<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
戯れの精霊たち〜熱い命の親孝行〜
『精霊の森』は、ひょっとしたらそれ自体に意思があるのかもしれない。
例えば来訪者がいるとざわめくのだ。
……来訪者の種類によって。
「あー……」
今日の森のざわめき方を目を細めて見ながら、森の守護者クルス・クロスエアはぼやくようにつぶやいた。
「今日のお客様は……決定だな」
森が、何故だか奇妙にダンシングするようなざわめき方。
そして――
「よっ、クールースー!」
予想通りの人物の声が森にこだまする……
オーマ・シュヴァルツ。筋肉むきむき親父大好き、腹黒イロモノもっと好き、いつも力一杯(ちょっぴり暑苦しく)生きている、外見はもうすぐ四十歳に手が届きそうな男性である。
ただし、実年齢がいくつなのかを、クルスは知らない。
「いらっしゃい、オーマ」
クルスは眼鏡の奥の瞳を、にっこりと微笑ませて来訪者を歓迎した。
すでに森の常連となったオーマ。彼が来るとヘンなふうに森はざわめくが――それは決して拒絶ではない。
彼には精霊たちをとても大切にしてもらってきた過去があるから、クルスも愛想よく彼を出迎えた。
それにしても……
「ところで……なに、その大量の荷物」
オーマの手荷物がなにやら重そうなので、クルスが珍しく小屋に入れてやると、
「ふっ。愚問だな!」
どさりと小屋の床に荷物を置いて、オーマは大胸筋を張った。
「今の時期を忘れたか!? 行く年来る年に向けて腹黒商店街販売・人面桃色門松! 人面桃色餅! 人面桃色羽根突き……」
次々と物を取り上げて説明していく。
すべてが人の顔を持ち、桃色ピンクキラキララメ状態。
クルスはにっこりと笑って言った。
「それ全部持って帰ってね」
「ぬうおおおおお!?」
しばし二人で言い争い――
しかし微妙に口達者・だてに腹黒同盟に加盟してしまっていない眼鏡青年クルスである。ひょいひょいと口先三寸でオーマを言いくるめてしまった。
オーマは男泣きに泣きながら、
「くうう……俺様が精一杯祝ってやろうと選んできてやったのによう……ひでえと思わねえか、なあ暖炉の火よう」
何故か暖炉に話しかけ始めた。
一歩間違うとアブない人である。しかし……
クルスは止めなかった。別にアブない人になることを放置したわけではない。
その理由は、オーマ自身がしばらくして気づくことになる。
「……? おいクルス、この暖炉の炎、俺の話に合わせて揺れるぞ?」
「さすがキミだね。グラッガもキミの話には興味を示すらしい」
「グラッガ……」
オーマの瞳がきらりと光る。「そりゃあ、暖炉に精霊がいるって意味だな?」
「お察しの通り。火の精霊がね」
「どんな精霊だ」
話すより見たほうが早い――
クルスは右手を暖炉に向かって突き出し、指先をつきつけた。指先に光の粒子が大量に発生する。
――いけ。
囁きに応じて暖炉に一斉に走る光の粒。
オーマもいい加減見慣れてしまった。擬人化《インパスネイト》だ。
やがて、大して待つまでもなく――
『……わざわざ俺を擬人化してくれなくても良かった』
暖炉の炎の中に、ひとりの青年が現れた。
外見年齢は二十歳を少しすぎたところだろうか――
あぐらをかくようにして、反抗的な目つきでクルスをにらみつける火の精霊。
オーマは嬉しそうに青年精霊の前にかがみこみ、その顔をのぞきこんだ。
「おお。お前が暖炉の火の精霊なのか? 名前は――」
『……グラッガ』
「グラッガか。よし! 今日はお前をつれていくかなっ!」
いいだろクルス、と森の守護者を見やると、クルスはなんとも言えない微妙な顔をした。
「……グラッガが、行くって言ったらね」
「あん?」
『行かねえよ』
グラッガは吐き捨てるように言った。『森の外になんかいかねえ』
「なに……?」
森の常連たるオーマでさえ、そんなことを言い出す精霊は初めてだった。みんな、森の外に興味津々だったのに。
「どうして行きたくねえんだ?」
『俺たち精霊は、どうせ長く森の外にいられねえ。少し知ったところで無駄だ』
言って、精霊はぷいとそっぽを向く。
「………」
これは……
「反抗期遅れマッチョロンリー! もじもじナウヤングアニキだな、お前は……っ!!」
がくりと精霊が肩を落とす。唇の端が引きつっていた。
『な……ふざけ、』
「ふふふ……見える、見えるぞおお前の中にっ。下僕主夫薔薇筋未来魂が見えるぞおっ……!」
それを覚醒させてやる! とオーマは力一杯拳を握る。
そして、
「クルス! こいつのためだ、俺にこいつを宿らせろ!」
『やめろ! やめろってば……!』
精霊が慌ててクルスを見て、懇願するような顔をする。
クルスは――ふわりと微笑んだ。
「キミならきっと……グラッガの気持ちに訴えかけてくれるだろうね」
そう言って、
『やめろったら……!』
グラッガの意思とは無関係に、クルスは精霊を、オーマの体へと無理やり押しこんだ。
こうして。
