<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜遺跡の奥にいる者は〜

「つーいーにーやったぜー♪」
 その日、オーマは異様に機嫌がよかった。
「つーいーにー、クルスのヤツをゲッチュ☆したぜ〜♪」
 ……別に怪しい意味ではない。
 彼、オーマ・シュヴァルツは、腹黒同盟と呼ばれる同盟の総帥である。その同盟に人々を加盟させることに情熱をかたむけており、そのターゲットのひとりに『精霊の森』と呼ばれる森の守護者、クルス・クロスエアがいたのだ。
 そして先日、そのクルスがようやく「加盟する」と言った。
「勧誘を続けていて正解だったな……!」
 ――腹黒商店街からの帰り道。
 クルス腹黒同盟ゲッチュ筋に、今度同盟NO.2の君とナウ筋ラブボディに一撃ズキュン挨拶★をと考えつつ道を歩いていると、ふと何か心に感じるものがあった。
 わんぱく腹黒原石ラブウィンド電波美筋受信。
「これは……っ精霊の森からだな!」
 そして彼は、今日も『精霊の森』に立ち寄った。
 静かすぎるほど静かなのに、不気味ではなく落ち着いた気分になれる森。
 その心地よさにひたりながらオーマがひとり歩いていると――
 ふと。
 その傍らを、風が通り抜けたような――気がした。
「風……?」
 この森に来て、今まで風など感じたことがなかったのだが……
 首をかしげながらもいつもどおり、この森の守護者であるクルスの住む小屋へとたどりつく。
「よおっ! とうとう我が腹黒同盟の仲間となったクルス氏よ……! 早速挨拶に来てやったぜ!」
 戸口に出てきた長身眼鏡の青年に大胸筋を張って挨拶をする。
 クルスは苦笑いをして迎えた。
「はいはい。加盟したところで何をするわけでもないけどね」
「何を言うか! 腹黒同盟に加盟したもの、それはもう力強い絆筋で結ばれ、末永く熱く仲良くああ素敵な同盟だ筋が生まれて死ぬまで切れない! むしろ死なない!」
「いや、それ以前に僕は不老不死だし」
 とまあ、そんな意味があるんだかないんだか分からないやりとりをクルスと笑ってしている最中、
 また――風を感じた。
 ん、とクルスが目を細めた。
「珍しいな。小屋の近くまで来るなんて……」
「その言い方……ってこたあ、やっぱ今の風は精霊か?」
「そうだね。そのまま風の精霊だよ。ふたりいるうちのひとり」
「そうか……風もいたんだな、この森」
 気づかなかった。そのことが何だか申し訳なく思える。
「それにしても珍しいな……人間はあまり好きじゃないラファルがこのあたりを飛んでいるなんて」
 クルスは空中、何かを目で追うようにしながらそんなことをつぶやいた。
「人間が嫌いなのか?」
「いや、人間が多くいる場所が嫌いなんだ。思い切り飛べないじゃないかってさ」
「ふうむ……」
 オーマは考えこむ。
 その表情に、クルスはくすっと笑った。
「風の精霊を体に宿してみる? 彼らは大変だよ。風のごとく気まぐれでいたずら好きだからね。気を抜くとそれこそ本当に色々大変なことになる」
 具体的にどんな風に大変になるのかまでは、守護者は言わなかったが――
 オーマはにやりと笑った。
「なるほどな。俺様の勘は間違いなかったぜ」
 受信したわんぱく腹黒原石ラブウィンド電波。それはその精霊に間違いない。
「クルス! てなわけで、その風の精霊の片割れってやつを俺に宿らせろ!」
「何が『てなわけで』なのか知らないけど、まあいいよ」
 クルスは苦笑して、「ラファル、おいで」と誰かを呼んだ。

