<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


ひかり消えゆく聖夜に

「この地方は寒いですね、清芳さん」
 坂道で少し前を歩いていた馨が白い息を弾ませて振り返ると、清芳は吹き抜ける風に肩をすくめていた。
 髪を覆っているヴェールが無いと、いつも以上に首元が冷えるのかもしれない。
 今日の清芳はいつもの宣教師服ではなく、しっとりと落ち着いたデザインのスーツを身に着けている。
 髪からのぞいた耳には白のパールが柔らかな輝きを添えていた。
 ――いつもの宣教師服も良いけれど、たまにはこんな清芳さんも雰囲気が変わって良いですね。
 清芳はスーツの上にコートを羽織っているのだが、雪雲の現われ始めたこの季節の夕刻、むき出しの首筋が風に撫でられる度、清芳は寒そうに身を震わせる。
 それでも暮れ始めた空を見上げ、清芳は初雪の予感に弾むような気持ちを抑えられないように呟いた。
「ホワイトクリスマスになるといいな」
「夜には雪になるかもしれませんね」
 二人は石畳の坂を今夜のホテル――星辰館へと歩いていた。
「ああ、見えてきましたよ。あそこです」
 海をすぐ近くに臨む山の中腹に建てられた星辰館は小さな洋館で、白い壁と青緑色の屋根が爽やかなコントラストを見せる建物だ。
 宿泊できる部屋数は少ないが、窓の外に広がる夜景とシーフードを中心にした料理で密かに人気がある。
 洋上に浮かぶ巨大なクリスマスツリーを部屋から見られるこの時期は特に予約が多いのだが、幸運にも二人は部屋を取る事ができた。
「っわ!」
 履き慣れないヒールの靴に、清芳の足元が揺らぐ。
「大丈夫ですか、清芳さん」 
 とっさに馨が腕を伸ばして抱きしめたので、清芳は転ばずに済んだ。
「……大丈夫」
 ――しっかりしてるようで時々これだから、目が離せないんですよね。
 一瞬で上がってしまった息を整えると清芳は馨の腕から離れていった。
 その温かさに名残惜しさを馨は覚える。
 ――このまま腕ぐらい組んでも良いと思いますけど、清芳さんはそういうの嫌がりますからね。
 坂の上ばかりを見て歩いていた清芳が、坂の下に広がる景色に気付いて目を輝かせる。
「ツリー、もう明かりが灯っているんだ」
「結構離れてますけど、明かりが灯るとここからもよく見えますね」
 夕暮れの海から空へ、藍から紫がかった柔らかな闇が広がっている。
 その中で、海のそばに立てられたツリーがきらめく光をまとって輝いていた。
 ツリーの灯りはクリスマスの今夜、消されてしまうのだという。
「今夜であの光が消えてしまうなんて、少しもったいないな」
 寂しげな清芳の声に、馨は明るい声で言った。
「後で見に行きましょう。まずは美味しいものを食べてから、ね」
「そうだな」
 清芳の顔に再び笑顔が戻ったのを見て、馨はまた坂道を歩き出した。


 星辰館にはすでに数組の予約客が訪れていて、ラウンジでゆったりと話しながら時間をつぶしていた。
 二人は案内された部屋にコートを置いた後、海沿いに面した予約席へと通された。
 暖房の程良く効いた室内は照明が落とされ、テーブルに置かれたキャンドルの光が温かな光を放ち、その間を静かなクラッシック・ジャズのクリスマス・ソングが流れている。
 星辰館の各テーブルは間隔も広く、隣の会話に気をそがれる事も無い。
 もっとも、今夜はお互いしか目に入らない恋人同士が、テーブルの大半を占めているのだが。
 星辰館ではバイキング形式の食事を出しているが、品数、皿数共に多く、殺伐とした料理の取り合いは起こらないで済みそうだ。
 まずはグラスを打ち鳴らし、涼やかに音を響かせて二人は乾杯した。
 細やかな泡が立ちの上るスパークリング・ワインで喉を潤し、馨は清芳に言った。
「清芳さん、バイキング形式の食事は初めてですか?」
「好きなだけ料理を食べて良いんだろう?」
 清芳は皿を手に力強く言い切った。
 ――ああ、この目は絶対に履き違えてる!
   しかも、私と皿数で勝負しようとも思っていそうだ。
「そうですけど」
 苦笑した馨が清芳の認識に修正を加える。
「それでは単なる『食べ放題』ですよ。
好きな物を好きなだけ、というのは変わりませんが。
残すのはマナー違反になりますから、少しずつ皿に取ってたくさん頂くと良いですよ」
 清芳は素直に目を見開いて声を出した。
「そうなんだ」
「軽い料理から順に食べるともたれずに済みますよ」
 馨はテーブルに並べられた料理を見渡して言葉を続ける。
「ここはシーフードの料理が多いようですね。
デザートも……あ、清芳さん先にデザートでおなか一杯にしちゃいけませんよ」
「わ、わかってる!」
 ロングスカートの裾を翻し、清芳はデザートコーナーに真っ直ぐ行こうとした足を止めて赤面した。


