<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


双六!【赤の書編】


■オープニング■
 
「妙なものを手に入れたのですが・・やってみませんか!?」
 その日、突如白山羊亭を訪れた少女はそう言った。
 鼻息も荒く、なにやら張り切った様子の少女にルディアは首をひねった。
 「・・・なんですか?」
 「これです!どうやら双六と言うものらしいのですが・・。」
 少女・・ティリアス バッカーノはそう言うと、文庫本サイズほどにたたまれた紙を手渡した。
 ・・それをゆっくりと広げてみる。
 右隅には“ドキドキ☆人生の縮図のようだよ!大双六大会!【赤の書】”と書かれている。
 以前にも同じものを見た事がある・・・ルディアは記憶を手繰り寄せた。
 「それって、前の双六が青から赤になっただけじゃ・・・」
 「これは“日本”と言う国のもので・・サイコロを振って、ゴールを目指すと言う遊びなのですが・・。」
 ティリアスはそう言うと、ポケットの中から小さなサイコロを取り出した。
 サイコロを振って、出た目の数だけコマを進めて、ゴールを目指すと言うものだ。
 「赤の書って言うのは・・コレが入っていた箱が赤かったからだと思うんですけど・・。」
 言いながら、すっと赤い箱を取り出す。
 そこにも“ドキドキ☆人生の縮図の・・・(以下略)”と書かれている。
 「・・・これ、以前にもやりましたよね?」
 「え・・・やってませんよ。」
 明らかに怪しい素振りで、ティリアスは視線をどこか遠くに向けると、にっこりと微笑んだ。
 「あ、そうそう・・・えっと、赤の書はですね、バトル風味の双六と言う事で、赤の書に触れた途端に人が縮んじゃうんです。ほら、そうすれば周囲に危害が及ばないでしょ〜?」
 まったくもって、そう言う問題ではない。
 「え・・そんな・・・どうすれば元に戻るんですか?」
 「ゴールすれば元に戻りますよ。」
 「でも、バトル風味って・・・」
 「赤の書の中に、ケムケムと言う生物が封じられてまして、幾つかのマス目毎に登場するんです。あ、もちろん独自に強さを選べますよ〜。」
 「・・・危険そうですね・・・。」
 「イージーで登録すれば、全然危険じゃないです。」
 なんだかケムケムと言うのも弱そうな名前だし――ティリアスが危険が無いと言っている以上は危険はないのだろう。
 「う〜ん・・そうだなぁ・・誰かやってみる人、いないかな?」
 ルディアが今日も賑わっている白山羊亭の中を見渡した。


□オーマ シュヴァルツ□

 今日も嬉楽しい下僕主夫夕飯買い物帰りに、オーマは白山羊亭に立ち寄っていた。
 そのため、うささん模様のふりふり桃色割烹着に、それとおそろいの手袋&マフラー&耳あてと言う格好だった。
 ・・・道行く人々がズザっとオーマに道を開けてくれていたのは、未だに謎なわけであって・・・。
 白山羊亭に入るなり、オーマは見知った顔を見つけた。
 向こうもこちらを見つけるなり、トテトテと走って来て―――
 「オーマさん!」
 「おうおう、ティリアスの嬢ちゃん、おひさマッチョってかアレか?」
 そう言ったオーマに、にっこりとティリアスが微笑んで首を縦に振る。
 「今回はバトルモード!赤の書です!ケムケムとか出てくるんですよ〜♪」
 なんだかとっても弱そう&ラブリーそうな名前に、思わずオーマの親父愛魂が燃え上がる!
 腹黒親父愛ラブファイター☆オーマと化した彼を、今や誰も止められ・・・ない・・・?
 その部分にいたっては若干疑問が混じらなくも無いが。
 「ケムケムらびゅ〜ん運命のレッド筋遭遇バトル双六in聖筋界★ってかね?」
 「んー・・・大体そんな感じです☆ね?」
 「そ・・・そうですね・・・。」
 にっこりと微笑みながら話を振られ、ルディアは内心冷や汗をかきながら頷いた。
 こちらに話を振らないで欲しい・・・。
 「と言うわけで、ソーレっw」 
 やけに明るい掛け声と共に、ティリアスが双六をオーマにぶつけ・・・
 「なんだ・・・!?」
 ぽんと言う音を立てて―――オーマは縮んでいた。
 まさにミニマムサイズ・・・と言うか、ティリアスとルディアがガリバーサイズだ。
 「さぁ、これでもう逃げられませんよ〜!」
 にっこりと微笑んだティリアスの笑顔は、その大きさも相まってかなりド迫力だった。


