<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜バーゲンセールに勝て!〜

 勝負の日がやってきた。
「こおおおおお……」
 気合を入れる意味不明な呼吸法を行いながら、オーマ・シュヴァルツは全身に闘気をためていた。
 そして、全身全霊の気合をこめて吼えた。
「絶対に――勝ああああつ!」

 本日は――
 ソーン腹黒商店街☆年末腹黒大放出超洗脳筋盛りバーゲンセール、全筋全霊バトルの日……

 オーマを始めとする下僕主夫たちが、らぶハニーのために日頃の美筋下僕スキルで超特価のアレやソレやコレを、筋肉弾けさせつつ奪取し合う、ギラリマッチョ号泣悶絶運命の別れアニキ日和。敗れれば誰しも待つのはハニーのお仕置きなのだ。
 すべての在りし下僕主夫たちが念入りに準備する今朝。
 もちろんオーマも自慢の一張羅ラメピンク・下僕主夫エプロンに袖を通し、時はきたれリ。
「行ってくるぜ、ハニー!」
 超マッハ筋で自宅から商店街へダッシュダッシュダッシュ!
 まさかその途中で、とんでもないことになるとも思わずに……

     ■□■□■

 『精霊の森』と呼ばれる森がある。
 静かで動物も存在せず、ただ木々とひとつの泉と、それに水を注ぎ込む川――そしてたった一人の人間が住む小屋があるだけの森。
 オーマの自宅から、腹黒商店街へと向かうために通るのがこの森だった。
 普段ならば迂回して行くのだが(もしくは適当に森の中を散歩して通っていくのだが)、今日は超マッハ筋・自分でも自分の位置が分からぬほどの速さで駆けていたため――
 森にまともに突っ込んだ。
 大胸筋無限倍返し、光を超えし速さで通過しようとしたそのとき。

 目の前に、突如として大きな岩が現れた。
 しかし、現れたと認識するより前に、オーマは見事その岩に顔面からつっこんだ。

 どっごーん

「……いやあ、いい音したねえ……」
 いつの間にいたのやら、『精霊の森』の守護者クルス・クロスエアが傍らで呆れたような顔をしていた。
「ごふ……うるせえぞ、クルス……」
 奇跡的に一命をとりとめた、というかろくな怪我もしていなかったオーマだが、唯一ぼたぼたと鼻血が流れていた。
「ぐはっ!? 自慢の一張羅が赤ラメにっ! おいクルスなんか拭くもん貸してくれ――」
 言いかけたオーマは、ふと気づく。
 体が――硬い。腕が思うように動かない。
 おまけに、やけに重い。ずっしりと岩が体の内部に乗っかったような心地。
「ちょ……っと、待て……何だこりゃ……?」
『うむ?』
 頭の中で声がした。
『むう……なんじゃ、これは?』
 おっさんの声だ。オーマの親父愛筋がビビビと喜びの電波を発する。
 意識が二重になっているような、この感覚は覚えがある。この『精霊の森』にいる精霊を、体に宿らせたときに起きるあの感覚だ――
「ク、クルス、お前何やった……?」
 体が硬すぎてガチガチに妙な動きをしながら、オーマはクルスを見上げた。
「僕は何もしてないんだけど……」
 クルスはその眼鏡を押し上げて、心底呆れたように小首をかしげた。
「長年森の守護者をやってるけどねえ。初めてだよ――クロスエアの力を借りずに精霊を体に宿したなんて人間」
「や、やっぱり中に精霊がいんのか……?」
 ごき、ごきと関節が妙な音を立てる。
「……宿したというより、一体化したって感じだったけど」
 クルスがつぶやく。「その岩ね。大地の精霊のザボンがいたんだよ。今はキミの中」
「い、岩の精霊か。何と言うか……」
 オーマは体の中にいる精霊を感じ取りながら、
「体が硬くて重いのはともかく……今までで一番っつーか、やたらフィットラブボディグッジョブだな」
「同世代だからじゃないかな?」
 ザボンは擬人化させると四十代の男だからね、というクルスの言葉に、
「うおおおっ! す、素晴らしい精霊がいやがるんじゃねえか……っ! なぜもっと早く俺に紹介しない!?」
「今紹介した」
「いやそんな腹黒な返答はいいから。おい、えーと……岩の精霊!」
『ザボンと申す。お初にお目にかかる』
 重々しい親父声。オーマは感激して目をうるうるさせた。
「ザボンか。いきなりすまねえな、俺はオーマってんだ。よろしくな!」
『お噂はかねがね。よろしくお願いいたす、オーマ殿』
「うううっ……なんて素晴らしき親父筋……」
 号泣したい気分になったが、それどころじゃなかった。
 オーマは立ち上がった。いや、立ち上がろうと……した。
 が……
「お、重い……体が重い……」
「岩の精霊だからねえ」
 クルスがのんびりと言ってくる。「硬い重い鈍い。すべて揃ってるよ」
「のおおっ!? 今日はハニーにナマ絞りされないために命をかけなきゃならん日だというのに……っ!!」
 ハニーにお仕置きされたくなければ、精霊とは離れるのが無難だ。
 しかし、
『オーマ殿? ご不便ならばわしは離れるが……』
 心配そうに頭の中から語りかけてくる気配がある。
「くそう……こんな愛すべき親父精霊、離れるには惜しいじゃねえかっ……」
 オーマは苦悩した。人生史上に残るかもしれない選択だ。
 それを見ていたクルスが、
「何だかよく知らないけど、要するに急いでるわけだね?」
「おおよ! マッハ筋×マッハ筋十乗ぐらい急いでるぜ!」
「とりあえずその場所までなら、急いで行かせてあげられるかもなあ……」
 クルスはあごに手をやった。
 そして、「ラファル、フェー、おいで」と誰かを呼んだ。
 オーマには見えないが、ラファルの名には聞き覚えがある。それは風の精霊の名だ。
 クルスの視線が彼の周辺に移った。優しげに微笑む顔は、彼が精霊を見るときの目だ。
「二人とも。悪いけど――そこの人をね、風で思い切り遠くまで飛ばしてやってほしいんだ」
「か、風で……?」
「森の端でやるほうがいいな。頑張って端まで歩いてきてくれる? オーマ」
 クルスに言われるまま、激烈に硬くなった体を必死でぎこぎこ動かして森の端まで移動させる。
 行き先はどっち? と問われ、オーマは腹黒商店街の方向を指差した。
「よし――頼むよ、二人とも」
 とクルスが声をかけたのは、おそらく風の精霊ふたり――
 ごおうっ
 二人分の精霊の力が宿った風の渦が起き、そして、
「のおおおおおおおっ!?」
 オーマはその風に、まともに吹き飛ばされた。

