<東京怪談ノベル(シングル)>
今はもう、遠い想い
もしも。
あの人と、同じ種族だったら。
もしも。
あの人と、同じ力が使えたら。
もしも。
あの人と、同じ時間の中で過ごせたら。
――その願いが叶うなら。
小さな天使の人形を、手に持つ鎌を動かしながら器用に縫い付けているシェラ・シュヴァルツは、気付けば外が既に薄暗くなっているのに気付き、灯りをつけて窓辺へ置いた。
何時の間にこんなに日が短くなっていたのか。
「……早いねえ。もう、冬になったんだね」
この世界に、ある人物を訪ねて来てからどれくらいの時が経ったのだろう、と少し感慨に耽る。そして、今はすっかりソーンという世界に馴染んでいる事にも気付かされた。
本当は違う世界の種族だと言うのに、そうした事をほとんど気にせず受け入れたこの世界の人々には、驚かずにいられない。
――いや。
それが、ひととしての本当の姿なのかもしれない、とシェラは考え直していた。
*****
愛する者が、自分と違う異端と呼ばれる存在だと言う事は、知り合う前から知っていたつもりでいた。けれど、自分とは異なる力の発露を目の当たりにし、決して自分では出来ない事を行う男の姿を黙って見続けなければならないのは、思っていた以上に苦痛だった。
元々シェラは内に篭る方ではない。家族を護るためなら、自ら剣を取って戦う事を厭わない――いや寧ろそっちの方が彼女自身の望みである。
けれど、自分の力では、男のやらねばならない仕事の手助けにはなれない。
大丈夫と分かっていても、仕事を終えて男が自分の所へ戻って来るのを待つ間の不安な気持ちと言ったら、どんな言葉でも表現しきれない程だった。
だから、シェラはその頃良く思っていた。
――同じ力を持っていたら、肩を並べて戦えたのに、と。
その気持ちが一層強くなったのは、愛する男と結ばれ、ひとつの小さな命が生まれた時の事だった。
性別さえ定かではない我が子にも、異端としての、そして具現能力者としての力を感じ取ったその時。
「……」
今でもその時の事を思うと、心の奥底でじわりと傷口が開くような気がする。
あの時――シェラは、我が子を愛しいと思うと同時に、我が子に対して言いようの無い嫉妬の念にもかられていたのだった。
「情けないねえ」
ぽつん、と、静かに闇が降りてくる世界を眺めながら、様々な想いを込めてシェラが呟く。
分かっていても打ちのめされた事は、もう一つあった。
それは、どうやっても抗えない『時』。
夫と子どもと、自分との間に隔たる時間と言うものの差は自分でもどうしようもないものだと分かっているのに、それでも、彼らよりもずっと早くに年を取り寿命を迎えてしまうだろうと言う事がどうしても我慢出来なかった。
今なら、その頃の自分のような考えになる事も無いのだが、その頃は大切な人ともっと長い間時間を共有したいと願い続けていた、その気持ちを否定するつもりも無い。
今だって、怖くないわけではないのだから。
全てを悟った聖者のように生きられる訳ではない。ある程度、諦観と共に受け入れるしか無かっただけの話だ。
もちろん、そう考えるまでには紆余曲折あったのだが、そのきっかけとなったのは夫とこの地で再会してからの事だっただろう。
嘗て、彼が犯してしまった罪と、その代償を知った時に。
彼もまた、叶えられない思いをどうしても叶えたくて、ある禁断の力へと手を出してしまったのだと。……失って、手に入れたものも少なからずあったようで、出会った頃とはひととしての厚みがまるで違っていたと思い返す。
――あの時。
もし、自分が夫より先に『力』を知っていたら、業を背負っていたのは彼ではなく自分だったかもしれない。
あの頃は、不毛な思いと知りながら毎日そんな事ばかり考えていたから。
けれど、その力に触れ、業を背負ってしまったら、あの頃の自分にそれを耐えられただろうか?
否。
今であればまだ耐えようもあるだろうが、きっと、間違いなく押し潰され、自我を崩壊させていただろう。
愛するものの死と言う現実さえも、自らの手を汚してしまったひとつの罪にさえも、正面から向き合う事も出来ずにいる自分なのだから。
夫のように業を背負っても尚、自分たちを、人々を、世界を愛し笑うなど出来る筈が無い。それは、たとえ耐える事が出来たとしても、今の自分でも難しいと思う。
――いつか、出来るのだろうか。
自分が犯した罪を心から受け入れ、夫のようにかの人へ笑いかける事が、出来るだろうか。
そうであって欲しいと、願わずにはいられない。
*****
「……おや」
ふと目の端に映った何かに気が付いて、窓の外へと目をやったシェラがそっと微笑む。
ランプの灯りに照らされた窓のすぐ外には、ちらちらと白いものが舞い降りていた。
冷える筈だ、と思いながら、完成した小さな天使の人形の形を指先で整えて、その出来に満足の笑みを浮かべる。
この世界へ来て、変わったのは自分だけではない。
夫も、そして娘も――と、思い返しながら、早速後でプレゼントしようと、その人形へそっと口付ける。
願いが叶わないから、全てを諦めたわけではない。
ただ、考えが変わっただけ。
せめてその日が来るまでは、全身全霊を込めて二人を愛そうと、そう決めただけなのだ。それが唯一、自分でも胸を張って生きていける証になるのだから、と。
夫が、娘が自分へしてくれた事を受け止め、受け入れ。
そして今度はこちらが二人を包み込む番だ――と。
-END-
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