筋肉アニキオーマ&オーマの守護聖獣イフリート&炎の精霊グラッガの、聖筋界史上後にも先にも激烈最高にむんむん暑苦しい三位一体が誕生したのである。
「いっぱい色んなもん見せてやるからな〜?」
ご機嫌でオーマが言えば、
『ふん。いらねえよ』
グラッガはそう言ったきり、黙りこんでしまった。
しかしオーマは気にしない。外に出て本当に色んなものを見れば、必ず影響されるのが心あるもののサガだ。
必ずグラッガの心も、喜びで炎のように燃えるだろう。オーマはそう確信していた。
クルスに適当に挨拶をし、森を出る。
エルザードの街へ向かって、メラマッチョるんたった炎ハート飛ばしつつ徘徊中、オーマはルクエンド方面でミステリー筋燃え波動を察知した。
ルクエンド地下水脈。それは自然にできた、無限に広がる水脈だ。
「ちぃと様子見に行ってくるか」
オーマは嫌がる精霊を連れて、ルクエンド地下水脈へと向かった。
■□■□■
「ルクエンド……地下水脈だよなあ、ここは……」
いざ現地におもむいてみて、オーマはぼけっとぼやくようにつぶやいた。
「……これじゃ地下火脈だぜ、おい」
なみなみと存在するはずの水脈が――
なぜか、炎で埋まっていた。
ごうごうと。目が痛くなりそうな赤い炎が眼前まで迫っている。道はかろうじて残っていたが、ふつうに歩いたら火傷は間違いない。
「何が起こったってんだ……?」
オーマは真相究明のために奥へ進んでいく。
守護聖獣イフリートの加護のおかげで、火傷をすることはなかった。
ただでさえ今日は暑苦しいのに、火脈に包まれてなお暑苦しい。しかしそんなことはオーマは気にしない。
グラッガを宿らせた副作用でのどがからからに渇いているが、それさえもどうってことはなかった。
すべて――ハニーのお仕置きナマ絞りより、よっぽどマシだったからだ。
炎が火花のように散って降りかかってくる。
「……こりゃただことじゃねえな」
今さらながら、オーマは緊張した。
たどりついた奥に――
何か黒いものが見えた。
「黒い……」
――黒い焔?
その傍らに、炎で出来た異界扉まである。
黒い焔の正体は――
その姿形、間違いなかった。
あれはイフリートだ。
「あの異界扉から入り込んできやがったか……!」
オーマは身構える。黒イフリートがぐるりと首を回して、こちらを見る。
黒イフリートが身動きするたび、黒い焔が飛び散った。そして飛び散った焔のかけらが、地面に落ちてじゅうじゅうと煙を起こす。
――地面を溶かしている。
「なんちゅうワル筋イフリートだ……っ」
ここは地下だ。地下を溶かされ続けたら、やがて地盤沈下を起こしてしまう。
「水脈を火脈に変えたのもお前か……!」
黒イフリートは吼えるように、かっと口を開いた。
黒い炎の渦が吐き出される。オーマは半身をそらして避けた。
守護聖獣イフリートの加護があってさえ、痛いほどに熱い。
「あの黒い焔に触ったらやべぇな」
『ふん』
グラッガが頭の中で、うっとおしそうな声を出した。『俺とイフリートの力を合わせたら、あの焔を消滅させるくらいならかろうじてできるんじゃねえの』
「本当か!?」
『……俺だって一応、火の眷属なんだよ』
ぶっきらぼうに言うその言葉が、やがて凛としたものにかわる。
『お前の体、借りるぞ。――火の聖獣イフリートよ――我に力を貸せ!』
かっ! と閃光が走る。光は黒イフリートを丸ごと飲み込み、そして、
黒き焔がすべて消滅した。
黒イフリートは皮膚そのものが黒いらしい。通常のイフリートに戻る様子はなかった。
『体、返す』
律儀にそう言いながら、グラッガはオーマへと、体の支配権を戻した。
「あとは……あの異界扉にあの野郎をつっこめば多分OKだろうな」
しかし、とオーマはじりじりと黒イフリートとの間合いをつめながら、首をかしげる。
「何だって突然こんなもんがここにいやがんだ?」
『……精霊族の言い伝えにある』
グラッガが小さくつぶやいた。『ソーンにひとつの属性において強力すぎる存在が生まれたとき、同じほどの能力を持つ同属性が引き寄せられる……』
「ひとつの属性において……強力すぎる存在……?」
ひとつの属性。
話の流れでいけば、おそらくそれは『火』。
強力すぎる、火属性の存在……
「まさか」
オーマは愕然と体を震わせた。「俺たち自身のせいか――!?」
黒イフリートがくわっと口を開いた。
生み出されたのは通常の炎。これくらいならば、守護聖獣イフリートとグラッガの加護でどうにでもなる。
オーマは具現で愛用の銃を生み出した。身の丈を越す巨大銃。
黒イフリートの体をかすめるように何度も攻撃し、その黒い巨体が赤い異界扉へと近づくように誘導していく。
扉の前まで黒イフリートを移動させ、そして。
「おらよっ……! 行っちまえ!」
派手に一発ぶっ放した。
それは黒イフリートの首すれすれをかすめていき――衝撃は黒い巨体にまで伝わって、黒イフリートは咆哮をあげた。
そうして――
黒イフリートは諦めたかのように、自ら赤い扉の向こうへと、姿を消したのである。
