<PCクエストノベル(2人)>


二人の宝 〜ウィンショーの双塔〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【2081/ゼン/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2082/シキョウ/ヴァンサー候補生(正式に非ず)】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
ガーゴイル

------------------------------------------------------------
 ウィンショーの双塔。
 それは、一対の双子の塔からなる建物で、最上階には塔の守護者であるガーゴイルがおり、数々のトラップを抜けて辿り着いた者へは宝が手に入ると言われている。
 致死性の罠が多いため、ちょっとした怪我では済まないのだが、塔の守護者が護り続けている宝と言う言葉につられてやって来る者が後を絶たない。
 そんな、どちらかといえば一般の者が敬遠してしまう建物、なのだが……。
ゼン:「んだよチクショウ、何で俺が毎日毎日こき使われなきゃならねえんだっての」
 ぶつぶつ文句を言いながら、それでも言われるがままにずらずらと書き連ねた買い物リストの中身を買って行く少年の姿があった。
 今日はお使い――といえばまだ聞こえはいいが、結局はパシリとしてあちこちを走らされている少年の隣には、いつも一緒にいる少女の姿は無い。
 いつものように一緒に付いていこうとした少女、シキョウを止め、留守番を言い渡したのは誰あろうゼンだったからだ。
 正直に言えば、ただでさえ忙しくなる買い物に、どこへ行ってしまうか分からないシキョウを連れ歩くのは面倒だったからなのだが。
 そんなゼンの手には、いつしか小さな紙の束が握られるようになっていた。
 それは全て黒々とインクが塗りつけられており、そこに怪しい色と文字が『腹黒商店街福引券』と踊っている。――どうやら、ゼンが今回買い物を言いつけられた一帯はとある男が主宰になって広げている腹黒同盟の中へ参加したらしく、買い物をする度に年末の催しだからと押し付けられていると言う訳で。
 大所帯と言う事もあり、結構な量の買出しを終えた後には、ゼンの手に抽選が何回かできるだけの券が溜まっていた。
 そして、商店街出口に設えた福引所へ、ついでだからと寄ってがらがらと福引台を回して中身が出て来るのを待つ。
男:「おおあたりーっ!」
 何色かの玉が転がりでて、それが何等に当たるのか見ていたゼンの耳に、そんな言葉が突き刺さった。同時にがらんがらん、と大きな牛の首につけるような鐘を降られて耳がきぃんとなる。
ゼン:「耳元で振るんじゃねえよ! やかましいだろうが!」
