<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


大掃除協力者モトム!


「では、これから大掃除を始めます」
 いきなりそう宣言したアスティアは、バンダナとマスク、そして掃除用具の一式をノトールに押し付けた。
 それをなすがままに受け取った後でノトールは我に返り、掃除用具を持ってすでに広間へ向かっているアスティアを慌てて追いかけた。
「ちょっ……アスティアさん! まさか、俺とアスティアさんの二人だけで大掃除をするんですか?」
「もちろんです。この屋敷にあなた以外の使用人がいれば別ですけれど」
 そう。こんなに大きな屋敷だというのに、使用人はノトール一人。しかも彼は、本職は執事なので、実質清掃要員がいないことになる。だからこそ主人であるはずのアスティアも共に掃除をするのだが……。
 顔にこそ出さないものの、ノトールは掃除が大の苦手、そして恐ろしく嫌いだったのだ。普段の掃除は仕方なしにやっているものの、大掃除といえばかかる時間も気合も違ってくる。
「じゃあ、使用人を探してくればいいんですね!」
「探せていれば、二人で掃除なんかしていないでしょう」
「それは……長期で雇おうとするから駄目なんですよ、きっと。一日限定、ついでにお給金を弾めば、きっと来てくれますって!」
「それでも難しいでしょうね。こんな辺境の屋敷にすすんで来るとは思えません」
 すでに一人で掃除を始めたアスティアの横で、二人だけで大掃除という超ド級に巨大な山を回避すべく、ノトールは必死に頭を回転させている。
 そして――ピンと閃いた。
「じゃあ、初日は掃除、翌日は屋敷でくつろいでもらうというのはどうでしょう? こんなに大きな屋敷に泊まれるなんてことは、めったにありませんよ!」
 ――それを聞いたアスティアの瞳が一瞬輝いたように見えたのはのは、気のせいだろうか。
「そうですね……。ではノトール。二日目はお客様のお世話をよろしくお願いします」
「え?」
 目が点になるノトール。どうやら、そこまで考えが至らなかったようである。
「次にエルザードへ買出しに行くとき、黒山羊亭で募集を掛けてみてください。……さて、お茶にしましょうか」
 掃除用具を手早く片付けると、台所へ行ってしまう。
 置いてけぼりにされたノトールは、熟考した挙句、こう結論を出した。
「……二人で大掃除した方が楽だった、なんてな。はははは……」
 泣き笑いのようなノトールの声が、広間にむなしく響き渡った。

 + + +

「すみません、お酒を飲んでいたところをとっ捕まえてしまって」
「暇だったし、ちょうどよかったぜ」
 ノトールがエルザードへ買い出しに行った帰り道。荷馬車の上で揺られる二つの影があった。
 一つはノトール。そしてもう一つは、黒山羊亭で酒を楽しんでいたところを捕らえられたオーマ・シュヴァルツだった。
 張りつめた筋肉、鋭い眼光、そして二メートルを超える立派な体躯でどこか近寄りがたく、掃除などの家事とは無関係な人間であるように思えるのだが、意外や意外、家事のエキスパート(裁縫は除く)であるらしい。エスメラルダが太鼓判を押してくれたほどであるから、まず間違いはないだろう。
 声をかけたときに、「何だな、皆でムネドキ下僕主夫道極め隊★ギラリマッチョ交流筋会☆ってかね?」という、ノトールが普段聞き慣れないような単語ばかりを発してくれたので少々面食らったものの、こうして話していると、ちょっと変わっているが親切な人柄であることが判明した。
「俺様がいれば百人力よ! 屋敷の一つや二つや百個ぐらい、朝飯前だぜ!」
「……頼もしいです……」
「なんだ、ずいぶん暗いな?」
「……屋敷に帰ってから掃除三昧だと思うと気が重くて、今にも地面にのめりこみそうです」
「それじゃあ明日の聖筋界担う下僕主夫スターにはなれねぇぜ! それでいいのか!?」
 熱く語るオーマに押される形で荷台の隅に追いやられながら、ノトールは目を白黒させている。
「なれなくていいです。俺はアスティアさんを補佐する執事なんで、しばらく結婚する気はな――」
「その調子じゃ食い残し決定だぜ!」
 ……話のやむことのない荷馬車は、アスティアが待つ丘陵の屋敷へと近づく。

