<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
過去からの招待状
雪が、降る。
ごくかすかに音もなく降りてくる白いものは、地面に残る事無くすぐ消えていく。
――今は真夜中。イブの夜のパーティで酔って遅くなった者以外は、外に出ている者などいない街を、誰かが祝福でもしたかのように空から降りてくる雪を、外に立ち尽くしながら、黒髪の男、ジュダはゆるりと上を見上げながら見詰めていた。
聖なる日の前夜。そして聖なる日当日。
新年を目前に控えた前夜祭のように、誰もが待ち望む楽しいひと時。
そんなものが、もし、あの日の世界に存在していたら。あの『二人』は、そして自分はどうやってその日を過ごしただろうか――。
「……他愛も無い」
嘗ての事など考えていても、あの日が自分の手に戻るわけではない。それはただの甘い感傷だと、ジュダは自嘲気味な呟きを洩らし、そして、この日ばかりは誰ともこの夜を祝う気になれず、顔を落として俯き加減になりながら、路地裏へと消えていく。
それでも、思い出が消えるわけではない。あの『二人』が、たとえそんな祝いの日が無くても、何かしら楽しい事を見つけてジュダへ笑いかけていた、その笑顔は誰に奪えるものでもない。
「……」
ふ、とジュダが柔らかな笑みを零した。それは、誰かを見る目付きに良く似てはいたが、視線の先には何も無く、また、口元の笑みはほんの少し歪みを見せていた。
*****
「う〜〜〜ん」
かくーん、かくーん。
薄らと雪の積もった朝に、窓の外をじーっと眺めながらシキョウは何度も左右に首を傾けていた。
雪は僅かに地面を白く染めただけで、恐らく昼には溶けてしまうのだろう。その様子を残念そうな顔をしつつ、それよりももっと気に掛かっている方へと考えを向けた。
それは、シキョウが大好きな――けれども、家人との間のトラブルからか、滅多に会う事が出来ない存在、ジュダの事。
シキョウの住み暮らす場所へはシキョウが知る限り来た事は無く、いつもどこで暮らしているのかさえ分からない。出来れば毎日だって顔を合わせたいと思っているシキョウにはそれが不満でならなかった。
同じ事を、どうやらユンナも思っているらしい。同じような目付きで外を眺めている時は、自分もそうだからとシキョウはきっとユンナもジュダと一緒にいたいんじゃないかと想像している。当人に確かめはしていないのだが。
そんなジュダを心待ちにしていたイブの夜のパーティに、結局ジュダは現れず、次の日の朝に目が覚めてからずっと、シキョウは頬を膨らませ気味にして外を眺めていたのだった。
そんなシキョウの背中から、ことん、と何か小さなものがテーブルに置かれる音がし、ぐりんと首を回して振り返ると――素朴な包装の小さなプレゼントの箱が、テーブルの上にちょこんと置かれていた。
「あれ〜?」
プレゼントは昨日貰った筈だ。それも、シキョウが欲しがっていたクッションにも枕にもなるふかふかのぬいぐるみ――早速シキョウのベッドの上にそれは鎮座している筈で。
辺りを見回してみてもそこには誰もいない。
「???」
かくん、と大きく首を傾げながらも見てみると、箱に挟まれたカードには読み取り辛かったが、ユンナとシキョウへ、と宛てられていた。
「わあっ、シキョウへプレゼントだ〜っ」
目を輝かせてリボンを解き、箱を開ける。――その中に入っていたのは、一通のこれまた招待状のようなものと、ルベリアの花が三輪だった。
「ん〜〜〜?」
どういうプレゼントなのかと再び首を傾げるシキョウ。そこへ、
「あら、おはよう。早いのね」
ふああ、と子猫のような欠伸をしながら、ユンナがシキョウのいる部屋へと入ってきた。
「あっ、ユンナおはよう〜〜〜っっ! ねえねえ、プレゼントだよ、プレゼント!」
