<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜炎の闘い〜

 その男が森に足を踏み入れたとき、いつもは静かな森がにわかにざわめいた。
「……これは」
 『精霊の森』。そう呼ばれるこの森にたったひとり住む人間クルス・クロスエアは、その気配を感じてすっと目を細めた。
「また……厄介なことになりそうだね」
 瞳に宿るのは鋭く冷たい光。
 しかし、唇の端がおかしげにつりあがっていた。
「何を考えているのか……さて、お手並み拝見と行こうか」

     ■□■□■

「失礼。ここが『精霊の森』であろうか?」
 紳士的な礼儀正しさで体を軽く折りながらそう尋ねてきたのは、角を生やし炎の気配を身にまとった男だった。獣人――ではない。
 悪魔。クルスは胸中でその単語をつぶやく。
 顔にはいつもどおりの笑顔を貼りつけて、
「そう。いらっしゃいませ、僕がこの森の守護者のクルス」
「そうか」
 黒い肌に赤い瞳の『悪魔』は、ぴんと背筋を伸ばしてクルスを見た。
「噂で、この森にいる精霊を身に宿すことが可能と聞いた。真実だろうか?」
「事実だね。僕の力があれば」
「では、この森に火属性の精霊はいるだろうか」
 クルスは、にこりと笑っていった。
「いるよ。ただし、女性のね」

 クダバエル・フゥ。そう名乗った男を、クルスは小屋の裏へと案内する。
 そこに、季節を問わずずっと焚かれたままの大きな焚き火がある。
「ここに、焚き火の精霊がいる。ウェルリという――」
「失礼だが、貴公は何故精霊を人の身に宿す、などと考えたのであろうか」
 クダバエルが問う。
 クルスは焚き火の炎を瞳に映しながら、軽く答えた。
「外の世界を、見せてやりたいからさ。彼らはこのとおり、ここで燃えるだけで動くことも何もできない。だからだ」
「成る程」
 クダバエルはクルスと並び、焚き火の炎を見つめる。
 ごうごうと燃える火。その力強さ。
 ――宿る精霊の強さ。
「ここに居るという精霊殿は、とても強き力を持つ者なのだろうな」
 クダバエルの瞳がきらり光ったのを、クルスは見逃さなかった。
 しかし、そ知らぬふりをしていると――クダバエルはあくまでも礼儀正しく、クルスに言った。
「微力ながら、私もその手伝いをしたい。体を貸せるというのならば、是非にも」
「ありがとう」
 クルスは微笑んだ。唇の端を、皮肉に吊りあげながら。

 意識を重ねるのにかかる時間はほんの一瞬――
『あははっ! 熱いねえ、あんたの中は! 火の精霊のあたしが熱いってんだから、よほど熱いねえ!』
 楽しそうにウェルリがそう言って笑った。
「お初にお目にかかる、ウェルリ」
 クダバエルが重々しい声で挨拶をする。
『やだねえ。同じ火の仲間なら、もっと軽く行こうじゃないさ』
「いや。私はこういう存在故」
『おかたいね。ま、初めまして――クダバエル』
 クルスはウェルリを目を細めて眺める。彼には精霊の姿が、一挙一動すべて見えている。クダバエルの姿に重なるようにして。
「ウェルリ」
 呼んだ。
『何だい、クルス?』
「……外は色々あるだろうから、気をつけて」
 言って、クルスはにっこりと笑った。
『何言ってんだい。火の精霊のあたしに、危険なんかありゃしないよ』
 ウェルリはそう言って、豪快に笑った。
 そのときクダバエルの口元にひそかな笑みが刻まれたのを、クルスは見ていた。
 それでも彼は二人を送り出す。微笑みとともに……
「いってらっしゃい。楽しいときを――」

     ■□■□■

 クダバエルは森の中をゆっくりと進む。
『もっと早く歩かないと、外に出る前にクルスの力の限界がきちまうよ』
 頭の中でウェルリがせかす。
 クルスの力の限界はまる一日だ。長いようでいて、短い。
「……ウェルリは、かなり強い精霊とお見受けする」
『ん? 何だい突然』
「私は強い火が好きだ。強く燃える炎ほどいとおしい――」
『まあ、あたしも火は好きだけどねえ』
 少し白けたような気分で、熱くなるクダバエルの言葉を聞いていたウェルリは――やがて、異変に気づいた。
 体が――
「私は、貴女が気に入った……ウェルリ」
『ク、クダバエル、あんた』
「貴女の力を――我が力へと」
 クダバエルは邪悪な笑みを浮かべた。
 黒い肌に似合いな鋭い歯が光った。
 精霊が大声をあげた。
『クダバエル!』
「――吸収させてもらうぞ、火の精霊よ……!」