■双六の前に・・・■

 粗方の説明が終わった後で、ティリアスはその場にチンマリと(本当に言葉通りだが・・・)並べられた一同を満足げな顔で見渡した。
 右から順に、オーマ、グラディス バーガンディ、アイラス サーリアス、ケイシス パール、レニアラと並んでいる。
 サイズがおかしいのはティリアスとルディアだけ。2人だけがガリバーサイズである。
 無論、本当にサイズがおかしいのは一同の方だった。
 ちんまりと、親指姫サイズである。
 「それにしても、ケムケム・・・どんな生物なんでしょうね。」
 アイラスが穏やかにそう言うと、ティリアスに視線を向けた。
 しかし、―――ティリアスは悪戯っぽく微笑んでいるだけだ。
 そして小さな声で、それは会って見てからのお楽しみでぇ〜す☆と付け加える。
 「まぁ、なんだって良い。楽しめれば俺は文句はねぇよ。」
 そう言って、ニヤリと微笑むとグラディスは指を鳴らした。
 「ここは一発、ケムケムを親父愛マッスル☆GOGO!で友達マッチョで桃色愛を深めるべく・・・」
 「桃色愛が深まりそうな相手かどうかは見てからじゃねぇと解らなくねぇか?」
 顔を引きつらせながらもケイシスがそう言う。
 大体、敵だといわれているケムケム相手に桃色オーラを放つのはどうかと思うが・・・そこはオーマ。それこそ、そんな些細な事を気にしてはいけない。彼にとっては敵だろうが味方だろうが恐怖の大魔王様だろうが、生きとし生けるものは全て愛の対象なのだ。
 その愛は、若干どこか明後日の方向に発せられているような気がしなくも無いが・・・・・。
 「まぁ、周囲への被害はないだろうな。」
 レニアラがそう言って、ティリアスをじっと見詰める。
 ―――周囲への被害・・・そう言えば、これだけ小さくなったんだろうし、大丈夫なはず・・・?
 ちょっぴし心配になって、一同は思わずティリアスの顔を見上げた。
 「そんなに見詰めちゃイ・ヤ・で・す☆それじゃぁ、難易度選択なんですけど〜・・・」
 「待ってください・・・本当に大丈夫ですよね?」
 そう言ったのはルディアだ。ここがめちゃくちゃになったら困るのは彼女であり―――ティリアスは視線をそっぽに向けた。
 「大丈夫ですよ・・・多分・・・。」
 「心配ですね・・・。」
 アイラスがそう言って思わず溜息をつく。 
 「それじゃぁ、オーマさん、どーします?」
 「Hだな。・・・やはりここは桃色年長としてラブ筋フェロモンフルパワー☆全ての在りし腹黒イロモノ下僕主夫スピリッツ全筋全霊を以って挑むが親父愛礼儀だろう?」
 「んー・・・親父愛礼儀は解りませんが・・・はい。ハードっと・・・。」
 ティリアスが双六の右上に何かを書き付ける。
 「グラディスさんはどうします?」
 「Hに決まってんだろ?」
 ニヤリと不敵な笑顔をたたえながらそう言ったグラディスに、ティリアスが酷くあっさりとした意見を返す。
 「いえ、決まってはませんよ〜。難易度選択は自由です☆」
 きっとグラディスだって、そんな当たり前な事は解っているはずだ。
 やっぱりどこかずれているティリアスに、ルディアがこっそりと溜息をついた。
 白山羊亭の未来が段々と漆黒に染められて来ている様な気がして、気が気ではない。
 「それじゃぁ、ハードっと・・・」
 そう言って先ほどと同じ操作をして・・・。
 「アイラスさんはどーします?」
 「Hにします。」
 そう言って、にっこりと微笑んだアイラスの顔を、ティリアスがジーーーっと見詰める。
 「・・・なんですか?」
 「大丈夫ですか?」
 間髪を入れず質問を仕返され、アイラスは思わず戸惑った。
 「・・・僕、戦う人ですよ?」
 その言葉に、ティリアスの顔が歪んだ。
 ・・・穏やかだとか、優しいとか、学者みたいとか、よく言われるアイラスだったが・・・ティリアスもその手の類だったようだ。
 そうなんですか、なんか意外ですね。と、小声で呟いている。
 「それじゃぁ、Hで行きましょう。」
 ふわりと微笑むと、ティリアスは先ほどと同じように、双六の端に何かを書き付けた。
 「ケイシスさんはどうします?」
 「Hだな。」
 「了解です☆」
 言い切ったケイシスに向かって、敬礼を1つだけする。
 「レニアラさんは・・・」
 「他のメンバーと同じで良い。」
 「って事は、Hですね?じゃぁ、皆さんHって事で・・・」
 そう言った後で、ふわりと優しい笑顔を見せ―――すぐに視線を外した。