 意識を重ねる瞬間は、いつもと違ってとても軽かった。
 やはり風。空気と変わらない感触だ。

「そいつはラファル。よろしくやってくれるかな」
 とクルスがにこにこと説明する傍から、
 ぽよーん ぽよーん
『うわっ、すっげー。人間の体って重い! 重すぎ!』
 オーマの体が異様に高いところまで跳ねていた。
 長身のクルスの頭よりも遥かに高く。
「こ、こらっ! 人の体で勝手にジャンプすんなーーー!」
 オーマはようやく体の支配権を精霊から取り戻し、こきりと首を鳴らして息をついた。
「たしかにこいつぁ、厄介な精霊だなあ……何だか異様に体が軽いぜ。それになんつーか、たそがれたい」
「それはラファルの性格だからなあ。言ったろう? 広いところで思い切り飛ぶのが夢なんだって」
 『夢』……?
「……ああ、この森には満足できるくらい開けてる場所がねえのか」
「あえていうなら、泉の上くらいだからね。でも風だ、もっと広いところが恋しいに決まっているだろう?」
「なるほど……」
「ちなみに空も飛べるよ。元々空が飛べるキミにはあまり関係ないだろうけど」
 クルスはそう言って、「それじゃあ、かわいい僕の精霊を、よろしく」
 いたずらっぽく笑った。

 クルスの言葉どおりであるらしい。
 森の外に出るなり、ラファルはおおはしゃぎし始めた。
『すげー! すげー! 広ぇーーーー!』
 森を出てすぐの場所には草原がある。風がはしゃぎたくなるのも仕方がない広さの。
 オーマは嫌な予感を察知して、さっと意識を集中する。
「俺の体を勝手に使うんじゃねえぜ」
『ちぇー。空飛ばしてよー』
「ああ、その願いを叶えてやりたいのはやまやまだがな。その前にお前さんの力を借りてやりてえことがあんだよ」
『なんだよ。力なんか貸してやんねーよっ』
 ――風の精霊は気まぐれでわがまま――
「お前が嫌でも決定事項」
 強引に言い切って、オーマは懐から一枚の地図を取り出した。
 腹黒商店街闇筋フリマで入手した、少しボロボロになった地図だ。ユニコーン地域よりもさらに遠く、人類未踏の地に失われし伝説の聖筋界太陽帝国の遺跡が眠るとのこと。その場所を記した地図。
「三十六聖獣に関係するらしいんだがなあ……いまだに謎のままなんだよな」
 かねてから噂されていたその場所に、オーマは「絶対見つけ出してやる」と情熱を燃やしていた。
『へー、なに? イセキってなに?』
 そっぽを向いていたラファルが急に興味を示し始めた。さすが気まぐれ精霊。
 オーマはにやりと笑って、
「よっしゃ! じゃあお前と一緒に、遺跡の真相さぐりにGO!」

     ■□■□■

 地図を頼りに、人気はないが人面物とナマモノがあふれる密林を抜ける。
 密林にいる間中、頭の中で精霊がわめいていた。
『いやだー! こんなとこにいんのいやだーーっ!』
 ――広いところが恋しい。その気持ちがオーマにまでうつって、密林を飛び出したくなるのを必死でこらえた。
「我慢しろ! ここを抜けたら遺跡だ――」
 言ったそのとき、
 視界に、奇妙な物が見えた。
 壁に蔦がびっしりと生えた瓦礫……
 そしてその先に――

 巨大な神殿型の遺跡があった。

 門に回ると、鉄の門には三十六聖獣と、見たことのない謎のマッスル聖獣のレリーフが描かれていた。
「こりゃあ……たいした遺跡だなあ。つーかなんだこのラブい聖獣は☆」
 オーマは慎重に門に触れる。
 そして何も起こらないと知ると、門を両手で押し開けた。
 ご ご ご ご ご
 重く鈍い音を立てて、鉄門が開いた。
「うひー。いつもより体軽いもんで重く感じるぜー」
『俺のせいじゃないぞっ』
 精霊と不毛なやりとりをしながら門に入ると。
 どがん!
 背後で爆発的な音がした。
 はっと振り向くと、今苦労して開けたばかりの扉が閉まっていた。オーマは慌てて押してみたが、びくともしない。
「仕掛け扉か……」
 舌打ちして、門は諦め再度振り向くと――
 目の前に、ひとつの扉があった。
 オーマはあたりを見渡した。正四角形の形をした部屋はあまりにも味気ない肌色の壁ばかりで、扉以外何もありそうにない。
「いかにも『お入りなさい』って感じだなー」
 オーマはぼりぼりと頭をかいた。
 そして、にやりと笑った。
「ここで怖じ気づかずに入るのが、探検者ってもんだよな」
『狭い……』
 頭の中で、精霊がしおれていくのが分かる。
「まあ待て。今に楽しいイベントがやってくるからよ」
 励ましながら、オーマは第一の扉を開けた――

