<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


愛しき者へ

 きらきらとした飾りに、雪を模した真っ白い綿。
 ちょっと怖い、満面の笑みを浮かべたプレゼントを運んでくれるおじいさんの顔は、暖かな火にあたった時のように赤く頬を染めている。
 そして、小さな小さなプレゼントの箱は、金色のリボンを付けていくつもぶら下がっていた。
 ……年に一度の聖なるお祭り。
 家族が、そして恋する者たちが、幸福と言う名の贈り物を受け取る夜――。

*****

 藤野羽月が、ややぶっきらぼうながら、一本の樹木を一本家の中に持ち込んだのは、そんな聖夜が近づいた日の事。
 始めは一緒に暮らしているリラ・サファトのためもあったのだろうが、意気込んで飾り付けを手伝っているリラを見る目の優しさや、気付けば自身の方が熱中して飾りを作ったりしている様子を見ればそれだけでは無いようだった。
 羽月の好む内装とは全く異なる、一部異国のような雰囲気がその空間にはあったが、二人がそれを気にする様子は無い。
「こっちの色は、これがいいですよね?」
「……ああ。そうだな」
 傍目にも仲睦まじく、自分たちのささやかな祝い楽しもうと、今日もこうして飾り付けの続きを開始したのだが、その途中で羽月が軽く数度咳き込んだ事で、今年はそれが一変した。
「羽月さん、大丈夫ですか?」
 その、小さいけれど気になる音にリラがぴたりと飾り付けの手を止めて、心配そうに眉を寄せつつ羽月に聞く。
「大丈夫。……このところ急に冷えたからな」
 ここからは見えない空を見るように天井へ目を向けた羽月が、またもこんこんと軽く咳き込んで顔をそむけるのを見て、手に持っていた飾りを下へ置いたリラが羽月へ近寄って、
「風邪を引いているじゃないですか。駄目ですよ、ちゃんと熱を測らないと。こっちに来て下さい」
 半ば強引に手を取り、部屋でも一番暖かな場所へと移動させたリラに、羽月が僅かに苦笑を浮かべて、大人しく付いて行った。
 そして。
「……ほら、大丈夫だって言っただろう?」
 暫くじぃぃぃっと羽月を見詰め続けるリラに、ようやく体温を測り終えた羽月が体温計を見せる。そこの目盛りにあったのは、平常体温よりも少しだけ高めの微熱だと言う事を指す温度だった。
「だ、駄目です、熱は熱ですっ。ちゃんと寝ないと治らないですよ。看病しますからっ」
 だからもう飾り付けもしちゃ駄目ですっ、後は私がやりますから、と力んで言うリラに、いや、と羽月がゆるりと首を振って、
「この程度なら寝る前に薬を飲んで一晩寝れば治る。リラさんが気にする事は無い。それに看病も必要無い」
 何も枕から頭が上がらない程の熱ではなし、とさらりとリラの言葉に返して再び飾りを手に取った羽月に、むぅ……とリラがちょっと頬を膨らませたものの、納得したのか、最初よりは少しだけ表情を落として羽月と共に続きを再開した。
「……おやすみなさい」
 気のせいか、いつもよりも布団の位置が離れているような、とリラが首を傾げながらも布団を被って羽月へと言葉をかけると、
「おやすみ」
 言葉を送る時だけちらとリラの方を見た羽月が、そのままくるりと向こう側を向いて布団を被ってしまった。
「…………」
 そうして、寝る前には飾り付けも済み、後は明日の夜を待つばかり、となった次の日の朝。
「……」
 薬が効いたか、頭の重さも気だるさも取れた羽月がもぞもぞと布団の中で身じろぎして起き上がると、何かがいつもと違う事に気付く。
 見れば、隣の布団の中には幸せそうに眠るリラの姿も無く、寒くなってからは羽月とリラに挟まれて寝るのが当たり前になっていた茶虎の猫の姿も無い。
「……!?」
 それに気付いて一気に目が覚めた羽月が跳ね起きると、しん、とした室内には何の気配も無く、昨夜出来上がったばかりの飾り付けの済んだ木が虚しくきらきらと輝いているばかりだった。

*****

「……っ」
 はあはあと息をする口元が白く濁る。
 これでいくつめの心当たりだろうか、羽月は聖都じゅうを駆け回りながらそんな事を考えていた。
 リラが書置きも無しに消えたのはこれが初めてでは無かっただろうか、と不安にかられながらも、足を止める事も出来ずに寒空の中を駆けずり回る。
 とは言え、羽月に愛想を尽かして出て行ったと言う風ではないらしい。
 その根拠はと言えば、跳ね起きて辺りを見回した羽月の目に飛び込んで来たものが、外出用の暖かな服一式と、その上でのたくっていたリラ渾身の作である長いマフラーだったからだ。
 寝る前にはなかったそれが枕元に置いてあると言う事は、リラの謎かけのひとつであるのだろう。
 自分が何をしたのか、どうしてリラがそんな事を考えたのか良く分からないまま、だが、胸が締め付けられるように気が急いて、羽月は慌てながらその服を全て着込んで外へと飛び出したのだった。
 ……その上に走ったので、寒さなど感じず、寧ろ少々暑いくらいだったが。
 公園にはいない。
 黒山羊亭にもいない。
 防寒具に身を固めた吟遊詩人が、冷たい空気の中朗々と声を響かせている中にも、リラのうっとりした顔は無く。
 共通の友人がいる教会の中にも、さえざえとした空気を一変させる少女の姿は見当たらず。
 リラのお姉ちゃん、と言う通り名で親しまれている孤児院の付近でも、今日は見ていないと言うあっさりした答えに失望し。
 果ては修理屋に駆け込んでも、外の寒さと走り回った暑さで顔を真っ赤にしている羽月を気の毒そうな顔で見た男によってリラは来ていないと否定され。
「聖都の中には、もう……」
 心当たりを思いつくまま探し回った羽月が、目の色を変えて外へと飛び出すのを、都を護る門番がぽかんとした顔で見送っていた。