男:「すみません。ええとこれですね。商品は、ウィンショーの双塔で行われるイベントの参加権利です」
ゼン:「ハァ?」
 てっきり食べ物や飲み物などの品が渡されると思っていたゼンが、思い切り怪訝な顔をして首を傾げた。そこに、男が一枚のカードのようなものを手渡して告げる。
男:「ウィンショーの双塔から宝が出ると言う噂は聞いたことがありますか?」
ゼン:「……まあ、噂くらいなら」
男:「じゃあ、この時期にだけ宝が良い物になるというのは?」
 あくまで噂だけどね、と男がほんの少し興味を示したゼンへと告げ、
男:「その噂のお陰でいつもこの時期は塔へ行きたがる者が増えるんだ。そこで、こういう企画を考えついたと言うわけさ」
 あんたは運がいい、この参加チケットを手に入れるのだって今じゃかなりの倍率が必要なんだからと何故だかしきりにゼンの運の良さを褒め称えた後、男がにっこりと笑って、頑張れよ、とゼンの肩を親しげに叩いた。
ゼン:「……」
 そうやって手に入れたチケットは、今ゼンの手の中にある。
『気になるナウヤングとツインラブタワー駆け上がり燃え上がりマッチョでフォー!!★★』
 タイトルからして胡散臭さ満載の、幸運のチケットと言われた桃色蛍光色のそれを。
ゼン:「つーか……これ、ヤバイものなんじゃねえのか?」
 参加したが最後、碌でもないものに巻き込まれそうな気がする。
 長年色んな一筋縄ではいかない人々と接して、名誉ある下僕扱いされているゼンには、こうした事に対するカンは大抵冴え渡っている。見た目だけでなく、中身も危険が一杯と言うそのチケットは、家に帰って即ゴミ箱行きとなる筈だった。
シキョウ:「おかえり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! ね、おみやげは? おみやげは〜〜?」
ゼン:「って何で扉前で待機してるんだよ!」
 玄関の扉を開けた途端に飛びついてきたシキョウをやや乱暴に払いのけると、ぷうと頬を膨らませたシキョウが、ゼンの服のポケットからはみ出していたピンク色の何かに目を止めて、
ゼン:「あっ、おいこらそれは」
 ゼンが止める間も無く、シキョウの手にチケットが渡っていた。
シキョウ:「なうやんぐ?」
 チケットに並べ立てられたタイトルを、読める部分だけ拾い上げてシキョウが首を傾げる。読めたからと言って意味が通じる訳ではないのだが、ゼンが渋々ウィンショーの双塔でのイベントチケットだと言うと、途端にシキョウの目がきらきらと輝き出した。
 こうなってしまえば、誰が止めても結果は同じ。
ゼン:「……しょうがねぇな。勝手に行かれるよりはマシか……ほら、さっさと支度しろ」
シキョウ:「うんッ!」
 大好きなお出かけを、これまた大好きなゼンと一緒に行けるとなれば、嬉しさは二倍どころではない。その瞳を輝かせて、薄らと頬に血の色を昇らせながら、シキョウは大きく縦に頷いていた。