 目の前が、真っ赤に染まった。
 気のせいではない。一面が真っ赤に塗りこめられた壁に囲まれているのだ。
 まずオーマたちを出迎えたのは、火の聖獣であり、オーマの聖獣でもあるイフリートの像だった。
 像の台座に何かが刻まれている。聖獣文字だ。
 しかしその下に、普通の文字も刻まれている。
『探検者よ、その勇気を示すなり』
「勇気……?」
 よく見ると、その部屋にはその像以外何もなかった。壁伝いに一周してみたが、壁にも床にも何もない。真っ赤で目がおかしくなりそうだったが、オーマは目を細めてなんとか耐えつつも壁をさぐってみた。無駄骨だった。
 天井を見上げてみる。
「そういや体が軽かったっけな」
 試しにジャンプしてみると、思いがけないほど跳ねて天井に頭をぶつけてしまった。
「でっ」
『……ばーか』
「ばかとはなんだばかとは!」
 この部屋もそれほど広くはない。精霊の機嫌が悪いのだ。
 ジャンプの加減を覚えて、天井もさぐってみたが、何もなかった。
「となると、やっぱり……」
 原点に戻って。
 イフリートの像の元へ戻る。そして像をしげしげと眺めた。おかしな場所はないか、スイッチになりそうな部分はないか……
 そして、何もなかった。
「こーゆー場合はだなあ……」
 そっと、文字が刻まれていた部分に手をあてる。
 ――正解。
 文字版が発光した。そして。
 突然、部屋中が炎の海になった。
 ごうごうと勢いのある火が、オーマの肌を焼き尽くさんばかりに燃え始める。
「なーるほど。勇気、ね」
 この炎の中に、何かがある。
『熱ぃ、熱ぃよっ』
 頭の中で精霊がわめく。
 黙ってろ、とオーマは真剣にラファルを制した。
「我が聖獣イフリートよ……力を貸してくれ」
 常に自分を護ってくれている聖獣に語りかけるように、オーマはつぶやく。
 はあっ――
 気合をひとつ。
 そしてオーマは、炎へと乗り込んだ。

 熱い。いや、熱さは感じない。
 感じるのは痛みだ。肌をめくられるような痛み。
 不思議なものだ。熱さも寒さも、限界を超えると痛みに変わる。
 しかしイフリートの加護で、オーマは火傷ひとつ負わなかった。
 と――

 目の前から何かが迫ってくる。
 ――大きな石だ。

「ダンジョントラップとしては……初歩すぎるぜ!」
 天井に空きがある。それを見て取ったオーマは、思い切りジャンプした。
 そう、今の彼にはこういう技があるのだ――

 巨大石の上を、彼は飛び越えた。
 がん
 ……天井に頭をぶつけながら。

 それからも次々と石が転がってくる。
「しつっこいなー……っ」
 ひょいっひょいっとジャンプでかわしていたオーマの目に、ようやく違うものが見えてくる。
 何もなかったはずの赤い部屋。しかし生まれた炎、その中心に、
 赤く発光する不思議な扉があった。