 + + +

 オーマが招き入れられたアスティアの屋敷は、一見清潔に保たれている。
「ですが、シャンデリアなどの大きく複雑なものはどうしても敬遠してしまって。人様にお見せするのが恥ずかしいほど汚れてしまっていますの」
 ノトールがつれてきた偉丈夫を前に気圧される様子もなく、早速アスティアが屋敷を案内している。
 問題のシャンデリアと同じ高さから望める大階段の上で、オーマはその身長を生かしてシャンデリアを眺めた。
 蜘蛛の巣が張っているということはなかったが、喘息の人がこれを見たら全身に鳥肌を立てそうだなと、冷静に分析する。
「ようし、早速始めるとするかね!」
 言うが早いかオーマは腕まくりをしたが、それを制止する声が上がった。
「オーマさん、掃除の前にどうぞ着替えてください」
 そう言ってノトールに手渡されたのは、ノトールが着ている執事の服をもう少しカジュアルな感じに仕立てたものだった。なんにせよ、掃除をするにあたって動きやすいとは言えないものだ。
「今オーマさんが着ている服が汚れたら困りますからね。常備してある制服を差し上げますから、着替えてください」
「そこまで気にしなくていいんだがね。……ま、ここはお言葉に甘えて」
 すっと物陰に隠れると、手早く着替えを済ませる。……ちょっと遊び心を加えるのも忘れなかった。
 掃除用具を運んできたノトールは、着替えを済ませたオーマを見るなり、吹き出すのを抑えるために口元を両手で押さえた。
 手放された箒が高い音を立てて床に落ちる。
「おおっと、そんなことしてると床が傷つくぜ」
 口元を手で押さえたノトールの眼前で、桃色のレースがひらひらと踊っている。
 『それ』は、オーマが具現化能力を制服に応用した結果だった。
 黒かった服が淡い桃色に変わり、ところどころにかわいらしいレースが施されている。オプションとして同種のエプロンとバンダナもついている辺り、当人の趣味が窺える。
 本人にとってこの方が掃除をしやすいのだろうが、共に掃除をするノトールはそれが気になって仕方がない。
 だが、当のオーマはノトールの思惑に気づく様子もない。突然誘われたにもかかわらずなぜか手荒れ防止塗り薬を持っていた彼は、それを二人に手渡した。
「女はいつまでも美しく心は若く! 今でも十分お美しいが、これをつければさらに女に磨きが!」
「お優しいんですね、オーマさんは」
 にこやかに受け取るアスティアは、なぜか意味深長な視線でノトールを見てから掃除を開始した。