   な に か あ る ・ ・ ・

 直感でそう感じるものの、すでに登録は済ませてしまっているし、双六を終えない限りは元の体に戻れない・・・!
 なんて八方塞なんだ・・・。
 なんだかちょっぴし後悔の波が直ぐそこに押し寄せて来ている気がする。
 「それじゃぁ、準備が整いましたので双六のスタート地点に行ってください。スタート地点に立った途端に、周囲に壁が出来ます。マス目ごとに部屋のような形になっております。サイコロを振って、出た目の数だけ進めます。普通の“双六”とやり方は一緒です。」
 ティリアスはそう言うと、人差し指を口元に当てた。
 「部屋に入ると扉があります。サイコロを振らない限りは次の部屋に行けません。扉には鍵がかかっており、どんな事をしても開かない仕組みになっています。」
 「サイコロは最初から持ってるのか?」
 オーマの質問に、ティリアスは軽く首を振った。
 「いいえ。順番が回ってきたら上から落ちてきます。勿論、私が落とすのですが・・・」
 「それは、普通サイズじゃねぇよな?」
 「はい。コレです。」
 ティリアスはそう言うと、ピンセットで小さなサイコロを掴んだ。
 “こちら”の普通サイズだ・・・。
 「とりあえず、入ってみれば解りますからw」
 そう言って一同を、双六のスタート地点まで連れて行きますと言い、手を差し出した。どうやらその上に乗れというのだ。
 ・・・人の手に乗る経験なんて、一生に一度あるかないかの体験だろう。
 そうそう何度もあって欲しくないが・・・・。
 「あ。そうそう。ケムケムをご紹介しておきますね〜。」
 今思い出しましたと言うように、ティリアスがパチリと指を鳴らした。
 空中に小さなウサギのような生物が作り出される。
 「・・・これがケムケムですか?」
 ブルブルと震えながら縮こまる生物に、思わずアイラスが声を上げた。
 「そうです。イージーケムケムです。ノーマルケムケムはこれです。」
 パチリとウサギのような生物=イージーケムケムは姿を消し、今度は狼ほどの大きさの生物が現れた。
 先ほどの真っ白なケムケムとは違い、今度は毛が黒い。
 「・・・イージーとノーマルの差が激しすぎねぇか?」
 「最後、ハードケムケムはこれです。」
 満面の笑み―――それを見て、一同は思わずこの先に待ち受けている“何か良くない事”の尻尾を見た気がした。
 パチリとノーマルケムケムが消え、次に出てきたのは巨大な・・・ドラゴンだった。
 めちゃめちゃ悪に汚染されてますと言う瞳で、思い切り攻撃的な咆哮をあげ、すっごく強いですよ〜と言うように、視線をあちこちに向けている。
 「凄く強そうですね。」
 「まぁ、これも親父愛☆腹筋♪マッスルラブリープリプリ桃色愛でなんとか・・・」
 「なるのか?」
 オーマの言葉を途中で遮って、レニアラが疑問を投げかける。
 ・・・何とかなると言ったら、なんとか・・・なってほしい・・・。
 「よっしゃぁ!やってやろうじゃねぇかっ!」
 相手が強ければ強いほど燃えるタイプであるグラディスは既に闘志をみなぎらせている。
 「あと、鬼と言うものが双六内に出現するかもしれません。それを倒すためのトラップ空間も設けていますが・・・まぁ、こっちで適当に作っちゃいますね。鬼にいたっては、会わない限りは害は無いはずですし・・・会ってしまった場合は、逃げてください☆」
 ふわりと微笑むティリアス。逃げてください☆じゃない・・・!
 「何はともあれ、さっさと始めましょ〜♪おやつの時間までには帰ってきてくださいね〜☆」
 なんとも自己中心的な発言の後に、ティリアスは5人をぽいっと双六のスタート地点に落とした―――。