「第一関門突破……ってか?」

 オーマは赤い扉に触れた。
 彼らは瞬時に、別の場所へと移動させられた。

     ■□■□■

 次にたどりついたのは、暗い暗い部屋――
「って、違うな」
 暗く思えるのは、
 今自分がいる場所の床を少し歩いた先から向こうに、床がないからだ。
 深すぎて底が見えず、真っ暗な――
 そんな床のない場所がえんえんと、先が見えないほど遠くまで広がっている。
『広い……っ!!!』
 ラファルが歓喜するのが分かる。
 オーマは自分の横にあるものを見た。
 ――風の聖獣、トッドローリーの像。
 その台座に、イフリートのときと同じように文字が刻み込まれている。
『探検者よ、その覚悟を示せ』
「覚悟? なんじゃそりゃ」
 オーマはぽりぽり頭をかいてから、「まあここは……さっさと文字版に触れてみるが勝ちか」とそっと手を触れた。
 文字版が発光した。そして――
 ひゅんっ
 どこからか、矢が飛んできた。
「げっ!?」
 ひゅんっ ひゅんっ ひゅんっ
 ――底の見えない床なしの部分の、ずっと向こう側から――
 次々と放たれてくる矢。オーマはとりあえずトッドローリーの像に身を隠してやりすごす。
 矢の雨はやみそうにない。
「どうやって進むんだよ……床はねえしよ」
『俺、空飛べるけど』
「……矢が飛んでくるしよ」
『俺、風起こせるけど』
「………」
 なんだ、とオーマは精霊の頭をぐりぐりとなでてやりたくなった。
 楽勝なんじゃねえか、と。

 精霊自身が『俺がやる!』と言って聞かないので、とりあえずラファルに体の支配権を貸してみた。
 ラファルは、大喜びで「これで好きに飛べる……!」と跳ね上がった。
 大きくジャンプしたその先を、一本の矢が通過しようとする。
「わおっ」
 ラファルは軽いノリで小さな風の渦を生み出し、その矢の軌道を曲げた。
 そして――
 精霊は床のない部屋をもろともせずに、楽しそうに空中を飛び始めた。
 風のように、いや、風そのものとして――矢を軽々と避けながら、ときに矢を弾きながら。
「へへっ! 気持ちいいーーー!」
 これで後は外だったらなあ、とぜいたくなことを言い出す精霊に、
『おいこら、遺跡の先に進むための道をさがせっての』
「ちぇー。飛び続けてちゃだめなわけ?」
『今はそれどころじゃねえんだよ』
 思い切り飛び続けさせてやりたい。それはやまやまだが、場合が場合だった。
「仕方ないなー」
 ラファルはスピードをあげた。
「この体重いなー」
 などと、オーマの巨体に文句を言いながら、まっすぐと奥へ。
 トッドローリーの像からでは見ることさえ叶わなかった先へ。先へ――
 しかし。
『何もねえ……?』
 そこには、壁しかなかった。
 矢を発射するための装置が取りつけられた壁、それだけしか。
『おい、あの装置全部風で壊せねえか?』
「え、あれ矢を飛ばしてるやつだろ? もったいねーよ、矢を避けるの楽しいのにー」
『探索に邪魔なんだよ!……頼むから』
「やーだ」
 ぷい、と精霊はオーマの体でそっぽを向く。その間にも、向かってくる矢を避けることは忘れていない。
『まったくよ……じゃあ、ちょっと壁調べてくれねえか?』
「やーだ」
『……壁調べたら、もっと面白い装置発見できるかもしれねえぞ?』
「えっほんと!?」
 ラファルはのってきた。嬉々として矢を飛ばす装置まで近づいていき、その周辺の壁を触りだす。
 しかし、予想に反してそこには何もなかった。
「嘘つき! オーマの嘘つきーーー!」
『わー! 悪かったから体から出ようとすんなー!』
 ――精霊は、精霊の森の外で人間の体から出てしまうと、長時間生きていられない。
 それはクルスから、一番何度も言い聞かされたことだった。
 オーマ自身、精霊を死なせたいとはかけらも思っていない。だから……
『そ、そうだラファル。もっと面白い仕掛けがあっちこっちにあるかもしれねえから、あっちこっちさがしてみねえか?』
「え? おーやるやる!」
 気まぐれ精霊、元気復活。
 ラファルはあちこち飛び回り始めた。手始めにあらゆる壁を。
 天井に触れたとき、矢の次に石が降り始めたが、ラファルはそれさえもものともしなかった。
「やっほー♪」
 落ちてくる石をかまいたちで砕いて遊んだりもしている。
(そんなことしてる場合じゃねえんだが……)
 オーマはつぶやいたが、精霊が心底楽しんでいるのが伝わってきたので、何も言わなかった。
 天井にぱっぱっと手を触れていくが、何もない。
「なーオーマー。何もねえよー」
 ぶーぶーと精霊が文句を言い始める。
 おかしいなとオーマはいぶかった。それではどこに次の扉がある?
 そして――ふと見下ろした先。