 ズワイ蟹と帆立貝のマリネやモザイク模様に細工されたパテ、牡蠣や蟹殻に詰めたグラタン、リゾットを詰めた鴨のロースト、フレッシュフォアグラのソテー、みずみずしいサラダなどをまず皿に取り二人は再び乾杯して口に運ぶ。
 ――軽いものから、なんて自分で言ってしまいましたけど、ついどれも皿に取りたくなりますね。
 どの料理も彩りが工夫され、冷めてしまわないように気を配られていて美味しかった。
 ふと馨はオレンジ色の何かを使った料理に目を引かれたが、その素材が何なのかわからない。
 ――うーん……こういった場所で出される料理ですから、不味いという事は無いと思いますが。
   でも初めて手を出す料理ですし、ここは慎重に行動したい所です。
   味に関してより多くの意見が聞きたいですね。
 馨は次に何を食べようかと皿を持って立っている清芳に、『何か』を取り分けた。
「清芳さん、これもどうぞ。オレンジ色の食べ物にはカロチンが含まれてますから、健康にも良いんですよ」
 清芳が首を傾げる。
「カロチンって野菜に含まれてるんじゃなかった? これ、ちょっと海の匂いがするけど……」
 鮮やかなオレンジ色は一見南国の果物を思わせる。
 しかし、それはデザートコーナーに置かれていたものではない。
 清芳は怪訝そうにフォークを『何か』に突き刺して、馨の顔と交互に見ている。
「まあまあ、食べてみればその効果がわかりますから、ね?」
 念を押すように笑顔を上乗せして馨は言った。
 ――私の食への探究心を満たして下さい、清芳さん。
   もちろん美味しいものだけ対象ですが。
「そうかなぁ」
 ――あと一押し!
「そうですよ。何事も経験です」
 渋っていた清芳だったが、ぱくりとその『何か』を口に入れた。
 ――味は!? どうなんですか清芳さん!
 息を詰めて見つめる馨の前で、もぐもぐと口を動かした清芳が感想を述べる。
「あ、美味しい。さっぱりしてる」
「そうですか」
 ほっとした馨に清芳は席を立って言った。
「馨さんも食べるといいよ。取ってきてあげるから」
「ありがとうございます」
 ――また一つ新しい美味に触れる事ができそうですよ、清芳さんのおかげで。
 身勝手に感謝する馨の元に、清芳が新しい皿に『何か』を取って戻ってきた。
 先程、馨が清芳に取り分けた時よりも幾分赤いような気がする。
 細かな赤い粒子が表面にたくさん付いているのだ。
 ――? 気のせいでしょうか。
   まあ清芳さんも美味しいって言ってましたし、大丈夫でしょう。
 何のためらいもなくそれを口に運んだ馨を、激しい辛さが襲った。
 馨はグラスをあおって一気に水を飲み干した。
「か、っか……!! だ、誰です? こんなの考えたのは……」
 ――この赤いのはもしかして!?
 咳き込みながら涙目で言葉を失う馨に、清芳は唐辛子の瓶を振って微笑んだ。
「それ、甘かったから。
馨さん辛いの好きって言ってたし。これ、かけておいたよ」
「ハハ、素敵な味ですね……」
 辛さの抜けた馨の口の中には、酸味と鼻に抜ける潮の香りが広がっていた。
 ちなみに料理はホヤを使った酢の物だったのだが、馨がホヤの本当の味を知るのはずっと後の事だ。
「実は馨さんにプレゼントがあるんだ」
 ――結構大きいですね。
 辛さのショックが和らいだ馨は、清芳から手渡された物の大きさにひるみつつも礼を言った。
「嬉しいですね。ここで開けても良いですか?」
「うん」
 綺麗にラッピングされた包みの中から、人の形に似せた物が姿を現す。
「こ、これは……っ!」
「いいだろう、これ」
 にこにこと清芳は馨の表情を見て楽しんでいる。
「な、何故アンデッドの形なんですか……」
 清芳の贈り物は抱き枕――やけにリアルなアンデッドを精巧に模した物だった。
 ――私は清芳さんに試されているのですか?
「気に入った?」
 馨は自分のこめかみがひくりと動くのを感じながら、感想を述べた。
「そうですね……このしっとりな手触りが限りなく本物っぽくて、眠れなくな……いえ永遠に眠ってしまいそうな品ですね」
 乾いた笑いを浮かべながら馨はアンデッドの――いや枕の表面を撫でた。
「寂しい時は抱いて寝ると良いよ」
「ありがとうございます……」
 ――悪夢以外のものが見られるでしょうか……。
 どんよりと表情を曇らせた馨に、清芳はもう一つ、今度は幾分小さな包みをテーブルの上に出した。
「実はもう一つあるんだけど。開けてみて」
 促されるままリボンを解いて包みを開くと、しっかりした革表紙の辞書と万年筆が出てきた。
 万年筆の軸表面は深い紺青色で、無数の流れる線が彫り込まれた様子は春雨に匂い立つ若芽の香りをも感じさせる。
「馨さんて、わからない事があると調べないと気がすまないだろう?
良かったら、これも使って」
 はにかみながらそう言う清芳に、馨は胸が一杯になる。
 ――貴女が私を想って選んでくれた、その事だけでも私にとっては特別な品物なのに……。
「嬉しいです。大事に使わせて頂きますね」
 馨は辞書と万年筆を手に取り、一言ずつ噛み締めるように言った。
 