箱にあった宛名にユンナの名も入っていた事を思い出したシキョウが、空けた箱から取り出した品を握ってユンナへ見せる。
「プレゼント? どこからなの?」
「わかんない」
これがね、ここにあってね、と開いた箱やリボンを見せるも、ユンナにも差出人は分からず、だがルベリアの花を入れたからには自分たちの知っている人の誰かかもしれないと思い直して、招待状の方を見た。
『――のきみたち三人を かの地へと招待する――』
どうやらかなり古いもののようで、一部字が滲んで見えなくなっている中を苦労して読むと、どうやらどこかの地へと送るものらしい。そう思ってよく調べてみると、ルベリアの花には、いつもの花が持つ雰囲気とは別の何かが付与されている気配があった。
だが、ユンナとシキョウが試しに花をひとつずつ持ってみても特に何が起こるわけでもなく、二人で首を傾げる。
「……もしかしたら、花が三つあるのだからもう一人必要なのかもしれないわね」
「もうひとり?」
その言葉を聞いたシキョウがぱっと表情を輝かせて顔を上げ、
「じゃあ、じゃあっ、ジュダよぼうよ! ね、いいよね?」
そう言ってユンナへしがみついた。
「ジュ、ジュダ? ……ええ、私は、そうね、それも悪くないと思うわ」
ここ最近のジュダとの邂逅で色々思うところがあるユンナが、自分もシキョウの提案に飛びつきたい思いをどう言う訳かちょっとだけ堪えて、さり気なさを装うふりをする。
――尤も、そんな事をしてもシキョウにその辺りの機微が分かる訳も無く、あまり意味の無い行為だったのだが、それはともかく。
パーティにも呼べず、昨日一日会えなかったジュダを探しに、二人は寒風が吹き付ける外へと出て行ったのだった。
「あーーっ、ジュダはっけん〜〜〜〜〜っっ!」
それから、少しだけ時間が経った後。
何故か自信満々に駆け出して行ったシキョウの後を付いて行くと、そこには外だと言うのにいつもと変わらず静かにそこに佇むジュダの姿があり。
「……まるでアンテナが付いてるみたいね」
何故か少し驚いた様子で二人を見るジュダを見つつ、後から追いついたユンナがにこにこと笑顔を見せるシキョウに呟いた。
「……で、どうしたんだ」
外は寒いぞ、と人の事は言えないジュダが言いかけるのを遮って、シキョウが謎の招待状と、同封されていたルベリアの花三輪をジュダへ見せる。
「怪しいとは分かってるんだけど、こちらから乗ってみるのもいいんじゃないかな、って。それで、三人じゃないと意味がないみたいだから」
べ、別にジュダじゃないと駄目と言う事じゃないのよ、ただシキョウちゃんがこうやってジュダを真っ先に名指ししたから来たんであって……と早口にまくしたてるユンナへジュダが、
「分かった、分かった。……その招待状を、見せてくれ」
「うん、これだよーっ」
招待状と共に、三輪目のルベリアの花を添えてジュダへ渡すシキョウ。その招待状を受け取り、字が滲んでほとんど読み取れなくなっている招待状へ目を通そうとしたジュダの顔が一瞬強張る。
「――ジュダ?」
どうしたの――。
ジュダの様子が変わった事に気付いたユンナが訊ねようとした、その瞬間。
各々の手に渡っていたルベリアの花が突如輝き出し、その光はあっという間に路地に広がり、それが消えた時には三人の姿はもうどこにも見えなかった。
*****
「わああ〜〜〜〜〜っっ! ルベリアがいっぱい〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
弾けるようなシキョウの声に、ふっと意識が覚醒する。
そんなユンナがのろのろと顔を上げ、身体を起こすと、すぐ近くにいたジュダもちょうど同じ状態だった所で、二人の目が合い、一瞬交差する。
「……ここ、どこかしら」
春らしい、ぽかぽかと暖かな日差しが上から降り注いで来る。目の前にはルベリアの花が咲き乱れる庭があり、その向こうでは、物珍しそうにシキョウが覗き込んでいるこぢんまりとした家があった。