*****

「……ここも……駄目か」
 ひと気の全く無い冬の海で、はあっ、と羽月がため息を付く。
 前に来た時には、わざわざ砂で城が作られていたが今回はそれも無く、打ち上げられた何かの破片が侘しさを殊更に強調しているだけ。
 やはり、自分が原因だろうか。
 走りながら幾度となく問い掛けて来た問いに、答えは未だに出ないまま、一番見たいリラの顔だけはどこにも無かった。
「そう言えば」
 広がる海を見、何度か呼吸をしたお陰で記憶が蘇ったか、一度自分が転寝をした場所があったな、と思い出して、もう一度深く呼吸を繰り返すと、肺の中に冷たい空気をいっぱい吸い込んで――再び駆け出した。
 もう、外は寝転んで眠るには向いていない寒さで、草原もまた、一面の枯野と化していた。……これから降って来るだろう雪に備えながら、だが、その下には春を待つ青い芽が一斉に芽吹くための力を溜め込んで。
 その中で、ある樹にだけ視線が止まったのは何故だろうか。
 頼りないピンで止められてひらひらと舞う一枚の紙を、駆け込んだその瞬間からどうして見つけられたのか。
「リラさん……」
 その文字を見る前に、もうそこに紙を置いたのが誰か分かった羽月が呟いて、紙を手にとった。

『一番羽月さんに、近い場所は?』

 たった一行のその文字を見て、不覚にも目元にじわりと滲むものを感じながら、羽月が空へと顔を向け、そして微笑んだ。
 不器用ながら。
 精一杯の、喜びを込めて。

*****

 息を殺して、毛布と寒さしのぎの茶虎をきゅうと抱き締めていたリラが、羽月の作業場の押し入れから発見されたのは、恐らく草原から最短時間で掛け戻った後のこと。
「リラ、さん」
 はあはあと息をしている羽月をちらと心配そうに見た後で、リラがぷんと横を向く。
「ま、また私が、リラさんを傷つけるような事をしてしまったのだな。……すまなかった」
 その表情を見て、見つけられて良かったと言う安堵の思いと共に、ぶっきらぼうな自分の行動に反省しつつ、ぺこりと頭を下げた羽月に、
「……待ちくたびれました」
 まだ、微妙に拗ねた声のリラがそっぽを向いたまま羽月に言い。
「だから、私が一番聞きたい言葉を言ってくれたら許してあげます」
 がばと顔を上げた羽月の目を、真剣な表情で覗き込んだ。
「あ――その」
 一瞬、口篭もった羽月が、暑さのためだけでなく顔を真っ赤にし、
「も、申し訳ない。一番大事なリラに、風邪を移したくなかった」
 引き始めの兆候は自分でも分かっていたから、気付いて側に近づく前に治してしまいたかった、そう言って、意識的にリラを避けていた事をもう一度謝ると、自分でも必死で抑えていた事――つまり、手を伸ばして自分の腕の中にリラを抱き寄せると、
「不安にさせてすまなかった。愛してる」
 最後の言葉は、耳元で囁くように。
 なかなか自分の感情を露にしない羽月だったが、この言葉にだけは万感の思いを込めて。
「……」
 不意にリラが黙り込んだまま、きゅうっっ、と羽月を抱き締める。冷たい手を羽月の温かな背中に回しながら、震える体で、何度も力を込めて。
「私、も……愛して、います……」
 その後は、言葉にならなかった。
 朝からずっと、街を、その外を駆け回っていた羽月と同じく、いや、それ以上に、自分を見つけてくれるのか心配で心配で仕方なかったリラ。
 その彼女が、子どものように羽月にしがみ付き、そして、羽月がすぐ近くにいてくれると言う安堵で胸をいっぱいにしながら、離れまいと抱き締め続け、
 にゃうぅん。
 二人の間で、あったかいのはいいのだが押しつぶされそうになって苦しいと茶虎が情けない鳴き声を上げ、それを契機に二人は顔を見合わせ、互いにしか見せない笑顔で微笑みあったのだった。
 そして、同時に、聖夜を知らせる鐘が聖都に響き渡り。

 最大の、そして最高のプレゼントを受け取ったリラがもう一度微笑んで、茶虎が腕の中から逃げ出すのも構わず、再び羽月に体を寄せて行った。


-了-