 その日、腹黒商店街付近で、謎の強風が発生したと、ソーンの記録に残った。

 風の威力をなめてはいけない。やつらは激風になれば、家も一軒吹き飛ばす。
 まるで空中にぽーいと放り出されたような感覚――
 それから後は、ごろごろごろごろ地面を転がされるような感覚。
 そして気づいたときには、どこかにどがしゃっと追突していた。
「でで……って、おおっ! ここは腹黒商店街……!!」
 追突したのは、屋台店のひとつだった。
 そこはオーマ+ザボンの、なみなみならぬ重さのせいで壊滅してしまったが。
 オーマは急いで辺りを見渡した。バーゲンセールは……!?
「よ、よかった、まだ始まってねえ……」
『よろしかったであるな』
 頭の中で、ザボンの声が響く。単純に彼も喜んでくれているようだ。
「うう……なんていい親父筋……今日はスピード必須の日、しかしザボン! 俺はお前とまさしく一心同体となって戦うぜ!」
『む。よく分からぬが、わしでよければ力を貸そう』
 もし目の前にザボンの姿があれば、がっしと固い握手を交わしたい気分だったが、残念ながら精霊は自分の中にいて、目の前にはいない。
 バーゲンセールの開始時間が近い――

 セールはスタート地点が決まっている。そこには、マッチョ下僕主夫たちがひしめきあっていた。
 オーマはぎしぎし体を動かしながら、その分いつもより倍増している力を全開にしてあたりの下僕主夫たちをぽいぽい放り出すと、スタートを切るのにいい場所を確保した。
 どこからか、アナウンスが聞こえる。
『年末腹黒大放出・超洗脳筋盛りバーゲンセール――』
 始まりのかけ声が、その声によって、
『スタート!』
 下僕主夫たちが一斉に走り出した。