 + + +

 オーマが具現化した、『吸引の度大胸筋エフェクト炸裂等身大ビキニマッチョアニキ掃除機』という名称であるらしいビキニを着用したマッチョ(ノトールはすでに突っ込まなかったが、相当気になっている様子)やその他が階段など床を掃除し、オーマ、ノトール、アスティアの三人はシャンデリアに取り掛かった。
 まず高い天井から下ろすのが大変そうだったが、脚立に乗ったオーマが軽々と下ろした。見た目に相違ない膂力を持っているようだ。
 それを細かいパーツに分けて掃除するのだが、取り付ける場所が分からなくならないように一つ一つやると、これがかなりの手間なのだ。
「くそー……。今日中になんか終わりそうにねぇぞ……」
 ノトールは嫌そうな顔でパーツを拭きつつ悪態をつき、アスティアはひたすら無言で、そしてオーマは驚異的な速さで仕事をこなしている。
 ノトールとアスティアの二人合わせてやっとシャンデリアの四分の一ほどが終わったというのに、オーマは一人ですでに半分を終わらせている。
 しかも早い上に丁寧なのだから、文句が出るはずもない。
「さーってと、シャンデリア終わり!」
 オーマが再びシャンデリアを天井に戻した頃には、具現化された掃除機たちが他の掃除をほとんど終わらせていた。
 掃除された場所を見てみると、人が自ら掃除したのと変わらない美しさに仕上げられている。
「これが真の主夫たる者の姿だ! 掃除は楽しく素早く美しく! この三拍子を欠いちゃならねぇ」
「はぁ……」
「ほら、そんな嫌そうな顔してるから余計に掃除が嫌になってくるんだよ。もっと楽しそうに! 満面の笑みで!」
「ちょっとそれは、はたから見たらどうかと……」
「お前な、このお屋敷にはアスティアさんとお前と俺しかいないんだぜ? 何をそんなに恥じるんだ!」
「やめてくれ、俺をお前さんの熱すぎる主夫道に巻き込むのは!」
 などと愉快な会話を繰り広げつつ、昼前から始めた掃除だったが、外が完全に暗くなる前には終えることができた。
 三人(+α)の力でここまで早く終わったのは、大半がオーマの力によるものだった。
 ……掃除終了後、冬だというのに屋敷の中が汗ばむほど暑く感じたのは、掃除で体があったまったというだけではない気がした。ノトールは思わず、オーマの横で待機するマッチョな掃除機たちを横目で見た。

 + + +

 夕食ではアスティアが腕を振るった。オーマも手伝おうとしたのだが、そこは「お客様ですからね」と言ってやんわりと席に着かされた。
 出された料理は量こそ多くないものの、見目美しく、そして繊細に味付けが施されていて、まるでちょっとした宮廷料理のようだった。もしかしたら、若いころは本当に宮廷で働いていたのかもしれない。
 給仕をするノトールも、掃除と違ってこちらはなかなかさまになっていた。燕尾服をきっちり着込み、優雅な動きでワインを注ぐ。
「もう一度確認したいんだが、明日はこのお屋敷で自由に動いていいんだよな?」
「ええ。ただ、二階にある私とノトールの個室だけは開放できませんが」
 アスティアとノトールが最後の料理を運び、席につくと、オーマはにやりと笑った。

 + + +

 大掃除の翌日。
 いつもどおり早起きしたノトールとアスティアは、大階段の上で鉢合わせした。
「おはようございます、アスティアさん」
「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
「……はい」
 そこに、軽い爆破音が鳴り響き、目の前に色とりどりの紙が飛んできた。同時に内装ががらりと変わり、そりに乗ったサンタクロースの人形やリース、色とりどりの靴下、ひいらぎ、キャンディーケーンなどが壁一面に現れた。随所に桃色やレースが使われているのは、まさに『あの人』を二人に連想させた。
「これは……」
「一体何事でしょうか??」
 困惑して顔を見合わせたところに、元気な声が響いてきた。
「メリークリスマース!!」
 階下を見ると、サンタクロースの衣装を着たオーマと、同じ格好をした白ひげの男たちが、手にクラッカーを持ってこちらを向いていた。白ひげの男たちは、昨日床を掃除していた掃除機たちが変装したものだろう。
「ちょっと早いが、招待の礼と友の証の祝いにXmasパーティだぜ! もちろん片付けは俺がやるから、気兼ねなく楽しんでくれよ!」
「くりすます……? 一体何です、それは??」
「……もしかして、クリスマスを知らねぇのか?」
 オーマの問いに二人が頷く。
「まぁ、異世界の文化だし、知らなくても仕方ねぇか。――クリスマスってのは……つまり、なんだ。端的に言えば、七面鳥やケーキを食べて、人にプレゼントをあげるイベントだぜ。本当は宗教関連の行事なんだが、俺たち一般人は楽しむためにやってるな」
 喋りながら二人を階下に連れて行くと、ツリーの横にはかわいらしいテーブルセットがあり、宣言どおり七面鳥やケーキが所狭しと並べられていた。
 二人はオーマに勧められるまま席に着き、料理を楽しんだ。かなりの腕前だった。
 アルコールがまわって場が盛り上がってきたところで、オーマはどこからともなく紙の束と冊子を取り出し、二人に手渡した。
「我が腹黒同盟勧誘用のパンフレットと、アスティアさんにはナウ筋ミドルダンディお見合い写真筋集贈呈だ!」
「アスティアさんにお見合い写真なんて必要ない――」
「腹黒同盟ですか、なかなか面白そうな集まりですね。写真集もありがたく拝見しますわ。お恥ずかしながら、この年になると一人では心細いときもありまして、伴侶が欲しいと思っていましたの」
「なッ……!?」
 アスティアの『伴侶が欲しい』という言葉を聞き、ノトールは口をパクパクさせている。
 その様子を横目で見るオーマがにやにや笑っているのは、なるほど、さすが『腹黒同盟』のトップであるということか。