*****

ゼン:「……マジかい」
 がやがやわいわいと、冬の草原を埋め尽くす人々を見て、ゼンもシキョウも驚いて足を止める。
 半数以上は街や村の人間で、残る者たちは腹黒同盟加入商店街の面々とあって、突如この地に小さな交易所が出来たような騒ぎになっていた。
 売られているのはみやげ物や食べ物といった物から、日用雑貨までありとあらゆる物がその場に集まって来ている。唯一普通の市場などと違うのは、露店に使う敷物や日除けの布の色とデザインだろうか。
 それは遠目に見ても分かるほど、怪しげなオーラを揺らめかせながら、それでも好奇心に満ちた人々を呼び寄せる誘蛾灯の働きをしており、半ばお祭り騒ぎにまで発展していた。
シキョウ:「…………」
 じぃぃぃぃ、とシキョウが獲物を狙う鷹のような目を向けるのは、それらの人々を当てこんでやって来た食べ物屋に並べられた、できたての料理。そんなシキョウの後頭部にぽんと手が当てられる。
ゼン:「物欲しげな目はやめろっつうの。弁当まで持たされてるんだぞ? 食うならそっちを食えよ。俺は金ねぇぞ」
シキョウ:「あっ、そうだった〜〜〜! おなかすいたよゼン〜〜」
ゼン:「――ったく」
 辺りを見て、イベント主催者たちの一際大きなテントに近寄ったゼンがポケットからピンク色のチケットを取り出して係員らしき男へ見せると、
ゼン:「つうわけでそこの机と椅子貸してくれ。腹ごなししてから入るからよ。……と、そうだ。ここの塔は罠や化け物が出るっつうじゃねえか。その辺はどうなんだ?」
 譲って貰った席にシキョウがさっそく座ってバスケットの中を覗きこんでいるのを横目で見つつ訊ねる。
係員:「それでしたら心配はご無用。護人を雇って、塔の中の危険性のあるものは一通り排除してあります。でなければ商店街主催でやりませんよ。参加者には一般の方もいるんですから」
ゼン:「ああ、そうか。それもそうだな」
 それ以前にどうして商店街がこのような場所でイベントを主催するのかと言う疑問もあったのだが、それを突っ込めば更に面倒が増えると予想したゼンが口を閉ざし、既に自分の分のお弁当を開いて楽しそうにぱくぱく食べているシキョウの元に戻る。
ゼン:「ただ走って駆け上がればいいだけっつうのは楽かもしれねえけど……それだったら弁当は後にしときゃ良かったな」
シキョウ:「??」
 ゼンの呟きを耳に止めたか、不思議そうな顔を上げるシキョウに、ああいいから食ってろとひらひら手を振るゼン。
 ――お弁当は、応援してくれているのだろうが、やたらとスタミナの上がりそうな料理ばかりが詰め込まれていて少しばかり閉口し、ゼンはシキョウに手伝って貰い、ようやくそれを片付ける事が出来た。
 そして食後のお茶を飲んでいる間にも、塔の両端から男女の挑戦者たちが駆け上がっていく。腹黒同盟に入れられたガーゴイルがここにいるからこんな事が出来るんだろうな、とぼんやり考えていたゼンが、いつもパシリに使われてる自分の身と引き比べても哀れに思ったか、上へ上がったらねぎらいの言葉くらいかけてやるか、と思いながら立ち上がった。
 何人もの目がゼンとシキョウと言う若いペアに注がれている。いくら障害を排除したとは言え塔の高さは尋常ではなく、現に挑戦者たちの中で宝のある最上階へ一気に駆け上れた者は誰ひとりとしていない。大抵途中でへばっていたり、暗い塔の中に恐れを成して戻ってきたりと言う有様で、そこにやって来たのが年齢的にも随分と低い二人の男女だったのだから。
 からかい半分、応援半分の声が飛ぶ中、にこにこと手を振ったシキョウと、ぶっきらぼうにちらと人々を眺めたゼンが、同時に扉を開けて中に入って行く。
 それは、体力さえあればなんとかなる筈のものだった。
 けれど――二人が入ったそこは既に先程までのものと違い、片方ではウォズの群れが、もう片方では致死性の罠が待ち受ける、いつもの誰をも拒もうとするような塔の姿へと戻ってしまっていたのだった……。

