間違いなのだろうか。
「……諦めろと、言っている訳ではない」
 そんなオーマの思いを知ってか知らずか、ジュダが黙り込んだオーマにそう言い放った。
「一番良いのは、犠牲の数を減らす事。そうだろう?」
「そりゃあ、その通りだ。けど、それが簡単にいかねえんだろ?」
「ひとつ。無いわけではない」
 少し疲れるがな――そう言ったジュダに、オーマは半分以上本気で縋りついた。

*****

 その後。
 オーマは、自宅で寝込んでいた。
 自分の力を出し切る――文字通り、魂まですり減らす程の力を使って、ジュダと二人で大掛かりな作業を行ったためだ。
 それは、道を作り出す事。
 オーマが以前挑戦したような恒久的なものではなく、こちら側からゼノビアへ通じる巨大な道を作り上げ、ゼノスフィアをいくつか無理やり向こうへと押し返したのだ。
 さすがに、オーマの力が途中で尽きてしまい、全ての空に浮く陸地を戻す事は出来なかったが、それでも向こうに戻ったモノは具現侵食の力を再び利用するだろうし、そうすればこのような事に異端が狩られる事も少なくなるだろう。
 全てをなくす事は出来ないにしても、オーマは自分の手の届く範囲でなら護りたいと思い、それに対してジュダは反対はしなかった。
「大変だぞ」
 そんな事を言いはしたが。
 そして、どうにか家に戻りはしたものの、力が戻るまでは枕から頭を上げる事も出来ないくらい疲れきってしまっていたのだった。
 満足とは行かない。
 現状をほんの僅か変える事が出来たかどうか、と言う状態でしかないと分かっているから。
 どんな犠牲も無いまま生きていければと思ったところで、それは無理と分かっている。
 自分の手の届く範囲と言う言い方が、どんなに不遜かと言う事も。
 けれど、何もかも諦めてしまう事だけはどうしても出来なかった。そうしてしまったら、今までの自分も否定する事になる。
 だから、多少の無茶は苦ではないのだ。
 今回の事だって、ジュダがもし手伝ってくれなかったとしても、最終的に同じ事をやっていただろうと思う。その代わり、寝込む時間は一日二日じゃとても足りなかっただろうが。
 とろとろと寝入りながら、オーマは夢想する。
 本当に自分が望んだ世界で生きている夢を。
 ――それは、魂が震える程幸せで、同時に酷く切ない夢だった。


-END-