 + + +

 料理をほとんど平らげたころ、アスティアが何気なく言った。
「今年は例年にないほど雪が降るのが早くて、屋敷の裏にある山脈はもう真っ白ですわ」
「雪か……。それもいいな」
「?」
 思い立ったが吉、すっと席を立つと、オーマは外へ向かった。外を眺めるのだと思い、二人も後についていく。
 そして……二人が外に出たとき、外にはオーマの姿はなかった。その代わりに、天を突くほど巨大な銀の獅子がたたずんでいた。
 ノトールが素早く背後にアスティアをかばい、思わず身構える。
『大丈夫だ。襲いやしねぇって』
 笑いを含んだオーマの声がどこからともなく聞こえてきたので、ノトールは辺りを見回した。だが、姿は見えない。
『目の前の獅子が俺だぜ?』
「えっ!?」
『ま、世の中にはいろんな人間がいるってこったな。ほら、頭に乗ってくれよ。遊覧飛行にご招待だ』
 二人が地に伏せた獅子――オーマの背を伝って頭に乗ると、オーマはゆっくりと空に舞い上り、雪の積もる山脈へと向かった。
 上空の冷たい風は頬に痛かったが、オーマのやわらかい鬣に埋もれるように座っていたので、さして寒くは感じなかった。
 屋敷のある辺りはまだ雪が降っていなかったが、屋敷からしばらく山の方面へ進むと、オーマたちの周りにも雪がちらついてきた。
「空から見下ろす景色は、こんなにも雄大ですのね」
「アスティアさん、お屋敷がもうあんなに小さく見えますよ。……それにしても本当にきれいですね。しばらく忘れられなさそうですよ」
 アスティアとノトールが感嘆の声を漏らした。魔法の類を使えない二人にとって、このような場所から景色を見るのは初めてなのだろう。
 オーマは、二人が感動していることにいたく満足したようだった。
(やっぱり、一番の贈り物は互いを想う心だよな)

 + + +

 この後、オーマが宣言どおりに屋敷の方付けをしているとき、アスティアが「腹黒同盟の本拠地を、一度拝見してみたいものですわ」と言ってノトールを慌てさせたのは、また別の話である。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

NPC
【ノトール/男性/26歳/本当は執事】
【アスティア/女性/64歳/屋敷の女主人】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、始めまして。新人ライターの糀谷みそと申します。
 この度は大掃除にご協力いただき、ありがとうございました!
 オーマさんはソーンの中でも屈指の濃ゆさ(もちろんいい意味で/笑)を誇っている方だと思うので、彼のお話を書くにあたって心底楽しませていただきました。プレイングも彼の優しさと個性がにじみ出ていて、読んでいるこちらがその意外性にも驚かされた次第です。
 ただ、私の想像(妄想)で書いてしまった箇所が多いので、彼の人物像とずれてしまったのではないかと心配でもあります(汗)。何か問題がありましたら、ぜひともご意見をお寄せください。
 アスティアとノトールの二人もとても楽しんだようです。機会がありましたら、また『丘陵の屋敷』をご訪問ください。

*前回納品したノベルに不備がありましたので、再納品させていただきました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。