<PCクエストノベル(1人)>


奪われた筋肉 〜貴石の谷〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 その話が飛び込んで来たのは、オーマ・シュヴァルツが表裏共に手を回して次第に侵食させていった腹黒商店街からの速報によってだった。
 世の中のアヤシイもの全て記事にし蒐集する……そんなコンセプトの元に作られた腹黒商店街新聞号外が、ある日の夕方、買い物カゴ片手に晩の買出しから帰って来たオーマの目に飛び込んで来た。玄関にピンで止められ、否が応でもオーマの目に入るよう、商店街が気を利かせてくれたらしい。
オーマ:「なになに?」
 俺様の布教活動が街全体に浸透するのもそう遠い話じゃねえな、と他人の迷惑を全く考えず、いや、むしろこっちの方が正しいのだと思い込んでいるオーマがうきうき気分で記事に目を通して行くうち、その目が爛々と輝きだした。
 記事に書かれていたのは、貴石の谷――そこで先日奇妙な地震が起こり、貴石の谷の壁が崩れ、そこから『筋肉の谷』なるものが出現したと言うのだ。
 入り口は非常に目立つ形をしているのだと言う。神の奇跡か、崩れた壁石の亀裂がそう言う形だったのか、その横道に通じる入り口は、横を向いてマッスルポーズを取ったアニキの形をしており、足と足の隙間から中に入るようになっているらしい。
 その中は通路が続いていて、ここも誰か人の手によって掘られた事が歴然としている。通路の両脇には、いくつもの筋肉兄貴の彫刻像が並んでいるのだとか。そして、その両脇の壁には、まるで経典か遺跡に刻まれた文字のように、筋肉賛歌――筋肉を震わせる喜びから、正しいポーズの取り方までありとあらゆる筋肉についての文字が刻んであるのだと言う。
 酔狂極まりないこんな洞窟の奥には、『永遠の筋肉』、『虹の筋肉』なるブツが眠っているらしく、更に『筋肉喰らい』なる魔物も存在するとか――そんな、突込みどころ満載なゴシップと言うか童話と言うかある意味メルヘンな記事を読んだオーマは、それを丁寧に畳んで呟いた。
オーマ:「まるで俺様のためにあるような場所じゃねえか」
 と。

*****

 現地に着いて思ったことは、新聞記事のあまりの当てにならなさだった。
 と言うのも、確かに突如一部だけ谷が揺れて書かれてあるようなマッスルポーズを取るアニキの足の間が入り口になってはいたが、すぐ中に入れそうに見える割には、エルザードにある研究機関がいくつも突入を試みたもののことごとく弾かれ、拒絶されてしまい誰も中に入っていないというのだから。
 だから扇情的に書き上げたあの記事の記者もまた、中に入れる筈などない。表からちらと見える中には、それっぽいものが見えなくは無いのだが確かめる事は出来ず、そしてまたその奥に居ると書かれていた永遠の筋肉だの、筋肉喰らいだのの実在が確認されている筈は無かったのだから。
オーマ:「――む」
 『筋肉の谷』への入り口からは、七色の波動が感じられる。これが他の者を拒絶していた力か、とオーマが近づいてみると、その波動はまるでオーマを迎え入れるかのように、柔らかな波をオーマへ流して来たのだった。
オーマ:「おおう。分かってるじゃねえか」
 筋肉アニキマッスルは永遠だぜ〜、と訳のわからない叫びを入り口の像にかけると、オーマは意気揚々と中へ足を踏み入れていった。
 ――入り口のアニキの像の目が一瞬だけ光ったのには、気付かないままで。