 スタートでいい位置を取ったにも関わらず、オーマは出遅れた。動きがスロウになっているので当然である。
「く……っ! ま、まずはハニーと俺のかわいい娘のためのふ、服を……っ」
 ぎこぎこ体を動かしながら、女性服売り場へと向かう。
 そこもすでに、下僕主夫てんこ盛りとなっていた。筋肉ぶつかり合い汗が散る。それでいて大切なハニーたちのための服、破ってはいけないと服を持つ手には一切力を入れないよう気をつける。
 しかし気を抜けば、他の下僕主夫に思い切り引っ張られて破れてしまい、そこで怒り狂った下僕主夫が破った男に決闘を申し込み、新たなバトルが始まる。
 バーゲンセールとは関係ない戦いも生まれる。それがこの腹黒商店街のセールだ。
 オーマがその場所にたどりついたとき、決闘でやられたのか下僕主夫の体がひとつ飛んできた。
「ぐおっ!?」
 いつもならば避けるところだが、そんな俊敏な反応はできなかった。代わりに、がっしとその体を受け止める。
 その体をその辺の地面に転がしながら、オーマはつぶやいた。
「ううむ……持ったもんが軽い」
 ザボンによる力の倍増は、思った以上だ。
 これなら……
 オーマはのっしのっしと女性服売り場へと直行する。
 邪魔をする下僕主夫の体は、片っ端から放り出した。
 そして――
 まだ数人が残って手を伸ばそうとしている、服が山盛りの――ただし現在は大分減ってしまった――台を、
「――うらああああ!」
 台ごと、持ち上げた。
 それを自分の頭の上、他の下僕主夫たちの手の届かないほどの位置まで掲げ、オーマは宣言した。
「この台の商品は、俺がすべてもらったあ!」
 させるか! とばかりに下僕主夫たちがオーマに攻撃をしかける。
 しかしザボンを宿らせた効果がまた役に立った。――体が異常に硬いのだ。
 下僕主夫たちの攻撃をすべて軽く跳ね返し、殴った手のほうが痛くなるような硬さの体を誇りながら、大胸筋を張ってオーマは売り手に宣言した。
「もう他のやつらには触れねえよな。これで全部俺のもんだ!」
「はい、そうでございますねえ」
 売り手はにっこりと笑った。
「もちろんその台ごと、あなたのものでございますよ」
「……。なにい!?」

 台をおろした隙に他の連中に奪われる危険性を考えた結果――
 泣く泣くオーマは、台の料金も払って、台ごと女性服をゲットしたのだった。

 第一関門突破。

 台をなるべく広めの場所に下ろし、中身を用意しておいた袋につめながら――その最中に奪おうとしてくる輩を蹴り飛ばしながら――オーマは次なる場所を見定める。
 食料品売り場。特に缶詰。
 ここも大変な人気の場所だ。
「缶詰もゲッチュ☆できるか……?」
 左手に女性服を、右肩に台をかつぎ、オーマはのっしのっしと缶詰売り場へと向かう。
 長蛇の列が出来ていた。下僕主夫たちが、我先にと野獣のように他の人間をかきわけようとしている。
 視線の先では、すでに半分以上の缶詰が他の下僕主夫にゲッチュ☆されていた。
「くっ……どうする?」
 女性服売り場での戦法を使って、また台ごと売られてはかなわない。
 オーマが苦悩していると、
『よく分からぬが』
 頭の中で、ザボンが語りかけてきた。『あのカンヅメとやらを、手に入れればよいのか?』
「おう! さすが我が同志、俺の気持ちを分かってくれるのが早いな……!」
 どうしたらいいと思う? とザボンに真剣に相談を持ちかけると、
『では、こうしてはどうだろう』
 ザボンがひそひそと話をもちかけてきた。
 オーマは目を見張った。
「待て。それじゃお前さんの命が――」
『なに、ほんの少しの間のこと。オーマ殿はわしを外に連れ出してくれた。その礼だ。わしに任せられい』
「―――」
 オーマは感激で涙がだばだば流れてくるのを止められなかった。
「よし――」
 肩にかついだ台を、
 がしょん! と目の前をふさぐ下僕主夫たちの上に乗せ、
 よいしょとその台を乗り越えた。
 めきょ、と下で音がした。台もついでに破壊されるほどの重さ。
 オーマは手を合わせてつぶやいた。
「許せ、下僕同志よ……この日ばかりは」
 そしてその先は、女性服売り場と同じようにぽいぽいと男たちをちぎっては投げちぎっては投げ。
 やがて、缶詰が盛られた台にたどりついた。
 まだ充分に残っていた。よし、とオーマは気合を入れ、
「……頼むぞ、ザボン」
『うむ』
 言うなり――
 ザボンは、オーマから分離した。
 ――ザボンはほんの少しの間だけ、人間の体から分離することが可能――
 オーマは缶詰の乗った台の片側に、用意していた袋のひとつをすちゃっと開いてしゃがみこみ、待機。
 ザボンはオーマとは反対側の台の端にゆき、
『ぬおおおおおっ』
 台の端に手をかけて、思い切り持ち上げた。
 その場にいる誰もが目を見張った。精霊はふつうの人間には、そして今のオーマにも、姿を見ることができない。
 彼らには台が勝手に斜めに持ち上がったようにしか見えないのだ。
 斜めになった台から、ざざざーと缶詰が流れてくる。それを、オーマは袋でひとつ残らずキャッチした。
 役目を終えて、ザボンがどかんと台を地面に落とす。
 そしてのっしのっしとオーマの元へと戻ってくる。
 オーマは無事ザボンが自分の体の中へと戻ってくるまで、商人との交渉はしなかった。ザボンのほうが心配だったのだ。
『どうだったであろうか、オーマ殿』
「ばっちりだったぜ、ザボン!」
 無事に戻ってきた。頭の中からザボンの声が聞こえて、安堵の息とともに、力一杯オーマはザボンに返事をした。
 商人との交渉は成立、袋の中に入った缶詰はすべてオーマの手中へ――