□双六!□

 「おうっと・・・危ねぇ。」
 オーマはそう呟くと、シュタンと華麗に着地した。
 硬い床は手触りが良く・・・大理石だろうか?そうだとしたら、結構お金がかかっている。
 周囲を見渡してみると、四方全てを壁に囲まれている。
 上を向けば、ぽかりと白山羊亭の天井が見えるが・・・あそこまで上るのは無理だろう。
 目の前にある扉の金色のノブに手をかけてみるが―――鍵がかかっているらしく、開かない。
 「オーマさん。オーマさんからどうぞです。」
 そんな声が聞こえて、上からサイコロが落ちてきて・・・見上げたソコには巨大な瞳があった。
 「おう、ティリアスの嬢ちゃん。随分ビッグだなぁ・・・」
 「私がビッグなんじゃなくて、オーマさんがミニマムなんですよwさぁ、早くサイコロをふってくーだサイ☆」
 「あぁ。」
 ティリアスに言われ、オーマはサイコロを転がした。
 コロコロとサイコロは転がって行き―――5が出た。


 ○1回目『5』→6の部屋

 サイコロの目に従い、5つ進んだ先は6の部屋だった。
 ガランと広い部屋には何もない。
 敵が来る様子もなく、かと言って何をすれば良いのかはさっぱり解らない。
 「おうおう、これは一体なんだぁ?」
 とりあえず、どうする事も出来ないので・・・ティリアスを呼んでみることにした。
 「お〜い!ティリアスの嬢ちゃん〜!」
 オーマはぽっかりと開いた天井に向かってティリアスの名前を呼んだ。しばらく沈黙した後で、ティリアスの瞳が現れた。
 「はぁ〜い?」
 「なぁーんもねぇんだけどよぅ。ここは一体全体なんなんだぁ?」
 「あ、そこはトラップポイントですよ〜☆鬼をやっつけるための♪」
 「トラップポイントォ〜?」
 「そーでぇーす☆」
 「っつー事は、俺が設置すんのかぁ?」
 「どちらでも。双六の方で適当にトラップを仕掛けることも出来ますし。なんだったらオーマさんがトラップ仕掛けちゃっても良いですし。」
 随分と雑把だ。
 オーマはそう思うと苦笑した。
 「んじゃまぁ、折角だし・・・腹黒マッチョでイロモノな素敵空間でもつくっか〜!」
 「どーぞデス☆」
 そう言ったきり、ティリアスはどこかへ行ってしまった。
 とりあえず、同盟のパンフレットは必需品だ。
 後はこっそりと先ほど作っておいた親父腹筋★マッスルクッキーでもちょいとその上に置いて・・・。
 コレで鬼のハートはガッチリキャッチ♪だろう。
 また腹黒親父愛に魅入られてしまった者が一人、オーマの元を・・・訪れるかどうかは解らないが・・。
 「オーマさん、出来ましたかぁ?次はオーマさんの番ですよw」
 そんな声が聞こえて―――オーマの上にサイコロが落ちてきた。
 其れを上手くキャッチすると、転がして・・・・・。