*****

ゼン:「――ちィッ、キリねえぞ!?」
 ゼンの姿を認めた途端、わらわらと近寄って来るウォズたちをどうにか交わしながら上へと駆け上がっていくゼン。
 いつもなら挑発してまで戦いを求めようとする彼だったのだが、今回は能力の発露がいくらやっても出来ず、人前ではまず見せない焦りの表情を浮かべながら階段を昇り続けていた。
 尤も、それはウォズにも言える事だったらしく、極端な武装化をしたウォズも、自らの身体を凶器と化したウォズもいない。
 とは言え、身体能力的にはやはり人間とは比べ物にならない程の差があるウォズばかりなのだから、戦うなどと言う事は考えられなかった。
 ただ、ひたすら今回の企画を考えた人々へ呪いの言葉を吐き散らしながら、逃げ続ける事しかゼンの選択肢は残されていなかったのだ。
ゼン:「ついて、くんなっ!」
 ぎりぎりのところで掴まれかけた腕に伸ばしたウォズの手を足で蹴り払い、怒鳴り声を上げる。――その頭の片隅では、もう片方の塔に楽しそうな表情を浮かべながら入って行ったシキョウの姿があった。
ゼン:「あいつは目を離すと何するかわからねえんだから、気になったって仕方ねえじゃねえかっ……」
 誰もいないのに、言い訳するように声を上げて……そんな自分にはっと我に返り、今度は固く口を結んで次の階段を上るためにフロアを突っ切っていく。
 やはりこの階にも存在したウォズの懐に飛び込む動きを見せつつ、直前でそれを回避しながら。
 そして、一方。
シキョウ:「えええいっ☆」
 ぽわああん、と奇妙な音を立てて、トラバサミが密集していた場所に歪な人面草もどきが現れてゆらゆらと揺れ始めた。それと同時に、塔内部の無骨な石壁が星を散らしたピンク色のメルヘンな世界へ変わっていく。
 ――シキョウの塔に、ウォズは現れていなかった。
 その代わり、目に見える所、見えない所といたるところに罠が仕掛けられており、それはその大部分が致死性と言う凶悪なものばかりだった。
 が、シキョウがそれを気にする筈も無く。
 道を邪魔するそれらは、シキョウがその手に具現化させた、絵本で見た、先端に星が付いてくるくる回る魔法のステッキを振り翳して、まるで魔法をかけるように罠を次々と具現で別のものへ変化させていく。
 ――それは。
 もし、ゼンや、他の仲間たちが見たら驚いたかもしれない。
 この世界のものと具現は、基本的に融合する事は無い。だからこそ、具現化させた武器や道具で罠を外したり破壊したりするのが一般的であって、シキョウが何気なくしているように、全く別のものと摩り替えるなどという技はお目にかかれるものではなかったからだ。
シキョウ:「こっちもだね〜〜。ええいっ☆」
 きらりぃぃん、と星から光が散って、槍が飛び出す穴から透明のぷるぷるしたゼリーのがトコロテンのように押し出されて地面に山を作り出す。当然それを受け取る巨大なカクテルグラスや、アイスクリームを搾り出す機械などが並んで可愛らしいお店を模した姿へと変化していった。
シキョウ:「ゼンもこっちに来れば良かったのに〜〜〜」
 ぱたぱたと小走りに上の階へ向かいながら、シキョウがもう片方でどれだけゼンが苦労しているか気付かないまま呟く。
シキョウ:「楽しいのにね〜〜〜〜っ」
 誰かに言われたのか、それとも使う気にならなかっただけだったのか、滅多な事で具現能力の発露を行わないシキョウが、足取り軽く階段を駆け上がって、次のフロアにある罠に何があるかをきょろきょろ見渡し始めた。
 そんな二人がほぼ同時に最上階の扉から外へ出たのは、最初塔に入ってからかなりの時間が経った後の事。
ゼン:「――シキョウッ!」
シキョウ:「あ、ゼン〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 扉を開けるなり自分の名を呼んだゼンに、シキョウがぱああっと顔を輝かせて、ぜえぜえと肩で息をしているゼンの側に駆け寄って行った。
ゼン:「……ったく、しつこいったら、ねえぜ……てめぇの方のウォズはどうだったんだ?」
シキョウ:「ウォズ? いなかったよ〜〜〜?」
 かくん、と首を傾げてシキョウが言い、ゼンがそれを聞いてがっくりと肩を落とした。
シキョウ:「あ、でもねでもね、とっっっっってもおもしろかったんだよ。えーとね、ゆかがみえないくらいいっぱいとげとげがおいてあったりね〜〜〜、てんじょうがおりてきてぺちゃんこにされそうになったりね」
ゼン:「――シキョウ、それは面白いとは言わねぇんだ。つうか、無事だったのかよそんな罠満載の場所を通ってきて」
シキョウ:「うんっっ、平気だよ〜〜〜」
 ほらほら、と腕を大きく広げて自分の無事さをアピールするシキョウ。
 そうやって、少しずつだが互いの情報を交換したところ、危険性が無いどころかどちらも下手をすれば死んでいたと気付いたゼンが、青筋を立てながら立ち上がった。