裏手には畑や鳥小屋などもあるようで、誰かがここで生活をしているのだろうと思わせる心地の良い雰囲気があった。
「……」
辺りを不思議そうに眺め回すユンナとは対照的に、どこか固い表情で目の前の家を見るジュダ。
「こんにちはーーーーーーー?」
そんな二人には気付かず、シキョウは窓から家の中を覗きこみ、そして玄関らしき場所に立ってこんこんと扉にノックを繰り返していた。
「あの招待状の行き先がここなの? 何だか――思っていたよりも、随分静かな所ね」
「ああ……」
ウォズの襲来や、自分たちの持つ代償や罪を見せ付けられるかと覚悟していただけに、拍子抜けした顔のユンナが、この眠くなりそうな空気に次第に表情を緩めて立ち上がる。
「どうしたの? ジュダもおいでなさいな」
「……そうだな」
ジュダだけは、なんとも言いようのない顔をしていたが。
それは、懐かしいような、だが、どこか苦しそうな、そんな表情で……とはいえ、それも、シキョウやユンナがジュダを振り返る頃にはすっかりいつもの表情へと戻していた。
「あいてるみたいだよーーーー」
ほらー、と素朴な木で作られた扉を遠慮無しに開けるシキョウ。
「こおら、返事が無いからって勝手に開けちゃ駄目でしょ?」
「ええーーー。でもシキョウたち、よばれたんだよね?」
だから家の中に入っていて、誰か分からない招待者を待っていてもいいんじゃないかと言いたそうなシキョウに、
「それはそうかもしれないけど……」
と、ユンナが渋る。
「……」
そこへ追いついたジュダが、少し無言で家を眺めると、
「……そうだな。シキョウの言う事も間違いじゃない」
そう言って、ユンナの背を軽く押すようにして家の中へと促して行った。
「ちょ、ちょっとジュダ、大丈夫なの?」
「……恐らくな」
理由を言いはしなかったものの、どこか自信ありげなジュダの言葉に、そう、とユンナがそれでやや納得した表情を見せて、促されるままに家の中へと入って行った。
「わ〜〜〜、いい匂い〜〜〜〜」
窓辺には花が飾られ、台所ではその奮闘振りが窺える様々な調理中の料理が並んでいる。パーティでもするつもりなのか、豪華に飾りつけて後は運ぶだけと言う料理は、まだ湯気が立っていた。
「火がかかっているのに、人が誰もいないなんて」
「そうだな」
三人が、名残惜しそうなシキョウを促しつつ他の部屋へと移動していく。
その後ろで、誰かの笑い声さえ聞こえて来そうな台所の鍋の蓋が、まるで誰かがいるかのように少しずれ、その反動でか中に入っていたおたまが中身をかき回すようにぐらりと揺れた。
次に入ったのは、居間らしき場所。
子どもでもいたのだろうか、そこここに置かれた柔らかな手作りらしいぬいぐるみが微笑を誘う。
「……いい、家だわ。とても暖かいのね」
きょろきょろと興味心身で家中を探索しているシキョウが何も持ち出さないように気をつけつつ、ユンナが居間を見渡す。
「ああ……」
何か感慨深げなジュダの声を聞き、ほんの少しだけ眉を寄せながらジュダを見た、その時。
「あ〜〜〜っ!! ルベリアだよ、ルベリアがここにもあるーーっ!」
庭に咲いたルベリアを見た時とは違う声色のシキョウの声に、ユンナとジュダが思わずそちらへ顔を向けた。と――テーブルの上に、三つの、おそろいの紐でくくられたルベリアの結晶を見つけて、ユンナも驚いたように目を見開く。
「こんな所にも、結晶があるなんて……余程結びつきが強いのね、ここの家の人は」
「すごいね〜〜〜〜っ」
持ち主が、一人一つずつならば三人……その三人が皆ルベリアをここに置いて出かけているのが少々解せないのだが、シキョウはそんな事を考えずに、何の気なしにそれに手を伸ばす。
「……! シキョウ!」
その事に気付いたジュダが声を上げるも、