 ●2回目『6』→12の部屋

 扉が開き、6つマス目を進んだ先は12の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 そこにはポツンと真っ白なテーブルが置かれていた。其の上には真っ白なティーカップ・・・そして中には甘い香りを放つ紅茶と、その隣には縁に薔薇の絵をあしらった真っ白なお皿の上に乗せられた美味しそうなクッキー。
 「おう?ここはなんだぁ・・・?休憩できるのか?」
 まだ始まってそんなにたっていないのに・・・と、思わず苦笑をするものの、折角の素敵なお部屋―――ゆっくりして損はないだろう。
 オーマはそう思うと、椅子に座った。
 カップを持ち、そっと口に運ぶとコクリと音を立てて飲む。
 アールグレイだろうか?甘い香りは癒しを生む。
 チョコチップクッキーを1つ、そっと掴むと口に入れた。
 サクリと軽い食感と共に甘いチョコレートとバターの香りが広がる。
 美味しい―――
 ほっと吐く息すらも甘く漂い、空間に霧散する。
 「こりゃぁ、世界のマッチョ★クッキング名人もビックリの桃色ラブリークッキーだなぁ。」
 そう言うと、オーマはそっと目を瞑った。
 ・・・双六赤の書はバトル風シナリオなはずなのに、コレほどまでに和んでしまって良いのだろうかと言う感じもするが・・・如何せん、ここは休憩ポイントなだけあり、こんなまったりとした時間も良いのではないだろうか。
 バトルの合間には休憩を。
 まだバトルは始まっていないが・・・早めの休憩を・・・。


 ○3回目『5』→17の部屋

 扉が開き、5つマス目を進んだ先は17の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 バサバサと、翼が羽ばたく音が聞こえ・・・目の前にケムケムが現れた。
 1つ叫びを上げた後で、大きく息を吸い込む―――炎だ!
 オーマはそう思うとフライパン―――タダのフライパンではなく、親父愛フライパンだが―――を取り出すと、炎をかき消した。
 ボゥっと音を立てて炎が掻き消え・・・ケムケムがあまりに華麗な技に一瞬だけ動きを止める。
 ・・・今だ!
 オーマはそう思うと、親父愛☆マッスルモード全開に突入した。
 ラブリーウインクで敵を魅了し・・・勿論、魅了されたわけではない・・・ニコニコと微笑みながら同盟勧誘パンフをビシリと差し出し、親父愛や腹黒同盟について語り―――。
 あまりの衝撃に、ケムケムはフリーズしている!
 そもそも、登場シーンからしてなにか間違っていると、ケムケムは思った。
 こんなにデカイのに、桃色割烹着。
 一見カッコ良く、強いのか・・・!?と思いきや、よくよく見ると武器がフライパン。
 どれだけ家庭的なんだと言う話であって・・・・・
 勝てる気がしないと言うか、勝負にならないと言うか、相手は鼻から勝負する気がないと言うか。
 「・・・なにやってんだよ。」
 ガチャリと音を立てて扉が開き、中からケイシスが姿を現した。
 明らかにしまった・・・と言う顔をしている。
 なんで俺、こんなところに遭遇してんだ?やっぱ運が悪いのが全ての敗因なのか・・・などと、悶々と考えているのが手に取るようにわかる。
 「おう、ケイシス!お前も同盟布教すっか〜?」
 「何で俺が・・・」
 このまま行ってしまえば同盟に参加させられる・・・?!
 そう思ったケムケムは、そろりと後退をした。
 そそくさと部屋の隅まで飛んで行き、突如として其の姿を消した。
 「・・・正義は必ず勝つ☆マッスル親父愛★大胸筋は最強ってわけだな。」
 正義と言うか、何と言うか・・・。
 「戦わずして敵を退散させる・・・ねぇ。俺にはできねぇ芸当だな。」
 ケイシスはそう言うと、肩を竦ませた。


 ●4回目『3』→20の部屋

 上から落とされたサイコロを振り、たどり着いた先は20の部屋だった。
 部屋に入った途端に、どこか遠くでドンと言う不気味な音が響いた。
 今のは何だ?ここから相当遠いみたいだが・・・。
 そう思って考えを巡らそうとしたオーマの上空から先ほど同様、上からケムケムが・・・?
 「・・・なんだぁ・・・?」
 明らかに顔の濃いケムケムがオーマの目の前に降り立った。
 ケムケムがジーーーーッとオーマを見詰める。
 あまりの熱視線に、思わずふいっと瞳をそらす。
 ジーーーーーーっ
 ・・・・・・・・・・・。