     ■□■□■

 クルスは小屋に戻ると、こちらも季節を問わずずっとたかれたままの暖炉に、木の枝を放りこんだ。
『……いいのか』
 クダバエルには言わなかったが、暖炉にも火の精霊がいる。男の精霊で、グラッガと言う。
 クルスはすまし顔で、また一本木の枝を放り込んだ。
『いいのか。ウェルリ……へたをしたら』
「じゃあグラッガが代わりに彼の相手をしてみるかい?」
 いたずらっぽく言うと、「そういう問題じゃねえだろ」とグラッガは不愉快そうに言い、
『最初から追いだしゃいいじゃねえか。嘘でも何でもついて』
「………」
 クルスは眼鏡をはずした。
 緑の瞳に、グラッガの赤い暖炉の炎はよく映えた。
「……彼があまりに邪悪だったからね」
 独り言のように紡がれた言葉が冷たい。
「思い知らせたいと思った、それだけさ」

     ■□■□■

 クダバエルは強大な火の悪魔だった。そして強力すぎる戦士だった。
 能力でも、精神力でも。
「ははははは……!」
 自分の中に完全に閉じ込められようとする火の精霊の気配に、クダバエルは最高の優越感を味わっていた。
「これで我が力もまたさらに増す……火の精霊よ、感謝するぞ……!」
 自分の体に宿ったときに、ウェルリは『熱い』と言った。
 その時点で、もう力関係ははっきりとしていたのだ。
 ウェルリはクダバエルには勝てない。
 力の上下は決してくつがえることはない。
「ははははは……!」
 森を震わすほどに哄笑する。今、あの精霊の森の青年が来たところでどうということもない。あの青年自身はただの人間だ。ほんのひとつ、火の球を生み出すだけで燃やしつくせる。
「そうだ、そうだな……。あの青年にも、礼をやらねばならぬな」
 クダバエルは思いつき、にやりと笑った。
「そうだ、そうだ……火の精霊を完全に取り込んだ暁には、その精霊の火で以って――彼を焼いてやろうか」
 それが精霊を愛するという彼への、最高のはなむけとなろう。
 ――そう考えたとき。
『誰が……』
 心のどこからか、
 声が、
 響いてきた。
『誰が……クルスを、焼く……だって……?』
 馬鹿な、とクダバエルは呆然と己の身を見下ろす。
 意識を集中する。もう一度、火の精霊を押しこめるため。
 しかし、
『――冗談言ってんじゃないよ……っ!!』
「ぐ……!?」
 体が思うように動かなくなり、クダバエルは拳を固めてうめいた。
 馬鹿な。こんなはずは――
『あんたも火の眷属のくせに、お忘れかい』
 はあ、はあ、
 精霊が大きく息をする気配がする。
 クダバエルの体を使って。
『炎ってのはね――しつっこいんだよ、最後の最後の最後のひと灯りまでね……っ』
 クダバエルはぎりりと歯ぎしりをしながら、無理やりな笑みを浮かべた。
「ふっ……! 笑止! ならばその言葉、そっくりそのまま返してやろう……!」
 ふうっ……!
 気合とともにさらに力をこめる。
 悪魔と呼ばれた存在が、このていどで負けるわけがないのだ。
 そう――負けるわけが。
 しかし、
『クルスがあたしを選んだ理由が、分かった気がする、よ……っ!』
 必死に抵抗してくる火の精霊が、どこか不敵に笑ったような気がした。
『グラッガにゃあ、あんたの相手は無理だろうからねえ』
「何を……まさかあの男が、私の目的に気づいていたとでも?」
『気づかないはずがないだろうさ!』
 思い切りクダバエルの体の中で暴れながら、ウェルリは怒鳴った。
『クルスが何年生きてると思ってんだい……! あたしたちのためだけに不老不死になったあの男に、あたしたち精霊を害する感情を持つ存在が、分からないはずがないんだよっ!』

 ――外は色々あるだろうから、気をつけて――

「な、ならば最初から私に精霊を宿すなどせねばよいこと――」
『ふん。あんたがあんまり嫌な気配を持ってるやつだったから――見せてやりたかったんだろうよ、精霊たちの力を』
 見せてやるよ、とウェルリは言った。
 クダバエルの体が、内部から引きずられるような奇妙な感覚で、勝手に動き出した。
「く……くそ……っ! 我が力が負けるはずがない……!」
『炎の力の源は、その燃えるような心だよ! それであたしが……負けてたまるものか!』

 クダバエルは一瞬、呆然と思考をとめた。
 ――炎の力の源は、燃えるような心……?

「ふざけるな……っ! 力は力! 心などに左右されはせぬ……!」
 言いながら、自身燃え上がるような力を感じていた。
『はっ! 怒りがそのまま力になってるのを感じてるくせに、よく言う……! 自覚してもいない者に負けるもんかい!』
 じり、じり、じり
 体がどこかへと引きずられていく。
「ど、どこへ行く気だ……っ」
『ふん! どこへでも連れてってやるよ……!』
 ウェルリは力ずくでクダバエルの体を動かしながら、
『――せっかく、体を貸してもらったんだしねえ! その礼だよ……っ!』
 燃える炎の力を、最大限に発揮していた。

     ■□■□■

「思い知るがいいよ」
 青年はひとりつぶやいていた。
「精霊の力を。もてあそぼうなんて考えれば、痛い目に遭うのさ」
 さて――
「死なせるわけにはいかないんだ……僕も行かなきゃね」
 そのとき、精霊の森の守護者を名乗る青年の瞳に、ひどく複雑そうな笑みが浮かんだのを、グラッガは見た。
「……生きるか死ぬかのことをやると分かっていてやらせた。僕は本当に……大切にしているのかな」