 星辰館での食事を終えた二人は、ツリーを見るため再び外に出た。
 冷えた空気で坂道は昼間よりも滑りやすくなっている。
「どうぞ。足元危ないですからね」
 自然な形で差し出された馨の腕に掴まりながら清芳はゆっくり歩いていった。
「そ、そうだな」
 ――やっぱり手を繋いでいると温かいですね。
 坂道を降り切った先にツリーの明かりが見えてくる。
 もうすぐ消灯のカウントダウンが始まる事もあってか、ツリーのまわりには大勢の見物客が集まっている。
「近くで見るとやっぱり大きいな」
「そうですね」
 ツリーの周りに出ている店で二人はホットワインを買った。
 赤ワインとフルーツ、スパイスの香りが効いたその温かさは、カウントダウンが始まるまで指先を温めた。
 ワインの湯気の中に、空から白い雪片が舞い落ち、すぐにそれはふわりと大きな結晶となって降り積もってゆく。
「……初雪だ」
「清芳さんの言っていた通り、ホワイトクリスマスになりましたね」
 そんな事を言いながら人波の中肩を寄せ合っていると、カウントダウンを告げる声が響いた。
「……3、2、1!!」
 ツリーの明かりが消されると同時に港に停泊している船から汽笛が鳴り、花火が打ち上げられる。
「いつもありがとう、馨さん……」
 花火へ目を向けていた馨の頬に、そっと温かな感触が残された。
 隣を見ると清芳が青い瞳を細めて笑っていた。 
 冬の夜空、ツリーから消えた光が空に上っていくように馨には感じられた。
 ――舞い上がっているのは私の心かもしれませんね。
 隣をうかがうと、清芳も目を輝かせて花火に見入っている。
 花火が終わると、人々は強まる寒さに肩をすくめ、帰途につきだした。
「私たちも戻ろうか」
「ええ。でも私からも清芳さんに贈り物があるんです。受け取ってもらえますか?」
 クリスマスツリーになっている樅の木に馨は地術で働きかけた。
 成長を止めた筈の枝が大きくせり出し、二人の前に伸びてくる。
 その枝に掴まり、馨は清芳に手を差し伸べる。
「私からの贈り物は、この夜空です」
 本来の高さよりも更に上へと伸びた梢で、馨はそう言って微笑んだ。
「貴女に、この冬初めての雪を見せたかった……地上に落ちて溶ける前の、汚れのない雪を」
 遠く高い場所から地上を目指して舞う雪を、一番綺麗なままで見せてあげたい。
 そう馨は思い、この場所へ清芳を伴って来たのだった。
 清芳は馨の瞳を見つめ、少し考えて言った。
「馨さん……雪だるま作ろう!」
「はい?」
 唐突な言葉に馨は面食らって、思わず聞き返した。
「一番綺麗な雪で作って、二人で持って帰ろう?」
「溶けてしまいますよ」
 星辰館まで持ち帰っても、暖かな場所に移せば雪はすぐに溶けてしまう。
「うん、だから……ここに溶かして、持って帰るんだよ」
 清芳は自分の胸を指先で指し示して悪戯っぽく笑った。
 ――ああ、そういう事ですか。
「わかりました」
 枝に積もった雪から、指先ほどの小さな雪だるまを二人で作り、お互い顔を見合わせてそれを飲み込んだ。
 小さな雪はすっと二人の口の中に溶けていく。
 ――特別な日だけでなく、何気ない毎日にも、この人の一番近くにいるのが自分であればいい。
   そして、常に喜びを与え、悲しみを癒せる存在になれたらいい。
 そう二人は思いながら、束の間瞳を閉じて祈りを捧げた。


(終)


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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【 3009 / 馨(カオル) / 男性性 / 25歳(実年齢27歳) / 地術師 】
【 3010 / 清芳(さやか) / 女性性 / 20歳(実年齢21歳) / 異界職 】


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■         ライター通信          ■
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馨様
初めましてのご注文、ありがとうございました!
途中お笑いも交えつつ、ロマンチック……な感じになっていますでしょうか?
ソーンにホヤってあるんでしょうか(笑)
同じくご参加下さいました清芳様とは同じ内容ながらも、視点を変えて描写していますのでお時間ありましたらそちらも御覧頂ければと思います。
口調や表現で気になる部分、訂正がありましたら遠慮なくお申し付け下さいね。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。