 ジーーーーーーーっ
 ・・・・・・・・・・・。

 ジーーーーーーーっ
 「・・・な・・・なんだ・・・?」

 あまりの視線に耐え切れなくなったオーマが、思わずそう尋ねる。
 それにしてもこのケムケム、どうみてもオカマさんのようだ。
 化粧をしているあたり、乙女と言うか何と言うか・・・そもそも、ケムケムのはいている黒の網タイツは何処で入手したものなのだろうか?
 その入手経路が酷く気になる今日この頃である。
 「攻撃する機会をうかがってるとか・・・か?」
 ふるふると、頭を振るケムケム。
 「攻撃しない!?っつー事はあれか?マッスル友情がここに芽生えたとか・・・」
 フルフル
 「ん?違うのか?友情じゃぁねぇのか?」
 コクコク
 「じゃ、なんだ?」
 ・・・ポッ
 顔を赤らめたケムケムに、嫌な予感がする―――・・・。
 1歩、こちらに近づいてきて・・・オーマが1歩下がる。
 再び1歩こちらに近づいて・・・下がる。
 近づいて・・・下がる、近づいて・・・下がる、近づいて・・・コツンと壁に当たった。
 逃げ場はナシの絶体絶命大ピンチに、オーマは思わず声を張り上げた。
 「ティ・・・ティリアスの嬢ちゃんっ!!!」
 「はぁ〜い??お呼びでぇ〜っすかぁ〜?」
 間延びした声と共に、上空に巨大な瞳が現れる。
 「おい、こいつぁなんだ?」
 「ふぇ?」
 オーマが指差す先、ケムケムを見詰めると、ティリアスは全てを理解したというようにポンと手を打った。
 「どうやら好かれちゃったみたいですねw一目惚れってヤツですね?」
 「一目惚れぇ?」
 「とりあえず、そのまま進みましょうか?お供だと思って・・・ほら、結構力強いじゃないですか☆」
 そうは言われても・・・いや、戦力的に凄く力になりそうだと言う事は分かるのだが・・・。
 「途中で敵に変わって大ピンチって言う即死フラグにはならないと思いますので、大丈夫だと思います。」
 “思います”なんて・・・そんな適当な・・・。
 「・・・まぁ、悪かねぇな。」
 オーマはそう言うと、ニカっとケムケムに微笑みかけた。
 「それじゃぁ、次のお部屋に進んでく〜だサイ☆」
 ・・・こうしてオーマは仲間を手に入れたのだった。

  (それが幸か不幸かは定かではないが・・・)


 ○5回目『3』→23の部屋

 サイコロを振り、3つ部屋を進み―――そこは草原だった。生暖かい風が何処からともなく吹いて来て・・・なんだかとても嫌な予感がする。
 バサバサと響く羽の音は、どう聞いても1匹分ではない。
 目の前に現れたのは巨大なケムケム3体。
 長い長い咆哮は、空気を揺るがした。
 「・・・おうおうおう、大量じゃぁねぇかっ!」
 オーマの言葉に、ケムケム(味方)がコクコクと頷く。
 その度に、甘い香水の香りがするのは気のせいだろうか・・・・・?
 1匹がこちらに向かって飛び掛ってくるのを、オーマは軽く避けた。
 そして、おもむろにフライパンを取り出すと・・・オーマ奥儀!下僕主夫★ラブ★筋毒電波を放った・・・!
 ケムケム(味方)は既に非難している・・・!
 ―――なんとも頭の良いケムケム(味方)だ。
 オーマの毒電波を受けて、よろめくケムケム(敵)3体。
 これはかなりの威力か・・・!?
 と思いきや、ケムケム(敵)3体の精神力は半端ではなかったらしく、2度3度と頭を振ると再びこちらに襲い掛かってきた。
 オーマ、絶体絶命の大ピーンチ!だ。
 こうなればもう、必殺技を出すしかないっ・・・!
 ・・・必殺技があるならば、最初から出していた方が楽だろうに、それでも最後にやって来る必殺技。
 そもそも、見せ場以外で必殺技を使うのはかなり反則技だったりもする。
 開始数秒で必殺技によって戦闘不能になる敵なんて―――
 親父愛コスモ高め、エプロンが破け、その代わりにオーマの周囲を桃色オーラが纏う・・・!
 曝け出された大胸筋より褌マッスルアニキ天使エフェクト付き桃色ハート大胸筋ビーム発動!!
 キラキラとした光線(桃色)がケムケム(敵)3体を桃色モード☆に染め上げる・・・!!!