 第二関門突破。

 次の標的は雑貨店。
 ここは今までのように、我先にと奪い合うのではない。まずエントリーして、審査員の前で決められたことをする。
 そして、審査員が合格の札を出せば、好きな雑貨をゲットする権利を得ることができるのだ。
「ここは俺の得意分野だからな……」
 オーマは相変わらずぎこぎこと動く体を受付まで持っていって、エントリーをする。
 渡されたのは――人面草。

 うふ〜ん

 不気味な桃色吐息を吐く人面草の鉢植えを両腕に抱え、オーマは審査員の前にまで行った。
 そして、人面草と向き直り――

「かあちゃんっ! 愛してるぜーーー!」

 ぶっちゅー
 人面草に妻の面影を重ね合わせ、熱い口付けを交わした。

 そう……
 ここでは、人面草を妻と思い、妻に対する想いのたけを表現してみせる「ハニーラブ審査」の場。
 オーマはきつく人面草を抱きしめる。
 審査員は、合格の札を出した。
「よし……かあちゃんに頼まれてた愛娘用ぬいぐるみゲッチュ☆」
 人面草のキスマークだらけになりながら、オーマは朗らかな笑顔を作った。
 ……そこはかとなく気持ちが悪いのは、おそらくザボンの心境の影響だろう……

 第三関門突破。

 ここからが大変だ。
「手強いぜ……通常食料品売り場っ」
 そこは別名・闘下僕主夫場。
 力こそすべて。力が食料品を制する。
 そして食料品の売り手は、ひとつずつの品をかかげて「さあ、次勝った野郎にはサバ四本だぜ、サバ!」と競り市よろしく叫んでいる。
 食料品売り場の前では、すでに数人の下僕主夫が血で血を洗う闘いを繰り広げていた。
 そう――
 そこは、銃火器以外の武器を使うことを認められた、闘技場なのだ。
『な……なんたる迫力。なにゆえみな血を流すのか……!』
 ザボンが呆然としているのが伝わってくる。
「ふ……下僕主夫たる者、ハニーにお仕置きされないためにはこれくらいなんてことはないのさ……」
 何しろ、負けて帰宅すれば並の攻撃よりよっぽど恐ろしいナマ絞りのお仕置きが待っている。
 今、サバ四匹をかけたひとつの闘いが終わった。
 勝利者たる下僕主夫は、満身創痍でありながらも、嬉しさで号泣していた。
 負けた者たちは、この世の終わりかのような絶望的な表情で幽霊のように去っていく。
 それほどに、ハニーのお仕置きは恐ろしい。
「さあっ! 次はキャベツ三玉だぜいっ!」
「よっしゃ! 俺も参戦だ……!」
 オーマは拳を打ち鳴らした。
『オーマ殿も武器を使われるのか』
「いや、俺はいつも素手だ。それがこだわりでなっ」
 一番得意な銃は禁止されている、という点もあるのだが。
 キャベツ三玉の闘いに参戦したのは、オーマ以外に八人。
 ザボンが緊張した様子で囁いた。
『よ、よく分からぬが……わしも思い切り手伝うぞ、オーマ殿!』
「ありがとよ、ザボン!」
 闘いの火ぶたが切って落とされる。
 九人が乱闘となった。剣を持つ者、槍を持つ者、さまざまに。
「てめえらは危ねーっつーの!」
 オーマは手刀で、剣も槍もばきぼきと折っていく。
 得物を折られた下僕主夫が、泣きそうな顔になった。
「リタイアするやつぁ、とっとと出ていきな!」
 それでもハニーのお仕置き怖し。
 素手で彼らは飛びかかってくる。一番手強いと見たのか、オーマに向かって全員が。
 力を合わせてまずオーマを倒してしまおうという作戦が、無言のうちに成立したらしいが――
「おらおらおらおらー!」
 ハニーのお仕置きが怖いのはオーマも同じ。
 ザボンの力でパワーアップしているオーマは、動きはのろいが威力の大きい拳を次々と繰り出し、下僕主夫たちを遠くまで殴り飛ばした。
「ふっ……これぞハニー愛パワー(ある意味で)」
 勝負はあっという間についてしまった。
 オーマはキャベツ三玉を買う権利を手に入れて、満足そうに爽やかな笑みを浮かべながら、売り手に言った。
「さて、次はどれが売りだ? 次から全部参戦すっからな……!」