 先の見えない闇……

『ラファル。下だ!』
「えー? 下ー?」
 何もなさそうじゃん、と口をむっつりさせるラファルに、
『真っ暗な中を思い切り飛んでみたこともねえだろ? やってみろよ』
 オーマはたきつけた。
 ラファルは「よーしっ!」とオーマの体でガッツポーズをとる。
 そして、
 下の――闇に向かって、迷いなく急降下した。

 扉ではなく、その行為そのものが合格だったらしい。

 ぐにゃり、と視界がゆがむような感覚に襲われ、次の瞬間には、

 彼らは、明るく広い部屋の中央に立っていた。

 嫌がる精霊を何とかなだめすかして体の支配権を取り戻したオーマは、慎重にあたりを見渡した。
「今度は……何の聖獣の部屋だ?」
 しかし、今度の部屋には像がない。
「何だ……?」
 ふと思い出したのは――遺跡の門にあったレリーフの、ひとつだけ見たことのなかった聖獣。
 マッスルな。
 その姿を脳裏に思い描いて、オーマは喜びに打ち震えた。
「あんな聖獣が存在するというんなら……こんな喜びはねえぜ! マッスル聖獣ーーー!」
 叫ぶ声が部屋に反響する――
 と、
「そうとも……!」
 どこからか、返答があった。
「わしも立派な聖獣! 喜べマッスル仲間よ……!!」
 どこだ? そこか? あそこだ!
 オーマがびしっと指差した先。
 そこに、腕組みをして仁王立ちになった巨大マッチョなヒゲ親父が立っていた。