 キラキラキラ〜

 ―――パタリ・・・

 ケムケム(敵)3体は力なくその場に崩れ落ちた。
 気絶している・・・。
 なんだか泡を吹いているような気もするが、そこら辺はノープロブレム。
 ようは見なければ大丈夫wと言う話である。
 この時も、部屋の隅からこっそりと見ていたケムケム(味方)。
 最強のオーマを目の前に、メロメロのご様子だ。
 何処から取り出したのか、真っ赤な口紅までぬりぬりして―――フェロモン全開★どころか、イロモノ全開★になっている・・・。


 ●6回目『5』→28の部屋

 サイコロを振り、5つ進むと・・・そこは綺麗な花畑だった。
 「随分他の部屋と違うな・・・」
 オーマの呟きに、ケムケム(味方)がキョロキョロと辺りを見渡す。
 綺麗な花が咲き乱れるそこは、まさに地上の楽園だった。
 どこからともなく良い香りが漂って来て・・・これは紅茶の香りだろうか?
 「あら?お客様かしら?」
 そんな声がして、花畑の向こうから一人の女性が姿を現した。
 30代半ばくらいだろうか?長い髪を1つに結び、緑色のエプロンをかけている。エプロンの裾には可愛らしい犬の刺繍がしてある。
 にっこりと、穏やかに微笑む女性。
 「お前さんは・・・?」
 「私はここの花園を管理している者。さぁ、双六参加者さん、ここで少し一息しましょう?紅茶にクッキー。ゴールは直ぐソコ。そんな中で、ゆっくりと過ごすのも悪くないんじゃないかしら?勿論、早くゴールしたいでしょうけれども、焦ったってサイコロは落ちてこないのだから。」
 「・・・おう、そりゃ良いな。」
 オーマは頷くと、女性の導きに従って花畑の中を突っ切っていた。
 丁度花畑の真ん中、シクラメンの咲き乱れる中央に丸いテーブルと椅子が置いてあった。
 「さぁ、あそこに座って。・・・ケムケムちゃんの分がないのは残念だけれど・・・貴方は、クローバーのクッションの上に座ったらどうかしら?」
 そう言って、シクラメンの隣、クローバーが咲き乱れるあたりを指差した。
 ケムケム(味方)が一つだけ頷いて、そちらに向かう。
 女性が花畑の向こうに姿を消し、しばらくしてから手にお盆を乗せて戻ってきた。其の上には、仄かに湯気を立てる紅茶と美味しそうなクッキー、そしてミルクと砂糖。
 「さぁ、お好きなだけどうぞ。サイコロが落ちてくるまで、ゆっくりと。」
 「さんきゅ。」
 礼を言ってから紅茶に砂糖とミルクを入れる。
 銀のティースプーンでかき混ぜてから、両手でカップを持ち、ふっと息を吹きかける。
 ―――コクリ
 甘い温かさが体中を駆け巡る。
 「ここは、スペシャルポイントなの。ゴール手前の素敵な空間。戦いに疲れた戦士たちの憩いの場。もちろん、1つでもマスを進んでしまえば現実と言う憩いの場に戻るんだけどね。」
 「現実が憩いの場ねぇ。」
 オーマの呟きに、女性はふわりと微笑むとそっと、まるで何か大切なものでも言葉にするかのように囁いた。
 「戦いに疲れたら、いつでもいらっしゃい?この空間は、疲れた戦士に休息を与える場。望めば何時でも貴方の傍に。」
 「そりゃぁ、有難い。」