*****

 ありとあらゆるマッスルポーズを取った像が左右にずらりと並んでいるのを横目に見ながら、足早に奥へと向かう。
 オーマの目的は何と言ってもこの谷で取れると言う二品と、筋肉喰らいなのだからもっと奥へ行かなければと思っているらしい。
オーマ:「待ってろよ、筋肉喰らい」
 自分を迎え入れたと言う事は、谷に受け入れられたと言う事――と、自信満々のオーマがずんずん進んで行く。それならばきっと手に入れる事が出来るだろうと。
 そんな思いと、珍しい物を見かけたら即そっちに行こうと意識を集中していたためか、オーマが異変に気付いたのは、大分奥に入り込んでからだった。
オーマ:「……ん?」
 なんだか体が軽くなったような気がする、と足を止めて、自分の身体を見回す。
 初めは気付かなかった。が、しげしげと見るに従って、いつも着ている着流しが妙にだぶついて見えるのを知って、一瞬体が縮んだかと思い、その後で正解に辿り着いた。
オーマ:「俺様の筋肉が、痩せてる!?」
 そんな、無理なダイエットを繰り返す連中じゃあるまいしと身体中を調べてみれば、この谷に入って来てから全体的に筋肉の層が薄くなっている事が発覚した。
 急いで入り口近くまで駆け戻ってみたものの、減った筋肉が戻る様子は無い。
オーマ:「くっ……こうなれば奥に行くしかねえのか」
 自分のアイデンティティのひとつでもある堂々たる体躯にしっかりとついた筋肉が消え去るとなれば、これはオーマにとっては大問題。なんとしても取り返す、と当初の目的と少しずれ始めながら、オーマは今度は駆け足で奥へ奥へと走り出した。
 少しずつ、身体が軽くなるのが実感できるのが怖い。
 けれどもここで引き返しても意味は無い――そんな悲壮な覚悟で望んだオーマだったが、『永遠の筋肉』やら『虹の筋肉』の姿はどこにも見当たらず、ただ次第に荒削りになっていく通路の様相に不安を覚える。
 途中までは存在していたアニキの像も、今はもう無い。この谷を作り上げた者が力尽きたのかと思うくらい、ただ掘り進めて行ったと思われる通路が長い間続き――そして、誇示するための筋肉の量が減り、すっきりした姿態になったオーマは、真剣な顔で辺りを見回していた。
オーマ:「おおお俺様の筋肉が! こんなんじゃ腹黒同盟総帥の座も危ういじゃねえかよ……」
 オーマ以外の誰がその地位に就きたいと願うだろうかと言う世間の常識は無視しつつ、オーマが嘆きの声を上げる。
 今に至っても解決方法が見付からないのだから、そうせざるを得なかったのだろうが……軽くなった足取りを重く引きずるように歩きながら、オーマはこの谷へ訪れた事を激しく後悔し続けていた。
 ――そんなオーマの目の隅を、僅かの間よぎった影がある。
オーマ:「!?」
 ばっとそちらを向いて見れば、更に奥へと何者かが動いた気配があり、暫くそれを見送っていたオーマがぱしんっ、と自分の両頬を叩いて気合を入れると走り始めた。

*****

 そこは――想いに溢れた場所だった。
 谷の一番奥、そこで今も尚谷を掘り進めている影をオーマが見つけた時、それがオーマに気付いて振り返り、ぎろりと大きな目を向ける。
 細く伸びた四肢と、ぎょろぎょろと大きくせりだした目。それが、人間らしいと気付いたオーマが、
オーマ:「おまえさん、何者だ?」
 人間にしては、樹木のように年経た雰囲気を醸し出しいてる『それ』に、静かに語りかけた。――が。『それ』は何かもごもごと口の中で音らしきものを出したきりで、再び通路を掘り進める作業へ入って行く。
 それでも、その場に残っている想い……過去の記憶とも言えるそれが、この場の雰囲気を探ろうと意識を向けているオーマの頭の中へ去来した。