黒イフリートが中に入りきってしまうと、赤い異界扉はそのまま消滅した。
「……はあ」
オーマは銃を消して、ため息をついた。「まさか、俺らのせいであんなもん呼んじまうとはなあ……」
火脈となっていた地下から、徐々に炎が消えていく。
火脈から、
水脈へと。
『……っ!! ここ、水……!!』
グラッガが逃げ出そうとするのが分かる。
「ばーか、入らなきゃお前も消えたりしねえんだろ」
オーマはなだめた。
目の前で、真っ赤な世界が青く澄んだ世界へと変わっていく。
「気の毒なもんだなあ、火の精霊ってぇのは」
鼻をかきながら、オーマは苦笑した。
「こんなに綺麗な水を見ても、綺麗って思えねえんだろう?」
『……水は、恐ろしいものだ』
「まったく。お前目がふさがっちまってるぞ。ほら、よーく見ろ」
オーマは水脈の傍らにしゃがみこんで、水面をのぞきこんだ。
体の中で、びくりとグラッガが震える。
「見ろよ。綺麗だろ」
『………』
「お前、どうせ長く外にいられないんだから、外に行きたくないって言ってたよなあ」
オーマは水の流れを目で追いながら、つぶやいた。
「それって裏をかえせば、外を見たいってことなんだよなあ?」
すぐにそれと離れ離れになっちまうのが怖いから、外を知りたくないんだろう――?
『……そんなんじゃ、ねえ……よ』
どこまでも否定しようとするグラッガに、オーマは豪快に笑ってみせた。
「ははっ! ならすぐに離れ離れになっちまわなきゃいいわけだな?」
『……ああ?』
「俺が手伝ってやるよ。俺が何度でも外に出してやる。何度でもな――二人で色んなもん見て回って、お前もやっぱり『外が好きだ』って素直に言えるようになるまで、何度でも何度でも何度でも」
『そんなこと……できるかよ』
グラッガの反論が弱くなっていく。
オーマは囁いた。
「時の長さよりもな……その一瞬と想いを大切にしろ。自分を生んだこの母なる聖獣界の地を広く見るのも、親孝行だ」
『親なんか――』
「ん? 聖獣界の地を親だと思えないのか?」
『―――』
「それじゃ、クルスのためでもいいぜ。やつは、純粋にお前らに外を見せたいらしいからな」
それはやつこそが、この世界の美しさを知っているからに他ならない――
「……いい守護者を持ったじゃねえか」
いい世界に生まれ、いい環境で育ち、いい守護者を持って今、こうして世界を見る機会を与えられた。
「お前は、幸福なんだぜ」
水のせせらぎが聞こえる。
水脈の水が少しはねて、体に降りかかる。しゅわっと水滴が蒸発した。このていどの水ならば、グラッガにも影響はないようだ。
『………』
オーマは少し水を手にすくった。
そして、さらさらと流した。
『……知ってるよ、そんなこと』
グラッガがつぶやく。
オーマは優しく微笑んだ。
――自分が幸福なことくらい、知ってるよ。
「なんだよ。お前立派な親孝行精霊じゃねえか」
『うるせえよ』
オーマは大きく笑った。笑い声が水脈内に反響した。
かたくなな火の精霊の本心を垣間見たような、そんな気がして、彼は心底嬉しかった。
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「グラッガが何だかおとなしいね」
精霊の森に帰ると、クルスがオーマを見るなりそう言った。
「おお。こいつも親孝行に目覚めたらしくてな」
「へえ?」
クルスの眼鏡の奥の瞳が、優しく微笑む。
分離は一瞬で終わった。
「……今日はわけ分からんことに出会っちまったせいで、疲れたぜ」
オーマは肩をごきごき鳴らす。
「オーマ。グラッガが言ってるよ」
クルスがオーマの肩を叩き、暖炉を示した。
「――『約束守れよ』だって。何を約束したんだい?」
「………」
にやりと笑って、「秘密だ」とオーマは答える。
そう、秘密だ。親孝行をするときは、親自身には知らせないに限る。
「約束は守るぜ、グラッガ」
暖炉に向かってそう言った。
暖炉の炎が、応えるかのように、ゆらりと揺らめいた。
その輝きははかない火の光でもあり、そしてたしかな、火の命の表れでもあった。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】
【NPC/グラッガ/男/?歳(外見年齢22歳)/暖炉の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】
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■ ライター通信 ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回はとても熱いお話になってしまいました(笑)熱いながらも、オーマさんのおかげで優しいお話にもできたような気がします。
少しでもお気に召しますよう願っております。
またお会いできる日を願って……
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