「なあに、ジュダ?」
呼ばれて笑顔で振り向いたシキョウの手には、しっかりとルベリアが握られていた。
――途端。
あはははは、やだあ――
――ったら、もう、そんな事ばかり――
室内に、暖かな火が灯るように、部屋の中を通り過ぎていった笑い声がある。
その声にジュダが再び表情を強張らせるも、ユンナはそれに気付かなかった。いや、気づく事が出来なかった。
何故なら、テーブルの上にあったルベリアがふわりと浮き上がり、すう……と、シキョウ、ユンナ、ジュダそれぞれの胸元へと飛んで、そのまま三人の中へと消えて行ったからだった。
――いや。
消えて行ったのは、身体の中ではない。
それは、三人が身に付けているルベリアの結晶に重なるように消えて行き、ほんのりとルベリアが暖かくなったかと思った次の瞬間、
「わああっっ」
「……あ……」
「……」
三人の胸元に下げられていたルベリアが、服を通して輝き出し、それは来た時と同じように光と共に三人を包み込み――……。
「――くしゅん!」
気付けば、ジュダと出会ったあの路地裏。
急激な寒さにくしゃみをしたユンナが、自分のその音ではっと我に返る。
「え……夢?」
見れば、手に持つルベリアは三輪とも萎れており、ジュダの手にあった招待状は、長い年月を感じさせる姿へと変化し、ぽろぽろとその端から崩れて消えて行った。
「いや……」
歯切れ悪く、ジュダがユンナの言葉を否定する。その手は胸元を押さえており、
「このルベリア、あったかくなってる〜〜〜〜」
シキョウがジュダの真似をして、目を丸くして言った後に嬉しそうににこにこと笑った。
そう、あの家にあったルベリアと重なったように見えた三人のルベリアは、まだほんのりと熱を持っていた。あれが夢ではなかったと主張するように。
*****
「……」
思った通り、残る事がなかった雪の代わりに、しんしんと冷える夜が訪れたその晩。
ジュダは、誰もいない夜の教会の中で、椅子に座り神がいるという世界の絵を眺めていた。
手には、熱が抜けたルベリア。だが、そのルベリアは今までのものと異なると、ジュダは知っている。
何故なら。
――あの招待状を書き、プレゼントの箱に入れたのは嘗ての自分だったのだから。
幸せだった。
小さな家で、ほとんど何もかも自分たちでやらなければならなかったが、それでも笑顔が絶える事はなく、三人は――妻と娘、そして自分は平凡ながら、噛み締める程の幸せでいっぱいだった。
それが未来に於いても続くようにと願ったのは、今でなら自嘲出来てしまう位の贅沢な望みだったと思う。
けれど、その想いは――想いだけは、あの日冗談交じりに書いた未来の自分たちへの招待状となって、今日のこの日に届けられたものらしかった。
ルベリアに込められたのは、『平凡な日常』という、何にも替え難い幸福なひととき。
今では望んだところで手に入る事など出来はしない最高の宝物。
「……ふう……」
恐らく、今夜二人はルベリアの導きによって良い夢を見ている事だろう。
偽りなどではなかった、嘗ての三人のように、幸せな毎日を送る夢を。
だが。
自分だけは、その夢を見たくない。
ルベリアに込められた願いを、希望を、幸せを、夢にして見せられてしまったら、また愚かな願いを願わないとも限らないからだ。
それだけは、出来ない事だから。
決して許されない事だから。
「……」
けれど。
――けれど、あの二人には。今だけでも、幸福な夢が訪れて欲しい。
それは、祈りに近い想い。
愛しさ故に、ある程度を超えて近寄る事を自制して来た、ジュダの偽らざる想い。
「聖なる夜に……」
世界の祝福を、愛しき者たちに――と。
我侭と分かっていても、ジュダは、そう願わずにはいられなかった。
-END-
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