     ■□■□■

 精霊と精神力で闘い、疲弊しながらも徐々に引きずられていったクダバエルは、眼前に見えたものに目を見張った。
「ま、まさか……っ貴様、何を考えている……!?」
『いっちいちうるさいんだよ、あんたは……っ!』
 ――彼らの行く先に広がるのは、森に唯一存在する、静かなる泉。
 ずり、ずり
 すでにクダバエルの体は地面に這いつくばるような状態で。
 少しずつ――確実に近づいていく。
 泉へと。大量の……水へと。

 クダバエルには見えていなかったが、泉にも精霊がいた。水の精霊マームが。
 マームは、彼女に向かって引きずられてくる火の存在を見て小さく悲鳴をあげた。
『ウェルリさん……? だめ、あなたはここに来ては死んでしまう――』
 しかし、引きずられてくる存在はとまらずに。
 やがて、
『――っさあ、味わいな!』
 最大限の力をふりしぼって、ウェルリはクダバエルの体を立ち上がらせ――
『あたしの仲間の、水の心地よさをね!』
 クダバエルが大きく咆哮をあげた。
 ウェルリが、大きく笑った。
 自身、大量の水が苦手でありながら――

 火の精霊は、火の悪魔の体ごと、泉に飛び込んだ。



 ――声が、聞こえる――



 ――死ぬんじゃない、ウェルリ――



 水の精霊の加護を、そして治癒能力を持つ樹の精霊の力を借りれば生き延びられると、そう踏んでの行動だった。
 何より、
 森の守護者たる青年が、すぐに助けてくれるだろうと――

     ■□■□■

 目を覚ますと、目の前に暖炉の精霊グラッガがいた。
『……よう』
『……久しぶりだねえ、あんた』
 ウェルリは記憶にかろうじてあったグラッガの無愛想な声に、ぼんやりと返事をした。
 お互い、小屋の中と外に存在する。だから、滅多に顔を合わせることのない火の精霊同士は、何年ぶりか分からない顔合わせになんとも言えない顔をする。
『ここは……どこだい』
『クルスの小屋ン中。の、俺の暖炉の中。お前は応急処置で俺の火の中だよ』
『そうかい……』
 クルスは? と尋ねると、あの男を森の外へ連れ出した、と返答があった。
『お前と同じで。ファードが傷ついたまま放り出すのを許さなかったから、治療された』
 慈愛の精神を持つ樹の精霊の名を出され、ウェルリは笑った。
『ファードらしいねえ』
『……お前、よくあんなことやったな』
 真顔でグラッガに言われ、
 ウェルリは寝転んだまま、静かに微笑んだ。
『本当にねえ……よくやったよね、我ながら』


「刻印を刻んだからね」
 精霊の森を出てすぐの場所で、クルスはクダバエルに告げた。
「もう二度と、この森には入れないよ。何年か経って、害意がなくなっていれば入れるかもしれないけれど」
「なぜ……私を救った?」
 水の中に放り込まれれば、悪魔とは言え火の眷属、無事では済まなかった。
 重症を負ったクダバエルを、しかしクルスはウェルリとともに救ったのだ。
「僕じゃないよ。……あいにく、うちの精霊たちには優しいのが多くてね」
 樹の精霊ファード。治癒能力に長けた彼女が、死なせないでと自らの樹皮を傷つけて、樹液を与えてまでクダバエルを救った。
「何より、ウェルリも別に、キミを死なせたくてやったわけじゃなかったろうから」
 クルスは眼鏡の奥の瞳を柔らかく微笑ませた。
「僕は、何より精霊が優先さ。――キミが精霊をなめているのが、許せなかった」
「……そうなのだろうな」
 クダバエルは、まだ重い体を引きずりながら、背を向けた。
「……もう、二度とくるまい」
 つぶやいた言葉に、意外な返答。
「さてね。分からないよ――キミが嫌でも、精霊が呼び寄せるかもしれない」
 真意が分からず肩越しに振り向いたクダバエルに、
 言っただろう? とクルスは片目をつぶった。
「うちの精霊たちは、優しすぎるんだ。優しくて……強い」
「………」
 クダバエルはもう一度背を向けた。
 もう二度とくるまい。そう思っても。

 ――呼び寄せるかもしれないね――

「……ウェルリよ。またまみえることも、あるかもしれんな……」
 なぜかそうつぶやいていた。
 自分は敗北した。けれど。
 重い体は決して、不愉快なものではなかったから……


―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3094/クダバエル・フゥ/男/42歳(実年齢777歳)/焔法師】

【NPC/ウェルリ/女/?歳(外見年齢34歳)/焚き火の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】

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■         ライター通信          ■
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クダバエル・フゥ様
初めまして、笠城夢斗と申します。このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!
今回は、精霊やクルスがどうするか? という、NPCよりのプレイングを頂きまして、いつもと違う感触でとても書きごたえがありました。
楽しかったです。ありがとうございました!
またお会いできる日を願って……