 どのくらいかもう数え切れない昔、ひとりの青年がいた。当時は力持ちこそ英雄の証とされ、皆自分の身体を鍛えていた中で、その青年はやり方がまずいのか、それとも体質的なものなのか、いつも痩せすぎと見えるほっそりとした姿をしていた。
 それが原因でいつも周囲から馬鹿にされ、下働き程度の仕事しか与えられなかった彼は、いつかひとつの夢を見るようになる。
 自分を馬鹿にした者たちの身体から筋肉を削ぎ落とし、それを自分のものにする事を。
 物理的にやって出来ないのであれば、魔法の――禁忌の力を借りてでも、と。
 そして彼は、当時の風潮にも合う筋肉賛美の洞窟を掘り始めて行った。勿論普段から力の無い彼の事、最初の穴を穿つだけでも年単位の時間がかかり、それと共に当時彼を馬鹿にした者たちが年齢を重ねるにつれ力が衰えて行くのを見ながら、彼の目的はいつしか洞窟の完成へと変わっていった。
 ――そんな彼が、自分の変化に気付き始めたのは、掘り始めてどのくらい経ってからだろうか。筋肉をこよなく愛する奇妙な芸術家がいると噂になるくらい、青年が掘り始めてから長い時間が経った洞窟は、居並ぶアニキたちの像と言い、筋肉を保ち成長させる方法を箇条書きに書き連ねた壁と言い、まさに青年が思い描いていた通りの洞窟が出来上がっていた。
 とうに老齢の域に達していた元青年が自分の身体の異変に気付いたのは、その年になってもまだ洞窟を掘り進める気力も体力も衰えず、最近では食事をほとんど取らずとも洞窟に篭りっきりでいられると知ってからで。
 それが、自分の作り上げた洞窟を見に来る人々から、僅かずつであるが筋力や体力を奪っていたからだと知ったのは、いつの事だっただろうか。
 だが――その時には、元青年の意識は洞窟を掘り進める事だけに向かい始めており、それは次第に身体を変容させ、通常の寿命年齢がとうに過ぎ去っても死なず、延々洞窟を掘り続けるだけの存在となって行く。
 その場を『筋肉の谷』と名付けたのは後の人間だが、その人間が死しても、『筋肉喰らい』と化した元青年の行動は止まらなかった。

オーマ:「……」
 精神感応を使いすぎたか、それとも青年の想いに浸りすぎたか、そこから抜け出して現実に戻ったオーマが頭を押さえて首を振る。
 執念の生き物と化した目の前の人物の、凝り固まった念をほぐす術をオーマは持たない。既に彼の意識にはどこまで続くか分からないこの谷を掘り進める事しか頭に無く、他者からの意識を受け付けていないのだから、言葉を尽くしたところで相手の動きを止める事は出来ないだろう。
 と言って、自分の身体がこのままで良い訳は無い。
オーマ:「すまねえな」
 オーマはただ一言、こう呟いて夢中で壁を掘っている相手の頭に手を当てた。

*****

 ――突如現れた横穴が、再び突然の地震とそれに伴う崩落により潰れたのは、それからすぐの事。
 隙間からようやく中を見た者によれば、その崩落は内部にまで及んでいるとかで、ぎっしりと詰められた岩が、その奥を見通せない程だったと言う。
 そんな『筋肉の谷』の続報を腹黒新聞の号外で読みながら、オーマはほんの少し減った状態でなんとか取り戻した筋肉を揉み解しながら、大きなため息を付いた。
 減ってしまった分は、中で蠢いていた人物の動力となって消費されてしまっている。そればかりは取り返すわけにも行かず、仕方ない、これから鍛えなおすかと無事戻って来た筋肉に触れながらオーマは思っていた。
 ……彼は、動力を失い、また、入り口を潰されて、動きを止めているのだろう。
 死ぬ事の無いまま。そしてそれを意識する事が無いまま。
 それを考えると少し虚しい気もしたが、何よりも新聞記事に書かれていた永遠の筋肉や虹の筋肉が見付からなかったのがオーマにとってはとても悔しいものだった事は間違いが無い。
 尤も――それが存在したとして、持って帰ったとしたら、家人や仲間たちに大顰蹙を買っていた事は必死だっただろうが。
オーマ:「目的と手段がいつの間にかすりかわってたんだろうな……」
 自分にも心当たりのある出来事だけに、彼を責める言葉は無い。
 寧ろ、それを戒めとして、オーマが望むもの、望む世界を作り出すために、視野を狭めないよう気を付けていかなければ、と、そんな事を考えていた。
 新たな筋肉を得るためのトレーニングメニューを模索しながら。


-END-