 オーマは元々が強い。強すぎると言っていい戦士である。
 今日はそれにナマ絞りいやんパワーが加わり、
 さらにザボンの体硬すぎでも強力、な能力が加わり、
 もはや誰にも彼には勝てなくなっていた。

 オーマは両手に大量の荷物を抱えて、商店街をゆうゆうと歩く。
 超のろいが。
 逆にそれが、堂々としているようにさえ見えた。

 日が落ちかけている商店街は、死屍累々としている。
「おーい。怪我人はシュヴァルツ病院へ来いよー」
 さりげに自分の病院の宣伝をしながら、彼は最後の売り場へと向かっていた。
 男性用服飾店……
 すでにほとんどの下僕主夫たちに荒らされているそこも、わずかばかりのあれやこれやが残っている。ハニーたちのための服と違って、乱暴に扱われまくっていたが。
「俺も少しくらい新しい服を買ったっていいよな」
 この時間になると、奪い合いもひと段落ついて、やけに静かだ。
 男性用服飾店に入り、オーマは一着の服を選んだ。
 そして店員に金を払おうとして――

「あっ!?」

 ――足りない。そんな馬鹿な。今日も計算通りいったはず――
 焦る脳裏に、ふと思い出したものがあった。
 一番最初の「台」……。

「ああ……」

 オーマはさめざめと泣いた。台は台で役に立ったとは言え、自分用のものはこれで一切買えなくなった。
「仕方ねえか……」
 すん、と鼻をすすりながらもオーマは立ち直り、そして商店街から出ようとする。
 ハニーとの約束は、日が落ちきる前までに帰ること――

「って、あああああああ!?」

 日が落ちきる前!?
 すでにもう落ちかけている夕陽が、オーマの全身を緊張に震わせた。
 ザボンを宿しているから体の動きが鈍い。ここから普通にマッハ筋で走っても、一時間はかかる道のりだというのに――
 オーマの震えが伝わったのだろうか。
『オーマ殿……何だか分からぬが、迷惑をおかけしておるようだな……すまぬ』
 大真面目なザボンが、すまなそうに詫びてきた。
「いやっ! お前さんのせいじゃねえ……!」
 慌てて否定しながらも、オーマの脳が物凄い勢いでこの状況をどうするかについて考え始める。
 もう、こうなったら――
「ぬ……おおおおおおお!」
 超マッハ筋withザボン。
 オーマは駆けた。マッハ筋を発生させて、ようやくちょっと早足で歩いてるくらいかな? なスピードを出しながら、思い切り駆け続けた。
 ザボンの重さが負担になる。しかしそこは親父愛、かけらもザボンを恨めしく思うことなく、オーマは力一杯走り続けた。走って、走って、走って――

 とうてい間に合わない。そのことをオーマが悟って号泣するまで、あと一時間……


  ――Fin――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】

【NPC/ザボン/男/?歳(外見年齢45歳)/風の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は岩の精霊さんとの共同作業、いかがだったでしょうか。腹黒商店街独自のバーゲンセールがどんなものか、もう想像もつかない域に達していますw
楽しく書かせて頂きましたvありがとうございました!
またお会いできますよう……