「わしこそがマッスル聖獣! 探検者よ、よくぞここまでたどりついたな……!」
「ま……マッスルーーーー!」
 オーマはマッハ筋で駆け寄り抱きついた。
 マッチョ同士の熱い抱擁が交わされた。ラファルが、『暑苦しいぞてめえらー!』と叫んだが、無視。
「マッスル聖獣……なんていい響きなんだ……!」
「うむ、うむ。おぬしは合格じゃの」
 ぽんぽんと背中を叩かれ、オーマは号泣した。
「俺は……俺はマッスル聖獣に認められたっ! これ以上の喜びはあるだろうか……!?」
 妻に聞かれたら大鎌で血祭りにあげられそうなセリフではあったが。
「マッスル聖獣!」
 オーマは自分よりも1.5倍大きなマッチョマンを見上げて「どうしてあんたは堂々と表に出てこないんだ!? もっとマッスルを広めなくては……!」
「それはだな、オーマ……」
 いつの間にか名前さえ知っているマッスル聖獣は、重々しく語り出した。
「わしはわしの存在を認めた者にしか見えぬ、特殊なタイプの聖獣だからじゃ」
「しかし! 名前くらい世に知らしめるべきだ……っ!」
「うむ。だがわしは、他の三十六聖獣に、かけっこで負けた。ゆえに三十六聖獣に加えてもらえなかったのだ」
「か、かけっこ……!?」
「あなどるなオーマよ。敗因はわしのマッスル筋に他の聖獣たちがぶつかっていき、火傷を負い、肌を切り裂かれ……とにかく傷つきながらもゴールには達した!」
 マッチョマンは力強く拳を握った。「レースには負けても、自分には勝った! 世には認めてもらえぬがわしはわしを聖獣と呼ぶ! それでいいのじゃ……!」
 ――つまるところ、彼は聖獣ではないのだが――
「うおおおおっ! それでこそマッスル筋魂……!」
 オーマはがっしとマッチョマンの手を握る。「この遺跡はあんたのためにあるんだな!」
「そうとも。何せわしがひとりで造った!」
「おおおおおおおおおおっっっっ!」
 オーマの感激筋は止まりそうにない。
「ここまでたどりついたのはおぬしが初めてじゃ……」
 マッチョマンは感慨深そうに、オーマを目を細めて見つめる。
「くううっ、俺は忘れないぜっ! 決してあんたのことを忘れないぜマッスル聖獣! あんたの心意気、マッスル筋魂を……!」
「うむっ。それでこそここまでたどりついた者!」
 二人の固い握手は離れる兆しがない。
『なあー』
 頭の中で、ラファルが面倒くさそうな声を出した。
『どーして三十六聖獣全部の部屋がなかったんだよ?』
「ぬ?」
 オーマはふとラファルの言葉に動きを止めた。
「そう言えばそうだ……マッスル聖獣よ、なぜイフリートとトッドローリーの部屋しかなかったんだ?」
「出会う部屋はランダムだ。おぬしたちは運良く最短距離でこの部屋までたどりつけたのだ」
 ――本当は他の部屋がまだ出来上がっていないだけ、とはマッチョマンは白状しなかった。
「そうか……きっと俺のイフリートと、ラファルのトッドローリーの導きだな」
 オーマはそれで納得した。彼にとってはもう、マッスル聖獣の存在だけですべてオッケー、他のことは一切気にしない筋な方面で。
「オーマよ。これからはわしも陰ながらおぬしの守護をするとしよう」
「おおおっ! じゃあマッスル聖獣! ぜひ腹黒同盟に加盟してくれ!」
「何だかよく分からんが、それでおぬしを守護できるというのなら加盟してくれよう……!」
 さらさらと加盟書にサイン……
「これで、俺たちは強い絆で結ばれた……」
 オーマは感激もひとしおの様子でつぶやいた。
「これからも、困ったときは叫ぶことにするぜ。『助けてーマッスル聖獣ー!』と!」
「よし! そのときはわしもかけつけることにしよう……!」
 訳の分からない誓いが二人の間で交わされた。
 そしてオーマは大満足で――遺跡を出ることとなったのだ。

     ■□■□■

「はあーー。来てよかったぜ……」
 心底幸せそうにため息をつくオーマに、ラファルが『よく分かんねー』とぶつぶつ言っていた。
 彼らは遺跡から出て密林を越え、精霊の森近くの草原へとやってきた。
「今回は世話になったな、ラファル」
 オーマは精霊に語りかけた。「その礼だ。この草原で思いっきり飛べ」
 ――広い場所で思い切り飛ぶのが夢なんだ――
「この草原なら思う存分飛べると思うぞ。さあ、好きなだけ飛べっ」
 オーマは上機嫌で精霊に言った。
 しかし、
『別にいーや』
 ラファルは軽い口調で断った。
「あん? どうしたんだ、また気まぐれかあ?」
 肩すかしをくらった気分で、オーマはぼりぼり頭をかく。
『そーじゃねーよ』
 ラファルが――
 ほんの少しだけ、恥ずかしそうに笑った気がした。
『あのイセキってやつ探検してたら……狭い場所でも、飛んでて楽しいときもあるってことが分かったから、今日はもう満足した』
「ラファル……」
 草原に風が吹く。ラファルとは違う風が。
『俺の仲間――精霊の森以外にも、どっかにいんのかなあ』
 ラファルがつぶやいた。
「いるに違いねえって」
 オーマは笑った。
「――だが、お前はお前だけだからな。ラファル」
『………』
「さあて、そんじゃお前さんの保護者のところに帰るとすっか!」
 オーマは風を受けながら、うんと背伸びをした。
 そして、身をひるがえした。森に向かって。向かい風に向かって――


  ――Fin――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】

【NPC/ラファル/男/?歳(外見年齢9歳)/風の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は初の風の精霊ノベルということで……探検系も初です。色々と初めてだらけでとても楽しかったです。結末はこんな感じでもよろしかったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。ありがとうございました!
またお会いできる日を願って……