*****

ゼン:「やいてめぇっ! どういうつもりだ!?」
 最上階の一室――そこの部屋の中央に、巨大な剣を手に静かに佇んでいるガーゴイルが、仮面の奥の目をゼンへ向けた。
ゼン:「俺たちを殺してどうするつもりだったんだっつってんだよ!」
ガーゴイル:「……異な事を。何故殺さねばならない?」
ゼン:「そんな事俺が知るかよ。てめぇが管理してる塔なんだろうが!」
ガーゴイル:「待て。今日は罠やモンスターを抜きで行くようにと言われているが、手違いでもあったのか」
シキョウ:「あのねあのね、とってもいっぱいわながあってたのしかったの〜〜〜〜」
ゼン:「わかったから黙ってろ、話がややこしくなる」
ガーゴイル:「……罠?」
 その言葉の響きの訝しげな様子に、もしかして本当に心当たりが無いのだろうかと、今度はゼンとシキョウが代わる代わるここに来るまでにいたウォズや罠の事を伝えると、黒尽くめの男は少し考え、
ガーゴイル:「罠はともかく……ウォズの方は、君たちに関連性あるのだろう?」
ゼン:「そりゃ、まあな」
ガーゴイル:「それでは仕方ないのかもしれないな。この塔は魔法の仕掛けもなされている。……以前にも似た事があったのだが、どうやら君たちのその能力が何かを呼んでしまうのかもしれない。――まあそれはともかく、良くここまで来た」
 そうして、今日初めてとなるペアの二人を近くに呼び寄せると、商店街からの優待券と割引券と商品券の詰め合わせを渡し、
ガーゴイル:「この時期は魔法が狂う事が良くあるのだが……」
 そんな不穏な呟きと共に、塔の宝を出すべくガーゴイルが自らの能力を解放した。
 室内に、輝きが溢れ出す。
 それは部屋だけに留まらず、壁を抜けて塔の外で見守っている人々の元にも届いていた。ゼンたちには聞こえない歓声が上がり、塔の下では急に値下げ販売が開始されたりして一気に賑わいが最高潮に達する。
 そして――ゼンとシキョウの手に、ひとつのずっしりと大きな品がガーゴイルの手から贈られた。
 それは、陶器のように見える艶やかな姿のオルゴール。上にはどこかで見たような少年と少女らしき姿があり、二人が中睦まじく語り合う構図になっていた。
ゼン:「……これが、宝なのか?」
 年下の少年が、年上の少女の膝に子犬のようにしなだれかかっている、そんな二人を見てゼンが眉を寄せる。
ガーゴイル:「言っただろう。この時期は魔法が狂う事が良くあると。それでもまだマシな方だ。形を保っているだけでもな」
ゼン:「っつうかそんな危険なモン使うんじゃねえよ」
 きりきり、とネジを巻くと、初めて聴く、けれども懐かしさを感じる曲がそこから流れ出す。同時に、人形がほのかに輝きを見せ、オルゴールの周辺に淡く立体映像が映し出された。
シキョウ:「わ〜〜〜〜〜」
 それは、小さな部屋のようであったり、広々とした草原であったり、或いは星がきらめく夜空の中であったりと風景を次々に変えながら、ゆっくりと回っていく二人。
 シキョウが目を輝かせながらそれに見入るのを、ゼンはどこか複雑な表情で見守っていた。

*****

 オルゴールはシキョウの部屋にでんと据えられている。腕に抱えなければ持って帰れなかったほど大きなそれは、シキョウがオルゴールを聴く度に見知らぬ風景を見せ、聴いた事の無い、だが懐かしい曲を流し続けていた。
 シキョウが気に入っているのは曲や風景だけではない。
 その中でくるくると回りながら、いつも仲良さそうに微笑み会っている陶器の二人、それが何故か無性に嬉しかったのだった。
 一方で、シキョウにあっさりその『宝』を譲ったゼンは、
ゼン:「いいか。俺の目の前でそれを聴くなよ」
 そう言ったきり、理由も何も言わず、オルゴールに近寄ろうともしなかった。
 それがほんの少し不満だったが、ゼンが嫌なら仕方ないと、シキョウは今日も家で留守番をしながらオルゴールに耳を傾けている。
 時々。
 ほんとうに、時々、そんなシキョウの脳裏に浮かぶ景色があった。
 それは、顔に紗がかかってよく見えない少年と楽しそうに話す自分。自分を慕ってくれるその子が可愛くて、話し掛けてくればいつも相手をしていた、と、記憶にない思い出までがふと頭の中に浮かびかけては消えていった。
 ――まるでオルゴールがきっかけになっているかのように。
 そしてゼンはと言うと、商品券や割引券などを大量に手に入れた功績を褒め称えられ――今日も、お使いに走り回っている。
 褒められたり感激されて悪い気はしないものの、何か釈然としないものを感じながら。


-END-