 ●7回目『3』→ゴール

 まばゆい光がオーマを包み込み、目を開けた先は白山羊亭だった。
 身体も元のサイズに戻っている。
 どうやら時を同じくして戻ってきたらしい、アイラスとレニアラの姿がすぐ近くあった。
 白山羊亭の中にはルディアとケイシス、そしてティリアスの姿。
 「おうおうおう、帰ってきたじゃねぇか〜!」
 「そうですね、良かったです。」
 「ふっ。簡単だったな。」
 3人が帰ってきた事に気がついたティリアスが満面の笑みで走って来る・・・・・。
 「お帰りなさい☆」
 ティリアスがオーマに抱きつき、アイラスに抱きつき、最後にレニアラに抱きついた。
 「後戻ってきていないのはグラディスさんだけですか?」
 「そうなの〜!」
 アイラスの言葉に、ティリアスが心配そうに双六を見詰める。
 「とりあえず、皆さんサンドイッチでもどうですか?」
 ルディアがくるくると全員にサンドイッチを手渡した時、グラディスが帰ってきた。
 「なぁんか、チョロかったな。」
 「グラディスさん!お帰りなさい!」
 ティリアスがそう言って、グラディスに抱きついた―――


■エピローグ■

 辺りが夕日に染められる。
 其の中を、オーマはゆっくりとした足取りで歩いていた。
 其の手元には、ミニミニサイズのケムケムが乗っている・・・。
 先ほどポケットを漁った際に、何かが動くと思って引っ張り出してみたらケムケムだったのだ。
 双六サイズのケムケムは小さくて―――なんだか可愛らしい。
 「オ〜マさんっ♪」
 不意に背後から名前を呼ぶ声が聞こえ、オーマは振り返った。
 「おう、どうしたんだ?」
 「呪いの双六って、6つで1つなんですよ。・・・マスの魔によって命を奪われたものの数は計り知れない・・・。とっても危険な双六。でも、書き換えは自由・・・。」
 ふっと、ティリアスは微笑んだ。
 それは今まで見てきた表情の中で一番感情らしい感情のない微笑だった。
 以前にも聞いた事のある其の話に、思わず神経を集中させる。
 「私の“対”の存在・・・今はもう“ソレ”に飲まれてしまったけれども。」
 「・・・どう言う事だ?」
 心配になって伸ばした手を、ティリアスがぎゅっと掴んだ。
 小刻みに震える小さな手は、勘違いなどではない。
 「ねぇ。皆を助けたいって言うのはたんなる言い訳で、本当は―――」
 寂しそうに、本当に寂しそうに微笑んだ後で、ティリアスはオーマの手を放した。
 ふわりと、全てを断ち切るかのように明るい微笑を浮かべる。
 「今日は有難う御座いました☆また・・・今度。」
 ペコリと頭を下げると、ティリアスはクルリと踵を返して人ごみの中に消えて行った。
 「また今度・・・か・・・。」
 不思議にザワツク気持ちを残して・・・・・。




     〈END〉



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
 
 3147/グラディス バーガンディ/女性/18歳(実年齢18歳)/賞金稼ぎ

 1649/アイラス サーリアス/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番

 1217/ケイシス パール/男性/18歳(実年齢18歳)/退魔師見習い

 2403/レニアラ/女性/20歳/竜騎士



  NPC/ティリアス バッカーノ

 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『双六!【赤の書編】』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回お届けが遅れてしまってまことに申し訳ありませんでした・・・。

 さて、如何でしたでしょうか?
 前回に引き続き今回も長文ですね。すみません・・・(しゅん)
 今回はほぼ個別作成でした。
 個別ですが、他の方のノベルとリンクさせるところはキチンとリンクさせて・・・とやっていた所、パニックに陥りました。
 最初に大まかな流れを作ってから執筆出来れば一番良いのですが、双六!の醍醐味はサイコロを振りながらの執筆ですので、そう言うわけにも行きませんし・・・。
 何はともあれ、少しでも楽しんでいただけたならば嬉しく思います。

 オーマ シュヴァルツ様

 いつもお世話になっております。
 今回はケムケムを1匹お持ち帰りにさせていただきました。
 双六内では巨大なケムケムでしたが、こちらの世界ではミニマムサイズです。
 ともすると、プチっとしてしまいそうなサイズではありますが、可愛がってあげてくださいw


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。